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2022年5月3日火曜日

ロケ弁コンテストか!?


「ロケ弁の情報を提供するので、ロケ弁写真を送ってくれませんか?」「いいですよ!面白いですねー。」「今回は1000円とリッチなロケ弁なんで(笑)」「そうなんですよ、ガッツリ食べる人がいるんでね。」とロケ地の話、宿泊場所の話も終わると次はロケ弁の話。1000円(税抜)のロケ弁なんて滅多にない(最近はキャストもスタッフと同じロケ弁を食べることが多くなったけど、大御所と言われる方は、やはり別モノ)。

メインのおかずは「肉or魚」の2種類を用意し、ご飯は別盛り(大盛り)。写真は「焼きサバ」、肉は「焼き肉」、もちろん地物入り。ロケでこんなに美味しそうなロケ弁が食べられたら頑張れるだろうな(実際に美味しかったよう)。学長日記に「ロケ弁」が登場したのが10年前、その時から「コンテンツ化」の予想はしていたけど、コロナ禍で撮影現場でのケータリングがNGとなり、ロケ弁の需要や注目が高まる。

「地物を一品でも使ってくれませんか?」と、ロケ弁提供者には相談して、使っていただけるならPRもしやすい。または、みんなでロケ弁を考える授業もいい。撮影隊はイスもない場所で時に立ったまま食べるからワンハンドな弁当とか。食べる時は冷たくなりがちなので、冷たくても美味しい工夫とか。ゴミが出やすいからゴミが出にくいロケ弁とか。いっそのこと「ロケ弁コンテスト」か!?

2022年5月2日月曜日

休日つれづれ。


ずっと後回しにしてきた作業に対峙する、そんな休日。どうやら800kmほど離れている妻も同じのようで「私も作業です。」でした。家族や夫婦の数だけ色々な過ごし方があってよく、連休や休日は仕事の調整日。ズレ込んだ作業を巻き返す!資料を作成したら、一旦、その思考から離れる。推敲は時間を空けた方が良いのは過去の教訓(時間を空けて見ると新たな視点が見えるから不思議)

作業から離れるなら掃除・洗濯が最適。終わったらプロジェクトでお世話になっている82歳の翁へ手紙を書く(インターネット環境のない翁)。先日も手紙をいただき、返信をすると、今度はお礼のハガキが届く。50歳にして「文通」のようでプロジェクトの進捗を書く。その勢いで両親(翁と同じ80代)にも近況報告を手紙に書いて郵便ポストへ投函。2日ぶりの外出。

写真は「えひめ地域活力創造センター」という名称に変わった(旧)えひめ地域政策研究センター。以前は一緒に県内各地でワークショップしたり、活動現場へ赴いては事業をサポートしたり、人財育成に協力したけど、コロナ禍で訪れる機会が減り、そしてゼロになってしまった。
どうか愛媛県の各地で踏ん張る人を支える、時に牽引する機関であってほしい。「地域づくり」拝読しました。

2022年5月1日日曜日

4970回目。


一回の経験なんてコピー用紙一枚と同じ。ペラペラですぐ破れる、シワになる、折れる、薄い、軽い。でも10回、100回と重ねると、経験値は厚く高く貯まる。それが1年、5年、10年と続き、回数は1000回、2000回、3000回、4000回と続くと頑丈になってビクともしなくなる。誰かのためにではなく、自分のために吐き続けて4970回目。5月には5000回に達する予定の学長日記。

11年と4ヶ月で5000回目の予想。ココ大は愛媛県になかった取り組みだったから、自ら発信しないと誰にも気づかれない!と思ったことと「文章を上手に書きたい!」気持ちも重なって始めたけど、最初の頃の文章は単なる感想文でホント、イケてない(涙)。今でも???だけど、少なくとも書くことへの抵抗は一切なくなり、気持ちを文字に乗せられるようになった(と、思う)。

調子にのって「小説だ!」と思ったけど、エッセーと小説では文体や構成が全く違うから書けないとわかる(涙)。あわよくば、エッセイストやコラムニストなら・・・と妄想してる。でも、実は当人はそんな風に思っていても周りは学長日記を「プロフィール代わり」に読んでいる人もいて、初対面の方でも「読んでますよ」など、知らぬ効果を生んでいるのはラッキー。
一回目からは想像できなかったこと。


2022年4月30日土曜日

無効票は2518票。


おそろしい閲覧数となった「非投票率は60.55%。」の記事だけど、当選が確定した途端、一気に情報が少なくなり収束。何事もなかった日常に戻ってしまい、投票率の低さの原因究明や開票結果のPRもないままフェードアウトしてしまい、また4年後に「投票率が低い!」という繰り返しか。ちなみに開票結果を見ると、有権者数は420,043人いるのに、165,712人しか投票してない。これが投票率39.45%なんだけど。

そして無効票が2518票もあったのね。ちなみに2518票は当選ラインを超えていた数。その当選ラインは2181票と2153票と【わずか28票】だったので2518票の中で28票分が生きていれば当選者は変わっていた可能性もあり、色々と察してしまう。投票所まで行けない高齢者問題もあるけど、投票権をもつ学生に情報が全く届いていない問題もあって、義務化の検討をしてもいいんじゃない?と思ったり。

人間は忘れる生物と、誰かが言ってたけど、エビングハウスの忘曲線では、20分後に42%、1時間後には56%、24時間後には76%忘れるんだから、1週間後には80%は忘れてるんだろうな。忘れることで新たなインプットができるのだけど、また4年後に「過去最低の投票率」だったら本当に残念で、検証もされなかったら更に残念。個人的には選挙選を調べることができて良かったけど。

2022年4月29日金曜日

深緑のつれづれ。


萬翠荘での打合せ後、導線上にあるから必ず通る「坂の上の雲ミュージアム」。安藤忠雄氏設計のコンクリートの建物入り口にコピー用紙が張られ(・・・・・。)と、見たら「4/28は開館記念日なので本日限り入館無料!」と知り、ナント!ラッキーな!と荷物を抱えたまま入館。荷物を預かっていただき、1年ぶりの「坂の上の雲ミュージアム」を堪能する。展示物も変わっていた。

その荷物を、そのまま持ち帰っては二度手間になるとわかり、アポなしで某所へ。お目当ての当人は在席で話もスムースに終わる。「今、帰ってきた所でタイミングが良かった!」とのことで、タイミングが合う人と合わない人がいるのは事実。「ご縁ですね!」と。
オマケは、ちょうどその時「フィルム・コミッションはですね・・・」と隣で話す声が聞こえて、キョトンとしたら「あらー!?えひめ&ジャパンFCの人がコチラに」と北海道は旭川のFC担当者を紹介される。タイミングにビックリ!

お会いしたこともない方と話を進めることになり、えぇい!と連絡すると思いのほか話は滑らかに進み、5月中に話がまとまればと思っていたけど4月中にまとまる。家に戻れば申請していた助成金が採択されたという書類が届いてた。
星占いは信じれば本当のようで(笑)、あと一つ話がまとまれば「星占いって本当だよ!」と言えるかも。そして今日は暑かった、1万歩歩いたから。

2022年4月28日木曜日

地域で映画を作りたい。


「地域で映画を作りたいので、地域で撮影が行われるメリットなどを教えてほしい。」という旨の相談。いわゆる“ご当地映画”のジャンルで、これらは大々的な興行作品ではなく、世界への配信もない。商業的でありながら記録作品(≒地域の教科書)という意味も含まれていて、撮影地域を舞台や素材にした作品は日本各地で制作されている。バルトの楽園(徳島県)、HAZAN(茨城県)、天外者(鹿児島県)、大コメ騒動(富山県)など。

現在も企画は各地にあり、担当者や関係者の話を聞くと、ほぼ全てで「制作資金の調達」が問題になっている。資金の多い少ないは作品の質にもかかわるから、多い方が安心するけど、ご時世もあり簡単にはいかない。寄付金、協賛金、出資金、助成金、補助金などに加えて、最近はクラウドファンディングもあり、手法は増えたけど、その分手間も増えるのでキッチリしておかないと、お金の問題は“しこり”を残しやすい。

撮影はお祭りのような勢いもあるので、撮影中の問題は解決できることが多い。製作中よりも「公開」の方が大事で、完成した作品はどこで観れるか?は超大事。劇場で公開しても2週間では短い、追加予算もない。Youtubeだと無料になってしまう。ご当地作品の場合は数年間、沁みるような上映を公民館や市民会館などで行い、多くの方に見ていただき、リクープとの両立をさせたほうが現実的。

仕事は楽しんだ者勝ち。


何度でも。【面白い仕事はない】と思うので【仕事を面白くする】。傍目からみれば「面白い仕事」に見えるかもしれないけど、「仕事を面白く」してるつもりで、面白い仕事は転がってない。この「仕事の捉え方」を間違えると、仕事に対して(こんなつもりじゃなかった)とか(話が違う)など、自分を差し置いて周りのせいにしてしまうコト多し。何でも楽しくできると思うんだけどな。

隣の芝は青く見える。組織に属していればフリーランスは自由に見えるし、フリーランスは組織に属する人をみれば安心に見える。お互いに“いいところ”しか見ないから、半分は“見えてない”。人それぞれに好みや相性があるから、どちらで仕事するのかは本人次第。
私の場合は民間組織から行政組織を経てNPOに。民間組織、行政組織でそれぞれの特徴を学んだからNPOという選択肢に進めたと思う。

そして今はフリーランスでありながら、一部(一時的)に組織に属しながらというハイブリッドな働き方。私の場合はフリーと組織の双方による相乗効果が得やすく、合っている。オンラインの普及によって以前は断らざるを得ない仕事も受けられるようになった。要は全ては自分次第なのだから、変えられない状況にエネルギーを費やして消耗するくらいなら、そのエネルギーを可能性に費やせ!ということ。

2022年4月27日水曜日

だからヨーダ先生。


アナキン・スカイウォーカーがダークサイドに堕ちてダースベイダーとなったのは、それまでジェダイとして宇宙の平和と安定を貢献してきた利他主義の立場から、次々と自分に降りかかる災難(母の死、妻の死の予知夢、評議会への疑心など)から、自分がもっと強大な力を入れればと利己主義となり、そこにダース・シディアスが登場してダークサイドの持つ強大な力へ誘い、全てを失ったアナキンは暗黒卿のダース・ベイダー化してしまう。

立派な成績を出すと上司からも部下からも同僚からも一目置かれる。自身の発言は以前よりも影響力があると知る。実績を背景に自分の仮説をゴリ推し始める。仮説がうまく行けば自分の成果、失敗すれば部下の成果と押し付ける。上司に企画の提案をして通らないと平然と文句を言う。最初こそ、利他主義だったのが、いつの間にか利己主義になり、自分の評価ばかり気にして、最後は追い出された人。

利他主義の下、数々の実績があり信頼されていたのに周りからの評価が低すぎと思い込み、自分の評価を上げようとするも空振りに。すると自分ではなく周りのせいにして評判はガタ堕ち。挽回にもっと大きなことをしようとして更に失敗。
最初は利他主義で本当に立派で(すごいなぁ)と思っていたのに、いつの間にか“自分!自分!自分!”を全面に出す利己主義に堕ち、ダークサイドへ。だからヨーダ先生。

泣けてくる。


「非貨幣価値の価値は何か?」という問い。
学生のコメントを読み続けていたら涙が出た。

  1. お金では買えない達成感や自己肯定感が得られる点。
  2. 非貨幣価値とは、お金にならない、つまり「知識」や「経験」などの事です。それに価値があるのかと問われると私はあると断言します。なぜなら、どんなにお金があっても、それを使って人を動かすことはできないからです。
  3. 自分が今までに行ってきた、様々な経験や調べてきた知識は自分のこれからの力に繋がると思います。だからこそ、非貨幣価値に価値があると考えます。
  4. 非貨幣価値の分かりやすい例をあげると、愛情である。人の心にある愛情という感情は、お金では買えない。人と関わる中で互いの心に芽生えるものである。それは目に見えなくとも大切で、お金よりも価値あるものと分かる。
  5. ボランティア活動に参加した満足感や達成感、地域に貢献できたと感じることができたら、値段などがなくてもボランティア活動に参加する価値はあると私は考える。
  6. 経験は自分の自信へと繋がると思います。また、自分の人生を豊かにしたり、思い出になったりと貨幣価値とは違った価値があると思います。
  7. 非貨幣価値は得られた経験、知識など新たな価値観など自分自身の価値を上げることができるところに価値があると考える
  8. 非貨幣価値で得た知識、技術を応用して貨幣価値のあるものを作り上げることが出来れば、さらに利益や社会貢献に繋がると考える。
  9. 非貨幣価値は人それぞれに違うのでその人の特徴が出るから。
  10. 値段をつけられない無形物は、貨幣価値のあるものとは異なり、金銭を消費しても購入することができない。時間や労力を対価にすることで得られるものである。しかしながら、他人と同じ時間や労力を消費しても、個人の感性や環境によって得るものは異なる。値段という指標がなく、その価値を自分で定めるしかないためである。その相違が価値観を養うのである。したがって、私は非貨幣価値には価値があると考える。
  11. 非貨幣価値は貨幣価値に対して値段がないため、他人には得られない自分だけが得られる達成感だったり気持ちの面で価値があるのではないかと私は考える。
  12. 自分だけしか得ることができないし、値段をつけることができないから、価値があると思います。
  13. 今まで経験したことのなかったことを体験して、スキルを身に付け、気付かなかった自分に気付けて、成長できるから。
  14. 値段は付けられなくても、自分の成長に繋がったり、経験になったりしたものには価値があると考えるから。
  15. お金のような貨幣価値は、いずれなくなるし、価値も変動しやすいですが、非貨幣価値にはお金では得られない人脈や経験、満足感や自己肯定感など、一生の宝物として、人生の糧として残ります。そこが私の思う非貨幣価値に価値があると思う理由です。

2022年4月26日火曜日

何気なさの中にあるキーワード。


大学に着くと学生が敷地内の地面一面にチョークで絵を描いてワイワイ楽しんでいて、絵を避けて通る際に「スミマセン、通りますねー」と声をかけると「どうぞー!踏んでも大丈夫ですから!」と何倍もの大きな声で返答してくれて元気をもらった件。何のために描いているかは分からなかったけど、保育など学ぶ学生も多いことから同じ目線を体験しているのかな?愛大や松大では見たことのなかった光景。

「コンビニで売ってたらいいのに・・・」と、商品へのリクエスト。「なんで?コンビニって定価、もしくは少し値段の高い商品もあるんじゃない?それでも買うの?」「買いますよ!だって“便利”ですもの」「“便利”ってナニ?」「便利??うーん、家の近くにある。いつでも(24時間)開いてる。新商品が多い。」「そうなんだ、家の近くにコンビニあるんだね。」「はい、あっ!キャッシュレスもいい。」

「私はスーパーの方が品も豊富だし、安い気がするけど、スーパーは行かないの?」「うーん、行くけどスーパーって大きいよね(と相槌を周りに求める)。そんなに種類(選択肢)もいらないし、安いといっても10円-20円だし」「そっか、メモする!」「キャキャキャー!」。
何気ない会話だけど、とても重要なコトを聞いたような気がして振り返り。そして一人暮らしの冷蔵庫は小さい。

偏重傾向。

 


「日常で最も利用頻度の高いSNSを教えてください。」という設問。下段のオレンジは昨夏に行った195人のZ世代(平均年齢24歳)、上段の紫は40人ほどのZ世代(女子学生)。両方ともZ世代には変わらないけど、紫の方は学生、オレンジは社会人のZ世代。“あくまでも“参考として思うのは「Instagramへのいっそうの偏重」「Facebook、clubhouse絶滅」「複数のSNSを使い分けて活用」という現実。

尋ねるとFacebookは自分が使う(役に立つ)ツールと全く思ってないし、clubhouseは「あっ、あ〜」と、遠い彼方という感じ。社会人Z世代は先輩世代と合わせるために使っているのかな?基本的に「情報発信者」でなく「サービス利用者(閲覧者)」のよう。情報はInstagramでコト足りるし、個人間はLINEで十分だし、ニュースはYoutube(動画)でOK、学生のリアルを改めて知る、学ぶ。

なので「全てはスマホで完結」する。手のひらで必要な情報を全て検索、閲覧する。テレビはあっても「ゲームモニター化」「映画観賞用」と、これまでの使い方とは異なる価値観なのだから、そこへ旧式の価値観を当てはめようとしてもハマらず。
「プロダクトアウトの時代は終わり、マーケットインも過渡期になり、アウトサイドイン」ならば、まさに目の前の学生たちをアウトサイドイン。

2022年4月25日月曜日

ダースベイターに学ぶ親子の絆の紡ぎ方


私よりも何百倍の価値があるスターウォーズコレクションを持つ方と意見交換。その話が持ち上がった時、単なる展示や保管などの協力と思っていたら全く違ってた件。
スターウォーズを多面的に捉えると、どんな切り口があるか?例えば「宇宙」という大きな括りがあれば「特徴ある星で暮らす異星人の文化、思想」「Xウィングやスノーウォーカーを動かす構造や技術」「スターウォーズの原典とも言える神話、民俗」など。

他にも「ハイパースペースを実現させる量子力学や相対性理論など」「ライトセーバー、ダークセイバーの構造」「多種多様な人種が暮らすコルンサントのダイバーシティ戦略」「酒場文化と異星人の交友関係」とか、一見してアホと思えることを真面目に考えると「空想(妄想)が現実に着地しそう」でビックリとなる。そして、宇宙や技術などで接点のある企業、ロボット工学を学びたい(留)学生などを巻き込めたらと・・・。

これまでコレクションをはかるモノサシは「レア(絶版)」などでしかなかったけど、コレクションを入り口に文系だろうが理系だろうが不問で色々と学べる可能性を知る。「反面教師パルパティーンによる暗黒政治の作り方」「ダースベイターに学ぶ親子の絆の紡ぎ方」とか、「アミダラ議員の正装、普段着から学ぶTPO」「レイから学ぶスクラップ回収の価値」とか、無限だよ。

非投票率は60.55%。


松山市市議会選挙投票日。投票した有権者として当選された方々には「これから頑張ってください。」と、松山の暮らしをより良くするために、何をするか?に期待したい。ゴールではなくスタートラインに立ったということ。
それにしても投票率39.45%と前回よりも4.42ポイントの低さは過去最低をどう受け止めたらいいのだろう。根本的な「何か」が機能不全というか間違っているのでは?と思うくらい、不思議でおかしい。

政治不信が招いた結果と聞くけど、それだけで済む話かな?60.55%が投票してないって残念。10人中6人が投票をしなかった現実に(投票率がもっと高かったら・・・)と悔しがる人もいれば(投票率が低くて良かった・・・)と思う人もいるのかな?
投票へ行っても何の手応えも感じないから(たかが自分の1票・・)と思うかもしれないけど、その1票で暮らしが良くも悪くもなるという因果関係や想像が描けないのだろうか?

各自のマニュフェストを持ち合って公開討論会をドンドンしたらいいのにな。いっそのこと「投票に行ったら、映画鑑賞券とか商品券など」などの“ニンジン”もアリかも。ワクチン接種でも同等をしたから、できるんじゃないの?もしくはマイナンバーカードと紐付けしたネット投票システムとか。あ”ぁ、でも怪しい思惑が渦巻き、使いにくいシステムになる心配は余計なお世話か。それにしても低すぎる・・・。

2022年4月24日日曜日

恵まれて。


「何年ぶり?4-5年ぶりかしら?(実際は7年ぶりでした。)」「ジャイアン(30年前、NYの「しゃぶ辰」での愛称)も原口(妻の旧姓)も痩せた?」など、7年ぶりの空白を全く感じさせないNYの父と母との再会。「俺、72歳だぞ!お母さんは70歳!」「泉谷君、いくつになった?」「50歳です!あれから30年が経ちました。」「そうか、お互いに年とるわよね」と、言うも70代と全く感じさせない父と母。

7年前にも書いたけど、当時は単に経営者とアルバイトの関係。だけど父と母はアルバイトと家族のように接してくれた他、私と妻は付き合うことになり、店では知られた存在になったらか、父も母も色々と気遣ってくれたのを覚えてる(ちなみに私は深夜営業担当だったので、妻とシフトが一緒になることはほとんどなかった)。30年も前なのに時空を越えた昔話は笑話が多くて愉快。

当時は本当に何者でもなかった我々が、こうして報告できるのもNYの父と母が温かく見守ってくれたから。「俺はツイてるんだよ。人に恵まれてラッキーだったな」とニコニコ話す父。それは私たちも同じで、人に恵まれて、今も恵まれてるのだから大感謝。
写真は「トーキョーX」というブランド豚&地域の野菜をふんだんに使った料理。「お客さま、ランチタイムの終了時間です。」とオープンからクローズまでいて「話し過ぎた!」と退席。

ブラックよりもホワイト。


撮影支援を断るのは(1)自身の仕事なのに無料で得た情報を、あたかも自分で集めたテイで売るリサーチャーからの依頼。(2)制作費を最初からアテにした企画書を持ってくる制作者からの依頼。この2種類は地域に何ももたらさない。「何かないですか?」と言うのも困った案件だけど、それを凌ぐ酷さ。年に数本だから大抵の作品は支援するけど、まだまだ世の中には「困った制作者」がいるもんだなぁと、頭抱える。

撮影支援を依頼しているのだから、モラルやルールの遵守は基本なはずなのに合意したルールやモラルを平気で破る、守らない制作者がいると、予め交わした約束(大前提)は何なの?と思ってしまう。厄介なのは相談時は不安を微塵も感じさせず、いざ撮影が始まるとトラブルを招くこと。このような事例があると、協力者は撮影に不信感をいだくようになる。FCは紹介したことに罪悪感を感じてしまう。

だけど、当人たちは悪気なく飄々としてるから、同じ目に合う地域が出ないよう情報共有案件になる。このような関係者は問題を指摘すると「〇〇FCでは大丈夫でした。」とか「前はOKでした」と、その場しのぎの返答をすること多し。そんな時は「大丈夫だったFCを教えてくれますか?」とか「OKだった前の作品名を教えてくれますか?」と聞けばいい。悪い事例(ブラックケース)よりも、写真のように良い事例(ホワイトケース)が増えますように。

2022年4月23日土曜日

福業。


行く先々で各地のお土産を見て、商品の特徴や背景を調べて、自分の視点から魅力を再構築できたらお土産愛好家など、勝手に名乗ればいい。「ご当地モナカ評論家」は2012年に鬼北町へ行く途中に偶然に見たのがきっかけ。「低登山愛好家」は松山城(132m)や高尾山(599m)など「手ぶら(≒気楽に)で登れる」ことが気分転換になり(他にも気軽に登れる低い山はある!)と思ったから、勝手に言ってるだけ。

「みかんソムリエ」特許庁に商標登録をした名称。当時は愛顔の食卓で商品説明や活用事例が必要で、勉強してたら「泉谷さん、みかんソムリエという商標を申請しませんか?空いてますよ」と誘われて申請。「ビジネスホテル愛好家」とは名乗ってないけど、これまでの出張で利用した国内外のビジネスホテルは400カ所以上ある。今になって(部屋の写真を撮っておけば評価サイトに掲載できたのに・・・)と悔やむ(笑)

「ロケハン愛好家」とも名乗ってないけど、これは仕事の延長。これらの共通は“ついで”で、決して目的にしないのがポイント。また、仕事にすると責務が発生して面倒くさくなるので、あくまでも趣味の範囲とする。だからライフワークのように長く楽しめる。
「路上観察学会」に影響を受けて、トマソンなど探したのが最初だったかな。これらを勝手に「福業」と呼ぶ。誰にでもできる日常を楽しくする術。

子どもだけじゃないかもしれない。


アレ!?世田谷文学館は京王線芦花公園駅だぞ!と沿線沿いだったのでヨシタケシンスケ展へ行く。我が子には間に合わなかったけど(面白い人だなぁ)と思っていて、偶然に開催中の情報が目に入り申込む。先日の福岡市美術館もそうだけど、自治体の美術館、博物館は手頃で中身も充実してる時があるからいい!今回も1000円でヨシタケシンスケ展、常設展の偉人紹介もしてたけど面白かった。

平日の日中ということでヨシタケシンスケ展は女性と幼児が多かったこと。絵本作家だから当然だけど、作風が確立して人気作家になる経緯を紹介した紆余曲折の展示もあって「諦めたらそこで終わり」というメッセージが隠れていたよう。そして、やはり【全てに問いを立てる】ことが作品そのもので、写真は壁一面に整然と並んだ2000点以上?の「アイデアスケッチ」で、感じたことをメモしてた様子に私も来館者もビックリ!

「つまらない(不平不満)コトを並べ始めたら、つまらない(不平不満)コトを考えることが面白くなった。」なんて思考に及ばないし、「楽しいコトを考える練習をしよう。」なんて、子供だけでなく大人にも通じるし、「この先、今とは全然違うかもしれない。」はご自身の作風も含めた格言のよう。要は他人のせいにしていても自分にブーメランなんだから、意識次第で変わるよ。と勝手に納得して足軽に帰る。

2022年4月22日金曜日

教科書のない授業。


「Google Classroomをお使いになったことはありますか?」「いいえ、ありません。面白そうですね!」「それでは、使ってみますか?」と大学スタッフから提案されたので使い方を教わる、フム、そんなに難しくなさそう!
学生を全員招待しオンライン上でも連絡や共有が可能になる。気をつけないといけないのは、学生は他にも授業があるので、私からの連絡などで支障を起こしてはいけないこと!

授業は前回と同じくアンケートに回答してもらい、その場で集計経過を全員で見守る。見慣れていないせいか、学生も数字や数値が生成されていく様子に興味関心。私の授業には教科書がないので、このようなインタラクティブなやりとりが教材。自分達の回答を見ながら尋ねたり考えたり、実に面白い。これには大学スタッフも「これはいいですね、面白いです。」と覗き込む。授業は興味関心をもってもらってナンボです。

興味をもってもらうために授業を設計する。これは企画立案と同じ、プレゼントも同じ。
自分の言いたいことを言うのではなく、相手が知りたいこと、相手のことを上手に引き出せるかがポイントと思ってるから考える。授業は1回90分だけど、構成には1日かかる。学生も学ぶのだから私だって何かを得ないとねと考えたのは、毎回の授業を保存してZ世代の生情報として蓄積すること。

変わりました。


これまでは誰にも伝えず、隠密のようにコソコソと調整や準備した時もあったけど、「エキストラ大募集!」と言えるようになって(時代は変わったなぁ・・・)と感慨にふける。撮影現場では見学者を排除する時もあり、(見学者は興味があって来ているのに、わざわざ排除しては反感を買うのに・・・)と感じて、「撮影現場を一緒に見守ってもらいましょう!」と制作部や演出部に相談した現場は【真夏の方程式】、見学者同士、マナーを守ってもらい成功した思い出。

SNSの登場(活用)によって「情報が共有」されたことで撮影現場は一変する。それまで一方的だった撮影関係者は、見学者や協力者への配慮が求められて「一緒に」という意識が必要になった。これは地域で撮影を誘致支援するフィルム・コミッションにも好影響で、関係者と協力し合う関係性が構築されると自浄効果などが生まれ好循環が生まれやすい。すると、撮影関係者も安心して撮影に専念できるようになり、次につながるかもしれない。

【離婚しようよ】も、そこを狙いたい。キャスト名や時間、場所を明記し「シェア大歓迎!」と、どこまで広がるか分からないSNSでエキストラを集めるなんて経験がない。時代に合わせて新しいアプローチをしてみようという結果。これまでの慣例とは異なることに、頑なに拒否!も分からなくもないけど、(そのままでは絶滅してしまうよ)と思ったり。最強ではなく最適な対応が生き残る。

2022年4月21日木曜日

ボランティアの受入側も。


とても興味深い回答。自分が社会や誰かの役に立つと思う「〇〇力」は、どこで培われたり、誰から影響を受けたか?という問い。最も多かったのは【家族からの影響】が約30%。そして【親しい友人や先輩】が17%【学校の先生や授業】が13%と続く。当然と言えばそうだけど、やはり「身近な人からの影響」は、中身に良し悪しがあっても受けやすいという結果。*あくまでも授業に参加した学生の意見です。

そして、〇〇力をアップグレードや磨くには「経験を得たい、積極的に色々な人と関わりたい」と思っている学生が多く、でも、実際は行動に移せていないこともわかった。そして、この先は「とは言いつつ、ボランティア募集情報を得て参加している学生」「ボランティアに参加したいけど、ボランティア募集情報まで辿り着けない学生」の二手に分かれる。ここで「ボランティアしたかったら、登ってこい!」は愛の壁と同じ。

少数意見に着目すると、「趣味(趣味も極めれば〇〇力になる)」や「読書や映画、音楽(特に映画は影響力あるかもしれない、私は“フォース”を得たい)」「習い事(上達が〇〇力になったり)」「勉学(学ぶが〇〇力に変化したり)」とあり、〇〇力とか影響のそれぞれも大切だけど、最も大切なのは【自分の言葉で言語化】することで、思っていることを言語化することで意識化されるという話。