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2026年2月20日金曜日

R.I.P


Facebookを長年使っているから、月日と年齢を重ねる中で人生に思いがけない変化があるのは当たり前。
時を超えた再会を果たすこともあれば、悲痛をもたらすこともあるという話。

長年、Facebook上で私を面白がってくださっていた方が年末に亡くなっていた。
Facebookで故人を偲ぶのは5人目。
でも、本当はもっと多いかもしれない。なぜなら、亡くなったら本人は連絡できないから。

同じ50代で亡くなるのは胸が苦しい。そう言えば、いじめっ子だった同級生も亡くなっていた。
私の日常を楽しみにしていてくれたアメリカの母など色々な方を思い出してしまった・・・。
人生100年とかいってるけど、思っているほど長くないはず。

男性の健康寿命は72歳、女性は75歳。
男性の平均寿命は81歳、女性は87歳。

単純計算で不調を抱える時期は男性が9年間、女性が12年間。
人それぞれだけど、(治療とか不調とか入院とか介護などが色々と発生するから)不調期間が短ければ短いほどいいという人もいる。
こうも周りで色々と起こると、考えてもどうしようもないのに、考えてしまう。

そして、こういうネガティブ思考は夜に考えると最悪とのこと。
一日を疲れ切った脳みそは機能が低下しているほか、セロトニン(幸せホルモン)の減少でネガティブ思考になりやすい。解決もしない事柄を悶々とグルグルと巡らせながら寝落ちなんて、精神的にいいわけがない。

悩むなら日光を浴びながら、前向きに建設的に考えを巡らせたほうがいい。と、自分に言い聞かせる。

「今日が人生最後だとしたら、今日やることは本当にやりたいことだろうか?」と、鏡の自分に問いを立てたのは、故スティーブ・ジョブズ(2005年)。

R.I.P(Rest in peace./安らかに眠れ

2026年2月13日金曜日

人生起死回生特大ホームラン。


契約が更新されなかった。事実上の解雇。
不安定なフリーランスとはいえ、これまで組織に貢献してきたと思っていたから青天の霹靂。

実は恋人も職を失ったばかりで、ダブルパンチ&ピンチ!「どうする私たち?」となる。
強制的に「自分の好きなコト&得意なコト」を手放さなければならなかった二人・・・。

(この機会に心機一転を図ろう!)と考えた二人。
それぞれに就職活動をした結果、恋人は好きなコト&得意なコトの延長上にある職への転職が叶う。

そして相談者当人はと言うと、得意なコトが活かせる職場で、好きなコトを業務にするという、本人も想像以上という転職が叶う。青天の霹靂からは想像できない結果。

「もぉ、メチャメチャ嬉しくてーーー!聞いてくれて、ありがとうございます!」
と、それまでは神妙で緊張な表情だったのに、心情を吐露できたからか、表情が一気に明るく柔らかくなって安堵の表情に変わる。気持ちが溢れるって、こう言うコトなんだ。

どうやら周りには未だ言ってないようだったけど、言うつもりもないそう。
そして「恋人との関係も・・・」
「おぉ!おめでとう!良かった。いいね!素晴らしい!この展開はナニ?」となる(笑)

と、言うのも3年前に初めてお会いした時、初対面だったにもかかわらず、唐突に「泉谷さん、誰か素敵な人いませんか?」と相談されたから(笑)。
その後、出会いがあり、何度かのすれ違いなどを経て交際に進み恋人に。そして・・・。

「映画みたいな展開だよ。人生ホームラン!って感じ。素晴らしい、幸せのお裾分けだね、ありがとう。」

これまでを手放すことで打てた特大ホームランに「こんな(想像以上の)展開になった理由は何だと思う?」と質問すると、「自分なりに誠実に謙虚に生きてきた。」と当人。

この話から明確になったのは「想像以上の素晴らしいこれからの人生は、予め用意されていたわけではなく、日々、目の前のことに注力したことによって拓かれた結果。」ということ。
これまでの経験やタイミング、実績などの“点”が線となり面とし可視化・評価される。

「泉谷さん、聞き上手。人生相談所を開けばいいのに。気が楽になりましたもの。」と当人。
「ホントだね、始めちゃおうかな(笑)」

世の中はコンチクショーと思っているから、ニヒリズム(虚無主義)のペシミスト(悲観論者)だけど、誠実に謙虚に生きている人が真っ当な評価を得られた話に人間讃歌。

2026年2月10日火曜日

時と場所を超えて。


日本で
2週間の仕事&休暇をしたアメリカの兄弟ハルと奥さんのヘミさんが帰国。
SNSで名残惜しそうに日本滞在中の思い出をアップしていたので、「楽しかったね!また来てね!」と、コメントを残すと。

Come visit us in the US. It was great to see you both again!
フロリダにも来て!二人(妻と私)に会えて楽しかった!またね!

という返信。ここまでは、ごくフツーの兄弟の会話。
すると、「新たなコメント」の通知が届き、何気なくアクセスすると・・・。

Say hello to Noboru for me!!!
ノボルへ、私からもよろしくと、伝えてね!

と、見知らぬ女性からのコメントに誰?なんで私のことを知ってるの?となる。
すると、ハルからも続けてコメントがついた。

Noboru do you remember Maria who helped my mom with the house? She says hello!
ノボル、覚えてるかい?バージニアの家で母を手伝ってくれたマリアさんだよ!

No way!
まさか!


頭の中のハードディスクがギュイーーン!と、36年前(たぶん1990年)まで遡って、当時の記憶にアクセス。

アメリカの母とハルと暮らし始めた当時、何も分からず&知らずな生活の中で、母の家を
定期的に訪れては家事を手伝ってくれていた女性がいて、私も向こうも初対面の時は超ビックリし合う(笑)。
そりゃ、突然、知らない男性(私)が家にいた&知らない女性(マリアさん)が家に入ってきたのだから、お互いに驚くよね。
そして、彼女はマリアさんと知る。

それから、掃除を手伝ったり、カタコトの英語でコミュニケーションをとったマリアさん。
当時の私は18歳、マリアさんは30歳だったのか・・・。

マリアさん、現在も当時の家の近くに住んでいるようで、家族にも恵まれて微笑ましい様子がSNSにアップされていて何より。おばあちゃんになってた!

SNS上とはいえ、声をかけてくれてありがとう!と。
当時から今を想像はできなかったけど、時と場所を超えての再会。
歳を重ねるのも悪くないよね!という話。
いやぁ、本当にビックリしたオンライン再会。

2026年1月31日土曜日

占い当たる。


雑誌などで2026年の占い、特に1月の天秤座(と言っても私だけなく、大勢の人が該当するけれど)には大きな変化が起こる・・・と書いてあったのを実感して思い出す。

多くの事柄は、日々の延長線上にあるから、大抵は関係性などから想像できる
でも、それは「一直線上」で捉えた場合で、1から2、2から3ではなく、1から5、5から10とポーン!と飛躍した場合は、抜けた途中が本人にも分からないから驚くのは当然。

ある日、突然の連絡。
聞けば「推されている。」と分かる。
(なんで?)と思い、誰が(私を)推してるの?と思ったら、一回りも年下の友人からで恐縮してしまう。

この年で推されるなんてないから、話に乗るとトントン拍子に話が進んでしまう。
でも、話し合っているコトはとても&とても大切な内容で、これが20代や30代と50代の違い(笑)

20代や30代なら、まだこの先30年以上あるから勢いでサクッ!と乗る/決めるのもアリかもしれないけど、50代は既に色々と背負っていて、10年先は60代!?置かれている状況は全然違う・・・と気づく。

そして、20代や30代と50代では仕事の仕方も、人生における仕事観も優先順位も違う。
仕事の仕方と言うのは、20代や30代は経験不足や技量不足でも勢いや熱量でカバーできるけど、50代は勢いはなくともそれまでの経験から「気配り・目配り・手配り」「丁寧さ」が強みと思う。

優先順位は人によりけり。
更なる高給を目指すのか?それとも肩書きを増やすのか?それとも自己充実感を満たすのか?は自由。

とても&とても大切な話だったので妻とも話し、妻は「どちらでも“推されている”ことは光栄だよ。」にハッとした部分もあったり。
ほんと、この年で推されるなんてない。

占いは当たっていたけど、“今”を選ぶ。
自分にとっても、周りにとっても、将来にとっても大きな決断をする。

2024年2月20日火曜日

リターン届く。


妻から「柑橘が届いたけど、差出人に覚えがないけど?」というメッセージに「あぁ!」となる。

「エールラボえひめ」で、出身地の中島で閉店したスーパーを再建したい!という俊成りんこサンの事業相談が縁で、彼女が立ち上げたクラウドファンディングを応援。
そのリターン(甘平などの柑橘)を妻宛にしたことを忘れていて一件落着。
「FRIEND8」というスーパーは開店から半年が経ち、試行錯誤で経営しているとメッセージ。

クラウドファンディングと言えば、先日訪れた大三島のパン屋「まるまど」も応援したし、内子町の地域おこし協力隊が立ち上げたゲストハウスへの挑戦にも参戦したっけ。

ココ大自身も富士教材さんと一緒に行った「Urban Harvest/屋上交流農園」では、50万円の設定額を148%超の74万円で終え、その取り組みは伊予銀行主催のビジネスプランコンテストで【グリーンコミュニティ賞】を受賞したり。

挑戦する人が好きなんだろうな・・・と振り返り。クラウドファンディングも何周回かという感じ。これまでの教訓からガジェット系からは多くを学んだ。

単に資金調達を補う手段としてのクラウドファンディングも増える中で、挑戦者が描く未来を共有&共感できる内容も増えたらいいなー。

2022年11月12日土曜日

期待のなまえ。


自ら名乗ったのは「いよココロザシ大学学長(理事長と名乗る時はNPO法人上の話)」「フィルム・コミッショナー」だけと思ったら「ご当地もなか評論家」とも名乗ってました(笑)。
また「萬翠荘(国重要文化財)顧問」「いしづち編集学校校長」という肩書きもいただき、愛媛大学、松山東雲大学から非常勤講師、総務省からは「地域力創造アドバイザー」という肩書きもいただいている。

「エールラボえひめ」ではディレクター。「第一回愛媛国際映画祭」ではプロデューサー、他にもナビゲーター、コーディネーター、ファシリテーター、モデレーター、プロジェクトマネジャー、ストラテジスト、リーダー、委員長など。
そう言えば子ども達からは「インチキ先生」とも(とても気に入っている!)。99%が自ら決めた肩書きや名称ではなく与えられたもの。

(そう思われているんだ、期待されているんだ)と解釈してそのまま預かる。
自分が思う自分のイメージと他人が思うイメージは決してイコールではないから執着も固執もしない。だから「本業は何ですか?」と問われると軸であるフィルム・コミッショナー、ココ大学長。その他全ては、この二つからの派生であって副産物。相手が思うままでOK!と「鬼北町にぎわい塾塾長」という新たな肩書きをいただき実感。

2022年11月7日月曜日

動けば開く。


小さい頃から映画やドラマ、演劇が大好きで、将来は業界に関係ある職に就きたいと思っているけど愛媛は地方。チャンスはあると思うけど、大都会の方が大勢あるし、出会いも選択肢も多い。そう思った時はエイッ!と大都会へ行く心づくもりはできていた。
自分なりに考えて高校卒業後は進学せずに働いて貯金し「その時」を待っていた。Z世代、色々と調べて情報は得ていた。

そんな時に「西山将貴監督」の存在を知る。(同世代で、こんなにスゴい、頑張っている愛媛人がいるんだ!)と驚く。そして(自分に必要なのはもはや情報でなく、同じ話題で話し合える人、相談できる人、教えてくれる人、そんな機会や場所はどこにあるんだろう)と悩みの淵に立つ。すると西山将貴監督との繋がりで泉谷の存在を知る。(んっ!?この人、変だけど何かを知ってそう・・・。フ、フィルム・コミッション?)と思ったかは知らない。

エイっ!と若さの勢いで「エールラボえひめ」に連絡する。初打合せの日は仕事も休み。私「この後のご都合は?」「特に何もないです。」「じゃあ、撮影現場を見学しましょう!」「えっ!?」と数時間後には撮影現場に来ていただき様子を見学。いきなり撮影の雰囲気に飲み込まれ、終始緊張したようだけど「感動しました!」と感想を寄せてくれる。
考えることも大切だけど、行動することはもっと大事。そうすることで、結果はどうであれ、目の前が一気に開くという話。←今ココ。

2022年10月30日日曜日

素。


萬翠荘で行われた河野達郎さんの作品展「写真は語る。」を見た帰り道。下り坂を歩いていると坂の上の雲ミュージアムの明るさが夜に映えて(気づかなかった!)とパチリ。何かのシーンに使えますように。
アンセル・アダムス、マン・レイ、ロバート・メイプルソープ、ソール・バス、ビル・カニングカムなど多くの写真家の作品に触発されてきたけど、ローカルな写真もいいと思った作品展。

渡米後に過ごした寮生活では放課後の過ごし方に写真を勉強して白黒写真の撮影から現像まで、暗い現像室に何時間も篭り、時間を忘れて楽しませてもらったことを思い出す。
あれから、まさかFCとなり地域の写真を撮るのが業務になるなんて・・・それも愛媛で!
20年前はこだわったカメラを持ち歩いていたけど、今はスマホで十分。アートではなく“素”が求められるのがロケハン写真。

河野さんの作品の一つに朝の大洲城のシルエット、城下では張られた電線と低い家屋の屋根、犬と散歩の人という市井を感じる作品があって、映画のワンシーンみたいだった。映画と違うのは「演出されてない素の光景」で、広い画角でこうも撮れるのは地方だからと思ったり。
ロケハン写真って、何の変哲もないけど「画になる場所」を撮った写真だから展覧会も可能だよと話したことも思い出す。

2022年10月5日水曜日

泣きそうだった件。


ほら!3年前に愛媛県のパズルしたでしょ!アレがよくてね、今回も応募しました。」と、孫が参加した「ビー玉コロコロえひメイロ」に付き添いの祖父母さん。「これは誰が企画したのですか?→私が企画して木工会社に依頼しました。→製品化してください。」と保護者。「こんなコト、フツーできないよ!ねっ!お母さん!」と初のチリメンモンスターに参加した小学生はお母さんに相槌を求めて興奮しっぱなし。

「〇〇です!お久しぶりです!」と声をかけてくれたのは、ココ大授業に何度も参加してくれた女性、隣にはお子さん。「あれから子供が産まれて育児に追われて・・・」と報告。でも来てくれた。突如「泉谷さんっ!?」と大学生インターンとして来た女性が子ども連れで目の前を通り声がかかる。と思えば我が子の幼馴染が母親と立ち寄ってくれて就職が決まったことを報告してくれる。

また、これまたココ大授業に何度も参加してくれた公務員の方は定年を迎え「ココ大で雇ってくれますか?」と笑いながらの近況報告。他にも講師を努めた人材育成講座の修了生と数年ぶりの再会を果たしたり、ココ大付属学園に参加してくれた子ども達が立ち寄ってくれたものの照れてハニカム子もいれば「インチキーーー!」と、突撃してきた子もいたり。再会が多過ぎて泣きそうだった件。

2022年9月6日火曜日

3つ合わせて286年!

中央区立久松小学校の4年生と一緒に授業を受ける。

事業が進む or 進まないかは歯車の駆動と同じで、一つでも動かないと「止まったり、空回りしたり、戻ったり」、動いても「超ゆっくり」だったり。全てをコントロールできればいいけど、そうもいかず、外的要因(=自分ではどうにもできないコト)も絡み「すれ違ったり、自然消滅、停滞」したりは日常茶飯事。強引に進めると今度は「質」の問題になり、知れば知るほど厄介なのが事業進行。

今年150周年の中央区立久松小学校、今年136周年の松山市立番町小学校、今年100周年の萬翠荘。この3つを繋ぐのが久松定謨伯爵。両校とも伯爵から多額の寄付を受けており、苗字の“久松”と久松小学校の“久松”が同じなのは諸説あり(偶然にも住所が“久松町”にあるからが有力)。そんな久松小学校は皇族と縁もあり、周年事業には臨席されるほど。そして他校との交流はこれまでナシ。

そこで久松定謨伯爵が教育熱心だったことから萬翠荘が架け橋となり、番町小学校と久松小学校を紡ぐ。ただ両校にとって「繋がりは価値」と思えるまでに10年以上の歳月が流れ、今年が絶好(最後)のチャンスかも・・・と、関係者が再度踏ん張り、昨日を迎える。
番町小学校が学校紹介をすると「いいなー!」と久松小学校4年生。最後はオンラインの画面越しだったけど「バイバイー!またね!」と次回の交流約束!で、私はと言うと・・・。

2022年4月17日日曜日

迷い込んだか。


2021年10月1日時点の人口統計によると、日本の生産年齢人口(15歳から64歳)は総人口の59.4%。統計を取り始めた1950年以来、最低とのことで人数にすると1年で54万人も減ってしまったとのこと。現象の理由の一つが「コロナ鎖国による外国人労働者の流入減」と日経は書いてた。ちなみに愛媛県は相変わらず自然減、社会減で毎年1万人程度の減(自然増、社会増があるから感じにくいけど山間部に行けば激しい減)

最近、70代、80代のシニアの方々と“世間話ではない話”を多くした。私自身も初めてのこと。父親と喋っても、こんな話はしない(笑)。それぞれの背景は詳しく知らないけど、姿勢や身なり、考え方などから想像するにフツーじゃないのは明らか。働く意欲はモリモリで、生産年齢人口の65歳ってアテにならない(70歳まで雇用の努力義務の時代になったし)と思ったり、50歳の私なんてヒヨッコ!

そんな方々の孫世代となる学生たちとも話す機会も多く、(そんな風に考えてるんだ・・・)と思ったり。未来を描いたり、未来に期待を膨らますも、現実に消したり、萎んでしまったり。そんな暗中模索五里夢中の中を躍起になって、再び膨らませたり、白黒をカラフルにしてる50歳。その背後からは「インチキーー!」と背中に飛びかかってくる小学生という構図。私はどこかに迷い込んだか。

2022年1月28日金曜日

巻き込み、巻き込まれ。


結論から言えば「一人でもできるけど、一人でできることは限られる」ということ。決して一人が悪いとは思わない。「一人時間」はとても大切にしたいし、全てを掌握できる「一人事業」は責任と自由が絶えず混じり緊張感が楽しめる。「一人生活」も10ヶ月、冷蔵庫なし、テレビなしの生活も一人だと苦にならず、知恵と工夫で毎日が修行のよう。一体自分がどこを目指そうとしているのか分からないけど、一人を満喫中。

だけど一人は一馬力。これが仲間や協力者を得ると一馬力は数馬力になり無限馬力になる可能性もあるのを知っているから、仲間、協力者と共に行動するのも大切。そんな数日だった今週。「2022年はこれまでと違い解放されます。」的な内容だったと思う星占い通りで、都合の良い部分だけ信じる楽天家。コロナウイルスの影響で“つながり”や“ネットワーク”などが寸断、断絶されてしまったけど、再構築の予感。

だけど、単にこれまでの関係性を依然に“戻す(ゼロ)”ではなく、“新しい再構築(プラス)”を感じさせるのがポイント。「可能性を広げたい、可能性に繋げたいんですよ。」と相談。「いえいえ、私一人ではできません。協力者がいてこそ発揮できます。」とお伝えする。「巻き込み力」とか「巻き込まれ力」という言葉があるけど、分断されて点となりそうなモノゴトにどれだけ、巻き込み、巻き込まれるか?試す価値のある案件発動!

2020年10月15日木曜日

毎日は連続な非連続。

1年前の昨日は、松山三越1Fで157日間、NICECREAMのポップアップショップをやり遂げた日でした。157日間、スケジュールのやりくりは大変だったけど、あの時の充実感が蘇る。最終日の10/14は偶然にも私の誕生日で、メンバーからお祝いしてもらったのを思い出す。2年前の誕生日は仙台にいたのか、最近数年間の誕生日の記憶が曖昧なわけだ。1年前も思い出すのに苦労するのに1年後をイメージするなんて至難の業!

FCマーケティング思考講座にて。オンライン上の参加者を前に「実は今日、誕生日です。」と、自分から言ってしまう面倒な奴。すると、全国各地から画面上に拍手やサムズUPアイコンが咲き乱れる。付きあってくれる仲間に感謝、そして家族からはケーキで祝ってもらう。自分を祝うのもいいけど、“産んでくれた両親へ感謝をする日”と誰かが言っていた。頑丈な体(健康優良肥満児だけど)に産んでくれてありがとう!

毎日は連続な非連続なので、明日は今日の延長のように思えても「全く別の日(新しい1日)」なのだ。しかし、明日は今日から色々と紐づいていて関連性が多い。だから日々が無意識だと「無意識の慣性」で1日は去ってしまう。1年後のイメージなんて無理!とは言うけど、実は非連続ながら毎日過ごす中で紐付けされた結果であり、全くの予想外はなく、自分の意識と行動次第で今日があるという話。

2020年9月11日金曜日

公開エール

ひょんなことから近況を知り、体調を崩したり、事業が思うように進まなかったり、辛い思いをしていたことを察する。気になって連絡するも返ってきたメッセージは心配させないようにという配慮が滲み出てた(涙)。基本的に世の中はコンチクショー!と思っているけど、社会のせいにも誰かのせいにもしないのがルール。そんな中でも「どうしたら楽しく過ごせるか?暮らせるか?」がモットー

失敗して残念と思ったこともあったかもしれない。でも「やってみなければ分からない」ことが多い中で「あたかも正論に見える理屈で行動しない(アイデアキラー)」の方がよっぽど残念。経験至上主義者としては「あーだ」「こーだ」「そーだ」と経験の必要性を唱えていて、酸いも甘い経験の全てを「糧」として己の血とし肉とすることが大事。失敗はマイナスかもしれないが、経験の絶対値はイチでありプラス、何もしなければゼロ。このゼロとイチの差はとても大きい

(ご本人はどう思おうと)これまでに素晴らしい活躍や実績をしてきたのに、それらを「無かったこと」にする必要はなく、また始めればいい。ただその時は「ビジョン」はあった方がいい。自分たちはどんな道を進んでどんな場所を到達したいか?描けるといい。そうでないと、目の前の対応で日々進んでいるように感じるも、その道は行き当たりばったりで蛇行したり戻ったりしてしまい実は進んでいない。

2020年1月6日月曜日

斎場御嶽。


リフレッシュが必要だったので、仕事を兼ねてエイッ!と沖縄へ。世界文化遺産の斎場御嶽(せーふぁうたき/琉球王国時代の最高位の聖地)を訪れる。

10年以上前に連れて行ってもらった時は知識や経験不足でピン!と来なかったけど、今回は三庫理(さんぐーい/三角形のトンネル)を抜けた拝所から久高島(琉球の祖神、アマミキヨが天から降りた神の島)をしっかり眺める。

「斎場御嶽は観光地ではなく祈りの地です。」と地元のガイドさん。「祈りの気持ちを持って訪れてください。」と続けた理由には、近年の観光ブームで沖縄を訪れる観光客は2018年は984万人と過去最高(沖縄はなぜかハワイの観光客数と競い2018年のハワイ観光客数は995万人)となったことでオーバーツーリズム状態。

あろうことか無知の観光客が斎場御嶽の進入禁止エリアに入り香台に上がった他、年末には香台が壊されたとのこと。

案内文を読んでいると二人の女性が拝所に敷物を敷いてお祈りを捧げる場面に遭遇。
世界遺産と暮らしが繋がっているのを実感。
観光地ではない場所への観光は旅行者にとって魅力的だけど、守らないといけないことも多いと思うと複雑。(愛媛でもこのような場所は石鎚山?)と考えつつ終了。
ちなみに2018年の愛媛県の観光客数は2500万人、色々な意味でビックリ。

2018年6月9日土曜日

ひたすら繋ぐ

今週は「繋いだ」一週間だったと。自分たちの課題に気づいたものの、どうしたらいいか分からず相談に来られたので友人を紹介して手助けを依頼。贈り物を何にしようか迷っていたので試食していただきご縁をつなぐ。異業種と繋がりたく、最初の1歩が踏み出しやすいように繋いだり、映画界で働きたい3ヶ国語を操る学生のために海外のフィルム・コミッションを繋いだり。

活かしてナンボ、活かされてナンボ。有益な資源を持っていたとしても蓄積では全く意味がなく、活かすことで価値を創出できると思う一人。「人の価値とは、その人が得たものではなく、その人が与えたもので測られる」といったのはアインシュタイン。年を重ねてくると自分の実績(得たこと)を誇示したくなりますが、自分も資源と思うと使ってくれてナンボで、相手にも私にもメリットあり。

人だけを繋いだ一週間ではなかったなと。見たこともない商品提案(写真の金属装飾品)があり【愛顔の食卓】で販売が決まったり、新商品の試食を店頭で行うことが決まったり、情報と情報を繋いだり、モノと販売を繋いだり、色々なモノ・コトを繋ぎました。昨日から今日も繋がったし、今日は明日に繋がる。自動的にやってくる毎日をどれだけ活かせるか?

2017年12月4日月曜日

移住検討者と。

何とも思っていなかった「愛媛へやってきたこと」が素材になるなんてという話。松山市主催、TURNS企画実施の松山ツアーへの随行を依頼されたのが半年前。そして倍率2倍の申込から選ばれた18人の参加者と共に過ごした半日。開始早々の見所は「坊っちゃん列車」。愛媛県議事堂前は坊っちゃん列車の撮影ポイント、静止画&動画で撮影した参加者。車掌さんも手を振ってくれ出だし好調。

とはいえ、見所が多いだけでは移住はせず、やはり「生活費(≒給与)」が最大の懸念事項で(現状の暮らしと比較してどうなの?)ということ。トレードオフは必ずある、複数の望みを同時に叶えることはできない。やはり「何のために(わざわざ松山へ)引越してくるのか?」と思う。色々なことと松山での暮らしを天秤にかけて当然。「私は3つの収入源で生計を立てています」と、地方のリアルを伝え納得いただく。そして「ご縁があったらまた会いましょう!」と別れる。

移住というと大げさに聞こえるけど、単なる引越しだし、本来なら他人の引越しに第三者が口出すなんて!と思う節もあるけど、参加者の「本音(オフレコ)」も聞けた貴重な機会をいただきました。このツアー、昨年は13人が参加し4人(2組)が松山に移住したとのこと(30%)。今回は果たして何人が松山人になるのか?そういえば以前に参加した、あのツアーのみんなはどうしてるかな?

2017年8月22日火曜日

織り込んでおけば。

今週は畑さん出張につき「えひめ粥」はお休みです。「ちょっとした時」というのは「急な来客・外出」「季節の挨拶」「日頃のお礼」などで、「ハッ!と思いつく」ことが多く、その時に済ませたいもの。【愛顔の食卓】の商圏を意識したことがありませんが「ご近所もある」と知る。というのも「リピーター」が多く「近所だから」とスタッフに告げる常連さんが多数いることを知る、フム、ポスティングに行くか!

所変わり警察署。撮影につきものの「道路使用許可」を「お城下マルシェ花園」に合わせて意見交換。驚いたのは「花園町通りは最初から(今回のような)市場が想定されて整備された」と担当者。だからか初めてのことなのに親切丁寧に教えてくださり、撮影の時は厳しいという訳ではないけど、予め「全てを織り込んでおく」と話はこうもしやすいのか!という段取りの大切さを知る、フム。

某所。実際に「段取り」を組み始める。でも意味は分かっても、将来は確約されていないので、不透明、不確かの中で一つずつ組み上げていく。相当高く組まないといけない案件で完成は数年後、先は霞んで見えないけど、段取りをキチンとしておけば何とかなるだろうと思うのが精一杯の今。どうして自分なのか?と思う時もあるけど「宿命ですな」と諭される。

2017年7月28日金曜日

ご縁全開!

「ガイヤの夜明け」にも登場した「株式会社ファーマーズ・フォレスト」の松本社長とご縁をいただく。「6次産業化」「着地型観光」「地域商社」などのキーワードがココ大(愛顔の食卓)と合致し、その先駆けとして「ファーマーズ・フォレスト」が参考になるから!というもの。一昨日は講演いただき、昨日は視察に同行。こんな「おいしい」ことはない(笑)。

カンブリア宮殿でも取り上げられ年間26億円もの売上を誇る「彩菜きてや」の木原店長から、農家との関わり方、直販流通の仕組みを教えてもらい、村上水軍博物館の田中学芸員からは着地型観光の取り組みとして能島の魅力を上陸して教えていただく(授業で訪れたのは3年前でした)。そして大三島では「大三島みんなのワイナリー」の林さんから夢を大いに語っていただいた。「実はココ大のこと、ちょくちょく見てます」と林さん、恐縮です!

(次の次元に入ったかも?)という感じ。重たい事業をゴロゴロ転がしながら次の一手を展開していますが、横に展開というより深化しそうな感じ。それは今までとは異なるタイプの方とお会いしたことで、思考回路が別の線で繋がった感じ。松本さんと「バン型で行うツアーはいいですよね〜」と盛り上がったのも、その一つ。(間違っていなかった)と思えた瞬間。

2016年12月6日火曜日

専門店が多い花園町。

「愛顔の食卓」のある花園町商店街は幅約40m、松山市駅(いよてつ髙島屋)から堀内まで約400mの一直線。愛顔の食卓の並びには洋食、ラーメン、焼き鳥、居酒屋、提灯、インドカレー、印鑑、小料理、イタリアン、焼肉、健康食品、トンカツパフェ、うどん、ケーキ、美容室、看板、歯医者などの専門店が数多く並びます。実は「空き店舗」がない盛況ぶり。
写真は世にも珍しい「トンカツパフェ」、キワモノですがサクサク感がフルーツの歯ごたえ、甘さと合うとのこと。

花園町は来年、広場を備えた通りになります。その後は商店街に「にぎわいと交流」が求められ、人通りが多くなることを予想して今から準備をしようという動き。ただ、商店街の方々でにぎわい創出や交流を企画できる人は少なく、予想通り、役員になりました(笑)。

そして「お城下マルシェ」という新しい形態のマルシェ実行委員長も拝命し、コンセプトを検討する。初めて行動を共にする方が多いので手探り状態だけど、運営者、出店者、来場者の全てが納得するキーワードを導き出せるかが私の役目!