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2026年7月26日日曜日

働き方について独り言。


「松山に寄ったよ。」と長男君。
帰省ではなく仕事で松山へ1泊2日の出張だったとのこと。

親としては、30分でも会えれば・・・と思ったものの仕事優先。
でも連絡してくれたことに感謝。仕事/出張内容などは聞かず。

「少しはゆっくりできた?」と尋ねると「散歩ができたよ。」とのことで、送ってきてくれた写真が、夜の道後温泉本館。風情あります。

ブルーでもホワイトでもシルバーでもメタルカラーでも「全ての職種がAIによって恩恵を受ける時代に問われるのは“働き方”」と誰かが言っていたけど、ホントその通り。

そこへ生産労働人口の減少が容赦なく加わるのだから、本来なら労働人口の減少に伴い賃金の上昇が起こる(起こった)はずだったのに「非正規雇用の拡大」「労働市場にいなかった世代の労働参加率の上昇」「公的業務による硬直した賃金」「デフレマインドの定着」などで過去30年間、賃金が上がらなかった日本。

だから職種へ固執しても賃金の上昇が期待できないなら、働き方を変えてみるという“マインドセット(思考の癖)”によって選択肢(副業、複業など)が浸透して数年。

たぶん、我が子世代が社会の中軸を担う10年後(30代)は、良い意味で人材はもっと流動的になり、複業は働き方の主流になるのかもしれない。

だから、能力のある人は職種にとらわれず引っ張りだこになり、その結果、賃金も上昇するのかな?その分、格差も起こりそうだけど。

そのため(≒引っ張りだこ)には、AIではできない専門知識や経験が求められるという将来を見通してか、末っ子くんは大学に通い始めた。先見の明がある気配。

若い人には選択肢や可能性が多いけど、10年後は60代になる私たちには需要があるのだろうか?妻は彼女にしかできない専門性があるので問題ないと思うけど・・・。

と、言うか働き口に期待するからダメなんだな。
「一人起業/創業」も10年後には、当たり前になってるはずがら、自分で市場は創れということか。

2026年7月12日日曜日

育児は育自、家族の話。


妻から写真が送られてきた。

「子ども達と食事をしたよ。」という内容で、それぞれ忙しくしている子ども達が時間を合わせてくれる(長女は今回、時間が合わず)。

具体的に何を話したかは分からないけど、こうして離れ離れでも会おうとしてくれる子ども達に感謝。解散後、長男くんからは「今日はありがとう。また、皆んなで食事しよう!」と連絡が入る(涙)。

私が子ども達の年頃の時は、両親とこんな付き合いはなかったな・・・と思ったら、18歳から6年間海外で帰国後はすぐに結婚して愛媛に行ったからでした(爆)。

末っ子くんは長男くんが好きというか尊敬してるみたい。
お互いに一緒だったのは長男くんが高校二年生の一学期まで。
長男くんはシアトル→フェイレンツェ。末っ子くんも中学卒業後はN校で東京→オーストラリア→ロンドンへ旅立ち、約7年間離れて今に至る。

親バカだけど、3人ともよくぞ成長してくれたという感じ。
外国の友人が多かったり、運動会の途中で体操服のまま旅に出発したり、海外を訪れたり、学校を休んで撮影現場に連れていかれて坊主にされたり、突然勤め先が県庁や市役所になったり・・・3人の心境を察するに(ウチの家族はなんだか変だぞ)と思っていたに違いない。

離れていた時間が長くても、会えば“昨日の続き”のような感じなのが姉弟。

そして、この親子の写真、よく見ると(誰が撮ってんの?)となる。
撮ってくれたのは末っ子くんの彼女のミウミちゃん。
末っ子くんとミウミちゃんはオーストラリアで出会う。
二人はdiadiaというユニットで『音楽付き日めくりカレンダー』を創った仲。

長男くんにも彼女はいて、長女には彼がいる。
子ども達に親にさせてもらいました。育児は育自。

神様がいるなら、子ども達の末長い幸せをお願い!

2026年6月28日日曜日

親族の話。


松山出身で現在はホーチミン(ベトナム)在住30年以上の弟分の娘さん(姪っ子と同じ感覚)がオーストラリアの大学へ進学するとのことで、その前に松山へ・・・となり、激励会が企画される。

私の地元では親族が集まるのは冠婚葬祭の時だけで、松山に来てから何かと集まる親族の輪に驚いた当初。

実は我が家の長女が海外へ行く時も親族が集まってくれて激励会を企画してくれたメンバー。
皆んな我が子ではないのに、応援してくれるって幸せ。

そんな姪っ子の将来像は「外交官もしくはインターポール(国際刑事警察機構)」。
メチャメチャカッコいい!

どうやら、義兄(妻の兄)が国連(UNIDO)で働いていることに刺激、インターポールの存在にカッコいいと思ったよう。「ぜったいになれる!」と太鼓判を勝手に押す叔父(私)。
大人の役割って応援団となって応援すること!素直で本当にいい子なので叶うはず!

10代から80代まで20名がワイワイしたけど、実は私がこのような会に参加するのは3年ほどぶりで、タイミングが合わなかったり、今年の正月はタイミーしてたから「久しぶりー!」だったのに、フツーに迎えてくれるって幸せ者です。

当日は仕事の都合などで参加できなかった人、県外・国外組もいたから、全員いたら30人以上の規模の親族が連絡を取り合える関係って控えに言ってもすごい。

会場はホテルマイステイズ。
オーダーバイキング形式で6000円/人。それが満席の大入が掲げられていたから100人以上いたと思うと一晩で60万円の売り上げか・・・。

宴時間はアッ!という間に過ぎ、「締めの言葉」のタイミングになったとき、既に周りは大いに酔っ払っていて、“そんなこと”ができない状態。

すると、親族の一人がスマホを取り出し、繋がった相手は県外にいて参加できなかった今回の企画者であり親族の最年長者。

オンライン幹事によるスマホ画面から締めの言葉って初めて!
時代は刻々と変化/進化しているという話。

若者の未来に幸あれ!

2026年6月15日月曜日

叔父、招かれて大感謝!


「日曜日、ウチで食事をしましょう!」と義兄義姉夫婦が誘ってくださり、二つ返事で「行きます!」と返答する。

何か手土産でもと思い、姪っ子たちに・・・は口実で、私も食べたかったアイスを買い込んでお邪魔する。

そして「今日は誰かの記念日?」と尋ねると、先日、誕生日を迎えた姪っ子と、誕生日を控える姪っ子のダブル誕生日会でした。

既にテーブルには色鮮やかな食事が並んでいるも、見たことのない料理に「これらは何と言う料理なの?」と尋ねると「インスタに載ってた彩りが良くて、手元の食材で、ボリューミーに手軽に美味しく作れる料理(笑)」と教えてくれる。

そうだよね。最近は名はなくとも美味しい料理がたくさんインスタに載っている。

以前「クックパッドの衰退」という記事を読み、レシピのプラットホームとして有料会員に支えられていたけど、今では有料サービスに頼らなくても十分なメニューやヒント、ワザなどがインスタや類似サービスにあるから、厳しくなった・・・を思い出す。

生ハム、キュウリ、ニンジンなどのマリネ風も美味しかったし、エビハンバーグは餃子の皮を細く切った衣の歯応えが良かったし、胸肉の唐揚げも美味しかった。

そこへ義母が作ったナスのお浸し、フライドポテトなども並び、50過ぎ男の単身者では絶対に作らない&食べれない料理に感謝しかなく、家族が近くにいる喜びを噛み締める(涙)。

一通りの食事が終わり、デザートタイム。
義母が用意した果物と共に、手土産で買ってきたアイスを食べるタイミングと思ったら違い、大きな箱を持ってきた義姉。

(そうか!誕生日だからケーキだよね!)と思ったら「これは、泉谷家から届いたアイスケーキだよ。ありがとう!」と教えてくれて、妻が注文したケーキが届き、今日まで待っていてくれたのだった。

と、言うことで結局、自分たちが贈ったアイスケーキを自分でも食べれた・・・という話。
結局、一番得してるのは私ではないか!

2026年5月4日月曜日

May the Force be with you.


5月4日は「スター・ウォーズ」の日。

スター・ウォーズから5月4日はイメージしにくいけど、
May the Force be with you(フォースと共にあらんことを)」「May the 4th(5月4日)」をかけた語呂合わせから、世界中でファンがスター・ウォーズを祝福する「スター・ウォーズの日」となる。

去年は「スター・ウォーズ セレブレーションジャパン」が17年ぶりに日本開催とのことで、ファンとしては大枚をはたいて、陶酔した2日間。
本当に世界中から訪れてたもんな。

でも、ルーカス・フィルムがディズニー傘下に入ってからのスターウォーズは、物語が枝分かれして多くなり、それらを観ていない(ディズニーチャンネルに加入していない)=分からなくなっている。

正史と言われる9作品(EP7からEP9は、イマイチだったけど)、アニメ「クローンウォーズ(突然のシリーズ終了で中途半端感があったけど後日、強引さあったけどキチンと終えた物語)」、「ローグ・ワン(個人的には大好きな作品)」まで。

これからも細い枝先(細かい設定や複雑な物語)ではなく、太い幹(王道の物語)で私たちを楽しませて欲しい。

で、5月4日は個人的に“もう一つ”の思い入れがあり、それが「キース・ヘリング
」の誕生日ということ。

1958年生まれだから、生きていれば68歳。
彼は1990年2月16日に31歳という若さで亡くなる。

亡くなった年(1990年)5月4日の追悼式は、NYのセント・ジョン・ザ・ディヴァイン大聖堂で行われ、 亡くなる数週間前に描き上げ、大聖堂に収蔵されたばかりの祭壇画『キリストの生涯』が最後の作品。

家族でNYを訪れた際に、
『キリストの生涯』を見れた時は(あぁ、最後はこんな所に到達したんだ・・・)と感動した。
ホント、愛の人だった。

キース・ヘリング最後の作品『キリストの生涯』

2026年4月19日日曜日

引越し物語。


春は移動(異動)の季節、我がアパートでも先日、階下の方が引越しをされていた。
その方は自身が引越してきた際に、ご挨拶をしてくれた。ガス栓に赤札がついていて気づいた。

数日後の朝、ピンポーン!と呼び鈴が鳴り(はて?配送荷物の予定があったかな?)と思ったら、引越し業者さんで、お隣が引っ越すので騒がしくなるのでご容赦ください的なご挨拶。

「はい、わかりました。」
としか言いようがなかったけど、そう言えばお隣さんとは、私が引越してきた6年前にご挨拶をして以来、お会いしたのは6年間の間に2-3回程度。

同じフロアだったのに、すれ違うこともなく、顔も容姿も覚えてないし、(当然)名前なども知らず。(たぶん)単身者で古い自転車に乗っていたのは知っている。

お隣さんと言えるけど、素性も知らない隣人。こんなものなんだろうな。
と、言うか、向こうも私のコトをしらなかったはず。怪しく感じていたかもしれない(笑)。

冷蔵庫も電子レンジもオーブンもテレビも自転車もなく、朝早くに散歩で外出、出張の度にブレーカーやガス栓を落としているなんて、知る由もないはず(笑)

都会は人間関係が希薄・・・とは、松山でも十分にあり得るということ。
賃貸だから、ご近所付き合いなんてない。2時間ほどで引越しは終了したようで、去って行った。

というコトもあれば、東京宅では、ちょっと変わった共同生活が期間限定で始まったよう。
周りから見れば(えっ!?そうなの?)と、言われること間違いナシだけど、私たち夫婦にとっては特別なコトではなく、期間限定だし、誰かの役に立てば・・・という感じ。

私も18歳で米国へ渡った時は、アメリカの父と母の家でホームステイをさせてもらった。
ニューヨークでは最初は寮に入り、その後、マンハッタンのアッパーウェストでホームステイをしたけど、色々あって3か月ほどで出た記憶。

その後は当時は危険地帯(ドラッグなど)と言われた(今はオシャレになった)Ave A&Ave Bのダウンタウンに住んだっけ。

引越しの数だけ物語がある!私はココにどれほど居るのだろうか?

2026年4月16日木曜日

泣かすなよ!ダイアナ・ロス

改めてスゴさを実感

実父に会えて、アメリカの父に会えて、長女と長女の彼に会えて、長男と長男の彼女に会えて、末っ子と末っ子の彼女と食事できた日々。

もしかしたら将来、家族になる人がいるかも・・・と、想像するだけで感激&感動して涙腺がゆるむ。

実はスケジュールの都合で最初は上京に消極的だった私。
それを後押ししたのが妻で(それならば・・・)と、エイッ!と気持ちを切り替えたのが良かったのか、上出来すぎた日々。

展示会(空山基など)にもマーケットにも行けたうえに、パエリア(スペイン)、バインセヨ(ベトナム)、フライドカラマリ(アメリカ)まで食べれて、満足の上を行く満足に誰かに感謝せずにいられず、
思わず神様に感謝する(笑)。それぐらい充実してた。

愛媛に帰る日。朝が早かったので飛行機では音楽を聴きながら寝ようと決めていて、早々にヘッドホンしてプレイボタンを押して流れてきたのはダイアナ・ロスの『サンキュー』という曲。

ダイアナ・ロスと言えば、女性シンガーの大御所中の大御所。

シュープリームスを経てAin't No Mountain High Enough(1970)、Love Hangover(1976)、Upside Down(1980)などは超有名曲。

それらは知っていても、『サンキュー/Thank You』は知らず。
それもそのはず、この曲は2021年、22年ぶりに出されたアルバムのタイトル曲。


この時、御年77歳!

歌詞が脳内で断片的に翻訳されて、♪自分や周り、神様への愛と感謝🎵がこれでもか!というほど詰め込まれている曲と分かり、ジ〜ンときて涙が出る(飛行機に着座してるのに!)


このまま聞いていては涙が溢れる・・・と思い、次曲にしたら、今度は同じダイアナ・ロスの『BOSS』が流れてきた!

この『BOSS(1979)』という曲も、♪自分を全肯定しよう!🎵という歌詞(実際は恋愛関係にある女性の強い意志の代弁のよう)で、🎵自分を信じてきてよかった♪的に訳せて涙止まらず(笑)。なんなんだよ!ダイアナ!泣かすなよ!


で、やっとミニオンズ・フィーバーの曲『Turn Up The Sunshine』を聴いて落ち着く。


その時は『サンキュー/Thank You』を流したい!と決める!
また、涙が出そう・・・。

フライドカラマリを食べながら。

メニューにしっかり「フライドカラマリ」と書いてあった

「好きなモノを、何でも食べなさい。」とアメリカの父(ハルのお父さん)

2回目の「東京アメリカンクラブ」。
一歩入るとアメリカンな雰囲気で、実際に受付時から英語。前回はディナー、今回はランチ。

辺りは(たぶん)アメリカ人と思われる人が多く、リラックス(新聞読んだり、本を読んだり、談笑したり)している。私たちだけでは絶対に行かない、行く考えもおよばない場所。

当然、レストランに入っても周りはアメリカ人、サーブしてくれる方も外国人で英語で話しかけてくる。「自分は新任マネジャーです。」と挨拶に来た新マネジャーはミャンマー出身だった。

メニューを見ると「ステーキ」などのザ・アメリカンなメニューががズラリ。
読み進めると「フライドカラマリ」を見つけて(やったね!)となる。

昨日もベトナム料理店で食べた所だけど「フライドカラマリ」とキッチリ書いてあるのだから、頼むしかない!

そして、メインディッシュは「ダブルチーズハンバーガー」、妻は「ソフトシェルハンバーガー」を注文。

アメリカの父とは1年半ぶりの再会。
私たちの様子に喜んでくれる父、先日はハルにも会ったこと伝えると目を細めてニコニコ顔。
そして話は亡きアメリカの母の話におよび思い出話。
いや、ホント35年以上前に出会ってから、今でもこんなに親しく付き合わせてもらってるなんて奇跡だねと妻。同感です。

そうこう話していると、やってきました!フライドカラマリとダブルチーズハンバーガー!
ファストフード店でもダブルチーズハンバーガーはあるけど、バンズの外は焼かれていてパリ!中はフワッ!ビーフ100%の肉汁にピクルスが合う!

そして、念願のフライドカラマリ。
前日のイカリングも美味しかったけど、今回のは一つ一つが大きく、ジューシーだった。
なんで、日本で同じ味が出せないのだろう?と不思議。

話は尽きず2時間超え。
タクシーで滞在先までお送りして、別れ際はギュッ!とハグ(強め)。
当時18歳だった息子は54歳に成長しました。


2026年4月15日水曜日

クルーズ乗船者は語る。


リタイア後は毎年、クルーズ船で世界をめぐり、世界一周も経験済み。悠々自適に暮らしているアメリカの父。

「歳だからもう世界一周はできないな。でも、愛媛にはまだ行ったことがないんだよ。」とポツリ。
そして、「えっーと、愛媛にある“でんじろうカフェ”って知ってる?街並みがキレイな所にあるらしいんだ。」
「んっ!?街並みがキレイ?内子かな?」
と調べると、内子町八日市護国の街並みの中に「カフェ でんじろう」という古民家の和カフェがありました!

でも、私は行ったことがない。それをネットを使い、数あるカフェから探し出す父はスゴい(笑)。

「(クルーズ船で下車してから)どれくらいの距離/時間なの?」と父。
「港から車で90分〜100分程度でしょうか?ちょっと遠いですよ。」と伝えると。
「いやいや、クルーズ船に乗っている客の多くは時間があるから、往復4時間くらいのアクティビティまでならOKだよ。」
と、貴重なユーザー意見をいただく(笑)

「その代わり、送迎の車移動はマスト。私のような高齢者が多いから、階段や徒歩は大変だから車だね。」
これも貴重なユーザー意見。

「あと、滞在するなら、私はファミリーマート、ローソンが近くにないとダメ。」
「ファ?ファミリーマート?、ローソン?ってコンビニ?」
「そうコンビニ。(クルーズ船に乗って、現地自由時間で)花巻東高校まで行ったほど大谷翔平のファンでさ、ファミリーマートが大谷翔平のおにぎりを出したから食べたんだけど、イマイチの味だったね。私の口にはローソンが合うよ。」と父。

「でもさ、前に日本を訪れた時にはあったのに、今回はないモノもあって、食べられると思っていたのに残念だったよ。」と、かなりのコンビニ好き。
「あぁ、それは季節的な商品ですよ、きっと」となだめる私(笑)

「もう日本に住むことはない(=アメリカ在住)けど、日本は素晴らしいよ。特に自然はビューティフル。愛媛でコンビニがあって1ヶ月ほど自然に囲まれて静かに滞在できる所があったら、行きたいな。」とリクエスト。

チャンスですよ!愛媛!

バインセオを食べながら。

イカリングとバインセヨ

長男くんたちと別れた後は“、本町・中華街にあるベトナム料理”の店を目指す!
今は横浜駅、ここから中華街へは地下鉄に乗るのが手っ取り早かったのだけど・・・。

(1)腹ごなしをしたいと思った。
(2)天気と浜風が気持ちよかった。
(3)歩数を稼ぎたかった(1万歩/日)。
(4)実はイマイチ、乗り継ぎ方が分からなかった。
などの理由から妻と「(中華街まで)歩こう!」となる。

道のりは海沿いを約4km、50分余り。
海を見ながら&街並みを見ながら歩き、中華街に到着する頃は待ち合わせ時間にも近くなり、腹は減るわ、2人分の電車代は浮くわ、歩数は稼げるわで良いことづくし。

「いやいや、横浜駅から中華街まで歩く人、いないですよ。」は長女の彼氏。
長女と彼氏とは一緒にベトナム旅へ行った仲。

思い出エピソードとしては、彼が初めての体験でも何でも積極的に楽しんでくれたこと。大いに楽しめました。

末っ子くんの彼女も、長男くんの彼女も、長女の彼氏も我々家族に「どうしたら、そうなるの?」的なハテナがあるようで、ちょっと変わっていると思われている。変わってるかな?

ベトナム料理と言えばフォーとか生春巻きだけど、注文したのは「(彼氏がベトナムで食べた味をもう一度!ということで)空芯菜の炒め」「(フライドカラマリではなかったけど)イカリング」そして「(ベトナムの料理教室で作った)バインセヨ(ベトナム風お好み焼き)」。

ここも“媚びてない味(日本味にローカライズされてない味付け)”で美味しかった!
長女と彼氏とは、もっぱらベトナム旅の思い出話。
共有できる話題があるとワイワイ度合いが倍増する。
こちらも凸凹あるものの、仕事自体にはやりがいを感じていて、(踏ん張って!)とエール。

私が来ることで有給取得などで時間調整をしてくれた妻や子ども達には大感謝(涙)
昼も夜も美味しい食事、稼ぎたかった歩数も20,000歩を超えて、妻宅に着いたらバタンキューだった夜。

2026年4月14日火曜日

パエリアを食べながら。

カサ・デ・フジモリのパエリア

関内駅を目指していたのに、なぜか桜木町駅へ向かっていて大慌て。
長男くんに連絡して集合時間に遅れる旨を伝えて、急足で向かったのはスペイン料理店。

スペイン料理店とは随分とオシャレな選択。
「イカスミのパエリア」「フライドカラマリ(私のフライドカラマリ好きは、
マドリードでハマった)」など、スペインを訪れた時に食べた美味しい味しか思い出しかない!

久しぶりに会う長男くん、そして初めてお会いする長男くんの彼女。
二人に遅刻したことを詫びて緊張をほぐしたつもりだけど、余計に緊張させてしまったかな?どうだったかな?

乾杯はサングリア(スペイン・ポルトガル発祥の赤ワインにフルーツ、シナモン、砂糖や蜂蜜を漬け込んだ果実のワインカクテル)。

普段は一滴もアルコールを飲まないけど、せっかくの機会だから。
それにしてもNY時代以来だから約30年ぶりの
サングリア?美味しかった!

話を聞けば美術が好きな二人、共通の趣味があることはいいことで、根掘り葉掘り聞いてしまう、職業病の悪い癖を反省。

そうこうしているうちに出てきたのはシーフードパエリア。
それも、しっかり焦げ焦げ。
「これはどれほど焼いたパエリアなんですか?」
「30分ほどです。」
「じゃあ、注文を受けてから焼き始めたんですか?」
「はい、そうです。でも焼いた後に直ぐには出せない(熱いから)ので、冷めてから出します。」
「そうですか、カリカリで美味しそうですね!」
と、相変わらず聞いてしまう(その方がより美味しく感じられるから)

店員さんに取り分けていただき、いざ実食したパエリアは“媚びていない味(日本にローカライズされてない味という意味)”で感激。

ペロリ!と食べてしまい、まだ残っていたパエリアも食べれたけど、長男くん&彼女に食べてもらう。と、言うのも、この後の夕食は長女&彼氏だったから(笑)

ワイワイお話ができて、二人とも仕事にやりがいを感じているようで何より。
親は我が子の応援団であることを改めて実感した2時間余り。
我が子は親の活力!

ポテトサラダを食べながら。

写真を撮り忘れたのでイメージ

末っ子くんが、大学入学&アルバイト継続などに合わせて引っ越すことになり、「私物」を妻宅へ持ち込むことになり、待ち受けていたものの来ず。

(そのうち来るだろう)と思っていたけど、予定よりも2時間以上経っても連絡がないので、こちらは夕食の準備を開始。

一人(単身)では絶対に料理は作らない(調味料も材料も道具もないからだけど)。
だけど、食べる人がいる(妻)といれば話は別。
だけど妻も予め煮物などを作っていたので、私は具なしポテトサラダと温野菜程度。

すると「ピンポーン!」と呼び鈴がなり、末っ子くんと彼女がやってくるも疲労困憊の様子。
「どうしたの?遅かったね?」
「電車を乗り間違えてしまって、遅くなってゴメンなさい。」と彼女。
「そう、八王子駅まで行っちゃったんだ。」と末っ子くん。

聞けば電車に乗ったものの、乗り換えるのを忘れてしまい終着駅に・・・。
終着駅から妻宅の最寄り駅まで直通はなく、乗り換えがあるから、大きな&重い荷物を伴っての移動(徒歩や階段など)は大変!

地方だとレンタカーを借りて・・・となるけど、若い2人は電車で引越し移動、疲労困憊になるはず。

でも、疲労困憊になったせいか、休んでいくことになり、「夕飯を一緒に食べようよ。」と誘うことができ、そこへ妻も帰ってきて皆んなでワイワイ夕食。
こういう“ささい”、“ささやか”なコト大切。
「のぼーるサンのポテトサラダ、美味しいです〜。」と味が沁みたようで褒めてくれる末っ子くんの彼女。

若い二人には夢と可能性しかなく、大きく語らってもらうことで、こちらは英気をいただく(笑)。

労った後は二人を駅までお見送り。駅までは徒歩10分、「もう葉桜だねぇ・・・」と東京の桜は終わり。

2026年4月11日土曜日

帰れば帰ったで。


東京に戻れば老いた両親の様子が気になるのは当たり前。
かつ、今回は母が入院先から一時帰宅というタイミングも重なり訪ねる。親孝行のつもり。

東京宅から実家までは徒歩50分。
すっかり葉桜になった公園を通り、川沿いを歩けば実家近くまでたどり着く。

両親は二人とも4月生まれだったので、バースデーカードを妻が用意してくれた他、曽祖父の記事を用意してくれて実家到着。「よう来てくれた!」と出迎えてくれる父。

あいにく、母は姉夫婦と病院診察で不在だったけれど父と会えて、一先ず生存確認。
80代も後半、自身でも衰えを実感していうようで、「もの忘れが多くてさ、やんなっちゃうよ・・・。オレも長くないな。」と東京弁。

我が子の近況(父からすれば孫の近況)を伝えるのが一番のボケ防止。
母は入退院を繰り返しているから普段は一人の父、姉が隣町で暮らしてるから色々と面倒を見てくれていて、せめてもの気持ちで姉夫婦への愛媛土産を父に託す。

1時間ほどで実家をあとにするも、待ったナシの状況は刻々と迫り、どうしたらいいものか?と思うとドッと疲れが出て(帰りはバスで帰ろう・・・)とバス停へ向かったら、バス停まであと数十メートルの所で乗りたかったバスに追い越されて乗れず・・・。

次のバスが来るまで15分も待てず、帰りも徒歩を敢行。
おかげで往復15,000歩を稼いだと共に歩くと思考が前向きになるからいい。

翌日。末っ子くんの音楽付き日めくりカレンダーをスキャンすると、ミュージカル「RENT」のメイン曲「Season of Love」だった!

「RENT」の時代&舞台がNY時代と完全に重なってるから、色々こみあげてきて涙腺ゆるむ。

♪1年間(52万5600分)を愛で測ろうという曲で、喜び、哀しみ、愛、友情など、生きている間に積み重なる時間を愛しみ、人生の指標にしようという希望に満ちた歌詞なんだもの、そりゃゆるむよ。

Seaso of Love


2026年4月4日土曜日

兄弟の話。

カニエの顔のようなイラスト

末っ子くん達がリリースした音楽付き日めくりカレンダー「diadia」。
4月2日の曲はカニエ・ウェストの「Celebration」。

カニエ・ウェストって、奇行ばかりが目立って偏見気味な印象だけど、メロディにセンスの良さを感じたり(上から目線)。スター歌手だもんね。

歌詞はタイトル通り、祝っている内容なんだけど、自分の心情(今日は祝うぜ♬乾杯だ。マリファナを手に入れたぜ♪)など過激な独り言を吐露してる(それがラップなんだけど)。

妻も私も初めて聞いて、おもしろい曲だね。となる。
そして、よくぞ、この曲を選んだなと末っ子の感性に拍手。

と、言うのも4月2日は長男くんの誕生日。
偶然なのか意図的なのかは分からないけど祝いの曲。末っ子くんは長男くんが好きだから、さりげない弟から兄へのプレゼント曲と思ったらジ〜ンときたり(笑)。それが親。

そんな末っ子くんが「大学へ行って勉強したい。」と言い始めたのは今年に入ってから。
何を学ぶ/学びたいかは妻に話しているようで私は知らないけどだ、学びたい意欲があるのは素晴らしいこと。学びを始めるに早いも遅いもない。

世間一般的に言うと末っ子くんは今春に卒業を迎えた22歳。
周りが進学する中で、海外で過ごし、友人達とプロジェクトを立ち上げて遂行し、中古レコード屋で海外バイヤーらとの交渉すれば、色々な気づきが得られるのもごく自然なこと。

妻も私も大喜びだけど、なんとなく子育てにひと段落感を感じていたタイミングでの、入学金、授業料などの出費。

(もうしばらく、踏ん張りましょう。)と妻と話していたら「奨学金が取れました!」と末っ子からの連絡。

これまでの成果などが認められた結果は通常額の半額。
学ぶに早いも遅いもなく、意欲が大切と教えてくれた末っ子くん。

2026年3月24日火曜日

曽祖父/高祖父の話。

とてもモテたそう。

渡されたのは9ページのコピー。泉谷祐勝(いずみたにすけかつ/曽祖父)の記事。

「これは、どうしたの?どこから?」と尋ねると「末っ子くんが国会図書館でコピーしてきたの。」と妻。
ちなみに、コピーの原本は『天狗倶楽部 怪傑伝:元気と正義の男たち』という本の306Pから9ページ。

以前、バラエティー番組「笑ってコラえて」に「日本で最初に(野球の)バントをした人のは私の高祖父です。試合に出場した時、“そんな卑怯な打ち方(=バント)はやめろ!”と、怒られたそうです。」という曽祖父エピソードを披露し、出演した末っ子くん。

自分のルーツに興味があり、末っ子くんに教えてくれたお礼を伝えると、「野球以外でも面白い内容だったよ!」ということで、読み進めると「祐勝は幼少期から海外への憧れをもち、ハワイ移住を真剣に考えていて、アメリカ遠征の時に初めて食べたアイスクリームに感激して、“こんなうまいものはない!”と輸入まで考えた。」という一文があった!

これ、ひ孫の私たち夫婦が体現したことと一緒だ!と妻と笑う(創業経験、アメリカ生活、初めて食べた植物性ソフトクリームに感激して輸入を考えるなど)。DNAは脈々と受け継がれているかも。

これまでは「天皇の野球チーム-スコアブックの中の昭和史-」という本でしか、曽祖父のことを知らず(大正3年に宮内庁入りし、その後に結成した宮内省野球班で参加した第二回丸の内野球選手権大会で勝ち進み、決勝戦で第百銀行と延長15回の末、優勝した。この時、祐勝は監督で一塁選手だった等)。

その後、東京大学野球連盟の常務理事に就任するも太平洋戦争勃発。
樺太、北朝鮮、台湾、中国などを回ったそう。

晩年は宮内省時代に覚えた「菊づくり」と「金魚の飼育」を趣味として暮らし、85歳で人生を全うする。

我々が思う以上に野球に関する資料が多く残されているようで、遺品などは秩父宮記念博物館に寄贈されたとのこと。

そもそも、曽祖父のことをほぼ知らなかった(関心がなかった)し、野球もしなかった。
でも、こうして世代を超えて調べてくれた末っ子くんから教えてもらう。

2026年3月23日月曜日

こういうの良いと思う。


義母&義兄夫婦から食事のお誘いアゲイン。
三連休だし、妻も愛媛大学での仕事があり1ヶ月ぶりの帰郷、そして来年度も愛媛大学での仕事継続が決まったとのこと。

食事はカレー鍋、煮込み、ポテトサラダ、チャーハンなどバラエティ豊かな味の食卓。
ほんと、単身では“ありえない”栄養素は義母&義兄夫婦からいただく(涙)、大感謝!
個人的には「タイミーお疲れさま会」だった気分(笑)

そして、姪っ子は最近、ホットケーキミックスを使ったお菓子づくりにハマっているとのことで、電子レンジで3分ほど温めてできるクッキーを用意してくれる。
女の子って、こういう道(お菓子づくり)を通るのか? サクッ!として美味しかった。

テーブルに飲み物が並び、ふと見慣れない缶を見たら「キリングッドエール」という名前のビールで、「それ美味しかったの」と義姉。

「へっ〜」と答えたものの、興味深かったのはパッケージでQRコードが大きく印字されていて、スキャンすると「キリングッドエール」の専用サイトにリンクされていて、「キリングッドエール」を買うと、0.5円〜0.8円が「キリングッドエール」に寄付される仕組み。

ゴール金額は4000万円で、既に3480万円以上の寄付(達成率87%)が「キリングッドエール」に寄せられていて、私は飲んでもないけど私がアクセスした分の0.5円が寄付された。

ちなみに、寄付先は全国の地域づくり団体で、愛媛では今治の「せとうちみなとマルシェ」だった。

こういうプロモーションは過去にもあったけど(アサヒビールの森林保護活動による植樹など)、共感を得やすいし、経済活動と社会貢献活動の両方が成立するから、どんどんして欲しい。

折しも、4月から「キリン福祉財団」から助成を受けるココ大。
「キリン」に敏感になってしまってるかも!

2026年3月15日日曜日

親に感謝。


生まれてから、タラッ〜と鼻血が出たことも、口内炎もなく、花粉症や〇〇アレルギーなどとも無縁に過ごしてきた50年以上。

でも、もしかしたら自分が気づいていない&感じていないだけで、本当はアレルギー持ちかもしれない・・・と、先日、生まれて初めて人間ドックを受ける際に申し込ん「View39(ビュー39)」というアレルギー検査。
人間ドック当日、この
アレルギー検査を含めて6本も採血されたのを覚えてる。

その結果が届き、恐る恐る見てみると・・・。
全39項目、全てにアレルギー反応はなかった。ほぼ陰性。

“ほぼ陰性”と言うのは「真菌」というカビ系に擬陽性反応が・・・という程度で、カビには誰もがアレルギー反応を起こすんじゃないの?と思ったり。

食べ物系のアレルギーは一切ナシ、ゼロ。
雑食を自負してるけど、トマトだけが食べれないので「トマトアレルギーです。」と、避けていたけど、ゴメンなさい。単に食感と彩りが苦手なだけです。

ここまでくると、こんなに頑丈に産んでくれた両親に感謝しかない。
すると妻、「私も花粉症やアレルギーなどとも無縁に過ごしてきたな・・・」と。
頑丈な夫婦ということが分かった検査。

アレルギー検査したの以下の39項目。

<吸入系・その他(19項目)>

【室内塵・ダニ】ヤケヒョウヒダニ、ハウスダスト
樹木花粉スギ、ヒノキ、ハンノキ、シラカンバ
草本花粉カモガヤ、ブタクサ、ヨモギ
ペット・昆虫イヌ皮屑、ネコ皮屑、ガ、ゴキブリ
真菌(カビ)アルテルナリア(ススカビ)、アスペルギルス(コウジカビ)、カンジダ、マラセチア
その他ラテックス(ゴム)

<食物系(20項目)>
穀類小麦、米、ソバ
卵・乳卵白、オボムコイド(加熱卵に反応)、牛乳
豆・ナッツ類大豆、ピーナッツ、アーモンド
果物・野菜リンゴ、キウイ、バナナ、モモ
魚・甲殻類エビ、カニ、サケ、サバ、マグロ
肉類牛肉、豚肉、鶏肉 

2026年2月24日火曜日

食のエンターテイメント。

見た目、ご容赦ください。

「何もない(3日間の)連休」とSNSで発信したら、毎日「食事に行きませんか?」「イベントに参加しませんか?」「展覧会を見にきませんか?」「一緒に行きませんか?」などのお誘いを受ける。

自分で発信しておきながら、多くの方からのご好意に恐縮してしまう(恥)、お声がけいただいた皆様、ありがとうございました。

最後は義母&義兄姉夫婦&姪っ子も一緒にと夕食を誘ってくれて、花園町の満マルへ。この店は雰囲気がいい。
そこへ東京宅から愛媛大学での仕事にやってきた妻が合流。久しぶりな合計7人の家族団欒。

東京には私の姉夫婦が暮らしているけど、こうした家族団欒の食事はしたことがないので、ほんと、何かと気にかけてくれる義兄姉や義母には感謝。そして、連休は心身満たされて終了。
振り返れば、なんだかんだで充実した3日間だったのだから、私は幸せ者です。

姪っ子は私のことを「ねぇ、インチキ」と呼ぶ(笑)。そんな間柄。
テーブルの上に並ぶ40本以上の串揚げ。「串揚げって家じゃできないし、こんなにカラッと揚がらないよね」など、たわいもない話でワイワイ。これぞ、家族という感じ。

「追加注文はないですか?」と義姉。
「雪見だいふく、お願いします!」と姪っ子。
「えっ!串揚げだよ?アイスの串揚げ?」
「そうだよ!雪見だいふくの串揚げ。」と涼しい顔の姪っ子。

しばらくすると、雪見だいふくの串揚げが3個登場。でも、姪っ子は2人。
(はて?)と思ったら、義母が私が食べるだろうと1個余分に追加してくれてた(涙)。

さて、そのお味は・・・。
衣はアツアツなんだけど、雪見だいふくの求肥?部分がビヨ〜ンと伸びてバニラアイスの味に届く頃は冷たい。不思議な感触。

んっ!?この味、初めてじゃないぞ!
NYしゃぶ辰時代に「アイスクリーム天ぷら」と言うのが流行っていて、スクープした抹茶アイスなどに天ぷら粉をまぶして揚げたのを食べた思い出。

「ママ!もう一つ、雪見だいふくの串揚げ!」
邪道と思ってはいけません、子供はこういうのが好きなのです。食のエンターテイメント。



2026年2月21日土曜日

何一つ分からないのがいい。


末っ子くん達「diadia」がリリースした「音楽付き日めくりカレンダー」は、1月1日から既に50曲以上が紹介されて、ジャンルも様々。日々、面白いリスニング体験を提供してくれている。

最近では「春節(中華圏での旧正月)」を意識したのか?イントロで(んっ!?)となり、聞いてみたら、【Thom Ki Ki(THE RABBIT THAT HUNTS TIGERS)】というアルバム曲で、アーティストのYin Yin(イン イン)は「サイケデリア、ファンク、ディスコ、東南アジア音楽の影響を受けて、マーストリヒトで結成されたオランダのバンド」と出てきた。

情報量が多くて何一つ分からないのがいい(笑)。
新しいメロディ/楽曲との出会い。気分や好みに合う合わないかは絵画と同じ、感覚的なモノだから飛ばしてしまう曲もあるけど、これは気に入った。

多くが知らない曲(聞いて初めて知る曲)ばかりだけど、2月12日は【A day In The Life(
ビートルズ)】だった。
そして、2月18日は【miss you(m-flo)】だった。

くっー、m-floと言えば2000年初期によく聴いてましたな。
LISAが脱退という話にフェードアウトしてしまったけど、今は復帰?されてるのね。
結成25周年ですか!それは良かった。

こうして、世代によって懐かしさを感じさせる曲なのに、我が子世代には新しく聞こえたり、普遍的に聞こえたりするのだから面白い。親子で同じ曲について語れるって嬉しい。

ちなみに、2月は毎日「サカナクション」がパワープレイ中だけど、末っ子くんの影響(笑)
聴く曲が、いつの間にか固定されてしまう年頃だから、拡げてくれる、気づかせてくれる音楽はいい。

あと、年末まで300曲余り。
アパートで作業をしていると、何一つ変わらず&動かず変化がないけど、音楽が雰囲気を変えてくれて発想の助けになっているという話。

2026年2月10日火曜日

時と場所を超えて。


日本で
2週間の仕事&休暇をしたアメリカの兄弟ハルと奥さんのヘミさんが帰国。
SNSで名残惜しそうに日本滞在中の思い出をアップしていたので、「楽しかったね!また来てね!」と、コメントを残すと。

Come visit us in the US. It was great to see you both again!
フロリダにも来て!二人(妻と私)に会えて楽しかった!またね!

という返信。ここまでは、ごくフツーの兄弟の会話。
すると、「新たなコメント」の通知が届き、何気なくアクセスすると・・・。

Say hello to Noboru for me!!!
ノボルへ、私からもよろしくと、伝えてね!

と、見知らぬ女性からのコメントに誰?なんで私のことを知ってるの?となる。
すると、ハルからも続けてコメントがついた。

Noboru do you remember Maria who helped my mom with the house? She says hello!
ノボル、覚えてるかい?バージニアの家で母を手伝ってくれたマリアさんだよ!

No way!
まさか!


頭の中のハードディスクがギュイーーン!と、36年前(たぶん1990年)まで遡って、当時の記憶にアクセス。

アメリカの母とハルと暮らし始めた当時、何も分からず&知らずな生活の中で、母の家を
定期的に訪れては家事を手伝ってくれていた女性がいて、私も向こうも初対面の時は超ビックリし合う(笑)。
そりゃ、突然、知らない男性(私)が家にいた&知らない女性(マリアさん)が家に入ってきたのだから、お互いに驚くよね。
そして、彼女はマリアさんと知る。

それから、掃除を手伝ったり、カタコトの英語でコミュニケーションをとったマリアさん。
当時の私は18歳、マリアさんは30歳だったのか・・・。

マリアさん、現在も当時の家の近くに住んでいるようで、家族にも恵まれて微笑ましい様子がSNSにアップされていて何より。おばあちゃんになってた!

SNS上とはいえ、声をかけてくれてありがとう!と。
当時から今を想像はできなかったけど、時と場所を超えての再会。
歳を重ねるのも悪くないよね!という話。
いやぁ、本当にビックリしたオンライン再会。