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| 人生を回せ回せ |
答えは出ているような・・・でも正解も不正解もないという話。
例えば大学生の頃から具体的な将来像を描くとする。
自分が成りたい将来像、保護者から期待される将来像、“本当(≒たどり着く)”の将来像があった場合、まず描くのは自分がなりたい将来像。
私の場合だったら、日本大学芸術学部映画学科へ落ちて、ニューヨークへ留学してまで叶えたかった映画監督、脚本家への道。
でも、実際に留学すると周りの意欲は凄まじく、自分の意思/意欲が甘いことを痛感して(これは無理だ・・・)と挫折。
自分が成りたい将来像を諦めることになる。
両親は何も言わなかったけど、心の中では(留学までさせたのに・・・)と思ったかもしれない。両親が私に描いていた将来像もあったかもしれない。
ここで固執して映画監督、脚本家を目指す生き方もあったかもしれないけど、妻(当時は彼女)と出会ったことで、サッパリ諦めて帰国。
固執することで、映画監督、脚本家になれたかもしれないし、今でもなれなかったかもしれない。今から思うと、諦めて良かったと思う。結局、映画を含む撮影に携わっているのだから。
話を戻して。
その後は、自分が選んだ“好き/得意”な道に手応えなどを感じて、自分でも描けなかった、予想もできなかった現在にたどり着く。
きっと、これが「本当(≒たどり着いた)」の将来像だったかもしれない。全部、後付けだけど(笑)。
就職活動や将来像に不安な学生に伝えたのは「私を見て。皆んなの年頃から今を想像できなかったし、転職も4回(イープレス→ネットイヤー→愛媛県庁→松山市役所→ココ大)したんだから、最初の就職先が全てではなく、そこからキャリアアップ、キャリアチェンジもあり!」。
たぶん、本人も薄々気づいていると思うけど、生き方に正解も不正解もないということ。あるのは選択だけ。
選択した先で自分が活かせそうと感じたら、あとは続けれてみればいいという話。



















