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2026年3月8日日曜日

サヨナラ△、マタキテ◇。

カフェカバレのランチ

3月は異動や転職、退職など人の動きが活発。
毎年の恒例行事だから仕方がないのだけど、これまで一緒に取り組んできた人とは、それなりの関係性が築けたわけだから一抹の寂しさも。

この日、昼食を共にしたのは「ひめゴジ」でお世話になった松下D。
彼女とは20年以上も前、まだ大学生だった頃にインターンシップで受け入れた時からのご縁。
記憶が確かなら、松下Dは「世界の中心で、愛をさけぶ」の撮影に参加したような・・・。

その時は学生だし、大学授業の一環だったし、他にもインターン生はいたし、修了後は特に連絡もなく月日は流れて10年ほど前?

突然の連絡は「ラジオにゲスト出演してほしい。」という内容で、記憶が定かなら当時は「いよココロザシ大学」「フィルム・コミッショション」を話題に話してた記憶(違ったかな?)

その後、番組の改変があり、隔月レギュラーで出演するようになり、話題も「フィルム・コミッショション」に絞り、当時はジャパン・フィルムコミッションの理事長でもあったので、愛媛&日本の撮影について、色々と喋らせていただいた。
だから、計20回以上は喋らせていただいたんじゃないかな?スゴいこと、大感謝!

声をかけてもらわなければ、なかった機会だし、発信することで知ってくれた人もいたわけで、ラジオの影響力&効果を実感したり。

そんな松下Dも一区切りと言うことで、労いのランチ。
待ち合わせは、花園町の「カフェカバレ」。

ここは、ビルの4階だから、見下ろすと路面電車が行き交う様子が眺めるので「ここ(カバレ)は撮影にどうですか?」と松下D。

撮影にピッタリ(例:歩道を歩くAと路面電車に乗ってるBが行き違う/すれ違うなど)と思う。実景でもいける。

ほんと、担当者が映画好きだと、こういご縁になるという話。
また、どこかで会いましょう!と、ごちそうさま。
サヨナラ△、マタキテ◇。

2026年3月1日日曜日

初めての名詞。

右のシールを左の名刺に貼るというスタイル

これまで数えきれない人とお会いして、その度に「名刺交換」をしてきた。
そして、その人の代名詞とも言える「名詞」に凝ったことも、いただいた名刺に驚いたことも多々あった。変わった名刺で思い出すのは・・・。

透明な名刺、ホログラムみたいな名刺、細長い名刺、小さい名刺、大きい名刺、丸い名刺、黒紙に白インクの名刺、印刷ではなく刻印エンボスの名刺、二つ折り・三つ折りの名刺、折り紙の名刺、手書きの名刺、手漉き和紙の名刺、アルミの名刺など、定型の名刺箱に入らない名刺が多々あった中で・・・。

「私、デジタル名刺でして・・・」と、クレジットカードような(名刺に見えない)ものを見せて、相手のスマホを被せると、データを読み込むという「未来の名刺」を見せてくれたのは、旧知の林さん。
Eightのようなアプリ間での名刺交換はあるけど、アプリ無しでもできるデジタル名刺交換は初めて。

「泉谷さん、名刺交換をしてください。」とシトラスさん。
彼女とはオンラインでは面識があっても対面は初めて。「やっとお会いできましたね。」となる。

そんな彼女が渡してくれたのは2枚の名刺。
最近は複業などで名刺を複数枚持っている方も珍しくないので、それぞれを見ると、1枚は名詞だったけど、もう一枚はイラスト。

「それ、シールなんです。」とシトラスさん。
「シールを剥がして、こっちの名刺に貼っていただくと、オリジナル名刺になります。」と続き、「へっ〜!面白い!初めて見ました!」と驚きの声を彼女は何度も耳にしたと思う(笑)。

だから、もう一枚の名刺は余白が多かったのか!と合点。
シールは彼女がデザイナーだから成立していて、どれもデザインがかわいい。
貼る手間が発生する分、オリジナルにもなるからもらった相手は忘れない。

名刺って古今東西あるから、アイデアは出尽くした感があったけど、アイデア一つで、まだまだ余白があるんだな・・・と学んだ件。

一期一会。

いい笑顔の堀内章さんは75歳でした。

「コーヒーでも飲もうか?」と、妻と話しながら銀天街商店街を松山市駅方面に歩いていると、「靴磨き」と書かれた小さな案内板を見つけるも素通り。

すると「昨日の大雨で革靴が濡れちゃったんだよね。」と妻。
「それなら、靴磨きの所へ戻ってメンテナンスしたら?時間はあるから」と私。
「そうだね。」となり、引き返して靴磨きのオジさんの所へ戻り、メンテナンスをお願いすると、値段は10分間300円と激安でビックリする。

(シニアの方が起業されたのかな?)と勝手に思い、千葉スペシャル(靴磨きで有名な店)などの話をするも、どうも話が繋がらない。

逆に世間話の方が盛り上がり、オジさんは「ハワイに行ったり、国内旅行をしている。」という発言に???となり、(むっ!このオジさん、タダ者じゃないぞ!)とよぎる。

そう思ったのも、オジさんの隣ではカメラを回している男性がいて「インスタ用に動画を撮っていいですか?」と尋ねられ、妻も私もOK。靴磨きでインスタ動画を撮るの?

オジさんの話は面白く、社員から経営者になり、会社をM&Aに導いて引退し、今は社会に恩返しのつもりで靴磨きをしているが「どうして靴磨きなんですか?」と尋ねると、放浪している靴磨きの青年と出会い、感動して自らも実践しようとなり1年10ヶ月ほど。
現在は週一回、この場所で靴磨きしてる・・・と。

あぁ、だからお金が目的でないから10分間300円なんだ・・・など、行動と動機、話などが合致してくる。

そして、どんな企業を経営されてM&A(イグジット)までされたんだろう?となり、「どんな企業を経営されていたんですか?」と尋ねると「ハートという会社です。」と教えてもらい「年商60億円」と言ってたような。
そしてバンダイナムコグループに入り成長を遂げていると。

なんだか、スゴい人を目の前に色々と聞きまくっている私と妻。
人材育成にも強い関心があり、そこは妻の出番。
妻が大学で教えていると知ると、話が更に盛り上がる。

その間もずっと妻の革靴を磨いてくださり、磨き上がった頃は10分どころではなく、30分が経過(笑)

靴磨き終了!お代は・・・となったら、300円でした(笑)
で、ココでお名前をお聞きしたら、お名前は堀内章さんでした。

コーヒーを飲んでたら2人で1,000円は超えていたのに、コーヒーを飲むよりも充実して300円とは・・・。

出会いって本当に面白いという話。

2026年2月27日金曜日

今日の村上さん。


マスク姿に「どうしたの?風邪?」
「私、花粉症なんです。それも重症で・・・。」
「重症ってどういう意味?」
「5歳頃から花粉症で、18年ほど花粉症と付き合ってます。」
「それは、お気の毒だね。」
「もう、冬と春が苦手です。」
「辛いね・・・。症状もヒドいの?」
「頭痛はするし目も鼻も大変です。」
「他にもアレルギーがあるの?」
「動物、ハウスダストなど色々なアレルギー検査を受けましたが、全部アウトでした。」
「・・・。私は花粉症もないし、ついでに鼻血も口内炎もなったことがないんだ。」
「そんな!本当ですか?」
「ネタのようだけど本当なの。」
「そのままでいてください。」

「泉谷さん、車酔いする人ですか?」
「いや、しない人です。」
「すごい!人の運転でも酔わないんですね。」
「まぁね。」
「私、車酔いが激しくて、自分の運転に酔いますから・・・。」
「えっ!じゃあ、今も酔いながら運転してるの?」
「今は大丈夫です。車の運転に集中できたら酔いも忘れますから!」
「が、頑張ってね!」
「はい!」

「こんな山奥にカフェなんて・・・カフェ好きには響くのかな。あれ、コーヒー好きだっけ?」
「いいえ。コーヒー飲めません。」
「じゃあ、カフェ巡りとかしないの?若い人はカフェが好きだよね?」
「一人ではしません。カフェ巡り好きな友達と出かける時に付き合う程度です。」
「その時はコーヒーじゃないから、紅茶とか?」
「いいえ、紅茶も飲まないです。」
「じゃあ、何飲むの?」
「オレンジジュースです。」
「それ、いいね!」

「スイーツは食べないの?」
「うーん、クリーム系も苦手なんです。私はチョコが大好きなんです!」
「そうなんだ!チョコ美味しいよね!(そう言えば以前、チョコ好きと知らずにオーストラリアのソルトチョコをあげた時に大喜びしたのを思い出す)」

「そう言えば、方言指導者を探していた撮影はどうなりました?」
「あぁ、あれね。あれはその後、エキストラも必要になったから“方言指導もできる劇団員”を友人に紹介してもらいました。」
「良かったです!私はコテコテの伊予弁、あっ!でも東予弁です。」
「愛媛県内でもそんなに違うの?」
「私と東予出身の人の会話は松山の人には分からなかったです。」
「おぉ〜!じゃあ、東京弁(標準語)なんて聞きづらい?」
「いえいえ、なんだか丁寧に聞こえます。」
「そうなんだ(笑)」

松山から1時間ほどの運転で久万高原町に到着。
まだ先は長いから昼食を先にしようと入ったのは「道の駅天空の郷さんさん」の農家レストラン。
ここは、地元で採れたものを使っていて、ホッコリ味だから、美味しんだよね!と山盛りランチ。

2026年2月22日日曜日

ご近所パトロール。


連休初日。朝散歩してアパートに戻り、コーヒー飲んで、SNS作業して、メール返信して、気づいたことなどをメモして、毎日朝のルーティン作業が終了。
特に用事もない(本当は連休中に対応した方がいい案件があるけど、週明けでも問題ない)。

洗濯して掃除して、年度末を控えての断捨離。
と、言っても捨てられるモノは少なく、単に片付け。

何かすることはないか?と考えた末、(そうだ!本屋で立ち読みしよう!ついでに10,000歩も達成させよう!)となり、銀天街&大街道をに行くも、銀天街&大街道に本屋さんはありませんでした。明屋書店本店もアエルの2階の明屋書店もなくなって久しい・・・。

かと言って、紀伊国屋書店は過ぎてしまったし、三越の上階にあるジュンク堂まで行って立ち読みする気力はなく、結局素通り。商店街を通っただけ、商店街の人通りは多かった。

ロープウェイ通りを歩くと、途端に外国人観光客が目につき、特にアジア系の方が楽しそうに散策されていて(松山を楽しんで!)とエールを送りながらパトロール。

東雲神社では菜の花が咲いていたので記念写真。
そして電話。出ると制作会社からで、海外で放送する番組の撮影についての相談。
「東京で愛媛産の食材を使うレストランで撮影するなら、東京事務所経由の方がいいので紹介します。」など。

そして、平和通りに出ると外国人観光客より、愛媛大学、松山大学があるからか、すれ違う人が若い人に変わる。

平和通りをブラブラ歩き続けると、朝散歩コースに合流してしまったので、そのままスーパーに立ち寄り昼飯を買ってアパートに帰ると「泉谷さん、SNS見ましたよ、ご都合あえば、ランチでもどうですか?」とのお誘いを受ける。

惜しい!昼飯を買ってきてしまい、食べる寸前だった。
でも、こうして、暇な私を気にかけてくださる方がいることに感謝!

お昼過ぎには既に13,000歩超えだったパトロール。

2026年2月20日金曜日

R.I.P


Facebookを長年使っているから、月日と年齢を重ねる中で人生に思いがけない変化があるのは当たり前。
時を超えた再会を果たすこともあれば、悲痛をもたらすこともあるという話。

長年、Facebook上で私を面白がってくださっていた方が年末に亡くなっていた。
Facebookで故人を偲ぶのは5人目。
でも、本当はもっと多いかもしれない。なぜなら、亡くなったら本人は連絡できないから。

同じ50代で亡くなるのは胸が苦しい。そう言えば、いじめっ子だった同級生も亡くなっていた。
私の日常を楽しみにしていてくれたアメリカの母など色々な方を思い出してしまった・・・。
人生100年とかいってるけど、思っているほど長くないはず。

男性の健康寿命は72歳、女性は75歳。
男性の平均寿命は81歳、女性は87歳。

単純計算で不調を抱える時期は男性が9年間、女性が12年間。
人それぞれだけど、(治療とか不調とか入院とか介護などが色々と発生するから)不調期間が短ければ短いほどいいという人もいる。
こうも周りで色々と起こると、考えてもどうしようもないのに、考えてしまう。

そして、こういうネガティブ思考は夜に考えると最悪とのこと。
一日を疲れ切った脳みそは機能が低下しているほか、セロトニン(幸せホルモン)の減少でネガティブ思考になりやすい。解決もしない事柄を悶々とグルグルと巡らせながら寝落ちなんて、精神的にいいわけがない。

悩むなら日光を浴びながら、前向きに建設的に考えを巡らせたほうがいい。と、自分に言い聞かせる。

「今日が人生最後だとしたら、今日やることは本当にやりたいことだろうか?」と、鏡の自分に問いを立てたのは、故スティーブ・ジョブズ(2005年)。

R.I.P(Rest in peace./安らかに眠れ

2026年2月13日金曜日

人生起死回生特大ホームラン。


契約が更新されなかった。事実上の解雇。
不安定なフリーランスとはいえ、これまで組織に貢献してきたと思っていたから青天の霹靂。

実は恋人も職を失ったばかりで、ダブルパンチ&ピンチ!「どうする私たち?」となる。
強制的に「自分の好きなコト&得意なコト」を手放さなければならなかった二人・・・。

(この機会に心機一転を図ろう!)と考えた二人。
それぞれに就職活動をした結果、恋人は好きなコト&得意なコトの延長上にある職への転職が叶う。

そして相談者当人はと言うと、得意なコトが活かせる職場で、好きなコトを業務にするという、本人も想像以上という転職が叶う。青天の霹靂からは想像できない結果。

「もぉ、メチャメチャ嬉しくてーーー!聞いてくれて、ありがとうございます!」
と、それまでは神妙で緊張な表情だったのに、心情を吐露できたからか、表情が一気に明るく柔らかくなって安堵の表情に変わる。気持ちが溢れるって、こう言うコトなんだ。

どうやら周りには未だ言ってないようだったけど、言うつもりもないそう。
そして「恋人との関係も・・・」
「おぉ!おめでとう!良かった。いいね!素晴らしい!この展開はナニ?」となる(笑)

と、言うのも3年前に初めてお会いした時、初対面だったにもかかわらず、唐突に「泉谷さん、誰か素敵な人いませんか?」と相談されたから(笑)。
その後、出会いがあり、何度かのすれ違いなどを経て交際に進み恋人に。そして・・・。

「映画みたいな展開だよ。人生ホームラン!って感じ。素晴らしい、幸せのお裾分けだね、ありがとう。」

これまでを手放すことで打てた特大ホームランに「こんな(想像以上の)展開になった理由は何だと思う?」と質問すると、「自分なりに誠実に謙虚に生きてきた。」と当人。

この話から明確になったのは「想像以上の素晴らしいこれからの人生は、予め用意されていたわけではなく、日々、目の前のことに注力したことによって拓かれた結果。」ということ。
これまでの経験やタイミング、実績などの“点”が線となり面とし可視化・評価される。

「泉谷さん、聞き上手。人生相談所を開けばいいのに。気が楽になりましたもの。」と当人。
「ホントだね、始めちゃおうかな(笑)」

世の中はコンチクショーと思っているから、ニヒリズム(虚無主義)のペシミスト(悲観論者)だけど、誠実に謙虚に生きている人が真っ当な評価を得られた話に人間讃歌。

2026年2月10日火曜日

時と場所を超えて。


日本で
2週間の仕事&休暇をしたアメリカの兄弟ハルと奥さんのヘミさんが帰国。
SNSで名残惜しそうに日本滞在中の思い出をアップしていたので、「楽しかったね!また来てね!」と、コメントを残すと。

Come visit us in the US. It was great to see you both again!
フロリダにも来て!二人(妻と私)に会えて楽しかった!またね!

という返信。ここまでは、ごくフツーの兄弟の会話。
すると、「新たなコメント」の通知が届き、何気なくアクセスすると・・・。

Say hello to Noboru for me!!!
ノボルへ、私からもよろしくと、伝えてね!

と、見知らぬ女性からのコメントに誰?なんで私のことを知ってるの?となる。
すると、ハルからも続けてコメントがついた。

Noboru do you remember Maria who helped my mom with the house? She says hello!
ノボル、覚えてるかい?バージニアの家で母を手伝ってくれたマリアさんだよ!

No way!
まさか!


頭の中のハードディスクがギュイーーン!と、36年前(たぶん1990年)まで遡って、当時の記憶にアクセス。

アメリカの母とハルと暮らし始めた当時、何も分からず&知らずな生活の中で、母の家を
定期的に訪れては家事を手伝ってくれていた女性がいて、私も向こうも初対面の時は超ビックリし合う(笑)。
そりゃ、突然、知らない男性(私)が家にいた&知らない女性(マリアさん)が家に入ってきたのだから、お互いに驚くよね。
そして、彼女はマリアさんと知る。

それから、掃除を手伝ったり、カタコトの英語でコミュニケーションをとったマリアさん。
当時の私は18歳、マリアさんは30歳だったのか・・・。

マリアさん、現在も当時の家の近くに住んでいるようで、家族にも恵まれて微笑ましい様子がSNSにアップされていて何より。おばあちゃんになってた!

SNS上とはいえ、声をかけてくれてありがとう!と。
当時から今を想像はできなかったけど、時と場所を超えての再会。
歳を重ねるのも悪くないよね!という話。
いやぁ、本当にビックリしたオンライン再会。

仕事との向き合い方。


「好き or 好きじゃない(注:嫌いではない)仕事との向き合い方」という話。
“この手の話”は、大学生からも社会人からも多い。
世代が同じなので、我が子で考えてみた。

長女はヴィンテージブランドを扱う店で働いている。
幼少期からファッションに関心があり、ニュージーランドの高校卒業後は日本に帰らず、ニューヨークで学んだことも。
来店客の多くは海外からで、持ち前のホスピタリティ力でレビューされることも。

長男はヴィンテージ時計を扱う店で働いている。
画家になりたい。と、自力で奨学金を得てフェレンツェで3年間学び、賞の受賞まで成長して帰国。画業で生計を・・・と思っているようだけど、興味があったという時計の道へ進み、学ぶことが多いが充実していると言っている。

末っ子はヴィンテージレコードを扱う店で働いている。
高校時代から音楽に関心があり、ただ自分で奏でるというより、現代音楽の系譜を紐解くと言うか、音楽への造詣を深めたいようで、あらゆるジャンルの音楽を聴いて、各国から買いにくるレコードバイヤーを相手にしてるよう。diadiaの活動も、その一環。

3人ともヴィンテージ品を扱っているは偶然。

色々な切り口があるけど、伝えたのは2系統。
(1)「ライスワーク(生業の仕事) or ライフワーク(自分を豊かにする活動)」で考える。
生きる/生活を維持、成り立たせるために「ライスワーク」を確立させる。
良い意味で割り切れる。これを「ライフワーク」 に求めると、好きなのに稼げないというジレンマに陥ることもあり、無理しても続けると、好きなのに嫌いになってしまう罠がある。

(2)「好き or 好きじゃない」ではなくて「ワクワクするか?どうか?」で考える。
美術館めぐり、蚤の市めぐりが好きだけど、美術館で職に就きたいか?と言うとNO。
蚤の市の企画側に就きたいか?というとNO。ちょっと違う。

個人の性格、価値観もあるけど、自分しかできない(と思う)未知の体験(=ワクワク感)が、その仕事から想像できれば働きたい。なければライスワークに切り替えてもいい。
ワクワクを求めての就職/転職もアリと思う。

就職/転職の当初は分からなくても、その仕事を続けるうちに好きになる可能性もある。
いづれにせよ、自分を成長できる仕事か?は「好き or 好きじゃない」よりも「未知のワクワク感」の方が良いような気がする。私見です。

今の時代、最初に入った組織、仕事を一生涯続ける・・・は大義が薄い。
好きなコトとワクワクが合致した仕事だったら、この上ない幸せだけどねとなる。

2026年2月6日金曜日

乗りこなせ!


「困難は乗り越える。ではなく、乗りこなす。」
意味合い的には
「乗り越える」は、苦難や障壁などを克服、打破して通過、解消する感じ。
「乗りこなす」は、対象と対立ではなく、コントロール下で活用する感じ。

今更ながら、サカナクションにハマっていて、ボーカルの山口一郎氏のYoutubeから。
唸ってしまう。

彼は自身のうつ病を公表していて、そんな様子を赤裸々に語る姿に共感。
仮に「乗り越えた」としても、苦難や障壁が二度と来ない確約はなく、苦難や障壁が現れる度に克服や打破するのは、エネルギーが必要で心身ともに消耗する(と思う)。毎回、大変。

ならば、苦難や障壁を前にしても自分自身が“それ”よりも常に優位性を見出し、どんな“それ”でも自在に受け流す、手玉に取ることができれば、エネルギーも消耗も最小限・・・かも。

思えば20年以上、苦難ばかりだった友人。
最初は苦難に立ち向かい、極端な選択を考えた時は乗り込んだこともあったけど、思い直してくれてからは、苦難を乗りこなすように見えた・・・けど、それも疲れたよう。
ただ、乗りこなし方が上手だった!?のか、乗りこなした先にたどり着いたのは、良い意味で自分らしさが発揮できる場所。一安心。

そして、新たに苦難に直面している人。
「乗り越える」のか「乗りこなす」かは本人の選択だけど、実は「乗らない(≒諦める)」という選択肢があることを“良くも悪くも”気づかせてくれた。

「そこ(乗り越える、乗りこなす)にエネルギーを注ぐよりも、新しくなる自分にエネルギーを注ぎたい。」的な発言に、返す言葉が見つからなかった件。
時に励ましの言葉よりも、ひたすら聞くも必要と実感。

山口一郎が、続けて言っていたのは「好きを大切に」的な発言で、誰との比較にもならない“好き”がある、ないかで精神的に、どれだけ違うか?的な意味に、これまた唸ってしまったり。

で、自分はどうなんだろう?と、自問自答。

2026年2月4日水曜日

今度は私の出番。


前回はハルシャコーヒーさんのクラウドファンディングを応援して、リターンでいただいたドリップコーヒーを、ブリスベン/オーストラリアへのワーケーションのお供にした思い出。
ブリスベンでのハルシャコーヒー

今回は水口酒造さん「日本最古の温泉地から世界へ、若き蔵元と杜氏が挑む130年目の挑戦」と立ち上げられて、これまで「道後六媛」を一緒に開発したり、松山東雲女子大学への授業にお越しいただいたりと、色々と協力をしていただいたので、今度は私の出番と、クラウドファンディングに参加させてもらう。

ただ、お酒について(一口も飲まないので)知らず、リターンを何にしようかな・・・と考えていたら、【仁喜多津 新章 飲み比べ4種 純米大吟醸酒 ・大吟醸酒 ・純米吟醸酒 ・ 純米酒 +アクリルキーホルダーのセット(3万円)】があったので、えぇい!とクリック。

しばらくして、クラウドファンディング終了、結果のお知らせは届き、当初予定は100万円だったのに、最終は110人から合計380万1250円だった。パチパチ!おめでとうございます。

そして、またしばらくして、リターンを忘れていると・・・。
ピンポーンと鳴り、荷物を受け取ると重い。(何かの景品が当たったか!)と思い込んでいたら、水口酒造からのリターンでした。

化粧箱に入った
純米大吟醸酒 ・大吟醸酒 ・純米吟醸酒 ・ 純米酒にキーホルダー、そして水口さんご本人直筆のお礼コメントが同封されてた。

さて、問題はここから。
お酒を飲まないから、これらのお酒をどうやって活用するのが最も効果的か?
やはり、振る舞うのがいいのだろうか?でも、どんな席で?

何はともあれ、お世話になった方が喜んでいる姿を想像できるだけで嬉しい。
ちなみにクラウドファンディグで応援するには、私なりのルールがあり、何かしら直接関わった人の応援に限っている。

その方が応援にも気合いが入るから。

2026年1月31日土曜日

占い当たる。


雑誌などで2026年の占い、特に1月の天秤座(と言っても私だけなく、大勢の人が該当するけれど)には大きな変化が起こる・・・と書いてあったのを実感して思い出す。

多くの事柄は、日々の延長線上にあるから、大抵は関係性などから想像できる
でも、それは「一直線上」で捉えた場合で、1から2、2から3ではなく、1から5、5から10とポーン!と飛躍した場合は、抜けた途中が本人にも分からないから驚くのは当然。

ある日、突然の連絡。
聞けば「推されている。」と分かる。
(なんで?)と思い、誰が(私を)推してるの?と思ったら、一回りも年下の友人からで恐縮してしまう。

この年で推されるなんてないから、話に乗るとトントン拍子に話が進んでしまう。
でも、話し合っているコトはとても&とても大切な内容で、これが20代や30代と50代の違い(笑)

20代や30代なら、まだこの先30年以上あるから勢いでサクッ!と乗る/決めるのもアリかもしれないけど、50代は既に色々と背負っていて、10年先は60代!?置かれている状況は全然違う・・・と気づく。

そして、20代や30代と50代では仕事の仕方も、人生における仕事観も優先順位も違う。
仕事の仕方と言うのは、20代や30代は経験不足や技量不足でも勢いや熱量でカバーできるけど、50代は勢いはなくともそれまでの経験から「気配り・目配り・手配り」「丁寧さ」が強みと思う。

優先順位は人によりけり。
更なる高給を目指すのか?それとも肩書きを増やすのか?それとも自己充実感を満たすのか?は自由。

とても&とても大切な話だったので妻とも話し、妻は「どちらでも“推されている”ことは光栄だよ。」にハッとした部分もあったり。
ほんと、この年で推されるなんてない。

占いは当たっていたけど、“今”を選ぶ。
自分にとっても、周りにとっても、将来にとっても大きな決断をする。

2026年1月26日月曜日

本日の村上さん。

本文とは関係ありません。

「泉谷さん、聞いてくださいよ!」と村上さん。
「なになに?」と私。
「夕食にオシャレなお店で、カキとスパゲティを食べたんです。飲み物も飲みました。そうしたらお会計が4,000円だったんです!席のチャージも取られてしまいました!高いですよね?」
「おぉ、それはお会計と中身の量などが釣り合わなかったということ?」
「はい、コレとコレです。」と、食べた味を写真で見せてくれる。
「オシャレでお上品な店だったんでしょ?」
「まぁ、そうですね。」
「味はどうだったの?美味しかった?」
「味は美味しかったです!」
「じゃあ、美味しく学んだと思うしかないね。」
「その後、アイス買って帰りました。」

「朝食は食べた?」と私。
「はい。東京のコンビニはどんなもんじゃい!と、3つのコンビニをハシゴしました!」と村上さん。
「ど、どんなもんじゃい?」
「はい、違いの確認に、おにぎりと〇〇と飲み物をそれぞれのコンビニで買いました。」
「わはは!で、どうだった?」
「フツーでした。」
「だよね。」

「あれ?私のハンバーグが来ないな・・・。」と、ファミレスで昼食中の村上さん。
ロボットが注文の品を運んできたものの、村上さんが注文したハンバーグが来ない。
私の注文品は揃う。でも、なぜか注文していない「フライドポテト」を運んできたロボット。

「ポテト、頼んだの?」と私。
「いいえ、頼んでないです。」と村上さん。
「お店が注文を間違えたのかな?」と放置されたフライドポテト。

その後も村上さんのハンバーグは来ず、「店に言う?」と伝えると、「もしかして、注文、通ってます?」と同席の知人。
「えっ!注文したよね。」と私。注文したタブレットを確認すると・・・。
「あぁ、ハンバーグじゃなくて、フライドポテトを注文してました・・・。」と、ガックリの村上さん。
更に「あぁ、私、デザート用のフォークで食べてました。」と、ガトーショコラ用の小さなフォークで肉を食べてた村上さん。
「なんか小さいと思ってたんですよね。」とも。

村上さんのエピソードだけで本を書ける。

2026年1月15日木曜日

自分にまっすぐ、正直に。


「自分にまっすぐ、正直に」と、“わざわざ”書いてあると言うことは、自分にまっすぐ、正直に“なれない”人が多いからなんだろうな・・・と思い、写真に残す。

道後温泉本館の裏手にある公衆トイレの鏡にあったメッセージ。
多くの人が「自分にまっすぐ、正直に。」なりたいと思っても、そうはならないのは、日本人の良さかもしれないし、良くない所かもしれない。

仮に「自分にまっすぐ、正直に。」通せたと思っても、実は周りからは「我が強い」「自己中心」などと受け取られてしまう時があったり。
かと、言って、その逆だと、今度は自分にストレスがかかって不調になったり。

「他人と比べない。」と言われるけど、比べてしまうことは日常茶飯事で、ごくフツーなこと。比べることで気づきや優越感を感じたりするのは、ごく自然なこと。

大切なのは、“その後(比較後)”で、自分を卑下したり、現状を他責にする必要はなく、「他人は他人、自分は自分。」と、単なる一般情報と処理してサラリと受け流すことができるか否かではないかと。

大谷翔平選手と自分を比較して、彼に嫉妬したり、自分を卑下する人は少ない(いない)と思うんだけど。
応援したり、憧れたりとネガティブではなくポジティブになる方が多いんじゃないかな?

感情を超えると言うか、心持ちと言うか、自分は他人になれないし、また他人は自分にはなれないから、“そこ”に意識や気持ちを割いても時間の浪費、余計なこと。

「自分にまっすぐ、正直に。」の結果は自らの意志であり、自己責任になるから、自然と頑張る/踏ん張らないといけないのは当然のこと。

メチャメチャ頑張っても踏ん張っても期待した成果が出ないことも多い。
だけど、一所懸命に向き合った自分を卑下する人を見たことがないし、成果が出なかった理由を他責にする人を見たことがない。笑い話にできるか?かも。

文句を言う人は、(自分にまっすぐ、正直に)できていない鬱憤を周りに散らかしてる。
自分を信じれていない人。

2026年1月14日水曜日

人生が変わった番組。


2004年まで18年以上、ニュースステーションのキャスターだった久米宏さんが死去、享年81歳。ご冥福を祈る。

会ったことも話したこともないけど、私の人生に(間接的でも)大きな影響を与えた人なので記しておく。

「フィルム・コミッションをしよう!と思ったきっかけは何ですか?」と尋ねられた回数は100回以上。いや200回以上かも。
今に至るに避けられない話で、講演会や自己紹介などで話すことも多いフィルム・コミッションとの出会い。

2001年正月、当時の私はネットイヤーという会社でプロジェクトマネジャー&ストラテジストとして事業戦略策定&運営管理業務をしていた。

自宅で何気なくニュースステーションを見ていたら「フィルム・コミッションと言うのがありましてね、どうやら日本でも始まりそうなんです。」と久米宏さん。
ニュースステーションでフィルム・コミッションについての特集が組まれる。

「既に始めている韓国、釜山の様子をご覧いただきましょう。」と釜山FCの取り組みが紹介され、IMFの通貨危機に直面していた韓国は外貨獲得策の一つに「フィルム・コミッション」を立ち上げたという内容。

そして、その動きを察した日本でも勉強会が行われているという内容で、国土交通省らの会議風景が映し出されて、(これは金儲けできる!営業に行こう!)が最初。

テレビに出ていた関係者を探し出し、連絡してお会いしたのは新橋の第一ホテル東京。
お会いしたOさんに勝手に書いた企画書を渡して説明すると「一緒に(フィルム・コミッションを)やらないか?」と思いもよらない話に人生が狂い始める(笑)

営業に行ったはずなのに、フィルム・コミッションの可能性に魅了されてしまい、会社に戻って「フィルム・コミッションを会社でやりましょうよ!」と言っても通るわけもなく、若気の至り/勢いで辞表提出。無職になる。

その後、Oさんから国土交通省へ話が繋がり、国土交通省で私の企画書を読んだNさんは、4月から四国運輸局へ異動になっていて、香川県から電話があり、Nさんにプレゼンする。

結果、愛媛県を紹介していただき、その後は「えひめフィルム・コミッション」の設立に参画し、専任職員になり6年間、愛媛県で映画・映像作品の撮影誘致と支援に励み、その後、松山市役所職員にもなり、ジャパン・フィルムコミッションの理事長に上り詰めて今に至っているという話。

なので久米宏さんの話は外せないという話。

2026年1月13日火曜日

エールな話。


日本の起業&創業年齢層は30代〜40代が多く、特に43歳〜48歳頃が多いとAI調べ。
この世代の起業&創業が多い理由は、実務などの経験値が蓄積されているほか、人脈や資金力を活かせる頃だからとのこと。

すると、いづれ50代の起業&創業も増えてくるは想定内。
その反面、若年層の起業&創業は相対的に減少気味とのこと。

でも、実際は起業&創業と年齢に何の関連性はない(20代だから成功する、50代だから成功しないとかはない。)

だから、「何歳が最も起業&創業の成功率が高いですか?」と言うのは愚問。
成功するから起業&創業するのではなく、自分の強みを活かして稼ぎたい、自分らしさの具現化、生きがい&やりがいの追求などが起業&創業の理由でしょ?と。

とはいえ、現在の職をバッサリ辞して、起業&創業(≒ゼロから)をするのは、(一時的な)収入減などの不安/リスクはある。退路を断つという考え方もあるけど・・・。
だから今は、副(複)業という“お試し期間”的な経験を経ての起業&創業も選択肢の一つ。

40代男性。現在の職を辞して、自宅で焙煎/コーヒーショップを創業するとのこと。
「もう腹を据えたんですか?」
「えぇ、そうですね。一応、周りには言いました。」
「(現在の安定収入などを捨てることに)葛藤はなかったんですか?」
「う〜ん、無かったと言うと微妙ですけど、前々から考えていたんですよね。」
「それはいいですね!自己実現!素晴らしいです!」
「飲みに来てくださいね!」
「もちろん!」とエールを送る。
好きなコトで稼げたら、これ以上ハッピーなコトはない。

起業&創業のイメージも代わり、IPOを目指す!もアリだけど、一人カフェ、一人書店、一人出版、一人旅行会社、一人パン屋、一人農業などのマイクロビジネスもアリ。
個人的には、そういう人たちを応援したい。

それなら私も!と言いたくなるけど、「もう、してるじゃん!」と、今の仕事をもっと充実させて!という声が響く。はい。

2026年1月12日月曜日

偉人達に囲まれて。


フジグラン松山1階で展示されていた「令和7年度 小中学生のふるさと学習作品展 」へ。


私の隣は安部能成氏(哲学者/1883-1966)。
他には畦地梅太郎氏(版画家/1902-1999)、丹下健三氏(建築家/1913-2005)、福岡正信氏(農学者/1913-2008)、加藤嘉明(武将/1563-1631)、眞鍋嘉一郎氏(医学者/1878-1941)、坂村真民氏(詩人/1909-2006)など、愛媛に縁ある偉人たちの紹介展示。


その中での紹介は、嬉しいやら恥ずかしいやら・・・。私、未だ生きてますし(笑)


ココ大付属学園に3年間参加してくれた山下東子さん(松山市立三津浜中学校2年)の作品は【愛媛県図書館協会長賞】を受賞。


会場は撮影禁止だったけれど、受付の方に「あの、この新聞は私なんですけど、写真を撮ってもいいでしょうか?」と尋ねると「えぇ!ご本人さんですか!」と驚いてくれて、「どうぞ、どうぞ。お越しくださり、ありがとうございます!」とお礼を言われる。


いやいや、私にお礼と言うか、取材してくれて編集してくれて壁新聞にまとめてくれた東子サンに大感謝です。

実物を初めてみて、詳細にまとめてくれた内容に感激しながら、特に刺さった「私についてまとめようと思った動機」「作成した感想」を紹介。


<泉谷先生についてまとめようと思った理由>

私は2021年(小学校4年生)の夏休みから2024年(小学校6年生の春休み)まで、松山市ハーモニープラザの3階で実施されている『いよココロザシ大学付属学園』でお世話になりました。


この『いはココロザシ大学付属学園』を運営者は泉谷昇先生です。

泉谷先生は元々『いよココロザシ大学』という市民大学を運営されていて、2021年に付属学園ができました。


私は家では体験できない様々なプログラムに参加したり、全然違う学校の友だちと遊んだり、異年齢の子のお世話をしたり、とにかく楽しい思い出がいっぱいだったので、今回ぜひ泉谷先生のことを新聞にしたいと思い取材しました。


すると、今まで「ココ大(通称)」の学長だと思っていた泉谷先生の職業は、聞いたこともない“フィルム・コミッショナー”だったのです!


<泉谷先生を取材した感想>

私は泉谷先生とココ大付属学園での出会いだったので、私の中では“預かりの先生”という感覚でした。


小学4年~6年生という時期だったこともあって、ココ大のみんなは泉谷先生のことを「インキチ~(先生)」と呼んでいました。


しかし今回取材させていただくと先生は「フィルム・コミッショナー」だということを知りました。


聞けば聞くほど、先生の仕事は多すぎて、今回の新聞にまとめきれたとは思えません。

先生はココ大はじめ、たくさんの事業に参画されていますが、その中心にあるものはフィルム・コミッションで、そして“愛媛初の愛媛を誰よりも愛する唯一のフィルム・コミッショナーだ!”と思いました。


先生は愛媛県庁本館が大好き、愛媛の風景が大好きで、愛媛の人より愛媛を知っています。私は本が好きですが、あの本から映画になったあの作品も、この作品にも愛媛のどこかが使われていて作品の一部となっているのは先生がフィルム・コミッショナーとして愛媛を熱く語ってくださったのだと思うと、私ももっとこの愛媛県民として日常を意識したいなと思いました。


先生のインタビューの中で教えてくださった「何よりも経験すること、意識してアイデアを持ち、思いうかんだら“まずやってみる”こと、やってみると失敗や辛いこともあるけど、きっと成功もある。」と、ポジティブにチャレンジしたいと思いました!!


2026年1月11日日曜日

最後はモッサン。

もっさん、就職おめでとう!

「ボランティア論」を松山東雲女子大学で教えているから、ボランティアの醍醐味などを伝えているものの、そもそもボランティアは「自らの発意」が基本の参加や行動だから、強制などはしないし、意味がない。

「ボランティアは推し活と似ている。」と紹介すると、ガッテン!した学生が多く、また撮影のエキストラボランティアなどを紹介すると、ボランティアへのイメージが変わった学生多し(履修前のボランティアイメージはイマイチだったけど・・・は学生の言葉)。

すると、授業は履修生全員へ同じ内容を教えても、受け止め方、理解度などは一人一人の学生ごとに違い、毎年、ググッ!とボランティア論で学んだコトが刺さる学生がいる。

「もっさん」もその一人で、3年生の時に「ボランティア論」を履修して、その時は大勢の中の一人で、授業も終わり単位を取得、ここまでフツー。

しかし、他の学生が区切りをつけた中で、冬休み編のココ大付属学園へボランティア参加したいともっさん。

そして、春休み編にも参加してくれる。
4年生になり、就職活動の最中でもココ大付属学園へ参加してくれて、就職活動状況などを教えてくれる。そしてこの度、見事に希望する職種に就職が決まる!おめでとう!

今冬もボランティア参加をしてくれて「今日が最後かも・・・」と2025年末の挨拶。
そして、2026年になりココ大付属学園冬休み編の最終日。

「もっさん」が突然現れる、喜ぶ子ども達。
そして、手にはたくさんの文具類、全部寄付してくるとのこと。
この日のために、年末年始に帰省していた実家から色々な品を持ってきてくれる。

袋から次々と出てくる、シール、色鉛筆、定規、クレヨン、メモ帳、テープなどに子ども達(特に女子)は大喜び。

就職に合わせて松山から離れるので今冬で最後かもしれない・・・とのことだけど、その優しさで、就職先でも子ども達に接して欲しいと大エール!

2025年12月18日木曜日

実録。本当にあったイイ話。

焼き豚卵飯+中華そばの「Cセット」

4年前と言っていたから2021年、世の中はコロナ禍。
東京在住の男性が「焼き豚卵飯」を食べたくて、発祥の地「重松飯店」を訪れる。

営業時間内に到着するも、当時はコロナ禍で時短営業をされていた「重松飯店」は、店を早く閉めていた・・・。
(せっかく来たのに・・・)と店の前で茫然自失の男性。

そこへ店内から、お爺さんが現れて男性に「食べに来てくれたのに申し訳ない。」と詫びて「駅まで送ろうか?」と男性に声をかける。そのお爺さんとは重松飯店の店主。

男性は「えっ!ありがとうございます。」となり、店主は見知らぬ男性を車に乗せて今治駅へ向かうも途中で「蕎麦を食うか?」と店主からの予期せぬ言葉に「あっ、はい。」と返答すると、ナント店主は、見知らぬ男性に蕎麦をご馳走し、その後は今治城を車で案内して今治駅まで送ったそう。

「“あの時”のお礼が言いたくて。覚えてくれてるかな・・・。」と、その男性からの要望に全力で応えようと重松飯店に行こう!となる。
でも、現在の重松飯店は11:45から13:45と2時間しかランチタイムがなく、予約もできない。

ならば並ぶしかない!個人的に並んでまで食べることは一切しないけど、願いが叶うなら全力応援!開店30分前に先頭で並ぶ。

でも、ここで、ふと一抹の不安が出る(こちら側が覚えていても、店主が覚えていなかったら悲しい・・・。)

でも、もう重松飯店の前にいるし、感動の再会を期待するしかない!
オープンと同時に着座!

男性、カウンターへ行き、ご挨拶をして何やら話しているけど店主の表情は微妙・・・。
席に戻り「お礼が言えただけで満足です!」と男性の顔は晴々。あぁ、良かった!

男性の4年越しの重松飯店は、焼き豚卵飯+中華そばの「Cセット」を注文。
ちなみに写真の焼き豚卵飯は「小」だから目玉焼きは2個。焼き豚卵飯の「中」「大」は目玉焼きが3個乗るとのこと。

「あぁ、本当に美味しい!美味しい!マジで美味しい!」と4年越の味は男性に沁みたようで感動して食べていると、店主が突然やってきて座り始めた!

「全部、思い出したよ!」と店主から切り出される話。
「あの時、蕎麦を食べて今治城を回ったよね。そして、今治駅まで送って・・・。」と、2人にしか分からない当時の様子を懐かしむよう喋る店主の顔はニコニコ顔で、とても嬉しそう。

「ちょっと、この展開はナニ?予想以上にいい雰囲気なんだけど!」と、コチラはヒソヒソ話(笑)

しばし、男性と店主との会話は続き、ご馳走さま。店の外には待っている人もいるし!
周りから見たら(何なの、あの人?)と思われたに違いない。

店主や色々と配慮くだった従業員の皆さんにもお礼を伝えて店を出る。

「想像以上でしたね。良かった!幸せのお裾分け、いただきました!」と、駐車場へ向かう途中で男性に伝えると「また、いらっしゃい!!気をつけて!」と声が聞こえて、(どこから?)と思ったら、重松飯店の勝手口から店主がわざわざ出てきてくれて手を振ってくれてた!

改めてお礼を伝えて、重松飯店を後にしたけど車中でも「想像以上にイイ話だったんですけど。」と盛り上がったのは言うまでもなく。

あぁ、相乗りしたイイ話。

2025年9月13日土曜日

キャリアが始まる。


改めて「キャリア」とは?
単なる職歴だけでなく、仕事を通じて身につけた知識やスキル、経験、そしてそれらを活かした生き方そのものを指す言葉。とのこと。
だから、学生生活には適用されず、仕事に就いてからの生き方という感じか。

松山東雲女子大学での教え子で、ココ大付属学園にもボランティア参加してくれた“モッさん”から「(第一希望の)就職先が決まりました!」と報告が入る。
「おめでとう!」と伝えて、就職活動の労をねぎらう。これから彼女のキャリアが始まる。

「新しい命の誕生」の知らせが入る。
キャリアを積んでいる最中の人。これまでとは全く違う環境に変わり、自身のキャリアをどう構築していくのか?未だ見えぬ先に期待と不安が入り混じっていると思う。
1秒1秒の充足感はハンパないだろうな。

キャリアを変えた人もいる。
「やりたい!」コトがあったのだから素晴らしいこと。「やりたいコトが分からない。」という若い人もいる中で、積極的に動いて勝ち取ったキャリア。
自信にも繋がるし、これまでのキャリアも評価されて門出は良さそう。

新しいキャリアに挑戦している人も。
キャリアって自ら動くことで積み重ねることが多いけど、時に誰か(上司など)に引き上げてもらいキャリか化することもあって、そういう場合は本人も知り得なかったチャンス。

そもそも、第三者にチャンスをもらえると言うのは、自らのキャリアが認められているということだから、ボーナスステージのような機会。得することはあっても損することは何もない。

先日から若い人たち(我が子よりも年下もいるのだから保護者目線)の朗報が次々と入る。
大人は応援してナンボという感じ。

そんな若い人に刺激を受けて、自分のキャリアはこれから、どうすんのよ?という感じ。
描けているようで描けてないような・・・ケセラセラ。