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2025年12月16日火曜日

腹がよじれました。


「愛媛マラソンに出るんです!」
「ランナーなんだ!」
「いいえ、違います。」
「ガクッ・・・。なんで?」
「実は去年も走ったんです。今年もいけるかな?と思って応募したら当たりました。」
「練習はしてるの?」
「いいえ。しません。大変じゃないですか。」
「えっ!?練習しないの?」
「気合いで走ります。」
「気合いで42.195km走れないんでしょ?」
「大丈夫です!5時間40分目標です。去年は北条のトンネルから歩いてゴールできました。」
「えっ!あそこから歩いて完走(完歩)できたの!?じゃあ、相当早く走ったんだね。」
「気合いでした!バスで回収されるだけは嫌なので根性で歩きました。」
「頑張ってね!」と大笑いの私。

「オットトト!ごめんなさいっー!」
「(車道を通る自転車を見て)避けますよ〜!通りますよ〜!よし!ありがとうございます!」
「あ”っ〜しまっダ!行きすぎました。先で曲がりましょう!」
「ココは40km走行なので守ります。」
「あっ!もう一回、(ハンドル)切りますね。これでどうだ!うまくいきました〜。」
「これは右ですか?左ですか?おっ〜!右で合ってました。セーフ!」
「泉谷さんが酔わないよう安全運転します!でも、私が酔うかも。昨日は酔いそうでした。」
運転中に溢れ出る&漏れ出るドライバーの心の声。
「相手にも“心の声”が届くような装置が車に付いてたらいいのにね。」と大笑いの私。

港まで約13kmの道のり、約25分の道のりとGoogleMap。
渋滞などを加味すると無理せず、次の船でいくのが無難な状況。
「えっ?どうして行かないんですか?間に合いますよ!大丈夫ですよ!」
「ダメだよ!一番、注意して運転しないといけない人が、そんなコト言う(爆)」
と、その場にいた7人全員からダメ出しを出される。しょげる当人。
「大丈夫ですよ・・・。」
「ぜったい、ダメ!」
と、コントのようやりとりに、当の本人は真剣なのだから腹がよじれる。

そして、出航3分前に港に到着すると「私、レベル上げましたね!」とほくそ笑む当人。
「すごいよ。ホント、レベルあがったね!」と大笑いの私。

ものすごい愛されキャラと分かり、周りが良い意味で心配するも「もう!私も一人前ですから!」と言いたそうだった人は「胡蝶しのぶに似てるね!」と言われても(誰?それ?)とテレビを全く見ない人でした。

2025年7月28日月曜日

2件目の朗報。


先日、採択団体が発表された「愛ウェーブ助成金」。
その中の一団体、「ステップサロンうみがめ」メンバーの壽野さんは、先日のIYO夢みらい館での「公益活動の資金調達講座」に参加して、その後の「個別相談会」にも参加してくださり、助成金申請への想いを語ってくれる。

「ステップサロンうみがめ」は、前に踏み出そうと(ジャンプ)する前の、助走(ホップ・ステップ)の段階の子供たち、を支えている人たちが集まる場所。

子どもたちが卵の殻を一所懸命に破って、懸命に海に向かって歩んで、大海原へと進んで行き、羽ばたきを見守っていこう。という意味を込めたとのこと。

公益活動(市民活動)は、初動費用が調達できない場合も多く、メンバーの自腹出費や小さく活動を始める場合も多く、結果、長続きしない、活動しても成果が出しにくい・・・などもあり、助成金を積極的に活用すべき派の私としては、相談への思考整理をお手伝い。

これで、
IYO夢みらい館で実施した「公益活動の資金調達講座」から、2件の助成金採択の朗報が届いたことになる!

相談者(助成金申請者)の申請内容が素晴らしいのだけど、そんな内容をいち早く知れて、応援できるのは嬉しい。

助成金申請の場合、実現したい社会は描いているけれど、先ずは「それは自分軸(個人的に求めていること)」と「社会軸(社会が求めていること)」は交差しているかの見極めが大事。

その後は「できること」「やらなくてはいけないこと」、「したいこと」を整理することが大事、多くの方が横へ広げっぱなしだけど、優先順位という縦に並べ替えないといけない。

そして、最も重要なのは申請者のやる気&気概。
どんなにいいアイデアでも、人の話(誰がするのか?)で取り組みの先は雲泥の差になるという話。

2025年7月2日水曜日

お待ちかね、神戸ロケ地ツアー!

誰もが頷く「ヤクザ事務所」。弾痕跡も。

ジャパンFCの総会後は開催地FCによる「ロケ地ツアー」が恒例。
昨年の佐世保総会でもあり好評だった思い出。

今回、私は「神戸市中心部のロケ地ツアー」に参加。
案内役は今年3月まで神戸フィルムオフィスの代表だったマリさん。

マリさんとも不思議なご縁だったので触れておくと、マリさんはマコさんの後任で神戸FOの代表になる。JFCの理事として知り合った仲だったけれど・・・。

2017年だったかな?松山市花園町の再開発が完成し、「お城下マルシェ」を始めることになり「参考になる先進地へ視察に行こう!」となり、神戸の「KOBE ファーマーズマーケット」を訪れる。

するとKOBEファーマーズマーケットにマリさんがいて「あれれっ!」と、フィルム・コミッションとは異なる活動に参加しているとを知り、「まちづくり」という共通点から仲良くさせてもらう。

そして、退任直前にお会いすると「豊かで穏やかな生活なの」と案内してくれたアートインレジデンスの管理人として過ごしている現在。

そんなマリさんによる元町エリアでのロケ地めぐり。
元町と言えば「ココが神戸の元」と言われ、ハイカラで外国人居留地だったエリア。今は大丸百貨店やハイブランドなどが歴史的建造物と一緒に立ち並び、愛媛にはない街の様子に「海です、山です、茅葺き屋根です。なんて一言もないね。」と全く異なる街並みに、隣にいた小豆島FCと笑い合ったり。

クライマックスは、貸しスタジオビルで、どこに案内されるのか?と思いきや「アウトレイジ」で登場したヤクザ事務所、と言う設定の部屋(笑)。見たコトある!と頷く一同。

劇中でぶっ放された弾痕も“そのまま”残されていたり、誰もがイメージするTHE ヤクザ事務所に全員がニヤニヤしちゃったり(笑)。

愛媛でヤクザ事務所を探して欲しいと言われたら、どうしようかと。

2025年6月30日月曜日

長いのも悪くないと。


ジャパン・フィルムコミッションの総会後は、開催地神戸のフィルム・コミッション「神戸フィルムオフィス」の設立25周年を記念した特別講演とシンポジウム。

特別講演は「日本におけるFC の夜明けと未来への提言」と題して、元神戸フィルムオフィス代表の田中まこサン。
日本にフィルム・コミッションの概念を持ち込み、私とは不思議なご縁の姉的存在

2001年夏、私はワシントンD.C.で行われた「シネポジウム」という世界中のFCおよび関係者が集まるカンファレンスに参加するため、ダレス空港だったかな?到着して飛行機からゲートへ移動する車両の中で「あなた日本人?」と突然話しかけてきたのがマコさん。

ビックリして「はい、そうです。
」と返答して、その後もシネポジウムに参加する旨を伝える「えっ!私もよ!」と喜んでくれて、「乗せてあげる!」とマコさんが借りたレンタカーに乗せてもらい数日、一緒に過ごすという体験をする。

また、疲れてFCから距離を開けていた時、「私、今、愛媛にいるんだけど会えない?」と突然連絡してきて、会うと「戻ってきて欲しい。」と言われて、マコさんの為に戻ったり。

そんなマコさんも喜寿を迎えて、これまでの25年、これからの25年の示してくれて感慨深くなる。

シンポジウムではエピスコープ(株)石塚紘太さんが登壇されて「久しぶりです!」となる。「新幹線大爆破」「スミオの話をしよう」など話題作を立て続けに手掛けている制作会社を創業されて社長になられていました。

と、言うのも石塚さんとはコロナ禍に撮影した「バスカヴィル家の犬」でご一緒し、二人で萬翠荘での撮影交渉や出演者全員のワクチン接種証明書の取得など、撮影の実現に向けて奔走した仲。二人で焼き鳥屋で作戦会議をしたり、映画の未来を語りあった仲でも。

そんな方々が目の前で講演、ゲストとして語ってくれているのを見れるなんて、FCに長く携わっていたからこそ。
長く携わるのも悪くない・・・と思った瞬間。

2025年2月11日火曜日

友を訪ねて。

丘に建つアートレジデンスからの眺め、すごくいい。

ジャパンFCの理事長に就任した2019年に知り合ったのは、マコさんから神戸FOを引き継いだマリさん。
そんな出会いからほどなく・・・。

松山市の花園町通りでマルシェの実行委員長(当時)として、参考になるマルシェを見に行こう!となり、視察先の一つにKOBE FAMARS MARKETがあり、その運営者にマリさんの名前を見つけて、フィルム・コミッション以外に“まちづくり”でも繋がった人。

あれから6年、お互いに歳を重ねて「今年度で神戸FOに区切りをつけることにした。」と聞き、ワイワイ話しまくった交流会後に、マリさんが管理人として暮らすアートレジデンスへ。

アートレジデンスとは「アートインレジデンス」のことで、国内外のアーティストに神戸へ滞在してもらい、滞在中の生活拠点となる場所。
3年前から、FCとは別にアートインレジデンスを運営する「HAAYMM」の代表としても活動を始めたマリさん。どんな所か気にもなっていたので見せてもらう。

築60年の建物の2階と3階がアートレジデンス。現在、2階はアーティストが利用していて、3階に通される。
丘に建つので眺め(夜だったけど)が良い。

始めたきっかけは、神戸FO時代に森山未來さん出演の映画で森山さんと意気投合して今に至ったと聞き「“世界の中心で、愛をさけぶ”で一緒だったんですよ。」など昔話に花が咲く。

「これまでの仕事や取り組みの全てが、アートインレジデンスに結実してる!と分かった時に、次に進もうと思った。」と聞いて、言うのは易しだけど現実は・・・と思い、「その境地に辿り着いてないです。」と私。

私よりも9つ年上。
始めるに年齢もタイミングも関係ない、いつでも始められると思った話。
「豊かで穏やかな生活なの。」の言葉がリフレイン。豊かで穏やかな生活ってなんだろう。

2025年2月5日水曜日

奇遇だね!


夕方の帰り道。いつもの道を歩いていて、アパートが見えてきた所で、10mほど先に人が立っていて、こっちを向いていた。だけど気にせず(誰とも分からないから)歩き続けていると、手を振っている。

(んっ!?)と後ろを振り向こうとしたけど、(もしかして私!?)と思い、よ〜く、見ると友人だった(笑)。

「ビックリ!泉谷さん、久しぶり〜!」と手を振って声をかけてくれたのは知り合って23年という古い友人。
でも前回会ったのが思い出せないぐらい久しぶり、数年ぶり?

彼女との出会いは2002年、彼女がまだ大学生でインターンシップに参加してくれた時。
インターンシップと言っても、当時はワイワイして楽しかった思い出しかなく、そんな付き合いだったからか、インターンシップが終わっても一緒に活動した日々が懐かしい。

当時のインターン生は10歳下だったけど、今のインターン生は20歳以上も離れ、我が子よりも年下・・・年月の隔たり。
ちなみに彼女と同時期のインターン生には、現在、NHK松山放送ラジオの「ひめゴジ!」でお世話になってるMディレクターがいる。

再会にワイワイ立ち話をして「お互い歳を重ねましたな・・・」など近況を伝え合ってバイバイして翌日。

打合せの帰り道、テクテク歩いていると、建物から出てきた人影。
その人影がコチラを見てる(ように見えた)。
私もよ〜く見たら、昨日もあった友人で「えっ〜!何年も会ってなかったのに2日連続って不思議〜!」とお互いに驚きて「ご縁だね!」となる。

そう、実は彼女が働く事業所は私が暮らすアパートの近くで、これまで全く遭遇してなかったのに2日連続で会う奇遇って面白いね!となる。

2025年1月6日月曜日

許して先輩。


そうですか・・・。

日本郵便は2025年の元日に全国で配達した年賀郵便物数(速報値)は約4億9052万枚で、前年より34%減ったと発表。

昨秋に郵便料金を大幅に上げた影響で、「年賀状じまい」が加速している年賀郵便の元日配達数は22年に10億枚、11年に20億枚を超えていた。減り幅は過去十数年で最も大きく、3年で半分以下となった。

4枚/人ほど出している計算。でも、年賀状を出さなくなって久しい。
一時は200枚ほどを印刷会社に出して住所は手書きの頃もあったけど、プリンターの性能アップ&プリンター出力用の年賀はがき&年賀ソフトが出たことで自宅印刷となり、 引越しも重なり、その都度、新住所のお知らせに(一年に一度も会わないのに出すのってどうなの?)と思うようになり、年賀状の値上がりもあり、出す習慣がなくなった。

でも、今年も6枚届く。
うち3枚はココ大宛。残り3枚のうち2枚は親族から。そして1枚はNY時代(30年前!)の先輩から。私が50代だから先輩は60代か・・・。

当時、一緒に学んでいて社会人だった先輩。
帰国後も隣町だったので連絡を取りあっていたけど、引越しなどで疎遠になるも年賀状が“唯一”の近況確認(SNSをしてない先輩)。

毎年、年賀状をいただいてから返す不義理、ゴメンなさい。
年賀状を買い、近況を記して投函。

年賀状/郵便葉書って高くなりました。(52円/2014→62円/2017→63円/2019→85円/2024)。
この文化、誰も困らなくなると、なくなるんだろうな。

本当は一枚のハガキよりも会いに行った方がいいんだけどね。
許して先輩。

2024年12月23日月曜日

またネタでゴメンね。


「今年は映画を(劇場で)30本くらい見たかな?」と隣県AのFC担当者。「すごいー!映画好きなんですね!」とまた違う隣県BのFC担当者。

「泉谷さんはどれくらい観るんですか?」と今度は隣県CのFC担当者。「今年は何を見たかな?観てないかも・・・」と言うと「えっー!マジですか!?FCなのに映画観てないんですか?」と引いて驚く隣県AのFC担当者。

「(鑑賞料が)高いしさ」とモゴモゴ言い訳。「55歳になったら1100円ですよ!」に「あと2年か・・」となる。

研修会終了後の懇親会は四国四県のFC担当者・関係者が20名以上集まり大盛り上がり。
今年度から着任した方もいるので親睦を深めて四国の撮影支援ネットワーク強化が目的。

だからプライベートなコトも話題にして「引越したんです。」という話題から家族の話題になる。すると私にも振られて「家族全員、東京と横浜にいて私は単身生活なんだ。」となる。

だからお約束の「テレビが無い。冷蔵庫が無い。レンジもオーブンも無い。」をぶっ込むと、お約束通りに徳島、高知、香川の女性担当者から「それ、ホントですか!どうやって暮らしてるんですか?じゃあ洗濯は?」など矢継ぎ早に質問されてコミュニケーションがワイワイなる。

その様子を見ていた、えひめFC担当者が(泉谷さんがまたネタを言ってる)的な冷ややかな表情で入ってきて、隣県FC担当者たちが「ホントなんですか?」とえひめFC担当者に尋ねる。

「そうなんですよ。さらに泉谷さん、ついでに車の免許も持ってないんですよ。」と更にぶっ込み、「えっーー!」と場は更に盛り上がる。

「どうやってロケハンしてるんですか?」にえひめFC担当者が自分を指さし「アッシーです。」と、掛け合って懇親会終了。
写真はツルン!と美味しかった香川特産「オリーブそうめん」。

2024年7月19日金曜日

私たちはどう生きるか?


ひょんなコトで中学時代の友人に連絡をすると「(中学時代の同級生と)墓参りをしてきたよ。〇〇さんって覚えてる?」と尋ねられ、「ごめん、覚えてない・・・。」となる。

そもそも、“友人が墓参りへ一緒に行ったという中学時代の同級生”も覚えてる人がいたり、覚えていない人がいたり、一緒に過ごした仲とは言え、記憶は曖昧を痛感。
他にも中学、高校の同級生で既に亡くなっている方はいるようで早すぎる逝去に合掌。

「恋は五・七・五!」で俳句甲子園を目指す高校生の話(映画)で、2004年に松山市で撮影された映画。物語で中村靖日さんはライバル高校の学生の一人で、この時、既に30歳頃で学生姿に「いやぁ・・・」と照れ笑いしてた撮影現場。
規模も大きくない作品だったので、キャストたちとも距離が近かった撮影現場。
2024年7月11日に逝去。51歳。

渡米して最初に見たドラマは「ビバリーヒルズ青春白書」で、出演していたキャストたちの美貌に(さすがアメリカ、ハリウッドだなぁ)と別世界を感じた19歳。
その中でシャナン・ドハーティーは印象的だったけど、2024年7月13日に逝去。53歳。

ほんと、“その時”はいつなのか自分にも誰にも分からない。ある日、突然ということもあり、精一杯過ごせたらいいね、となる。
ラオウも言いました「我が生涯に一片の悔いなし」。

2024年6月26日水曜日

20年越しの挨拶。


岡山県高梁市といえば「県庁の星」「のぼうの城」、最近では「恋は光」などの撮影実績があり、牽引しているのが「たかはしフィルムコミッション」。設立は2004年、民間主導型。

実は設立時にお声がけいただき、講演予定だったのに講演会当日が悪天候で、瀬戸大橋を走る特急電車が運行休止、あえなくキャンセルになった思い出。

そんな話をしたら、会長さんも覚えていてくださり、20年越しの挨拶。
今回は数年ぶりの視察で、えひめフィルム・コミッションを選んでいただいた一泊二日。

面白かったのが、松山城の見学で、高梁市にも備中松山城があるから、互いに「松山城」と呼ぶから話が交差してしまうこと数回。
でも「“ここ”の松山城はデカいな、高いな」など天守閣でしきりにつぶやいていたり。ちなみに備中高松城も現存12天守閣の一つ。

一行は既に「しまなみ海道、みきゃんパーク、梅津寺駅、道後温泉」などを見て周り、でも大雨で良い景色が見れず・・・。

でも、松山城をご案内した日は、その時だけ晴れ間が見えて「今日も雨予報だったのに晴れたぞ?青空も見える。不思議な天気だなー」と言ってたけど、愛媛県と岡山県のFCがいたからね!

ただ、とても蒸し暑く、観光物産館にて買い物がてらに100円のみかんジュースで喉を潤してたら「それで100円?あっち(道後)では400円したぞ!」と、観光あるあるで盛り上がり、岡山へ帰られた件。

2024年6月15日土曜日

ノンアルでビヤガーデン。


「暑気払い」を理由に集まる。場所はリジェール松山の屋上ビヤガーデン
でも集まったのはアルコールを飲まないメンバーなので、ウーロン茶で乾杯(笑)。雰囲気を楽しむのです。

リジェール松山と言えば、多くの人が「あそこ、料理が美味しいって評判ですよね。」と言われるビヤガーデンで人気。
なんで人気なのか?は人それぞれに理由が違うけれど、揚げ物料理が少ないのも人気の一つかも。5月10日にオープンしてから満席の日が続いているようで、今回の予約は5月下旬にしたのがよかったみたい。

「ビヤガーデンなんて7-8年ぶり!」とメンバー。私も(いつぶり?)と調べたら10年ぶり!でした。そもそもアルコールを飲まないから、そういう場に行かないけど、当時の記憶と違ったのは20:30に営業終了が厳密になっていたこと。

勝手な記憶では20:30に営業終了を告げる蛍の光が流れて帰り支度をして20:45頃に退席イメージだったけど、先日は20:20に営業終了のアナウンスが入り、20:25に蛍の光が流れて20:30にはボリュームがあがり、周りでは清掃が始まり「ありがとうございました!」と告げられ、そそくさと帰り支度して20:35には1階に下りてた(笑)。
たぶん、こうでないと酔っ払いは相手にできないんだろうなと。

そして料理は美味しいからか争奪戦。(無くなったらから、また並ぶでしょう・・・)と呑気なことを思ってたら、果物や他の料理を食べ損ねる。20時以降は追加で料理は並ばない。

写真は、このアングルからは見たコトがなかった夕陽。2回目はあるのか!?

2024年6月11日火曜日

女子力高めで。


飲食店を知らない(≒一人で食べに出歩かない)から、松本理事が今回選んでくれたのは「CIRCUS CAFE&DINING」と言うお店。
お店に入ると、アメリカンダイナーをモダンにしたような空間が広がっていて、パッ!と目に入ってきたのは女性客の多さ。

んっ!この感覚は昨年も味わったぞ!と、思い返すと昨年は「ゴルトセカンド」という店で、女性客で盛り上がってたと書いてた。

飲食店の倒産ニュースが多く流れる中で、コロナ禍に開店し、この盛況なんだから経営手腕と言うかセンスと言うか経営者次第なんだろうな・・・となる。松本さんの人脈はすごい。

「これまで潰れた会社を見てきた中で共通点が一つあるんですよ。」と、職人気質な税理士の柳井理事。
「ナニナニ?」「他責の経営者です。倒産の理由を社会や周りのせいにするんです。」「ほっー!」「大変な時でも、乗り切る経営者はいるわけで、倒産するにはやっぱり何かが足りなかったんですよ。」と、お金のプロから言われると納得せざるを得ない。

「ココ大は乗り切りましたよ。」「劇的に改善しましたよね。」と松本理事、柳井理事からのお褒めの言葉。
と、言われても実感がないのだけど、それぞれ(コンサルタント、税理士)の立場から見るとそう見えるのだから、そうなのだろう。

アドバイスをいただき2時間、最後は「スイーツ食べません?」となり、私はプリンアラモード。
「女子力(≒かわいい)高いですね。」となる。「こんな時しか、オジさんが食べるチャンスないでしょう!」と、経営コンサルティングは終了。

2024年6月10日月曜日

新しい引き出し。

ココ大の開校記念を祝い長女が作ってくれたカボチャケーキ

「人生には3つの場所があるとを伝えたい。」と友人。「それは家族/家庭、職場、(家庭や職場とは違う)第三の場/機会」とのことで、大小があっても「コミュニティ」という存在。
この話を聞く前に偶然にも「おじさんの行方」で書いていたので、話がスンナリ入ってきた。

友人いわく、家族/家庭、職場、第三の場/機会をバランスよく保つことで幸せを感じられるとのこと。

“バランス”とは、「助け助けられの相互扶助関係」で、仕事やキャリア、子育て、家庭のことなど一人では乗り越えられない壁があっても周囲の助けで乗り越えたり、予想もしなかった解が得られたりする・・・と教えてくれる。

「バランスが保たれたら感じるのは“いきがい”ですか?」と尋ねると「そう!生きがい!」とのことで腑に落ちる。

最小のコミュニティは家族/家庭。そして、時に家族/家庭よりも長く過ごす職場。職場とは関係なく、時に“飛地”とも称される素の自分を受け入れてもらえる第三の場。

自分に当てはめると、家族/家庭を持ち26年、フィルム・コミッションが22年、公益活動に携わり22年、公私にわたり助けられてばっかりだったなと。
「(これらをグルグルめぐることは)人生は旅のようなもんです。」と付け加えられて、唸ってしまう。

で、どうしてこんな話になったかと言うと、これまでとは違う切り口で参画して欲しいと言う相談。新しい引き出しを開けてくれる友人に感謝。
写真はココ大の開校記念を祝い長女が作ってくれたカボチャケーキ。

2024年6月1日土曜日

6次の隔たり。


「Facebookに泉谷さんの名前が表示されるんですよ!で、知ったんです。」と言われて「そうなんですか!ガッテンした!」となる。
「不思議だな・・・
と思ってたんですよ、急に友達申請が増えて、一緒にブログの閲覧数も伸びて何があったのかと思ってたんです。」となる。

5月も続伸して400回/日平均の閲覧数で10,000回を軽く超えた。たぶん月間10,000回で上げ止まりと思う。ほんと、何もPRしてないし、単に自分が自分に書いてる備忘録。

ただ、この出来事は「6次の隔たり(Six Degrees of Separation/とは、全ての人や物事は6ステップ以内で繋がっていて、友達の友達を介して世界中の人々と間接的な知り合いになることができるという仮説)」を感じさせる。
でも、その結果、同級生の死まで知ってしまうという事実もあったり・・・。うーむ。

ちなみにSNSの登場で隔たりは、6次から4.5次にまで縮まったとも言われている
(Facebook社による2016年に行った実験)。その背景には友達申請があり、繋がりが多い人を介すると超えて飛ばして繋がるとのこと。実際に今回は3人を介して私にたどり着いたし。

「久しぶりだけど、久しぶりじゃない感じですよね。」はSNSで繋がってるから、対面では数年ぶりでも隔たりを感じない昨今の挨拶。
向こうは知っていても、私は知らない人が増え続けるのもどうなの?と思ったり。

2024年5月28日火曜日

お米を寄付いただく。


5月17日に「一人プロジェクト」として書いた日記。から数日後、友人の平岡夫妻から「お米、寄付します!」との連絡があり、「お会いしましょう!」となり、ご夫妻と久しぶりの再会。

机に並べてくだったのは、玄米と七分付きの精米の2種類。家族用にお米を作られていて、その一部を寄付いただけるとのこと。


ただ、心配事が二つあって、一つは寄付いただける量の話。

計画では一升用の炊飯器を購入して、30日間炊こうとすると1.8kg×30日間=54kg。

スゴい量のお米が必要。その旨をお伝えすると・・・。


「じゃあ、60kgあれば大丈夫ですね!大丈夫だね。」と平岡ご夫妻。さらに「七部付きで精米しておきますね。そして一度に60kgは大変だから20kgずつ3回に分けてお渡しします。」と、これ以上ないご提案に大感謝!ありがとうございます。


そして二つ目の心配事は「いただく手段」、私は車の免許がないので取りに行けず・・を察してくだった平岡さん。「あぁ、持っていきますから大丈夫ですよ!」と、この件も快諾。

何から何まで甘えさせていただく。


「子ども達には地元のお米、顔の見えるお米を食べてもらいたいですよね。」という願いもありお申し出いただく。ココ大でできる恩返しは、このような機会を発信すること。子ども達へ想いなどをキチンと伝えること。


「そして、握ってきたんですよ!おにぎり。」と最後に出てきたのが二つの塩おにぎり(写真のおにぎり)。

これが冷めても固くならず、モチモチして塩から引き出された甘みも感じて、とても美味しかったこと。


ほんと、大勢の方に共感していただきながらココ大付属学園は成立してる。大感謝!

2024年5月8日水曜日

馴れ馴れしい彼。


気づけば12時を過ぎていて、街のど真ん中にいたから、昼食などで庁舎を出た愛媛県庁や松山市役所などの知人と遭遇。

そんな中、「あれ、ノボルさ〜んじゃありませんか!」と、馴れ馴れしく声を掛けながら近づいてきたのは若き愛媛県庁職員。
妙に馴れ馴れしい振る舞いなのは、彼を学生時代から知っていて(正確に言うと妻の教え子)、色々と一緒にやってきた仲間だから、と言っても繰り返すと私は50代、彼は20代。いい奴。

「何してんですか?」「ナイショ!」と言っても見れば分かるも興味のない彼。と、言うかお疲れ気味で、聞けば「色々あるんですよ・・・」とため息。
「ため息したら幸せが逃げるって誰かが言ってたよ。」「あ”ー!もうそれ!ノボルさんに言われると響く!」と、やっぱり馴れ馴れしいというかタメ口。そんな仲。

でも、彼は大学卒業後に民間企業に就職して、その後、県庁職員となったバイタリティ溢れる持ち主で、飄々としてるのがいい。
「頑張ってよ、君の両肩に愛媛の未来がかかってんだよ!」「重いっす。」など、イジって送り出す。5分程度の再会。

写真は八股榎お袖大明神という松山一の美女たぬきが祀られているお堂。願いが叶いますように!

2024年4月9日火曜日

情報量が多すぎて草。


朝散歩後は二週間できなかった掃除を洗濯と同時に行い、その後はハーモニープラザでココ大付属学園の最終片付けを終わらせ、松山東雲女子大学での授業開始に合わせて空気が抜けていた自転車を持ち込む。
一年ぶりなので、レストアをお願いすると一週間かかると言われ、空気を入れただけに。

その際「10年前に、この店で買ったんですよ。」と伝えると「お客さん、このタイプの自転車の寿命は5-6年ですよ。」と言われて「えっー!」となる。ビアンキの自転車って数万円したけどそんなものなの?

家に帰り、ポストに入っていた光熱費のレシートを見たら、ガス代が愛媛県補助という名で550円差し引かれてた、へっー。

そうだ!髪を切ろう!とフジでサッパリ。そのまま食事の材料でも・・・と思い惣菜売り場で物色していたら、目の前でカートを押したマスク姿のおじさんが立ち止まり「あらっ〜、お久しぶり〜」と独特の声がけで「サンシロウさん?」と尋ねると「そうよ〜、10年ぶりくらいかしら〜?」と独特な口調のサンシロウさん。

「もう80歳になったの、あの頃が懐かしい〜」と、何も知らない人が聞いたら誤解を招くようなくだり。
彼は20年ほど前に行ったワークショップの参加者で、その後も街歩きなどで一緒になった仲。

一日24時間だけど、48時間の勢いで過ごしたら情報量が多すぎて疲れてしまい。20時には就寝した件。

2024年4月7日日曜日

追いかけ、追いかけられ。


各地で校長先生などを歴任された松山市教育界のレジェンド、Hさん。インターンで来た学生も保護者も「えっ!H先生!」と驚くほどの人物。
ココ大付属学園を気に入ってくださっていて、積極的に関わっていただき大感謝!と言うより尊敬の域。

子ども達へツッコミもできるから、子ども達からも大人気で、だけど子ども達のペースで付き合うと大変なのに・・・さっきからずっと走ってる!子ども達を追いかけてる、追いかけられてる!んっ!よく見ると後ろからHさんを追いかけてる子は縄跳びを飛びながら!?追いかけてる。

ボールを放せば標的となり追いかけられ、ボールを持てば挑発されて追いかけるHさん。
「Hさーん!休んでくださいよ!明日が心配です(笑)、皆んなもHさんを休ませてあげてよ!」と声かけするも「やだっー!」と子ども達、声が出せずともサムズアップのHさん。
立ち止まれば、子ども達に囲まれてヤイヤイ(引っ張られたり押されたり)されて休む暇がないHさん。

「週末はゆっくり休んでくださいね!」としか言いようがなかった、大ハッスルのHさん。
ほんと、素敵な人は謙虚だし、目配り気配り手配り(周りを見ては気にかけて行動)が指示がなくともできるし、相手思いで優しい。

こういうシニアになりたいと言う人を久しぶりに思った件。

2024年2月14日水曜日

映画映像談義。


写ってないけど(ゴメンなさい)、私の向かいは「マネキネマ」代表の石川誠二さん。もう20年以上の付き合い。
ピースをしてる二人は、映画を通じて様々な世界、価値観、人に出会い、繋がっていこうとYoutubeで映画批評チャンネルを運営している「グッドウォッチメンズ(松山大学の卒業生らで構成)」のやまにーと大ちゃん。
その後ろの赤いシャツは映像作家のセイジくん。彼とは大学生の時からの縁。

セイジくんの向かいに座っているのは、今回の交流会を企画してくれた「ヒメブタの会」代表の森幸一郎さん。森さんとも20年近い付き合い。
一番奥で帽子を被っているのは新進気鋭の映像作家の寺町くん。寺町くんの向かいも映像作家の鳥谷くん、彼は「愛顔感動ものがたり」受賞者。

この交流会の幹事を務めてくれたのは、西条市でフィルム・コミッションをしたい!とプレゼンをした「オフィスフロリダ」代表の皆尾さん。
そして「フィルム・コミッショナー」の私。

マネキネマは自主上映団体、ヒメブタの会は自主映画制作団体、グッドウォッチメンズは映画批評Youtuber、そしてフィルム・コミッションは映画映像の撮影誘致支援。
見事に役割は違っても「映画」で繋がっているそれぞれ。
愛媛における映画映像の生態系という感じか。

「今日は若いエキスをたくさんいただきました。」の締め言葉は本当で、映画映像に携わっている意欲ある20代と知り合えて、思わず「次世代!」と言ってしまう。
表に出せない、書けない話題ばかりだった150分。
「また集まりましょう!」と企画した森さんに大感謝!

2024年1月25日木曜日

信じるか信じないか。


肯定でも否定でもなく書くつもりだけど・・・。
子供の頃は超常現象系が大好きな「ムー少年」で、小学生の時に1999年の7月にノストラダムスの予言で地球へ隕石が落ちてくる・・・という予言に衝撃を受けた思い出。
実際には何も起こらなかったけど。
そして、いつしか“そんなコト”は忘れてしまい、ひょんなことから偶然に再会をした方と会話をすると。

2013年にロシアで隕石(=小惑星)は落ちたでしょ?(NHKによると直径17m)、あれでも最小限の被害だった。宇宙人が助けてくれたのよ。」と教えてくれ一同ポッカーンとなる。

「宇宙人は既に地球にたくさんいて、宇宙にいる星(宇宙船だったかも)と連絡を頻繁にしている。」星(宇宙船?)の数はたくさんあり、地球だけに生命体が存在していると思う方が変なのは理解&共感。

そして「2025年7月5日の4:18にフィリピン沖に小惑星が落下する。そのエネルギーは、震災などの比ではなく経済は破綻、自給自足の生活を余儀なくされる。」的な話に言葉が出ない。

「おかしいでしょ?私」と言うあたりは、自覚されているのか?でも、優しさと慈愛に溢れた人柄には変わりなく。お土産に大量の柑橘をいただく。

「あの方は(周りに変と思われても)使命感ですよね?」と帰り道。
読まれていた&積まれていた本はアート系から哲学系、歴史系など幅広く、たどり着いた悟りの境地なのか?
2025年7月と言ったら来年じゃないか!