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2026年4月2日木曜日

爆誕!中学生ボランティア


4月1日。それぞれに進級した子ども達(と、言っても始業式も入学式も未だだから実感がない子ども達。)

でも確実に“新しい風”は吹いていて、その中で新一年生の新風は全く違う!
4月から新1年生がやってきて、個人的には(先日まで幼稚園生、保育園生だったから)おっかなビックリだけど、そこは新2年生たちの出番!

緊張で強張っている1年生に優しく声をかけて「座る席は自由席なこと」「トイレの場所」「手洗いの場所」「水筒の水がなくなったら水を入れられること/所」などを教える先輩姿が微笑ましい。

新1年生以外にも4月から入った新しい子はいて、その子は同じ学年の子と早速遊んでいて、これは経験値の差というかコミュニケーションの差なのかな?

「あっ!〇〇!よく来たね!」と声をかけたのは、昨日まで小学6年だった子。
昨日でココ大付属学園から卒業した子。
「インチキ!ボランティアにきたよ!」とのことで、「ボランティア中学生」が爆誕する。

ボランティア中学生と小学生は何が違うのか?
・名札がシールではなくストラップになる。
・アルゴ(LOVOT)を触れる/抱ける。
・エレベーターに一人で乗れる。
・おにぎり作り、掃除などを手伝うことになる。
・年下の面倒をみなくてはいけない。など

実は既にボランティア中学生はいて、その子は新中3生。これまで色々と手伝ってくれている。
ちょっと席を外して戻ると、「インチキー!〇〇も来たよ!」と子ども達がワイワイしてる。

なんと!3月31日まで参加者だった6年生がもう一人、ボランティア中学生がやってきた!
4月1日を境に立場が変わった子ども達。

新旧が入り混じり、相変わらず、にぎやかなココ大付属学園。

素晴らしい日だった件。

いい時間でした!

大型バスは国道196号を走り、40分ほどで北条公園(波妻の花わくわくランド)に到着。
ここは「旧北条青少年スポーツセンター」の跡地。

急斜面は海岸/砂浜まで続いていて、雨予報だったのに晴の天気のおかげで、子ども達は波打ち際を走ったり、膝まで海に浸ったり、石を投げたり、存分に海辺を楽しむ。

すると、“お約束”で膝まで海に入っていた子は「着替えを持ってきているから!」と、そのまま走り出して、転んで/飛び込んで全身ビショビショ。
でも日差しはあったものの、まだ涼風吹く春。

濡れても、寒さも、人目も気にしない、自分の欲望をそのまま実現できる子どもってスゴい。
すると、もう一人も真似してザッブーン!と、飛び込んで全身濡れる・・・ねぇ。

振り返ると、山手の斜面ではソリ滑りグループがキャッー!と声をあげ、勢いよく芝生を駆け下りている。傾斜の凸凹は見た目以上にゴツゴツデ「お尻が痛ーい!」と言いつつ、笑っていたので問題ナシとみなす(笑)

海でも山でも存分に楽しめる北条公園っていい!
ちなみにロケハン的に見ても、急斜面から直接、浜辺につながっている動線は悪くない。候補地としてもしっかりチェック。

遊んだ熱量と腹減り具合は比例して腹ペコな子ども達があちこちで爆誕!
開放的な空間は“お弁当を食べるだけ”でも楽しいようで、この日の朝ににぎった一升(10合)の「(新作の)塩バターおにぎり」もアッ!と言う間になくなる。

滞在は3時間だったけど、普段よりも濃く過ごせたようで最後の記念写真も素直に応じてくれた子ども達。だから、とっても良かったジャンプポーズ。

帰りは案の定、バスの中はシエスタタイム。私は日焼けして顔がヒリヒリタイム。
15時にハーモニープラザへ戻り、2時間後に雨が降り出すなんて、なんてラッキーな日だ!となる。

晴れ男子&晴れ女子が最高な一日を演出してくれた件。

2026年4月1日水曜日

ココ大付属学園の卒業。


「寂しいか、寂しくないかって言われたら、そりゃ寂しいよ・・・。」と、隣に座ってきた、昨日まで小学6年生、今日から中学1年生の男の子。
「どこが寂しくなる?」とイジワルな質問をする私。

「だって、ココ大(付属学園)に来れなくなるやろ?インチキとも遊べなくなるやろ、そりゃ寂しいよ。」と寂しさを積もらせてしまう(涙)。
思わずその子の肩を引き寄せてしまう。

6年生を送り出すのも5回目。
学校ではないからセレモニーはないけど、今回送り出した6年生の男子には一際の思い出があり、隣の男のと語らう。

「オレと〇〇がさ、“インチキ”って名付けたんだよね!」と、その子の言う通りで、2021年の夏、初めてのココ大付属学園。それも子ども達も私たちも初対面で自己紹介をこれからする時!

名前も知らない私を子ども達は“自動的”に「先生」と呼ぶので、「先生じゃないよ。」と言ったものの、どう伝えたらいいかも分からずでいると「じゃあ、オマエはインチキじゃないか!」と大声でツッコんできたのが、隣に座っている男子(当時2年生)。そのツッコみに加勢する男子。

インチキという響きが素敵に感じて即決!その場で「じゃあ、インチキ先生って呼んでね!」が全ての始まり。今では全員が「インチキ!」と呼んでくれて幸せ。

その男子と距離が縮まったのは、ある日、業務でココ大付属学園を抜けた時。
翌日、「インチキ!なんで昨日はいなかったのさ!」など、言われる中で、その男子が「インチキ!なんでいなかったんだよ!寂しかったじゃないか!」と声をかけてくれた時から(笑)。

最初の出会いから5年、ココ大付属学園を卒業する子ども達。
「遊びに来てもいいんだよね?」
「遊びはダメだよ。ボランティアならOKだよ。」
「えっ、ボランティアならいいの?」
「いいよ。でも、掃除とか色々と手伝ってもらうよ。」
「アルゴ(LOVOT)触れる?」
「もちろん!抱っこもできるよ!」
「オレ、手伝いたい!」

ウキウキ&ワクワク&ルンルン♪


ココ大付属学園最大のイベント!北条公園へのピクニック。
3年前まで「夏に鹿島で海水浴」だったけれど、暑過ぎて危険を感じて取りやめを決断。

次は「春にレインボーハイランド」を2年続け、3年目も同じいいかな・・・と思ったら「同じ所はつまらない!」と指摘されて、地図で探すと「北条公園(波妻の花わくわくランド)」を見つける。

でも、当日の天気予報を見ると雨。しかし、よーく見ると、雨は午後5時頃からポツリ・・・の予報。
信じるしかなく、保護者には「決行します!」と伝えたのが数日前。
そう言えば去年も雨予報だったけど、日中は晴れたっけ。

ただ、そんな大人の憂いなんて、子ども達には1mmも関係なく、ルンルン♪でやってきた子ども達。手には大きな荷物を持っていて「ソリ」「ボール」「レジャーシート」などが見える。
北条公園には芝生の急斜面があり、滑れるのが特徴。

北条公園へ行くには大型バス(60人乗り)を貸し切り運行するため、スケジュール遵守。
そのために保護者には「ピクニックの日だけは10時までに登校してくださいね!」と念入りに連絡。

しかし!この日は「離任式(小学校ごとに離任式の日って違うので)」の小学校があり、最寄りの小学校も離任式。

バスは10時30分出発!あらかじめ、保護者からは「10時過ぎに行きます!」と連絡をいただいてた数人がいたけど、時刻は10時15分。間に合うのか!離任式の子ども達!

他の子ども達は、トイレを済ませ荷物を持ち、バスへ向かい始めた!
そこへ、ドドドッーー!と流れ込んできた数名の子ども達!セーフ!黄色い帽子を投げ捨てて、クイックターンでバスへ向かう。
ほんと、よかった!休みの連絡をもらった子ども以外、全員揃う!

「ねぇ!インチキ。バスの席は自由席?」
「そうだね、自由にどうぞ!」と伝えると大喜びの子ども達。
北条公園に出発していない段階から、ウキウキ&ワクワク&ルンルン♪な雰囲気ってサイコー!

そして大型バスは北条公園へ出発!

2026年3月31日火曜日

またね!モッさん。

赤髪だったモッさん、楽しんでね!

私の授業(ボランティア論)を履修した学生もボランティア参加しているココ大付属学園。
前回の冬休み編にも参加してくれたモッさんは、今日まで大学4年生。
先日、松山東雲女子大学を卒業して地元の今治市に保育士として赴任する。

赴任前に!モッさんがたくさんの寄付を持って来てくれた(その為にご実家に行ってくれる。)そんなモッさんは冬にも文具を寄付してくれて、その中にはシール、かわいいメモ帳など女の子好みのモノも多く、キャーキャー騒いだ女子。

今回もシール、かわいいメモ帳のほか、ボードゲーム、知育玩具がやってきた!
子ども達は新しいモノに目がいないので、群がっては早速するも、ドンジャラのルールをしらなかった子ども達(実は私もすっかり忘れて遊べないけど)

でも、ココ大付属学園1年目から(正確には我が子が幼少期に遊んでいた)野球盤が壊れてしまうのだから寿命だったのか、拗ねてしまったのか・・・。不思議なできごと。
そして、その日のうちに「たんぐらむ」という木製知育玩具は、他の木製玩具の中に混ざってしまった。

ココ大付属学園を卒業したモッさんは今頃、新天地となる場所で明日からの仕事にドキドキとハラハラと思う。これまでの経験が活かせますように!

同じ学生ボランティアには、4月から4回生の学生もいて、就職という得体の知れないモノとの対峙を前に不安がいっぱい。

「どんな方向(業種)に就職したいと思ってるの?」
「公務員(愛媛県職員)かな・・・。」
「そうなんだ。もしも、愛媛県に就職したら私の研修(NPO・ボランティア)を受けるようになるね!」
「そうなんですか!?」
「実はそうなんだよねー。」
伝えると驚きの表情をした学生。
(もしかして!抱いていた公務員のイメージにインチキ先生を被せてしまったかも!)

冨永昌敬監督と。

ポートフォリオをいただく。

帰省するから会いませんか?と、連絡をくれたのは冨永昌敬監督。
1975年愛媛県内子町出身の映画監督。

『亀虫(2003年)』「パビリオン山椒魚(2006年)』『パンドラの匣(2009年)』『乱暴と待機(2010年)』『ローリング(2015年)』『南瓜とマヨネーズ(2017年)』『素敵なダイナマイトスキャンダル(2018年)』『白鍵と黒鍵の間に(2023年)』『ぶぶ漬けどうどす(2025年)』などが監督作品。

冨永監督とも知り合って長い。
記憶が正しければ、えひめFCが立ち上がってほどなく、愛媛県に縁ある映画人に会いに行こう!と、お会いした一人。確か新宿であったような。

同世代ということもあり気が合い、その後も交流を続け、プロデューサーを務めた「第一回愛媛国際映画祭」でお招きしたり、サダワン(佐田岬ワンダーコンペティション)では委員長が冨永監督、私は委員として参加したりと、仲良くさせていただいる。

そんな冨永監督は脚本家でもあって、映画人の育成に注力したいとのこと。
ほんと、その通り。AIの台頭により、映像表現は格段にあがったけど、そもそものアイデア、着想、構成が物語根幹。

「愛媛は“えひめ国際映画祭”、“えがお感動ものがたり”、“サダワン”など創作に適した素地、可能性を感じるからチャンスと思うんです。」と監督。

同感です。
折しも、先日の西山将貴監督の『インビジブルハーフ』は愛媛県文化振興課の主催。
映画&映像作品に関心がある愛媛県と思い対し、国もコンテンツ事業に注力している。

事業をする際に、もっとも重要なのは予算も大切だけど「誰がするのか?関わるか」ということ。

さて、誰に繋ぐのがいいだろう?と。
愛媛に縁ある映画人を繋ぐのが役目でもある私!

2026年3月30日月曜日

変えない努力。


世間一般的には、「世の中は変化しているのだから、変化に合わせて考え方も行動も変えるべき」なんだろうけど。

私も研修や講座などで「時代と握手」なんてフレーズ使って、臨機応変に、柔軟に時代と合わせることを伝えてはいるけれど・・・。

変えるべき所と変えてはいけない所の両方があるのは事実。
ただ「変えるべき所」だけに焦点が当たるのは、その方が新しさや珍しさ、インパクトもあって訴求できるからかもしれないけど、全部変えちゃダメでしょ?という話。

ココ大付属学園について市民ライターをしている方にインタビューしていただき、考えながら答えていたら、そう答えていた。

事業を毎年、繰り返していると昨年までと同じように見られ、マンネリ化と揶揄される時もあるけど、その通りです(笑)。

ただ、同じだけど、参加する子ども達は毎年違うし、過ごし方も違う、状況も違うし、お金の使い方も違う。ミクロで見れば変わっているけど、マクロでは「子ども達の想像力と創造力という感性の育み」というポリシー(方針)は変わってない。

なので「変わらない努力をしています。」と答える。
そもそも、子ども達相手の場合、最も大切なのはポリシーよりも「ココは自分が居ていいんだ。と言う安心感」と思うから、そんな居場所が大人の都合で、場所や人、雰囲気などが毎回変わったら落ち着かないし、安心できないと思う。

もちろん、変えなければならないコトもある。
その場合は、気づかないほどの程度か、ハッキリと変わった内容に理由を添えて伝えるとか、やり方は色々あるはず。そこは大人の腕の見せ所と思う。

「変わらない努力」って地味。
時にグッ!と辛抱な時もあるけど、続けてることでイメージになり、ブランドになり、信頼という非貨幣価値になる。

インタビューをしていただき、振り返りながら帰った帰り道。

まさか、こんな日が。

左が2022年、右が2026年

まさかのまさか、こんな日が来るとは思ってなかったから、慌ててハードディスクの中にあった画像を探す。

すると、2022年の夏休みのお盆ウィーク。
当時はココ大付属学園2年目。インターンシップ生を受け入れて、この時は聖カタリナ大学生、松山大学生が参加。

記憶が正しければ、この時は参加者が一人しかいなかったので「皆んなで松山城に行こうか!」と古町道を上がり、記念写真を撮って帰る。
その時の記念写真が左。

その中の一人に「モユさん(右)」がいて、彼女はインターンシップが終わってからも、ボランティアでココ大付属学園に参加してくれるようになる。

卒業時も連絡をくれて、社会人になっても時間を作ってくれて毎年参加してくれる(涙)。
今春も参加してくれて、“あの写真”を思い出す。

と、言うのも“あの写真”に写っている小学生の子は当時(2022年)は2年生、あれから4年が経ち、先日、小学校も卒業して3月31日でココ大付属学園も卒業する。

身長も伸び、体格もガッチリして、当時の幼さと比較したくなったわけ。
案の定、4年前はモユさんと比べても低かったのに、今では同じくらいの身長に、これぞ成長の証。まさかのまさか、こんな日が来るとは思ってなかった。

モユさんも社会人2年目で、忙しく働いている様子に感慨に浸っていたけど、私たちも4年の時を重ねていた(爆)
果たして私たちも成長しているのか?それとも衰えているのか・・・。

時や経験を積み重ねると、思い出やエピソードも加速度的に増えていくという話。

余談だけど、ココ大付属学園の1年目に参加した6年生は、4月から高校生だもんな。先日、希望の高校に合格したと聞いたし。

ご縁としかいいようのないエピソード。

2026年3月29日日曜日

経験値をあげる。

2回目の挑戦で完成したチョコスイーツ

土曜日は恒例のお菓子づくり。そのコトを知ってる子ども達。
前日の金曜日に「ねぇ、インチキ。チョコケーキをつくっていい?」と相談してきたので、もちろんOK。
子ども達の自発性は大歓迎。

土曜日、ルンルン♪でやってきた子どもは「よし、つくるぞ!」と、まだ11時なのにやる気満々。まぁ、子ども達の“やる気”を削ぐのも・・・と思ったので、GOサインを出して様子を見守っていると・・・、プ〜ンと辺りに漂う甘く焦げた匂い。

「んっ!なにか、焦げてない?」とスタッフ。
「ホントだ!」と、周りの子ども達も気づき、 材料を入れていた電子レンジを慌てて開けると、甘く焦げた匂いが一気に吹き出して廊下まで漂ってしまった。

耐熱容器に入れていたのに、長時間の加熱でチョコなどが入った材料は焦げ焦げで、容器も溶けてしまい全滅・・・オォ、全てが無駄になってしまったが、これも経験。
「料理に失敗はないよ!」と慰めて、もう一度材料を買いにいく。

2回目。
全ての材料を揃えて、今度は仲間も増えて容量も時間も手順も守り(どうやら1回目は違ったよう)、上手にできたみたい。
でも、出来上がった量は少なく、完成品を見届けることなく、既になくなっていた。

写真は、その様子を見ていた別の子がブラウニー風スイーツをつくりたいと、チョコ+牛乳+卵を混ぜて電子レンジでチンしたモノの荒熱をとり、冷蔵庫で2時間冷やして完成させたもの。

でも、このタイミングでは既に周りの子に「チョコスイーツ」の存在は知られ、冷蔵庫から出すタイミングでは大勢に囲まれてしまう。

チョコスイーツが欲しい多勢の子ども達に対して、どうやって分け与えたかは不明だけど「これは、インチキの分!」と言って届けてくれたのが写真の分。
でも、インチキの分と言っても実際には「大人達全員の分」と分かり、独り占めはNGで、一口程度。でも美味しかった!

あれやこれや指示すれば間違いなくできるコトでも、口出さず見守ることで、成功や失敗のウンヌンにかかわらず経験値はあがる。特に失敗からの成功は爆上がり!

自分たちで考えて体験して乗り越えるって大切なコト。

変化を恐れない判断。

次代に走るオスカー像

米アカデミー賞を主催する映画芸術科学アカデミーは、アカデミー賞の授賞式会場を、ハリウッドにある「ドルビー・シアター」から、ダウンタウンにある「ピーコック・シアター」に2029年から移すと発表。


アカデミー賞の授賞式は、第1回授賞式(1929年)が「ハリウッド・ルーズベルト・ホテル」で行われ、1931年にダウンタウンに移り、2002年にハリウッドに戻った。そして、またダウンタウンに・・・。理由は「技術的な実績」とのことだけど、真相はよく分からない。


また、2029年からの授賞式はテレビ中継がなくなり、Youtube配信が決まった。

と、言うことはライブで観れるのは、テレビではなくYoutubeなのか!?それとも、(色々なハプニングへの危惧から)少しズレた/遅れた配信になるのか?


テレビの役目が・・・と、時代の流れを感じるニュース。


もう一つ。

OpenAIが、鳴り物入りで発表した動画生成AI「Sora」の事業を閉鎖し、ウォルト・ディズニーとの提携を解消するという衝撃的なニュース。


2025年9月にリリースされて、わずか6ヶ月後にサービスの終了。

「Sora」で気になっていたのは、OpenAIとディズニーとの提携だったのに、サービス終了とともに提携も解消。

ただ、ディズニーは、OpenAIの決定を尊重しているものの、動画生成AIを諦めたわけではなく、違う企業と提携して新事業を打ち出す可能性は十分にあるとニュース。


そうだよね。ディズニーが持つ多彩で豊富なキャラクターなどのIPは、動画生成AIと相性がよく、荒稼ぎする/できるのは目に見えているけど、キャラクターの豊富さ、豊かさで引けを取らない日本の漫画業界からすれば、著作権侵害は必ず起きるから、分かっていて犯罪行為の温床となる事業を認めるわけにはいかない・・・なんて意見もあるのだろう。
すでに訴訟も起きていることだし。

超速な判断に驚く。
一刻も損してはならぬ!と言う勢いか、このスピード感は地方にはない。
比べてもしょうがないけど、変化を恐れない2つの判断に感じたこと。

2026年3月28日土曜日

15合(2kg以上)をペロリ。

炊き上がった10合の平岡米

毎回、平岡さんから自家製の「平岡米」を寄付していただいていて、今春も20kgの玄米をいただく。
「この音はナニ?」と子ども達、ギュインギュイン鳴る音は精米をしている音に、「お米を作ってます。」と言うと「インチキが作ってるわけないじゃん!」と、そういうツッコミは厳しい子ども達(笑)

昼食時間前に、辺りにはすでに腹減り星人多しで「お腹空いた〜」「早弁してもいい〜」「おにぎりあるの〜」と徘徊している。

炊き上がりを知らせるメロディー♪が鳴り10合の平岡米ができた!
アツアツのおにぎりを握り、20個ほどが出来上がると、瞬く間になくなってしまい、「食べたかったよ〜」と遅れてきた来た子が食べれず嘆く。

そんな状況に、3時のおやつタイムに食べたいと言うので、改めて5合を炊いたら、これまた瞬く間になくなってしまった!

ちなみに、味付けは「塩」のみの、「塩おにぎり」。
かつ、子ども達は美味しそうなお弁当を持ってきている!なのに腹ペコとはどういうこと?

一つ思ったのは、冬以来の子は2ヶ月ぶり、夏以来の子は6ヶ月ぶりで、皆んな成長してた!
背は伸びてるし、体格もよくなっているし、声変わりもしているし、顔つきも変わってた。
2年ぶりかな?超久しぶりの子は、最初誰だか分からないほどに成長していて驚いたほど。

これほどの変化なら、食欲だって増すよね。と納得する。
それにしても、「平岡米」が人気なのは、モチモチして甘みがあるから、塩味が甘味を引き出しているのかもしれないけど、ここまで子ども達に人気で、私の分でさえ取られてしまうのだから、美味しい証拠。

この日も10合炊いて、ピクニックに備える。すっかり、飯炊きおじさん!

大根のツマ。

眩しい夕陽だった帰り道。

3月のココ大付属学園春休み編には、新規参加者がいなかった分、緊張感がない、全くのゼロ。
この日が初日だったにもかかわらず、“昨日も一緒にいたような”感じの雰囲気。

とはいえ、インチキ!ウンチキ!インセキ!ヨォー!オッハー!・・・(無言)など、たぶん、2ヶ月ぶりに再会する最初の挨拶(一言)を考えていたと思います(笑)

「全く変わらない雰囲気ですね。」「今朝に限って早起きでした(笑)。楽しみだったんでしょうね」「昨晩はなかなか寝付けなかったようです。」などは保護者からの子ども達の様子。

そう思われるなんて幸せなこと。
ココ大付属学園の雰囲気は、子ども達が醸し出してます。
私なんて“大根のツマ”。

初日だから、運営側としては徐行運転、安全運行を心がける。
でも、子ども達は、そんな気持ちを知るはずもなく、2ヶ月ぶりの再会に喜び合い走り出したり、お互いに声がけして「何して遊ぶ!」と仲睦まじい光景があったり、「11時からドッヂボールだよ!皆んな来てー!」と、全体に声がけしたり。

普段は会わない異なる、学校、学年にもかかわらず、子ども達の素直なコミュニケーション力には、損得や忖度、駆け引きなどがない分、大人が見習う部分が多分にあります。

「明日くる?」「じゃあね!」「明日も遊ぼう!」など、一緒に遊んだ仲間との別れもジ〜ンとくる。14時間後には再会するのに、相手を思うなんて、子ども達の感受性は素晴らしい!
私には「バイビー!インチキ」「じゃあね。」「バイバイ」な子ども達。

事故も怪我もない初日が無事に終わった。
毎回そうだけど、初日を無事に過ごせるか否かで、その期間のココ大付属学園の出来が決まる感じがして、春休みも無事に船出せた。これも保護者や関係者の協力の賜物。

帰りの夕陽が眩しかったこと。

2026年3月27日金曜日

海外からの撮影相談。


ココ大付属学園の最中でも、フィルム・コミッション事業は時や場所を選ばず対応。
今回は海外からの問い合わせ。

海外からの問い合わせで多いのは3つ。
(1)撮影したらインセンティブ(助成金など)ありますか?
(2)作品のディストリビューター(卸、配給者)になりませんか?
(3)面白い企画があるのですが出資しませんか?

と、フィルム・コミッションの範囲ではない問い合わせが多く、具体的な相談なら返答もするけどDMが多いのでスルー。この状況は日本でも世界でも変わらない。

そんな中で、海外から撮影クルーが来るからロケ候補地と撮影条件を教えてほしい。という具体的な内容に、キャッチボール開始。
海外の撮影隊はロケハンに来れないので、写真を送ったり、オンライン会議をしたりして情報を共有。

映画やドラマではない撮影なので難しいこともなく、ロケ候補地が決まれば、担当者を紹介してひと段落。

すると、今度は愛媛の自然の中で撮りたい海外作品とのことで、愛媛の自然に詳しい専門家に相談して、オンライン会議に入っていただく。

春だから暖かくなり・・・だからの撮影だけど「愛媛には西日本最高峰の石鎚山、四国を横断する四国山脈があり、スキー場もある。山の方は寒く冷たいよ。」と紹介すると驚かれる。

冬季通行止めの道も未だあるので、希望されてもNGな所も多く、代替案でOKが出たり、これぞ交渉という感じ。

やはり、海外の撮影隊が抱く日本のイメージはミステリアス&ファンタスティックなようで、我々日本人が特別には感じない所に感動する。我々は鈍いのか、贅沢の中にいるのか?

さておき、どんな撮影になるのか!

進め!アップサイクル!

クレヨンを砕き型に入れて溶かして再クレヨン化

机や椅子の移動など大きな準備も終わり、次は文具類の整理など細かい作業だけど休憩。
でも、その休憩中に目に入ってしまったのが、寄付していただいた膨大な量のクレヨン。
それも大小様々、色とりどり。大切に使われた後は保管されていたのだと思う。

ものすごい量だったので(うーむ、何か活用できないか?)と、調べたら「マーブルクレヨン」という名の「好みの型にクレヨンを入れて溶かして再クレヨン化」というアイデアを見つける。

ほほっー!その手があったか!と、アルファベットのシリコン型を出して、赤、ピンク、オレンジ、白などの同系色のクレヨンを砕いてシリコン型へ入れる。

その後は電子レンジで500w2分温める。
すると、クレヨンはシリコン型で溶けてマーブル模様っぽくなっていい感じ!そのまま、冷蔵庫で冷やして、10分ほどで型から出したら、写真のような再クレヨン化(アルファベット大文字のN)の完成!もちろん、描ける。

これは、子ども達も喜ぶはず!とネタを一つゲット!
すると、今度は「雑紙入れ」と呼んでいる、子ども達が使った画用紙の切れ端などを袋が目に入り、(整理するか・・・)となるも、袋の中身は全て中途半端な切れ端。

捨ててしまうのは簡単だけど、もう一段階、役目を与えてから破棄!と思い、ひとまず円型カッターで切り抜いていく。バンバン切り抜いていくと、“何かの”素材っぽくなるから不思議。

画用紙の切れ端が済んだら、次は海外旅行先で入手した地図やパンフレットも円型カッターで切り抜く。(これはコラージュにいいかも!)と、素材化にハマってしまう。

これぞ、無から有へのアップサイクル!と一人、楽しんだけど、あくまでも休憩中の作業だったから、未だ子ども達を迎え入れる準備は整っていなく、慌てて本作業に戻る。

普段では絶対にしないコトだから面白くて!
せっかくだもの、次のアップサイクル大作戦を検討中!

2026年3月26日木曜日

皆んな、待っていてくれた!

LEDライトに変わり、とても明るい大部屋

ココ大付属学園の拠点である松山市ハーモニープラザは現在、大改修中。
数日前まで建物全体に足場が組まれ防音幕で覆われていたけれど、準備に入った日は西側の足場は撤去、防音幕も外されていて良かった!これで夕陽はバッチリ。

そして、冬休み編で落書きをさせてもらった壁は真っさらになっていた。さらに、天井のライトはLEDに置き換わり、メチャメチャ明るい!さらに!空調設備も入れ替わりシッカリ機能するとのこと。

でも、私的に最大の感激ポイントは「トイレ」。
男性用、女性用とも便器自体が新しくなり、綺麗な公共施設のトイレになった(色々な機能つき)。そして特に女性用は和式だったのが撤去、全て洋式になったことで、和式の使い方を知らない女子児童も安心して使えるようになった。

さらに自動洗浄になり、立ち上がれば自動的に流れるので、これまで力不足から扱いずらかったレバー操作か解放され、その結果、流れない・・・がなくなる!
実は毎回、清掃員の方にお世話になっていたから、心の小さなトゲが取れて嬉しい!

1階の児童館受付もレイアウトが変わっていた。3/31で退任する菅能館長、スタッフの皆さんに挨拶して3階へ。
すると、清掃員の方が廊下を掃除していたので「またお世話になります。」と挨拶すると「にぎやかでいいです!」と笑顔で返してくれる。

部屋に入り、準備をしているとノック音がして、今度は管理人さんが「いよいよ始まりますな!」と気さくに声をかけてくれる。
期間中は7時30分前に管理人さんから鍵をもらうのが日課。「また、お世話になります!」となる。

次に訪れてくれたのは、2階の松山市シルバー人材センターの島内さん。
毎回、ココ大付属学園メンバーを招集してくださり、「春休みも皆さん、楽しみにしているようですよ!」と、ココ大付属学園メンバーの気持ちを代弁してくださる。

最後は「泉谷さん!」と松山市こどもえがお課の担当者。
「あらっ!」となり、会議が終わり今日から準備とのことで寄ってくれる。
状況などを伝えていると、そこへ菅能館長も訪れてくれて3人でワイワイ。

関係者の皆さんがココ大付属学園を待っていてくれた!
私たちの環境は本当に恵まれている!

FMえひめ「エールラボえひめ」収録終了。

最後は皆んなで記念撮影!

2024年から2年間、FM愛媛で毎月最終土曜日午後4時55分から放送していたラジオ番組「エールラボえひめ」の最終回収録が終了(最終回の放送は3月29日午後4時55分から)。

最後は4月から官民共創拠点「E:Nベース」を担当する愛媛県総合政策課の高田さん、エールラボえひめ事務局の西城さん、そしてディレクターのシマズさんと記念写真。

たかが5分番組、されど5分番組。
5分に伝えたいコトをまとめる/凝縮するのは毎回容易ではない(実際は西城さんだけど)。
私と高田さんは原稿を預かり、確認して収録。

1回でうまく喋れることもあれば、数テイクをする時もあったり。
でも、シマズDのスゴ腕編集にかかったら、“つない”でも微塵と感じさせない番組クオリティに成立するのだから大感謝でした。

なので&だから、最終回は伝えたいことが盛りだくさんで、1回目の収録では「約50秒オーバーです。」とシマズD。あちゃー!

50秒だと一行や二行のカットでは間に合わず、段落単位でカットしないといけない。
原稿を見ながら、あーだこーだ意見を交わして、大胆に削ぎ落として再編集をお願いすると「収まりました。」とシマズD。おかげさまで、最終回(3/29)も見事に濃い内容となりました。

エールラボえひめに携わった4年間を振り返れば色々ありました。
県内各地で相談会をしたり、個別相談会へ赴いたり、市町へ提案したり、各種講座を行い、音声配信、コラム執筆、そしてFM愛媛からのラジオ発信などなど、エールラボえひめがなかったら、出会わなかった人たちが多くいました。

結局、私が一番学んだ/学ばせてもらったと思う(笑)。

最後は全員で記念撮影!これで最後と思ったら急に寂しくなってしまった。

「E:Nベースでもラジオ番組を持ったらいいのに・・・」と西城さん。
「たしかに、不特定多数の方へ発信できるラジオはいいですよね。」となる。
名残惜しさはあったものの、ラジオ番組「エールラボえひめ」は終了。

一つ一つ、「エールラボえひめ」が終わってゆく。

2026年3月25日水曜日

全く知らなかったコト。


ザクッ!と一掴みにすると、日本国内の「中古市場」は、2009年以降、15年連続で右肩上がりで、2024年は3兆2628億円。3兆円!って規模が大きすぎて分からない・・・。

拡大の背景にはフリマアプリの普及があるほか、物価の上昇による新品の割高感から割安感のある中古が人気とのこと。
でも、品の中には「中古の方が新品より高いモノ」があるのを知っている。

それらは主に「ヴィンテージ」と言われ、最低30年以上経っていて100年未満のもの。
似た言葉に「アンティーク」があるけど、アンティークは100年以上経過しているもの。

30年以上経てば「ヴィンテージ」なら、1995年より前は「ヴィンテージ」と言えるのか!
私のスターウォーズコレクションは、1980年代のものだからヴィンテージ。高校時代に買ったモノもヴィンテージ!?

あぁ、自分自身がヴィンテージになるのが良いのか悪いのか?

そんなDNAを受け継いでいる我が子たちは、長女が「ヴィンテージなブランド品」、長男が「ヴィンテージな時計」、末っ子が「ヴィンテージなレコード」を扱っていて、“中古”とは言わない。

そもそも、“中古”ってイマイチな響きだし、イメージも良いとは思えなかった幼少期。ヴィンテージと言い換えるだけで、同じなのに印象が変わって不思議(私だけかな?)

前置きが長くなったけど閑話休題。
ヴィンテージの価値って、モノなどの物体だけと思っていたら「違うんですよ。中古の情報にも価値があるんですよ。」と、教えてもらい「えっ!どういうこと」とビックリする!

話を聞けば、価値がある情報と言うのは「その情報に付随する情報が多い情報」とのことで、詳しく教えてもらい「ほっほー!」と、聞いてうなづく。

中には単なる情報なのに高値で求める人も多く、ただ、それらの情報は悪徳業者も求めているので要注意とのこと。

そんな世界、全く知らなかった・・・という話。

気分は4月。


あと1週間で4月、多くの事業所では“新年度”がスタート。
それに伴い、引越し、転職、異動、就職、入学など新しい環境で始まる人も多い4月。
ちなみに我が家の末っ子くんも引越して新しい生活始まる。
でも、勉強するのに新しい椅子が欲しいと言ってきた(笑)

この日の週刊ココ大ラヂオ(南海放送ラヂオ午後5時40分から)の収録は4月5日分。
4月7日から(テレビ愛媛で25:20から)放送が始まる「日本三國(ニッポンサンゴク)」の紹介。

ほんと、えひめフィルム・コミッションもアニメ作品への協力が増えてきました(3本目)。
今後もアニメ世代が年を重ねてゆくことで、アニメ好きなシニアが増えるならば、実写と共にアニメ作品支援は増えるはず。
そんな私の感性は1980年代でできているので、「AKIRA(アキラ)」を筆頭に洗礼を受けている。

そして、タイミーの紹介ラジオバージョン(笑)。
自分でタイミーを紹介しながら笑ってしまうのだから、お聞きになる皆様にも(コイツ、楽しんでるな!)と受け止めていただければ幸い。

ラジオでは少ししか言えなかったけど、隙間バイトは一石五鳥(普段は使わない筋肉トレーニング、1万歩以上の達成、おこづかい程度の獲得、社会の役に立てている実感、気分転換)と思う。

そもそも、ココ大ラヂオの収録でさえ、朝散歩の途中に南海放送へ立ち寄り、ディレクターと打合せをして、収録してる(笑)。ここでは一石三鳥ぐらい。

収録が終わる頃は朝7時過ぎ。冬は辺りも暗かったけど、今は朝陽もあがり、外に出ると学校へ向かう学生の自転車や職場へ向かう人々とすれ違う。

桜の蕾も大きくなり、華やかになると思うと嬉しくなる4月!

2026年3月24日火曜日

タイミーはLv5へ。


以前にタイミーした(既に動詞)道後の宿からのお誘いで「清掃」のタイミーをした3月。
宿泊者のチェックアウト後、3時間/日×5日間=15時間働いた。

清掃は「拭き係」「はたき&掃除機係」の2人1組で、私は「はたき&掃除機係」専門、すっかり掃除機をかけるプロになった気分だけど、(自分のアパートもこれだけしっかり掃除機かけろよ!)と、もう一人の自分が言う(笑)

これで、累計14回の業務。
働いた時間はのべ43時間、評価は100%という結果。
経験値も重ねてLv5になった。ゲームっぽい。でも装備は青銅の剣&鉄の盾という感じか。

そして、これまでにタイミーから得たのは合計5万円弱。
気分転換、社会貢献、その日の食費稼ぎ程度だから十分。

そして、掃除後のスッキリ綺麗になった部屋の“目に見える成果(分かりやすい結果)”がいい。

基本的にタイミーでは「喋らなくていい」「考えなくて良い」「責任がない」から、普段とは違い、黙々と目の前にだけ集中すればOKだから気が楽(私の場合)。
ついでに、普段の生活とは違う筋肉も使う(高い所にハタキかけ、持ち上げて移動など)。

タイミー投稿は人気で、よく読まれている(私も他人のタイミー投稿を読んでしまう)。
特に中高年のタイミー体験記は面白く、ドキュメンタリーだから、タイミーあるある的な内容に共感やうなづいたり。

例えば「初日のチェックインのQRコード探し」はドキドキするし、「時間になったら途中でも終了」に“後はよろしく感”が残るし、「ドタキャンするタイミーさんがいて割を食う」なんてこともある(私はない)

休みの日は休んで回復する人もいれば、働いて回復する人もいるという話。
さて、タイミーは当分ないかな?いや、ゴールデンウィークが暇な予感。去年はリゾートバイトで隠岐の島の西ノ島だったな。今年はどうかな?

曽祖父/高祖父の話。

とてもモテたそう。

渡されたのは9ページのコピー。泉谷祐勝(いずみたにすけかつ/曽祖父)の記事。

「これは、どうしたの?どこから?」と尋ねると「末っ子くんが国会図書館でコピーしてきたの。」と妻。
ちなみに、コピーの原本は『天狗倶楽部 怪傑伝:元気と正義の男たち』という本の306Pから9ページ。

以前、バラエティー番組「笑ってコラえて」に「日本で最初に(野球の)バントをした人のは私の高祖父です。試合に出場した時、“そんな卑怯な打ち方(=バント)はやめろ!”と、怒られたそうです。」という曽祖父エピソードを披露し、出演した末っ子くん。

自分のルーツに興味があり、末っ子くんに教えてくれたお礼を伝えると、「野球以外でも面白い内容だったよ!」ということで、読み進めると「祐勝は幼少期から海外への憧れをもち、ハワイ移住を真剣に考えていて、アメリカ遠征の時に初めて食べたアイスクリームに感激して、“こんなうまいものはない!”と輸入まで考えた。」という一文があった!

これ、ひ孫の私たち夫婦が体現したことと一緒だ!と妻と笑う(創業経験、アメリカ生活、初めて食べた植物性ソフトクリームに感激して輸入を考えるなど)。DNAは脈々と受け継がれているかも。

これまでは「天皇の野球チーム-スコアブックの中の昭和史-」という本でしか、曽祖父のことを知らず(大正3年に宮内庁入りし、その後に結成した宮内省野球班で参加した第二回丸の内野球選手権大会で勝ち進み、決勝戦で第百銀行と延長15回の末、優勝した。この時、祐勝は監督で一塁選手だった等)。

その後、東京大学野球連盟の常務理事に就任するも太平洋戦争勃発。
樺太、北朝鮮、台湾、中国などを回ったそう。

晩年は宮内省時代に覚えた「菊づくり」と「金魚の飼育」を趣味として暮らし、85歳で人生を全うする。

我々が思う以上に野球に関する資料が多く残されているようで、遺品などは秩父宮記念博物館に寄贈されたとのこと。

そもそも、曽祖父のことをほぼ知らなかった(関心がなかった)し、野球もしなかった。
でも、こうして世代を超えて調べてくれた末っ子くんから教えてもらう。