これまで、したい/始めたいコトは描いても、アイデアなどが整理できない方々へ「図解」を提供して喜ばれる場面が多々あった。
思考整理とも言うけど、(自分でも得意なんだな)と、相談者の満足具合からも感じていたり。
また、その「図解」の親戚みたいな位置付けに「グラフィック・ファシリテーション/ファシリテーション・グラフィック/グラフィック・レコーディング」などという、ワークショップなどで議論を醸成する機会もあったりして、ここでも重宝されたりした過去。
そこへ「Saasの死」と、センセーションナルな言葉にナニナニ?となる。
一言で言うと「プログラムを書く必要がない“ノーコード”の自動化ツールで、AIが他のアプリを動かすAIエージェントの一種」とのこと。
自然言語で「〇〇をつくって」と言うだけで勤怠票や各種書類、画像、キャッチコピーなどを自動作成してくれるサービスが始まった。
とはいえ、過激な見出しだったけど、実際は既に市場で使われているソフトなどが、AIエージェント機能を組み込むから、「死≒廃業」に追い込まれるではなく、競争ではなく協業になるだろうと専門家。
そんな“遠い話”をしていたら、ハッ!と気づく。
「やばい!グラフィック・ファシリテーションって、もてはやされたけど不要になるね。」
自然言語で「〇〇をつくって」と言うだけで勤怠票や各種書類、画像、キャッチコピーなどを自動作成してくれるサービスが始まった。
とはいえ、過激な見出しだったけど、実際は既に市場で使われているソフトなどが、AIエージェント機能を組み込むから、「死≒廃業」に追い込まれるではなく、競争ではなく協業になるだろうと専門家。
そんな“遠い話”をしていたら、ハッ!と気づく。
「やばい!グラフィック・ファシリテーションって、もてはやされたけど不要になるね。」
「そうですよ、今、それを言おうとしてました。」
「やばい!すると、私が図解で整理とか言ってるにもAIにとって代わられる・・・。」
「・・・・・。」
「NotebookLMを使ったら、ホント、要らないですよね。」
「これまでグラフィック・ファシリテーションには“温かさ”を感じてましたけど、正直NotebookLMの方が整理されて、見やすいですもんね。」
「じゃあ、どうしたら生き残れるかな?」
「考え方(思考法)じゃないですか?イチ→ニはできてもゼロ→イチはできないから、そこかと。」
「じゃあ、どうしたら生き残れるかな?」
「考え方(思考法)じゃないですか?イチ→ニはできてもゼロ→イチはできないから、そこかと。」
気づいたら、自分の得意なコトが一つ、AIに取って代わられていた件。




















