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2022年1月23日日曜日

甘くない話。


あくまでも個人の独り言です。制作費を確保していないのに、他人の懐をアテにした企画書はやめた方がいいと思う。それも「制作費」と言うと突かれるからか「宣伝費」という表現。1000歩譲って製作に一区切りがつき、いざプロモーション(宣伝)の段階ならまだしも、製作に入る前から宣伝費を求めてきたら(制作費足りないの?)と想像してしまう。やはり制作費は確保してから製作に入る、と、分けた方がいいと思う。

でも、まだマシな方で「製作したから宣伝費が欲しい。」と取引のようにFCを完全に勘違いしている輩もいるから困る。「各FCから10万円集めたら100FCで1000万円集まるじゃないですか?」と、あっけらかんと言われたこともあって、個人の問題なのか?組織の問題なのか?何度でも何回でも同じことを言い続けなければならない事情を痛感中。そういう輩に限って突如、何の連絡もしなくなること多し。

フィルム・コミッションが撮影支援する機会は増えると予測する中で、若き映像製作関係者にはFCの役目、支援範囲などを紹介し、時に教育機関とも連携してるけど、今や映画・映像系を学ばなくても作品は創れて発信できる時代。フリーランスも多く、知識も経験も異なる状況で、撮影を受け入れる地域は「撮影隊」というと一括りに考えるので、そこにギャップが生まれる問題が発生。地域、制作の双方に甘くない話。

感性がきた道。


「外を見てー!」と末っ子くん。何かと思えば「朝焼けが美しかった」件。わずか数分の自然のショーが彼の感性に響き、「これって〇〇(音楽アルバム)のジャケットに似てるよ」と朝焼けから連想したアルバム、楽曲を教えてくれる。この感性はどこで育まれたのか?音楽は聞く専門で詳しくない私たちだけど、子ども達は私たちがよく聞いていた70年代、80年代から最新の楽曲まで幅が広い。

想像するに異年齢、多様な背景を持つ人や文化に触れて吸収したのかな。偶然にも従兄弟が海外の音楽レーベルで働いて情報も得やすく環境もいいのかも。そう言えば中学校の時から絵を描いたりiPadでサンプリングとかしてたな。長男くんは絵画を学び、長女はファッションに興味があり、面白くなってきた!感じたことを言語化したり、発信したり、共有したりすることで意識や感性は培われる。

「あんな」「こんな」だった末っ子くんも高校卒業間近。進路は検討中とのこと。「自分で考えた進路ならいいと思うよ」と私と妻。親元から離れ親の知らない経験は彼にとってプラスに作用したようで、色々あったと思うけど踏ん張りました。外の朝焼けショーは、あっ!と言う間に終わり朝になる。可能性の塊な世代の我が子たち。思い返せばあっ!と言う間の子育て期間に感慨。

2022年1月22日土曜日

正しく恐れる。


何が不要不急で何が必要緊急なのか、本人しか判断できないから
【正しく恐れる】しかなく、全てのスケジュールを延期や変更などで見直す(本当に大変)。ただ「中止」は少なくなった。中止は後々にダメージが響くから選択肢から外す。中止にすると本来だったら得られた効果や成果などがゼロ(無)になってしまい、事業などの停滞や鈍化につながり、負のスパイラルで益々苦境になると思っているのは私だけか?

黙食(黙って食べてね)、黙乗(黙って乗ってね)、黙脱(黙って脱いでね)、黙浴(黙って湯船に入ってね)、黙読(黙って読んでね)、黙進(黙って進んでね)、黙座(黙って座ってね)」など、黙シリーズのバリエーションが豊かで、とても大切なんだけど大喜利状態で色々考えてしまったり、不謹慎でスミマセン。「エンデミック(特定の地域で普段から繰り返し発生する状態)」と言う言葉も知り、情報量が多すぎて問われるメディアリテラシー。

リテラシーといえば「情報格差が拡大」とも話したっけ。受動的な情報を鵜呑みにするのも怖いけど、都合のよい情報だけに納得したり、そもそも情報を入手していなかったり。
そんな中、情報格差が著しい高齢者という括りに抗う82歳の父、iPadに向かって「へい、Siri、ゴッホって誰?」と、知っている情報をsiriと答え合わせしてます(入力はキータッチが難しいと、もっぱら音声入力と父)。この親にして私あり。

改革の現場。


DXって手書き(書類など)のデジタル変換ではないよね・・・。という話。膨大な紙資料を前にして「これまでも紙でしたから・・・」と、手間だけど慣例で時間さえかければ完成する安心感なのか、新しく覚えて移行する手間が面倒なのか。全く知らずのトンチンカンだから、あーだこーだ言ったら引かれてしまう。しまいには「オンラインだったらアナタでもできますよね?」という勢い。簡単とか複雑で判断されてしまう(涙)

DXの良さってワンソースマルチユースじゃないの?と思うけど、デジタル化で終わっているような場面を散見。同業種でも異業種でも“連携、連動”できたら効率的で合理的、負担軽減が時間短縮に繋がり、働き方改革にも繋がると思うのは遠い夢か。デジタルプロダクションの世界では撮影現場で「演出→撮影→編集」がその場で行われ、ポスプロが劇的に変わろうとしているのにな(だからFCも巻き込まれて大変だけど・・・。)

紙(ファイル)はとにかく重い、かさばる!場所をとる。配布資料が不足したら「ちょっと撮影させてください」と言われ、iPadでパチリと撮影され「私、紙資料は持たないので大丈夫です。」と続き、画面上に表示された資料にスラスラとメモした人。こっちは紙資料にフリクションペンで描いたりゴシゴシ消したり、汚く書いた字が読めなかったり。先ずは己のDX化からだと。

2022年1月21日金曜日

公開回答。


「クロスボーダーコンテンツって何ですか?」という質問があったので公開回答。FC的に言えば【内容も作り手も受けても様々な境界線を超えている作品】という感じ。例えば脚本家は日本人、カメラマンはアメリカ人、監督は中国人、多様性あふれるキャストが演じるロケ地はロシアで、物語はロードムービーだったり。作品はワールドワイドで特定のどこかに縛られない。どこかで見たことがあるぞ?と思うのはネットフリックスやエターナルズが該当するから。

でも、様々な要素を入れると価値観の違いや文化の違いで考えがズレたり、モレたり、ヌケたりするのは当たり前なので「横串的(最大公約数的)なメッセージ」で貫かなければならず、そのメッセージはどんな価値観でも文化でも納得できる「普遍性」でないと共有されない。伝え方(実写やアニメ、ドキュメンタリー)や設定(時代など)は違えど「親子」「愛」「平和」「友情」「多様性」などが多いのはそのせい。ちなみにスターウォーズは全部入り。

クロスボーダーは映画だけの話ではなく、身近な所ではコーヒーなどの輸入食品も洋服なども広義のクロスボーダー。働き方だって国境をまたいで活躍する人も多いし、取引先や上司や同僚が各国の人というのも珍しくない。地方にいるから・・・と「できない理由」を挙げるのはもったいなく、そこはネットと技術の力があれば不安は払拭されると願っている一人。
トンカツも世界中で愛されてるからクロスボーダーカルチャー?コンテンツ?

想像力の養い方。


「考え続けること」は、苦痛を伴うものです。それが答えのない問いや自問であればなおさらでしょう。日々生み出すことをやめない、思考を止めないホーンの驚異の一つは、その圧倒的な思索の持久力と強度にあります。
彼女らしいユーモアを織り交ぜながらも、結末や閉じることに向かわないあり方、深い川に潜りこむような思索の旅は、分かりやすさや予定調和を求めがちな現代の私たちに贈られた想像力のトレーニングのようです。と、説明文。

ひょんなことから入ったポーラ美術館の「ロニ・ホーン展」が想像以上に素晴らしく心のビタミンが満タンになった件。「ロニ・ホーン」という現代美術家を全く知らなかった。作品自体は存在しているだけなので感じるか否かは自分の心象次第。写真、彫刻、ドローイングなど多彩な作品に“しびれないはずがなく”、色々と巡らせた時間。これが現代美術鑑賞の醍醐味。

写真の液体に満たされているように見える彫刻は全てガラス製。よほど繊細なのか「撮影は離れて、絶対に作品に落とすことのないように・・・」的な説明が。この硬そうに見えて柔らかく、重そうで軽そうで、透明なのに不透明、動いているようで止まっている“曖昧”さに見入ってしまう。今年のテーマの一つ「曖昧さの価値」を感じることができて大満足。想像力をどうやって育めるかな。

2022年1月20日木曜日

ミスターX。


カイザー・ソゼイは「悪の中の悪」的な存在で知られているのに誰も見たことはない・・・。は名作「ユージュアルサスペクト」の話。20人ほどの話し合いの中で、ふと気づき「その人に会ったことはありますか?」と質問すると、実は全員が会ったことも見たこともない【ミスターX】だったことが判明し(カイザー・ソゼイだ・・・)と一人よぎる。そんな人、現代にいるの?と思うけど確実に存在はする。
*その人物は悪ではないです、例えです。

これまで会った人は(もしかしたら違ってたの?)と邪推してしまう。確実に存在するのに会ったことはなく、会わないといけない人(当然、名前も役職も知らない)にどうしたら会えるか?なんてミステリーかサスペンス!「糸口となる人はいる・・・」なので、そこからミスターXに辿り着きますように!「ムム!まずは事実を集めて状況を把握しましょう」と探偵事務所のような会話で秘密会議終了(笑)

こんな話になるのもコロナのせい。でも強制的でも考えさせる機会が与えられたと思うしかない。ホント、色々とひっくり返ってしまったけど、ここで腐るか、乗り越えられるかは自分たち次第。レジリエンス力の発動!新たな相棒となった16インチMacBookは大活躍で外出先でも作業は快適だけど、ちと重い。窓から見えたビルの合間がNYを思い出させてパチリ。

2022年1月19日水曜日

時に自己矛盾も抱えて。


世界をまたぐ海外作品の後は「広島フィルム・コミッション」「宇部フィルム・コミッション」「なごやロケーション・ナビ」からの事例研修。とにかく各FCの創意工夫と熱意、激務、葛藤が感じられる報告で「スリル、サスペンス、冒険な物語」を聞いているような感じで「現実とは思えないロケ支援」を実現していた仲間たち。納得と驚きの内容に「異次元ですよ、ビックリ・・・」と言葉にならない感想も。

お金がなかったら協力者と相談して捻出したり、無料サービスを駆使したり、理不尽な相談でも地域のためと思って歯を食いしばったり、無理難題のシーンもこれまでの経験、先輩たちも総動員して実現したり・・・。「なんで、ココまでするんでしょうね?」「FCの撮影支援対象ってどこまでですか?」と境界線がない支援に、やりがいと疑問が出てしまうのも無理はないよね・・・となる。

最後に登場して「FCの存在意義は何でしょうか?」と大きな問いを立てる。ゼネラリストが多い中でスペシャリストが求められる撮影誘致支援は、時に自己矛盾も起こすけど、FCは何がモチベーションなのか?と。そして「FCに求められる効果や成果は制作者以外に地域からの要求も益々高まる」とくくる。修了後、名刺交換や立ち話などが続き、質問や相談を寄せるFCもいて、寒さもコロナも吹っ飛ばす熱量だった件。

海外映画の日本撮影は。


フランスでフレンチコネクションなどの制作会社で映画をプロデュースしている他、映画審議委員会委員長を務めた経験もある映画プロデューサーのフレッドさん。フランスの自宅から参加だったけどフランス時刻は25:30からの開始!
そして弁護士としてGMやワーナーで映画などの法務畑を歩んだ後、現場に出たいとインセプション、GI ジョー2、ピクセルなどに携わり、アメリカ作品の日本撮影に欠かせない役目を担っている映画プロデューサーの加藤さん。

コロナウイルスの影響はフランス、アメリカでも同様で撮影中止、中断、延期の他に「(コロナ対策で)制作費が20%ほど高騰」も大きく、会場うなづく。そんな中「保険会社による補償制度」ができたと聞いて「日本、アメリカにも未だないですよ!」と、1歩先ゆくフランスの映画環境に加藤さんと顔を見合わせる。これも一つの制作側の不安を解消するリスクヘッジ、期待させるインセンティブ制度と思うと、どうする日本?となる。

とは言え「日本で撮影したい国はたくさんありますよ!」と、指を数えて具体的に教えてくれた加藤さん。「インセンティブは大切だけど、“日本の食事”はいいですよ。響きますよ」とも。
その為には「海外作品の相談に対応する窓口が必要≒顔が見えるコト」とフレッドさん、加藤さん。「日本のFCは自治体と直結しているので支援体制は素晴らしいから、後は相談窓口、制作前のロケハン支援」と続き「クロスボーダーコンテンツの時代」という言葉に主催の文化庁さんがハッ!としていた件。

2022年1月18日火曜日

トップではなくセンターとして。


「8年です。」「9年です。」「19年です。」と続き、理事長は?と振られて「20年です。」と
オチのようになる。フィルム・コミッションの担当歴で、まさに“スペシャリスト”
市役所職員や観光協会職員も異動などの危機を乗り越え専任で対応している訳には「柔軟かつ大胆な対応力」「周囲を巻き込む力」「強い信念」があるから。そんなスペシャルな仲間に囲まれている私は幸せです。

「現場に戻りたいですね・・・」と訪れてくれた元担当者。(吹っ切れて)上司に自分の言葉で将来を提案した担当者。自身のこの先のキャリアプランを相談してくれた担当者。全国各地から集まったフィルム・コミッション担当者だから、互いの撮影状況などを話し合うのが多いけど、私との場合は「撮影話ではなく身上話」が多く、色々と持ち込まれる、もしくは聞き出して助言する。

「理事長の相談ブース出したらいいのに、並びますよ(笑)」と担当者。地域に戻れば一職員で周りに相談できる人が少ない、いないのがFC担当者。相談や悩みを聞きつつ私の悩みも聞いてもらいお互いに心を軽くする。「これからはリーダーとして自覚してくださいね!」と言われたのが3年前。撮影業務の相談は他に任せて、仲間を支えようと再確認。色々と着地しますように。

2022年1月17日月曜日

アイデアのアングル。


「アングルを探してます・・・」と言ったのは庵野監督。NHKのドキュメンタリーでシン・エヴァの制作様子を見ていて印象的だった言葉を思い出す。映画映像作品の場合、編集が最終工程だけど、その前に「対象物をどうどう捉えるか」の画角は重要で、見慣れた画角だとスンナリ入って何も感じないけど、見たこともない画角だと印象に残る。模型で村を作ったのもアングルを探すためと言ってたっけ(要は頭だけで考えないということ)。

企画立案の発想も同じで、モノゴトは多面的だから“どの面から、どのように捉えるか(アプローチ)”は重要で、従来の“面”から捉えても既に済だと印象は薄いしインパクトは弱い。そこで新しい“面”を探すのだけど、多面的なことは分かっても「どの面を捉えれば最もインパクトが大きい、強い」かはわかりにくい。でも、そこは前後に“文脈”があって繋がって物語(流れ)ができたら仮説と思えばいい。

その画角(アングル)を探す最初の一歩はメモが有効と思っていて、同時進行で進むプレゼンからひっかかる言葉やフレーズを殴り書き。総評用に書いたけど振り返りで見直すと、発想の転換や仕方、文脈の強弱、強いキーワードなどが見つかり、多面的な見方を吸収する。結局、受講生も自分の事業アイデアをまとめられて満足感を得たけど、やっぱり一番得しているのは私だと思ったり。

2022年1月16日日曜日

エゴですが。


「しなかった後悔よりも、した後悔の方がいい」「やった後悔は小さくなるが、しなかった後悔は大きくなる。」
などの言葉をフムフムと味わえるようになる。「やってみないと分からない」と相通じる所があり、やってもないのに結論づけたり、頭の中だけで完結させても実際は良くも悪くも想像以上のコトが起きるので、たとえ正論だとしても机上論では現実感がないと言うかサラリと流れてしまう。

基本的にニヒリズム(虚無主義)のペシミスト(悲観論者)“世の中はコンチクショー”と思っているけど、抗って生傷が絶えないのは生きてる証拠を実感したいエゴかもしれない。それも自分一人では効果や成果も一倍、一馬力だけど、仲間と一緒なら数倍、数馬力の効果や成果が出ると思ってるから困ったものだと自分でも呆れる。都合よく、一筋の光(可能性)を感じてしまうのですよ。

頑張らない!と決めているから(いやいや、そんなに前のめりでどうすんの?)とか(頑張って、どうしたいの?)など、もう一人の自分との対話。やっぱり閉塞感に抗いたいのかな?それとも話題を創出したいのかな?と冷静に分析したり。(でもなー、頑張るとその反動も大変なんだよな)とも。なにせ、自分で全てを判断しないといけないから迷ってしまう、醍醐味もあるけど。

2022年1月15日土曜日

伝え方について。


いしづち編集学校のクライマックスはプレゼン決勝戦!5組のプレゼンターは開始時間の1時間以上前に会場入りして念入りに予行練習。持ち時間は12分間/人。12分と言うとざっくりパワポだと10枚程度の量だけど、時間配分を誤り自己紹介に時間を割いてしまい後半が早回しになったり、説明が多過ぎて尻切れになったり、意外と12分と言うのは難しい時間配分。でも、みんな頑張った!ちなみにプレゼンの構成は各自の自由。

だって「妖精さん」まで飛び出したんだから!PPT全盛に参加者を周りに集め、一人芝居を始めたOさん。予め録音されていた「妖精さん」との会話形式で事業紹介が進む。タイミングが全ての演出をやってのける、そりゃ、1時間以上もリハーサルをするのもわかった。他にもブツを披露したり、ストーリー仕立てがあったり、これまでの学びを忠実にプレゼンに全て埋め込んだ内容もあったり5組全てが面白かった。

投票は会場とオンラインの50名以上の投票の結果、最優秀賞は佐伯さんの「多肉植物の酵素ジュースで健康に!」に決定。プレゼンを初めて聞いた人も多かったので、たぶん最も驚かれた(≒へっー!と言う意味)内容だったと思う。多肉植物さえあれば自宅でもできるお得感もあり、これからの展開に期待大!人に伝えるって、一方的なら簡単だけど、共感を得て納得させるのは簡単じゃないということ。

始まりの終わり。


2021年8月に開校した「いしづち編集学校」が閉校。開校時の日記を読み返すと当時は「参加者の名前も覚えていなかった・・・」と知る(今では全員の名前は知っています、当然ですが)。そして誰一人として自身のアイデアが2022年1月にカタチとなり、発表できるなんて思っていなかったし、そもそも(私のアイデアってアイデア?)と漠然とした妄想だけで、参加の動機も曖昧だった人もいたかもしれない。

コロナウイルスの影響でオンラインに変わった講義があったり、予定変更にもめげず自分のアイデアと向き合った9名は、時にツッコまれ、時に落ち込み、時に叱咤激励され、時に鼓舞され、時に閃いて自分と対話してアイデアを形成してアウトプット。そしてまた練って成形しての繰り返し、この時間こそ【自分と向き合う超大切な時間】だったのは言うまでもなく、でも、こんな時間を“わざわざ”確保するのが難しいのが現代人。

いしづち編集学校の魅力、特徴はココにあり!プレゼンや表彰も大切だけど、一人一人が己と向き合い、もう一人の自分と対話できるって本当にスゴいこと。私といえば、相変わらず何かを教えたわけでもなく、話を聞く役で、どこで迷っているか?どこに悩んでいるか?を把握する係だった。修了式にて「みなさん、終わったと安堵してるようですが、実はスタートラインに立った今日からがスタートですよ」と締める。

2022年1月14日金曜日

諏訪湖を眺めながら。


初めて食べた長野県の特産品「信州サーモン」の濃厚な味でネットリとした食感に驚く。(海無し県なのに!)は浅い考えで反省。清らかな水があるではないかと・・・。
平穏に開催できると思いきや急転直下で状況が変わり、ドタバタするもブロック会議を長野県諏訪市で開催。ブロック会議の話題の一つである「コロナ禍での撮影」は良くも悪くもタイムリー過ぎて盛り上がる(軽視はしていません)。

「撮影隊に陰性証明などを求めるなら我々FCだってキチンと証明すべき」「撮影準備中に陽性発覚で撮影中止」「撮影に来ないで!とハッキリ言えない」など意見が出る中、【承認と認証の違い】になる。FCとして【承認と認証】を間違えると痛い目にあうこと説明する(ざっくり言えば承認は規定に沿って了承する行為。認証は正当性を認めていること。←違ったら指摘してほしい)だから責任の有無が異なる。

陰性証明書を出したからと言って認証にはならず承認となる。なんで、こんなコトを知ったかと言うと、NPO法人を設立する際に「お墨付きをもらった」と勘違いするNPO法人が多かったから。定められている規定の書類を提出すればNPO法人の設立は承認される。でも自治体などに認証されたNPO法人も存在していて【認定NPO法人】と言う。こんな所で役に立つなんて・・・ということ。

アナログな仮想体験


「狭間なんですよ!ハザマ」と言ったら周りにポカーンと引かれた時は忘れない。私の説明不足と相手の理解不足が露呈して、互いにすれ違ったまま進めたから結果はイマイチでTHE END。でも何度でも言いたい!何のコトかと言うと「ロケ場所は現実と仮想、日常と非日常が曖昧に重なっていて、物語の追体験もできる、想像を膨らますこともできる、交流も飲食も購買もできる不思議な場所」なのだ。

撮影されたコトは大きな成果だけど、そこで満足せずに「可能性の入り口」と捉え、ロケ地にどんな価値を創出できるか?が役目。ハザマの成功例は聖地巡礼で、現実世界にイメージをオーバーラップさせて想像を楽しむ。VRなどが大流行りだけど機材などを必要としない「アナログな仮想体験」を形にできないかと妄想中。先行する類似サービスはポケモンGOかな?少し違うけど現地へ送客するのは同じ。

腹が減ったら「ロケ弁」。行く先々でロケ弁!ロケ弁!とPRしていることもあってか、少しずつ各地でも積極的にロケ弁を売り出し始めた。「今度、ロケ弁フェアをするんですよ!」と地方FC。実際に複数のロケ弁を売るとのこと。仮想体験でも現実に腹は減る。この二つがガッツリ噛み合うと訪れた記憶は深く刻まれること間違いナシ!狭間だからこそ、想像を盛ることもできるってこと!

2022年1月13日木曜日

性弱説ふたたび。


死活問題はどこも同じという話。手にした新聞で地元産業の一つがコロナウイルスの影響で事業撤退。撤退すると再び事業再開は難しいから地域の魅力、価値が一つなくなると思っていいか。暮らす場所が異なると他の地域について全く分からないけど、こうして「衰退する(既になくなった)地場産業」は他にもあるんじゃないかな?沖縄ではレンタカー事業者が新たに事業撤退とも言っていた。ピンクのフードデリバリーも事業撤退もニュースになってた。

愛媛県でも近所にあった大型スポーツ施設が閉店し施設が解体されていたり、商店街も空き店舗が目立つ。ロケハンをお願いしようとした所は休業中で入れず・・・。「みんな一時期の緊急的な措置で耐えれば、その先は回復すると思ってたけど、緊急措置が恒常的になると“エッーー!”てなるよね」となる。回復するとは実は思い込みで、この先は80%経済など「縮小経済になります」と警鐘する専門家の言葉も話題に。

「事業撤退も休業も、果ての倒産も全部自己責任か?」と行きついてしまう話題。「他人の心配をする余裕なんてないでしょ?」と話を振られて「そうだね」となる。心の余裕がないと、つい他者と比較したり、不都合な真実に見て見ぬフリしたり、自分の都合のよい方向に考える。これこそ、性善説でも性悪説でもない【性弱説(人は生まれながらにして弱い)】なのか!と自分なりに納得する。

2022年1月12日水曜日

住めば都。


「もう、みんな安曇野に来たらいいのに!」と安曇野に移住して数年の方。「温泉もあるし、毎週数回、仕事帰りなどに行ってますからね。東京で働いていたら同じことはできなかったですよ」と続く。その言葉に「お疲れさまー、じゃあ、今から滑ってくるね!」と、松山での仕事帰りに車のトランクに「スノーボードを冬場は常備している人」「温泉セットを常備している人」「釣道具一式を常備している人」の顔を思い出す。

自身はその土地に直接的な縁がなくても“何かしら紡がれて”縁(≒きっかけ)となるのが移住。ひと昔は移住=定住のイメージだったけど、多拠点生活や季節生活も移住のイメージに組み込まれて、「広義では2年間や4年間の学生生活だって移住だよね」と進言したっけ(あんなこんなそんなで移住ネタを書いてた)。個人的にはゼロから人を呼び込むより、既に“きっかけ”がある人へ対策した方がいいと思うけどね。

とは言え、移住も簡単じゃない。「地方には空き家がいっぱいあるのにナゼ、貸さないの?」とあるけど、「思い出のある家を全く知らない人にどう使われるかも分からないのに簡単に貸せない」という意見もある。売り家も少ない。仕事も移住者全員が創業や起業を目指してるわけではないから就職も選択肢。最大の難敵は【愛の壁】で地域に愛着が強いほど壁は高い傾向。気持ちは分かるけど時代は違う。

2022年1月11日火曜日

もう来月だった!


「成果の共有」と教えられたプロジェクト終了の振り返り(≒打ち上げ)。各メンバーが思ったこと、感じたことを話して意見を交わし、他は(そんなコトがあったんだ!)と共有する。私はもっぱら聞き役で、話題に意見を添えつつ、頭の中で整理して(今後にどう活かせるか?)みたいな思考でイメージにする。短い間だったけど、濃い時間だったと改めて思う。ちなみにナビーラは何人?と言う話題が面白かった(笑)

「〇〇〇〇ができそう!」「〇〇〇〇はどうですか?」という意見には基本的に大賛成。なぜなら、“それ”がメンバーのモチベーションにも繋がり、結果、子ども達にも良い効果を与えるなら、やらない理由はないから。何事もやってみないと分からない。だから成果の共有は振り返りつつ、今後さらに伸ばすにはどんなことができるか?的なものが好き。もちろん、お互いの労いや創出した価値の共有もある。

ハッ!としたのは【来月には春のココ大付属学園の申し込みをすべき】ということ。保護者からすると、なるべく早く申込を完了させたいはずとなり、告知期間、申込期間、手続き期間などを考えると告知は2月でないと間に合わない!こういう気づきも成果の共有ならではの成果。写真は食事の写真を撮り忘れたので大洲でいただいた郷土料理。そう!成果の共有では美味しくもなければならない!

2022年1月10日月曜日

邦画、洋画を見るのも仕事。


日本の興行収入で邦画、洋画の比率が邦画の方が多くなり7-8年。それまでは洋画大作に押されて洋画の邦画興行収入に占める割合は多かったものの、昨年(令和2年度)は(コロナウイルス、鬼滅の刃の影響大だけど)邦画が76.3%、洋画が23.7%と差が大きかった(ちなみに令和元年度は邦画が54.4%、洋画が45.6%)。日本で公開される洋画は有名な俳優、有名な監督、続編、シリーズ、リブートと数字を見込めるのが多い。

だけど、配信系が普及して日本未公開?オリジナル作品?という作品もラインアップされていて、でもパッ!と見は大作に見える作品を発掘するのが最近のハマり。でも超有名な俳優は出ていないし、どうなのかな?と思って見てみると、(えぇー)と思う内容で、違う意味で“面白かった”件。そして、エンドロールでどこのFCが作品に関わったかインセンティブを受けた作品かの有無もチェック!

上官が謎のAIで、それは超極機密事項で案の定、上官は無敵で自我もあるけど何を狂ったのか人類滅亡で浄化させようとして無敵のはずなのに、銃で倒れてしまったり。宇宙ステーションのクルーは選抜で超優秀な人材なのに自己犠牲で己の役割を自覚したり。また、なんだか分からない気候異常に街は破壊される中、ひたすら逃げ回り、クライマックスも車で逃げながら「大丈夫だよ」と言ってフェードアウト。
邦画も洋画も見るのが仕事です。