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2020年3月28日土曜日

もう一人の私。

予定では今頃は香港にいてFILMARTという映画のマーケットに参加して日本、愛媛を紹介しているはずだった。先日は収録予定だった番組が中止、整えていたロケハンも中止、東京五輪は延期。判断する(特に後ろ向きな)のは気分が思い。判断までたどり着くのは、判断材料を集め、無意識も含めて何百回も考えを繰り返して、先まで見越して考え抜いた道のり。でもベストなのか分からないのが辛い。

人は1日に35000回の意思決定をしていると書いていた(2017/11/4)。明るい話題なら良いけど思い話題の場合は1つ1つの重みが違うと痛感。判断材料はこれまでの経験が役立つけど、経験に変な垢がついてると判断が鈍くなるから厄介とも書いていた(2017/11/1)。常に最適な判断ができるよう想像力(創造力)を持ち合わせることがマイナス思考である認知閾を脱することができるとも書いていた。

突発的で予定外の判断が求められ、避けたい・スルーしたい気持ちもある!けど、1つ1つコツコツと対応しないと次に進まないと思った時に意外と役立っているのが、この「学長ブログ」。4133回目の日記。過去の自分がどういった心境でどんな考えから判断に至ったのか、本人がすっかり忘れていても残っているから別人のような私(笑)。もう一人の私がアドバイザーという感じ。

2020年3月26日木曜日

愛媛から発信!

勝手に準レギュラー!と言っていたら「4月から装いも新たにFC情報などを織り交ぜた映画コーナーは?」とディレクター。とは言え、どんな内容が良いか意見交換。「撮影の裏側に迫り過ぎてもネタバレだし、かと言って最新の映画に詳しいわけでも・・・」と、いきなり暗礁。JFCの話題も活用し「映画業界全般の話を愛媛から」となりそう。これだったらできる!

「巣篭もり状態だけどNETFLIXとかAmazonが良いのは、全く知らなかった映画との出会いだよね」と。先日の「復活の日」も知らなかったけど偶然見つけた「僕はラジオ(原題:RADIO/2004)」も良かった。「実話系」が好きなこと、(アビス以来)エド・ハリス好きなので(それにアカデミー受賞俳優のキューバ・グッディングJrの好演!)で一切の情報ナシで見て、そして泣く。

でも、このような映画は日本で公開されても興行収入は期待できないだろうと推察。実はアメフト好きでもあるので「ドラフト・デイ」というNFLのドラフト裏側を描いた作品も好きだけど、これも日本ではウケなかっただろうなと。独断と偏見で見た作品の紹介もいいかもねと。問題は「映画を見る時間をどう確保するか・・・」。ダウンロードできても小さい画面はな・・・と。

2020年3月25日水曜日

生傷とは?

空の青さは残りつつ、夕陽を挟んで暮れる瀬戸内海の曖昧な良さ。曖昧さがいいのは「一体感」を感じる所で「グラデーション」とか「シームレス」と言った表現もある。曖昧さを色で例えれば「灰色」とか「玉虫色」などもある。撮影で「曇天」が好まれるのは照明によって自由に調整できる為でピーカンだと次のシーンに繋がらないコトもあり自在に操れる曇天がいいと行定監督の教え。

ただ、曖昧なままだとボヤけたり、ウヤムヤになったり、見えなくなったりするからハッキリさせようとすると「グレーは白黒」「シームレスは継ぎ目」「曇天は晴れ/雨」などになる。責任も曖昧から所在がハッキリするけど、厄介なのはハッキリすると具合が悪くなる人たちがいること。そんな人とは「角が立つ」こともあり厄介。最悪なのは都合が良いように始末してしまうこと。

都合の良いようにすると根本的に解決していないから、不都合がまた起きる可能性がある。白黒、ハッキリしてしまうことで波紋が起こるのは確実。曖昧さに緩んでいると波紋の対応に慌てることあり。疎外感も味わうこともあると伝えアドバイス終了。「生傷とは何ですか?」と質問されて、相変わらずの例えで紹介した件。信じているものがあれば生傷はすぐに癒える。

2020年3月24日火曜日

文字や段落を埋めるもの。

本来ならプレゼンテーションを加味して判断するところ、コロナウィルスの影響で書類審査のみになり、じっくり読み込んだはずなんだけど・・・捉えにくかった件。理由は2つあり(1)妄想力を駆使して文章から事業内容やアウトカムを想像しようとしたら、これまでの経験や事例などからイメージが膨らんでしまい、提案者と同じ方向を見てるのかな?と心配になったこと。

(2)提案者の想い、意気込み、熱量などは「文字」だけでは伝わりにくい!ニュアンス(声や印象から感じ取れる微妙な感情、意味合い)と表現したけど、文字の間や段落を埋める役割がプレゼンと思った件。きっとプレゼンを聞いたら深く理解できたんだろうな・・・と思う内容もあったり。そう思うと配布資料だけで精査する「審査(員)の質」も重要だと自問自答。

熱量って大切!と思うと同時に、文字はニヒルで冷静で熱量を伝えにくいことも知る。熱をあげる着火は想像力だけど、その想像力が豊か過ぎる(例:イメージが先に行き過ぎるなど)のもどうかと思った今回。熱量を感じ取れるプレゼンテーション一つで話がまとまったり、勢いがついたりすると思うと、ビジネス書などでプレゼン術が溢れているのも当然と思ったり。

2020年3月23日月曜日

新常識

お花見ができなくても部屋に桜の盆栽を置いてウチ飲み。対面授業が受けられないならオンライン授業。職場に行けなくても通勤なしのリモートワーク。映画館へ行けなくてもネット配信鑑賞。日用品を買いに行けなくてもネットで注文。外食ができなくてもデリバリーで家で同じ味。「不便の代替えではなく新しい選択肢」として、このまま「新常識」になるかもと思ったり。

松山でも「Uber Eats」を見かけるようになり「無料配達(キャンペーン中)なら利用する」と若者。飲食店へ行く理由は何だろう?外出したくないなら配達もある。味よりも店のファン(店主のファン、建物のファンなど物理的な動機)もあるかな。でも多くは「誰かと食事するのにふさわしい雰囲気と味を兼ね備えた店」が動機だとすると、それを叶える飲食店はどれほどあるのか?と。

代替案が新常識となり、あちこちで"巣ごもり"がフツーになったら、これまでのビジネスモデルも通用しなくなるから大変!とは言え、ずっと屋内にいれるわけでもないから、今度は巣ごもりが外へ出る動機につながったらいいなと。すると今は両極端な価値だけど、双方の良い面を取り入れたハイブリッドな価値観が常識になるのだろうねと。ピンチはチャンスと言ってました。

2020年3月21日土曜日

映画雑話

コロナウィルスの影響で映画館へ行く気も失せ「パラサイト 半地下の家族」を見逃してしまうも、チャパゲティという麺とノグリという麺が我が家にあり、劇中に登場する「チャパグリ(チャパゲティとノグリを混ぜた麺)ができるね!」とパラサイトを見た娘が指摘。ジャンクフードに「寮生活だったアメリカ時代、辛拉麺を開け、同封の香辛料を半分入れて封を閉じてシャカシャカして砕き、ボリボリと食べて水を飲み空腹を満たしたんだよ」と偉そうに言う父(私)。

「電柱を抜いたり、電線をあげたり、バス停を動かしたりなど、釜山でのブラックパンサーの撮影は釜山フィルム・コミッション無しでは不可能でした。」と聞いていたものの、実は見逃していて(アベンジャーズで見かける)実際に見ると「釜山」と唯一具体的な地名が出てきて、その後のカーチェイスはCG効果はあるものの、ロケ撮影だからの迫力あり。マーベルから釜山FCに感謝状が贈られるわけだ!疾走する車はレクサスでしたね。

疾走と言えば愛媛では三菱ランサーエボリューションを使い、赤信号の交差点にコーナーリングで入り火花をチュン!と散らして激走するシーンを「となり町戦争(2006年)」で撮りました。比べ物にならないけど、コツコツと撮影支援を続けてゆけば、いづれ大作に繋がると信じる!

2020年3月20日金曜日

鵜呑み危険。

教訓「自分で感じる大切さ」。飛行機も新幹線も間引き、フライトアテンダントはマスクと手袋で対応。「飲み物はいかがですか?」はマスク越しは聞こえにくいのでジャスチャーと指差し風。訪問先ではサーモカメラの前を通り、検温も求められ、体温が高ければ入館禁止!トイレやエレベーターには消毒液が置いてあり、数百万人が往来する新宿のホテルはガランとしてた。

ホテルには「朝食ビュッフェ中止のお詫び」が貼られ、読めば政府の指摘を考慮してなどの旨。翌朝、朝食へ行くとお客さんは誰もおらず朝食券を渡して待つこと数分、色々な食材が小分けにされた朝食セットが配膳される。食べ物や食器には全てカバーが覆われ除菌万全の体制。ただ、朝食を食べた30分程度は私のみで(これはヤバイんじゃない?)と味が全然入ってこない!

ただ、周辺の人出は多く感じ(報道とは違うような・・・)。子供達も塾通いっぽい様子で電車に乗っていたし、公園でも遊んでた。23時までおよんだ会合の帰りも新宿は大勢の人で溢れてた。巣篭もり状態だと世間を知る手段はニュースが多いけど、全てじゃないし編集されているので鵜呑みは流され危険。とは言え、2月の訪日外国人は58%減の108万人とのこと。

2020年3月19日木曜日

昔話みたい。

「全ての人間は2種類に分けられる。スウィングする者と、スウィングしない者だ。」と言ったのは名作「スウィングガール」に登場したおじさん(名前知らず)。当事者の話を聞くと「背に腹は変えられない事情(例:危機感など)」からか、やらざるを得ない使命感に本人の熱量は上がるものの、現場に漂う閉塞感に四苦八苦。とは言え、答は現場にあるから七転八倒、右往左往しながら奮闘中。

一方で献身的なスタッフが支えている現場の声を「黙殺」する担当者。仕事に思い入れがないから意見や提案に応えるのは面倒や手間でしかない。そんな担当者はどこを向いているかと言えば、現場ではなく上。「いかに自分が上手に立ち回っているかを認めてもらいたい」という点で、現場へは正論っぽく聞こえるも間違いを連発。冷静に聞くと一つ一つ空論なのが悲しい。

「全ての人間は2種類に分けられる。仕事をワイワイする者とキーキー言う者だ。」と思わせる話。で、この話はその後、ワイワイした人は現場を卒業するも良い現場へ更に進み、キーキー言った人は前後左右に身動きがとれなくなったとのこと。なんだコレ!昔話のようだぞ!良いお爺さんお婆さんの善行と悪いお爺さんお婆さんの悪行の結果・・・。桜が咲き始め思い出す。

2020年3月18日水曜日

度肝を抜かれる。

何とも言えない閉塞感の気分転換にAmazonで映画でも観ようと思っても、なぜか「ウィルス系パンデミック映画」がリストアップ。「感染列島」は医療従事者に頑張れ!と言いたくなるし「新感染」は特急で遭遇したらと思うし、「アウトブレイク」を見たらハラハラするし、あぁ「カメラを止めるな!」もゾンビになるのはウィルスなのか?「アイアムレジェンド」もそうか・・・。

リストに「復活の日(1980年)」が表示され、全く知らないままに観ると・・・。なんだ!この世界観とスケール感!容赦無く世界が滅亡する様子は最近の映画にはない突き放し感。そして、残された男性女性の人類計画も考えさせられる内容。製作は角川春樹事務所とTBS。原作は小松左京!監督は若松孝二!プロデューサーは岡田裕!そして撮影は木村大作!今ではレジェンドの方々。

壮大なスケールにクレジットを見入ってしまう。wikiによると製作費25億円に対し配給収入24億円と1980年公開の第2位(そもそも1本の製作費が25億円の作品なんて、邦画で聞いたことがない!ちなみに第1位は「影武者」の27億円)。結果は赤字で大作志向から撤退とあったけど、最近の邦画には見ないスケール感に度肝を抜かれた件。

2020年3月17日火曜日

愛媛に就職。

愛媛国際映画祭でアシスタントをしてくれたチムンくんの卒業が決まりお祝い。3ヶ国語を操る優秀な学生で就職先は愛媛に本社のある企業だけど業務はグローバル。実は東京から移住してきた優秀な友人の転職先でもありビックリ!愛媛にもスゴい会社は多い。そして、もう一人のアシスタントのユキちゃんも希望した某有名会社に就職、赴任地は県外とのことで一抹の寂しさ。

一期生となる愛媛大学の社会共創学部の学生も就職。聞けば広告代理店、編集会社、県庁、市役所など希望通りの就職先だったようでエール。その一方で就職を控える学生の中には「ソーシャルビジネスで起業」「新しい職業に就職」など、メラメラと想いを募らせている人もいて面白い。「社会の課題を事業で解決する」がソーシャルビジネス、「その土地の資源を活かし地域と密着」がコミュニティビジネスと話題になる。

先日、エキストラを集める際に紹介されたのは「隙間時間を単発業務で埋めるマッチングアプリ」を開発したとのこと。「学習アプリ」を開発中の人は時勢に合っているかもと。創業や起業するのに以前は、エイッ!と覚悟や力みが必要だったけど、今はサクッ!と思いついたら直ぐにできるんだと。すると、もはや覚悟や年齢は関係なく、その気になればできる時代が来るかもねと。

2020年3月16日月曜日

血や空気のようで

資源を持っていても循環させなければ宝の持ち腐れというのが身にしみてわかる。例えばスゴイお宝を展示しても、人が訪れないと収入には結びつかなく、展示用の照明や空調、警備にお金がかかるから、賄おうと入場料を値上げする。すると人は「値上げ」に反応して訪れようと思う意識が遠のく、展示も予想以下の来場者で終了。売店の売上も減。結果、次の展示は未定、教養を得る機会を失う。

展示周辺にも人が来ないから、集客を当て込んだ飲食店なども軒並み売上減。飲食店に商品を納品する量や種類、回数も減になるから卸会社も売上減。訪れる交通手段となる電車やバスも利用者減。駅やホーム周辺の売店でも売上減。出かける機会が減るから天気や気温に合わせた洋服や靴、バッグ、傘などの購入も減。閉塞感漂う日本を脱出だ!と海外を目論んでも日本からの入国禁止・・・。

形や手触りのない経済は空気や血の巡りと同じとハッキリわかり、常に流れ循環してこそ健全なんだけど、遮断されて巡りが止まり淀んでしまうと、こうも変わってしまうものかと。この際「(あの頃に)元通り」にはならないわけだから、「変える・変わる」しかないと思ったり。

2020年3月13日金曜日

ホラー界からも。

車を止めても撮影したかったのは下から見上げた石垣の迫力、というか建設会社じゃない名前も知らない人々の偉業。何千万何万の石を無骨に積み上げて段々にしてミカンの木や畑にしてる光景。斜面だし隙間もあるから水はけも良いし先人たちの知恵はすごいと思ったり。すると「たぶん〇〇さん達の祖先とかだよな?」と同行者が物語を語りだすと、硬い石垣なのに柔らかく聞こえるから不思議。

ロケハンは撮影相談を受けて行う「依頼型」と折を見て行う「自主型」があり、ロケハン以外にも「依頼型のシナハン」と「自主型のシナハン」があり、ロケハンが主に撮影候補地(ハード)を探すのに対してシナハンは物語の素材探し(ソフト)。石垣はハード、石垣にまつわる人々の物語はソフト。ご当地映画の場合、シナハンは重要で主人公の職業や物語の起点に濃いめの素材が使われること多し。

時々あるのが地域の言い伝え、伝説などをホラーに結びつけられる案件(10億円を突破した「犬鳴村」が記憶に新しい)。フィクションだからと思うけど、地元は複雑な気持ちであることは記しておこう。というのも「奇祭」など一風変わった祭はモチーフにされることも多く、愛媛でもJホラー界からお声がかかったり(汗)。決して今回の石垣がホラー界への入口でないことは明記しておく!

2020年3月12日木曜日

報告書から。


昨夏に受け入れたインターンシップの報告書が届く。受け入れた3名の顔を思い出しながら(今年度のインターン生は違ったな・・・)とページをめくる。NICECREAMと企画立案に興味関心のあったその学生は、最初こそ物静かだったけど、回を重ねるごとに発言も多くなり自分の意見も積極的に出したっけ。学内では得られない経験を提供するのが大人の役目です。彼らはこれからを担いますから。

インターンシップを受け入れる理由は各社様々だけど、私の場合は「視野や思考を広げて欲しい」の1点。自ら考えて問う機会を通して今を考え、この先を考える。自治体や企業とも異なるNPOだから、そもそも彼らの興味関心をひく。「どうして(働き方が)民間企業→愛媛県庁→松山市役所→NPOなんですか?」と・・・。自らに問うた結果としか言えないけど、当時はNPOが最適と思っただけ。

インターンシップの最後は「企画立案は世に問う手段であり自己表現」と伝え、報告書のまとめは「1から10を学んだ」と研修の目的を達成したようでホッと一息。これまで100名以上の学生と接してきて思うのは明らかに「公益性の貢献」の意識が高く、その上で「稼ぐ」という意識。彼らが社会で活躍する頃、私たちも向き合う方を再考しないと。

2020年3月11日水曜日

一挙手一投足次第。

2011.3.11。あの日は何をしていたかというとココ大の設立準備に追われていて、就職希望者の面接を終えて送り出した所にメンバーが慌てて事務所にやってきてTVをつけたら大波で岸壁に打ち寄せられる大型船が映ってた。3月7日現在、15897人が亡くなり、2533人の方が今も行方不明。今のカオスな惨状から日本や世界は壊れかけているのでは?と思うほどに怖い。

いづれ起こると言われる「南海トラフ地震」へ対し、自身でできることは少ない。地震だけでも対処できないのに原発まで抱えるのは福島も愛媛も一緒。「安心安全神話がなぜ誕生したのか?安心安全神話はどうして信じられたのか?」などの話をする専門家の問いをNHKで見ながら(対岸の火事ではないよね)と思う。9年経ち「復興だ!」という人は大抵現場の状況を知らないんだろう。

この先の未来は明るいものであって欲しいと願うものの、子供達にとって余りにも背負わされるものが多いとも思ったり。家を出れば逃れられるのか?愛媛を出れば逃れられるのか?日本を出れば逃れられるのか?と言うのは幻想だけど、人的で物質的な状況による選択は可能なわけで毎年考えさせられては、目の前に忙殺されていつしか忘れてしまい、また一年。大人の一挙手一投足次第。

2020年3月10日火曜日

撮影事情つれづれ。

「髪セットしましょうか?」とメイクさん。「えっ!いやっ、私は違います!」と慌てて身振りそぶりで返答。エキストラを紹介したので撮影現場へ(AM7:00)。平日の朝はエキストラ、それも20代〜40代の男女を確保するのは難しいです。今回も学生に頼りましたが、謝礼が出る場合でも「バイトの方が時給単価高いんで・・・」と断られることも。拘束時間が曖昧で長いのは避けられる。

撮影を控える当日の現場に担当者不在が発覚!諸事情なので仕方がないけどビックリ。(どうやって撮影現場を回すの?)と思いきや、別担当者が後任についたので一件落着だけど驚く。そして最近多いのは「モデル事務所」の紹介。そしてオーディションをしたいとのことだけど、オーディションするのはいいですけど制作側の都合で振り回す(ドタキャンなど)のはやめてくださいね。

コロナウィルスの影響は撮影にもおよび撮影規模の縮小や撮影延期の連絡。1日短くなるだけで数万円〜数十万円の影響が出てしまう。撮影も一つの経済活動と考えると意外と貢献するんです。そしてまた撮影相談の電話。聞けばコロナウィルスの影響で撮影予定地がNGになり、代替場所を探しているとのこと。小規模撮影でも数十万のお金が地域に落ちると思うと・・・。

2020年3月9日月曜日

日本アカデミー賞

noteに書いた内容の補足をすると、2019年に689本も劇場公開されたのに、日本アカデミー賞の受賞対象だったのは202本(29%)というのは本当に驚きで、(ピンク映画もありますが・・・単に選考対象(上映期間、上映回数、上映場所など)に該当しなかった作品が多かったのか、ネット配信にシフトしているのか?など)色々と想像してしまいます。ちなみに2019年度は3959人に投票権がありました。

昨年12月に新藤兼人賞の授賞式に参加し、プロデューサーの河村氏が受賞の喜びを語るのを聞きながら、その時思ったのはプロデューサーによるキャスティングとの妙に尽きるのではないかと(もちろん、演出と脚本は当然で世に問う極上のエンターテイメントは確か)。もしも松坂桃李の演技でなかったらと思うと、テーマ、キャスティング、話題性など重要と改めて痛感。(「パラサイト」にもあい通じる要素を感じたり)

時々聞こえる「日本アカデミー賞は大手作品の作品が受賞するんでしょ?」という誤解。それは会員に松竹、東宝、東映、角川の社員が多いからだけど、その4社の社員総数(931人)よりも賛助会員の方が多い(1631人)のだから完全な誤解、その他1397人もいるし。JFCもそろそろアカデミー賞協会の会員になってもいいかもと妄想してみる。

2020年3月7日土曜日

サバイブ。

青天の霹靂!と予期せぬことばかり起きるけど、今はサバイブしないといけない。サバイブするには動かないといけないけど、動けば予期せぬことに遭遇する。骨折り損のくたびれもうけの時もある。(ハァー、行動しても時間も労力も無駄)と思うと面倒になって避けたくなるし、気持ちも萎縮する。理不尽なこともある。これは何かの因果応報なのか?と神様に問いたくもなる。

「けれど、どうした。スタートはそこからだ。」はHONDAの名コピー。悩んだり落ち込むのは自由だけど、冷静に考えると「(そう思わせた)相手はアナタが悩んでいることなど微塵も知らないと思ったら、そんな感情に振り回される自体、時間の無駄としか思えないでしょ?」ということ。誰に教えてもらったか覚えてないけど、納得したっけ。そんな時間があるならサバイブせよ!と。

「信念はあるか?」と。そう思わせる相手に信念は無いと思ってもいい。目の前は共有できても、ベクトル(方向性)は異なるから遠くの目標、目的は違う。そもそも意識が違うから同次元ではないかも。でもそんな環境でもサバイブしないと思うのは信念があるから。ダイヤモンドクロスで遮断機が下りて待っている間に考えたこと・・・。

2020年3月6日金曜日

相談を受けて

「先行き不安で、このままでは活動停止、解散もあるかも・・・」と深刻な相談が複数寄せられる。「人件費が払えない」「家賃が払えない」「事業ができない」など、それらの原因の根はどこにあるか?と探ると「自主事業の収益力の弱さ」「行政へ頼り過ぎな活動資金」「共感されても理解されない成果」など。一言で言えば「脆弱な資金調達力」だけど、そうなってしまう構造に問題はないか?と考える。

課題改善へ取り組むNPO法人は「課題の先取り・自分たちごと化→周囲へ課題改善の提案→協力者の獲得→課題改善策の実施→改善成果の発信→課題改善の実感→地域に不可欠な団体と認知される→周囲から信頼の獲得→自治体、企業、個人などからの応援」という過程をたどり、この過程で過不足があると資金調達が難しくなる可能性があると思うと共に気づいたのは!

「必要な資金額がわからない」が最大のネックと知る。「人件費として年間に必要な金額は一人分なのか?(例:400万円)二人分なのか?(例:800万円)」「家賃として年間に必要なのは200万円なのか?」実は具体的な金額を尋ねると「ウ〜ン」とか「(根拠なく)1000万円」など曖昧な回答。年度末、相談を受けて自分たちに必要な金額を考える。人ごとじゃない!

2020年3月5日木曜日

隣の芝は。

うどん県へ出張、今年のうどん県は2本の映画が撮影されたとのこと。今年の愛媛県は0本、色々とモヤモヤします。そんなモヤモヤが少しでも晴れればと思い(いわゆる「気持ちのビタミン補給」というもの)、高松市美術館に立ち寄る。100年前の美術教育学校「バウハウス」の取り組みに感嘆の連続。先端だった理念に基づき、美術や芸術の発展を産業(工業)との融合の先に見据えた未来にシビれる。

「今の仕事は未来に残るか?」がテーマ。飲食店だったら食文化かもしれないし、映画だったら芸術文化かもしれない、デザインだったら生活文化かもしれない。今の仕事が何かに繋がればいいと思う。くれぐれも「文化の消耗」や「目先の利益だけ」にならぬよう祈るばかり。「そんな悠長なことを・・・」と言われ「理念じゃ飯は喰えません」と言われたことを思い出す。

結局、創造してるのか?消耗しているのか?が最近の悩みどころ。場所や時代に超えて「隣の芝は青く見える」けど、お互いに色々あるよね・・と。100年前の当時には先端すぎて1933年に閉鎖されてしまったバウハウス。考えや思考のDNAは形や表現などを時代に合わせ脈々と受け継がれているとのことだったけど、今の仕事から何を未来に残せるか?結局、悶々は解消されず。

2020年3月4日水曜日

複雑で猛省

昨日の猛省は「複雑にし過ぎた点」。初めて会う方への資料を図解で作成したものの「これ、(相手に)分かりますかね?」と指摘される。書いた本人は力作!と思っても第三者が見た時、詳細な説明が必要な資料は不適切ということ。「読む」ではなく「見る」で理解を求めているのに図解した上に「聴く」が更に必要では意味がないよねと。その通りで猛省、つい力が入ってしまいました(涙)

資料が相手に渡った以降、今度は相手が上司や関係者に説明しないといけない点を留意しないといけない。いわゆる「自分ごと化」してもらわないとならず、そこには相手への強制的な「説得」ではなく自らの自発的な「納得」が必要。そう考えると2001年に誰一人知らない人たちへ提案したフィルム・コミッションや2010年作成のココ大の資料はキレッキレだったのか!?と思うと劣化しているかもしれない(汗)。

「複雑が悪いのは理解を遠ざること」だけど、実は作成側にとっては好都合は知られておらず、複雑にすることで「理解を遠ざけるベール」が幾重にも重なり、本質が見えにくくなってしまう。複雑は「それっぽく」見える透明性のない虚構の証。シンプルで透明性がある分かりやすい資料づくりに努めよう!と自戒。複雑な部分は脂肪だ、スッキリと!