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2025年3月6日木曜日

こういうコト。


妻が愛媛大学での勤務で愛媛にやってきたので「お昼を一緒に食べよう。」となり、「デュエットにしよう!」と妻。
ランチには早かったけれど、午後から用事があったので11時の開店に合わせて移動したら、店前には既に数組が並んでいて「スゴい!」となる。

前回のデュエットは2年前だったのか。
咄嗟に前回を思い出し、ブログのネタとして「スパゲティの大(1,500円)」を注文。
「そんなに食べれる?」と怪訝な妻だったけど「君も食べるでしょ?」となり「まぁね。」と。
妻が頼んだのはレタスやトマト、スクランブルエッグが混ざった「サラダスパゲティ」。

そして、ものすごいボリュームのミートスパだったけど、なんだかんだ言いながら二人で食べ切ってしまった(笑)。

こうして話題にできるのは美味しいのも当然だけど、ご当地味でもあり、老舗でもあり・・・などの特徴があるから。最近では観光客も多いと聞くのも納得。

「聖地巡礼を仕掛ける際のアイデアはありますか?」と、河原デザイン・アート専門学校で学生からの質問を思い出す。

「Aという聖地とBという聖地の間にある“ご当地味”で寄り道をさせるのも一案です。」と、返答したけど、まさにデュエットのような「ご当地味」を移動の途中で立ち寄らせることができれば、話題が一つ増えるし、地元にお金も落ちるし、いうコトなし!

日切焼きでもOK、Aという聖地とBという聖地を直線で結ばせてばならず、寄り道、立ち寄らせることは聖地巡礼を企画する際の基礎基本。

「聖地巡礼先が飲食店だったら、更に仕掛けしやすいよね。“ソフトタイム”と言う店を知ってますか?」
「いいえ。」
「アニメ版がんばっていきまっしょいで主人公たちが立ち寄る喫茶店ですが、そこの三津浜焼きは劇中に実際に登場しています。」
「行ってみたいです!」
「でしょ!」

2025年3月5日水曜日

誰でもオンリーワンになれる方法


「一番を目指していましたか?」的な質問があったから「一番を目指しても、上には上がいるから果てしなく、自分を消耗させてしまうよ。」と伝え、「私の実体験から誰でもオンリーワンになれる方法を伝えます。」となると、(えっ!どういうこと?)という表情の学生。

「それはね、何でもいいから、やり続けることです。」と伝えながら見せたスライド。
「最初は同じことをしたい、始めたい人は1,000人いるかもしれない。だけど、そのうち続けられないと次々と脱落していくから、人数は減り、いづれ自分一人になる。」という話。

この考え方なら他の誰とも競う必要がない。あえて言えば競う相手は自分自身。自動的に周りは脱落していくのだから気にもならない。自分自身は続ける努力さえすればいい。」と伝えると、(えっ!そういうこと!)と目から鱗、鳩が豆鉄砲をくらったような表情の学生たち。

「ブログを書いても閲覧数はしばらく0回でした。でも、そんなコトは分かっていたから気にせず、ひたすら書き続けて14年になりました。今では毎日2本書いていて“どこ目指してるんですか?”と言われてますが、現在の閲覧数は118万回以上になっています。」

「フィルム・コミッション(撮影の誘致&支援)も最初は誰も知りませんでした。でも22年間の実績は600本以上の撮影、日本で最も長くフィルム・コミッションに携わっています。」

「コロナ禍の運動不足解消に歩き始めましたが、ウォーキングアプリの特典に惹かれて、散歩が趣味になり、今は毎日1万歩以上歩いて、周りにそんなに歩く人はいなくなりました。」

「最初から意識してたわけでなく、結果論だけど、持続させるには、高い目標ではなく、続けるにストレスを感じない低い目標がいいかも。」とも続ける。

そして「GRIT(グリット)=やり続ける力/やり抜く力」が身につきました。と伝えて質疑応答は終了。

泣けてきた。河原デザイン・アート専門学校編。


<授業を受ける前、受けた後で、自分の意識はどう変わったか?>
  • 最初から完璧を目指すではなく、楽しんで続ける大切さを知った。
  • 不完全でも先ずはやり切ることが大切という考え方は、就活が始まる私にとても響いた。
  • 高校時代から地域の魅力発信に取り組んできました。就職してからも地域の活性に貢献したいです。そのために「地域資源の魅力を見出す力」を養います。
  • 課題に対してどう取組むかで、ギリギリに課題をクリアした人よりも1歩先、2歩先へと成長できると知り、とても勉強になりました。
  • 写真の撮り方次第で伝わり方が全く違うとわかりました。
  • こういう講義では、声のトーンとか質問の投げかけ方が聞いている人を飽きさせないコツと思った。先生の講義は話がすごく入ってきた。
  • 映画撮影の際の考え方や独自の視点など勉強になりました。
  • どんなことでも仕事に繋げている姿勢を見習いたい。実践すれば強みになると分かった。
  • デザインは自分が思う以上に、たくさんのことに関われることを知った。
  • 持続が何よりも大事と分かりとても勉強になりました。今まで最初から上手くやろうとして挫折していたので、長く続けること、粘ることの大切さが分かりました。
  • 「調べる」とは、単にネットの検索ではダメだと知りました。
  • 知らないことが多く、いかに視野が狭いかを知った。物事一つ一つの解像度を高めたい。
  • 体験談を交えた話題に加え、ロゴマークやキャラクター制作にも取り組めて、とても充実した授業でした。
  • 「現状と課題の違い」「スケールアップとスケールアウト」など、今回の講義で得た多くの学びを今後に生かします。
  • 映画好きなので、今回の特別授業はとても勉強になり楽しかったです。
  • 事業やデザインに対する考え、取り組みをご本人から直接聞かせてもらい、とても勉強になりました。また実際にキャラクターやロゴの作成という実践的なこともできて楽しみながら学べました。
  • 実践を交えつつ、撮影についての興味深い話を聞くことができて楽しかったです。
  • 何事にも前向きに課題に取り組んで良いものを作れるように努力します。
  • 就職は都会を意識しがちですが、先生のように地方や地元などへ目を向けたいです。
  • 新しい視点や考え、発想を学べて楽しかった
  • 先生のフラットな接し方を見習いたいと思いました。
  • 普段から暮らす愛媛の魅力に気づいていないと、今日とても感じました。
  • 愛媛は私が思う以上に素敵な場所がたくさんあると思いました。
  • 想像以上に撮影の面白さ、楽しさが分かった。前から興味はあったので色々な所に足を運んで綺麗な景色や自分の好きなものをカメラに収めようと思った。そして、先生がロケ弁が美味しいと言っていたのでいつか食べてみたいと思った。
  • 課題と現状を履き違えてはいけないことが深く胸に刺さりました。どんな時でも本質を見抜くことを忘れないように生活しようと思いました。
  • 今までより視野が少し広がった講座でした。スケールアウトを目指して努力します。

学生達、焦る。


ココ大の市民先生でもあるmameとは、なんだかんだで20年以上の間柄。
そんなmameから「勤める河原デザイン・アート専門学校で、学生に特別授業をして欲しいです!」とリクエストがあり、二つ返事でOKしたものの、与えられた2コマ計3時間(180分)を、どう使ったらいいだろう?構想する。

と、言うのも3時間、一方的に話すなんて学生からしたらつまらないしと知っていたのは、学生たちは我が子よりも年下だったから。
さらに専門学校生は卒業=就職と直結してるから、実践(社会に出ても役立つこと)も必要と思ったりすると、なかなか難しいぞ・・・となる。

最終的には100分の座学、60分のワークショップ、20分の質疑応答で授業を構成する。
一年生+二年生=50名超が教室に続々とやってきた。
でも、学生の皆んなは(これから何を聞かされるの?)と言う不安な表情でソワソワ。

座学ではフィルム・コミッションとの向き合い方、創った仕事という切り口で紹介する。
mameからは「仕事観」「キャリア形成」「家族」などの“生き様”も多めでお願いしたいというリクエストだったので、紆余曲折のこれまでから自分が学んだこと、気づいたことを多めに話すと、学生達がメモを取り始める。

座学の後は40分1本勝負で「松山城or道後温泉本館の擬人化」もしくは「えひめフィルム・コミッションのロゴマーク検討」のどちらかを選び時間を渡す。

「(えひめフィルム・コミッションの)設立時からロゴマークがなかったということですよね?20年以上も平気だったんですか?」と質問されるも、今日まで全く問題なかった、不便に感じなかった(笑)。

40分でデザインしなければならない学生たち、焦る。
こんな経験をしたことがないらしく、演習なので成果は緩く考えていたら、やっぱりセンスのいい学生は必ずいて・・・となる。

2025年3月4日火曜日

インチキ先生 is BACK!


ケルシーさん&シャロン監督との打合せが終わり、その後「松山市こどもえがお課」との打合せも終えた「ココ大付属学園【春休み】」の事前事業説明会。今回も初めての方が参加してくさださる。そして、そのまま春の参加申込みがスタート!

2021年から始まったから3月で4年目が終わり、4月から5年目になる。
以前は3年で一区切りかな?と思ったけど、子ども達の居場所需要はますます高まるばかり。

その証拠にこれまでココ大付属学園に参加して、引き続き登録したいという保護者は100人超えに。
そして、卒業してもボランティアに来てくれる子どもがいたり、遠くへ引っ越しても帰省中に顔を見せに来てくれる親子がいたり(涙)。

そして春休み。春休みは“年度”をまたぐので、冬休み、夏休みとは趣が異なるのが特徴。
現在の6年生は3月31日まで。新1年生は4月1日からの参加。
「もう(4月1日から)来ちゃいかんの?」と嘆く6年生もいれば、これまでに姉兄の迎えにきていた妹弟は4月からの参加希望を照れ笑いで隠していたり、子ども達なりにソワソワ。

そんな6年生は卒業式を終え、しばしの開放感を味わえる時期なのに、これまで通りに参加してくれる子が複数人いて、最後の思い出づくりになる予感(涙)
3月の目玉は大型バスを借り切ってお花見ピクニックだ!昨夏に鹿島へ行けなかったからね!

申込み状況は順調で、残り数組という感じ。
大人から見ればたった11日間の開設だけど、子ども達にはとても長く、開始/初日を待ちきれない様子が申込みから感じ取れて嬉しかったり。

今は想像すらできない出来事がたくさん起こるんだろうな。
参加をご検討の方はお早めに。

アメリカから来県。

左からマシューさん、ケルシーさん、シャロン監督

昨年「ぜひ紹介したい人がいる。」と、紹介されたのはケルシーさん。
日系4世でアメリカで生まれ育ったけれど、ルーツを辿れば高祖父は愛媛県伊方町出身。

現在はアメリカ最大級の製麺事業と輸入業をご家族で経営されていて、その一方で映画プロデューサーの肩書きもあり、ドキュメンタリー映画を制作していると紹介される。

そんなケルシーさんから「愛媛に行くのだけど会えないかな?」と連絡があり、えひめフィルム・コミッション事務局(愛媛県観光国際課)で関係者に集まっていただき、顔合わせ。

今回、初愛媛だったのはシャロン監督で、ケルシーさんとシャロン監督は3年前からタッグを組み、作品はアカデミー賞のBest Live Action Short Film(最優秀短編実写映画賞)にノミネートされたり、他の映画賞では受賞歴も。名門USC(南カリフォルニア大学)出身だし。

そんな二人だから、さぞかし“難しい雰囲気”・・・と思いきや、キリッ!としたケルシー(彼女は日舞の師範でもある)、「この下灘コーヒーは美味しかった!」と最後まで、下灘コーヒーカップを手にニコニコなシャロン監督に意見交換はワイワイ和やかに進む。
そして「愛媛はビューティフルでワンダフルだ!」と笑顔のシャロン監督。

そして、ミカンの資料を丁寧にしてくれたFC担当者を「上長です。」と紹介すると、その響き、発音が気に入ったようで「ジョーチョーサン」と、しきりに担当者に声をかけて上長のファンになってしまったシャロン監督(笑)。
担当者の「出演しないといけませんかんね?」は半分冗談、半分本気。

打合せが終わり、「愛媛のお酒はどこに行けば買えますか?」とケルシーさんとシャロン監督。
「お土産屋さんかな?」と伝えたら「三越にありますよ!」とジョーチョーサン。

宿泊するホテルも近いとのことで、ジョーチョーサン、ケルシーさんとシャロンさんと共に三越まで案内してあげる。
撮影相談のキックオフとしては最高のスタート。

2025年3月3日月曜日

私は私のやり方で。


「恥ずかしいわ!“マユミ”じゃなくて“アユミ”にして!」と、完全否定ではない承諾を勝手にいただきましたが、スミマセン。終始マユミで喋らせてもらいました(笑)。

ココ大ラジオの収録日。
和歌山県紀の川市でのワーケーションから戻って未だ日が浅かったので、ホヤホヤの話題として全編(約18分間)を充てる。

ココ大ラジオの内容は、学長日記の内容をラジオ版として喋っているので、メモを見ながら思い出しながら喋ると、つい“その時”のイメージが思い返されて笑ってしまう・・・のもアリなのがココ大ラジオの魅力(にしてる)。

これが私なりの発信の発信方法。
南海放送さんのご理解とご協力が続く限り、ココ大ラジオ【音声】は続くし、学長日記は【文字】で発信してるし、Facebookでも発信、2025年から再開したnoteでも発信、エールラボえひめでもディレクターコラムとして発信、周りにも体験したこと伝えているから【口コミ】と言えるかもしれない。

やはり、自分が体験したことだから話題の隅の隅まで、しっかり伝えられるのが嬉しいし、楽しい。みんなにも伝えなきゃ!つい聞き逃してしまうことも多いから、こんな時にradikoは有効。

そして、せっかくの機会だからと、PLAUD NotePin(=AIボイスレコーダー)をスタジオに持ち込み、喋った内容を文字起こししようとセットしたものの、充電が足りてなく使えなかった(涙)。教訓、充電はしっかり確認しよう!

そして、使えなかった凹みから、PLAUD NotePinを持って帰るのを忘れてしまい、アパートに戻って(充電するか・・・)と、探しても見つからず(あっ!)となって、再びスタジオへ行き、無事に回収。

やれやれ、何をやってるんだか朝の7時30分。

吉川静子とヨゼフ・ミューラー=ブロックマン展。

90分の待ち時間と言われたのは歌川国芳展でした。

初めてだった大阪中之島美術館。
お目当ては「吉川静子とヨゼフ・ミューラー=ブロックマン展」。

ヨゼフ・ミューラー=ブロックマンと言えば、ニューヨーク時代に影響(タイポグラフィの魅力にハマった時期があり、文字だけで成立、表現できるセンスに憧れた。)を受けたデザイナーだ!と懐かしさに行こう!と思ったものの、吉川静子さんって誰?と分からず。

奥様であり自身も芸術家だったのね、不勉強でした。今回、作品を鑑賞できて良かった!

美術館に到着すると、外から一目で分かる混雑さ。
(吉川静子とヨゼフ・ミューラー=ブロックマン展の人気はスゴいなぁ・・・。どうしようかな?)と、急に億劫になり、とりあえず入るもごった返しの館内。
ジグザグの列は展覧会にこれから入る人たち。

そして「こちらが最後尾です!ただいま入場まで90分待ちです。」と係員がプラカードを掲げて説明する姿に(ダメだ、そんなに並べない。帰ろう。)と思って混雑から離れたら「吉川静子とヨゼフ・ミューラー=ブロックマン展はコチラ」という表示があり、???と思ったら、90分待ちの長蛇の列は翌日が会期終了の「歌川国芳展」でした。

(良かった〜)となり、チケット購入して長蛇の列の隣をエキスプレスパスのように素通りして5階の展示会場へ。

吉川静子さんの作品を初めて見たけど緻密な計算と偶然を意識した作品の数々、それも初期の試行錯誤から手法が確立し、発展し晩年はシンプルになった作品に“作品の生”を感じる。

展覧会の後半にヨゼフ・ミューラー=ブロックマンの作品群もあり、若かりし頃の悪戦苦闘が蘇りつつも、色褪せないセンスに再度、刺激を受ける。

90分ほどで鑑賞終了。会場を出ても相変わらず混んでいて「入場まで90分程度になります。」と係員の声が、相変わらず響いた帰り道。


2025年3月2日日曜日

ゾクッー!な恐怖体験。


「ピンポーン!」と呼び鈴が鳴り、「ハイハイハイ!」と、印鑑を持って玄関へ向かったのは郵便物が届くと知っていたから。
印鑑を取り、フタも外して玄関を開けたらドアを引かれて【知らないオジさんの顔が30cm先にあった恐怖】。

「わっ!」となり、オジさんと目が合う。
「この辺りで聖書のお話をさせてもらっていまして・・・」と背広姿のおじさん。
で、ドアを更に開けようとするから「ゴメンなさい、郵便物と思って・・・」と伝えてドアを戻して閉めて鍵をかけたものの、ゾクッー!とした気持ち悪さ&後味の悪さ。

セキュリティチェックもないアパートだから、誰でも玄関先まで来れるのだけど、他の住人の呼び鈴も鳴らしてるのかな?
そもそも聖書のお話が本当なのか?も分からないし、誰なのかも知らないおじさんの話&顔が30cm先にあったら誰でも驚くよ!

私の不用心だけど、今回で2回目。
以前は女性と外国人風の2人組みで「難民支援です。」と、首から下げた身分証明書を見せてきたけど、「よく分からないので・・・」と言ってドアを閉めた。

その昔、我が子が幼かった頃、路上で遊んでいたら、男女2人組が突然近づいてきて難民支援だったかな?「コーヒーを買ってください。」と言われて、子どもたちの無邪気な「買ってあげたら?」の一言に買ったこともあったけど、彼らの素性や真意は不明。

話を昨日に戻して。
昨今は事件も多いから、不用心は禁物と思った件。
マジで女性の一人暮らしで、素性の分からないオジさんが目の前にいたら怖いよね。
オジさんの私でさえ、怖かったのだから。

その1時間後、ピンポ〜ンと、まだ呼び鈴がなると「〇〇急便です〜!」と威勢のいい声が廊下から聞こえ(そうか!掛け声くれるよね!)と配達の人と分かる。
“玄関の覗き穴”を見ろよ!という指摘があるけど、塞いでいるので見えないのだ。

あっちの世界へ。


朝5:30過ぎ。いつものように城山公園を散歩して、愛媛県図書館へ向かって歩いていると、暗い辺りの中で通りの両脇で光る灯りが一直線に奥へ伸びていて、愛媛県図書館のガラス面に反射して更に奥まで“ずっと”続いているように見えて(えっ!?ナニナニ?)と立ち止まってしまう。

辺りが濃く暗いから灯がガラス面に反射している目の錯覚なのだけど、まるで闇の向こうまで続いているように見えたから(“あっち”の世界へ行けたりしてね。)と一人妄想しながら写真に撮る。
今まで気づかなかったのはどうしてだろう?
朝方にだけ現れる不思議な道から本の世界へ行けたら面白い物語かも。

閑話休題。
相変わらず「評価の低い」映画をみては「何が評価を下げているのか?」を知りたくツッコミを入れる。やっぱり理由はあるわけで・・・。

「米露海戦20XX」は、主人公が最初から最後まで着替えていなかったり、アメリカ大統領の執務室が“他作品でもよく見る”あの部屋ではなく、窓がなく観葉植物がポツンと置かれた会議室に見えたり、ロシアの大統領が暗殺されて、次シーンでは暗殺した人が大統領になったと思ったら、その人も部下に殺されて、その部下が大統領に就任したり、最後はハッピーエンドの結末に大統領の側近が、大統領の肩を叩いて喜んだり、ツッコむには最適だった作品。

「ボルケーノ2023」は、独断と偏見な個人の意見です。
女性博士を演じる俳優さんの顔が、美を追求しすぎた整形顔が印象的で、話(内容)が全く入ってこなかった。養子の息子くんが科学者などを差し置く天才的な活躍をしたり、インターンシップの時給が22ドルと急にリアリティのある話が話題になったり、画角が合ってないから主人公たちとの視線にズレがあったり、溶岩が流れて近づいているのに、能天気にニコニコしてるカップルのアップがあったり、危機感を感じにくかった作品。

日本だけでなくアメリカ映画にもトホホな作品は多い。

2025年3月1日土曜日

知るから始まる。


生放送は言い直しが難しいので、数字や数値、固有名詞などは間違えないよう気をつけていたら、数字を追えなくなってしまった。
生放送中でも「間違えないように伝えたいので原稿を手元に用意してまして・・・」とも言ってしまったし(笑)。数字&数値が多かったので途中、詰まってしまった。ゴメンなさい。

今回は話題が「2024日本映画産業統計」だったこともあり、私自身も好きな話題だったので前のめりになってしまった。
あえて言えば、その熱量が伝わったのか?「2024年に685本もの邦画が公開されたの!?」「毎日1.8本以上の新作が公開されてるの!?」「10億円以上の興行収入を記録した上位31本で邦画市場の67%を占めてるの!?」「豆腐の市場規模よりも小さいの!?(豆腐の市場規模は5,000億円)」など、驚いてくださった方々がいたのでよしとするか。

そして、次のアクションへとなるわけだけど、映画館で大スクリーンと音響効果に包まれて欲しいのだけど、映画館へ行くのがなかなか難しい。

でも、2024年の興行収入第一位の「名探偵コナン100万ドルの五稜星(みちしるべ)」は158億円。
158億円を平均入場料の1,433円/人で割ると、1102万5819人が計算上で見たことになり、赤ちゃんから当時までの国民の11人に1人は「名探偵コナン100万ドルの五稜星(みちしるべ)」を見てることになる。
でも私は見てないし、周りも見ていない。

すると、誰かが私や周りの見ていない人の代わりに見ていることになる。それは誰か?
そう、それは一人が複数回見ているのだ。複数回見る理由は公開中の「来場特典」が何種類もあるから。
この現象はアニメ作品に多く見受けられ、実写作品では少ない。
ちなみに20年前の2004年の興行収入第一位は「世界の中心で、愛をさけぶ」の85億円でした。
知るから始まる。
写真は後半にお話された愛媛県防災士協会愛媛県支部の高瀬さんと。

ゼロイチ依頼。


2月は計65本の日記を書いた。
2月は28日しかないから、毎日2本書いても計56本。
それが9本も多いのは「援農ワーケーションが濃かった。」から。

いづれ忘れてしまう(エビングハウスの忘却曲線によれば、1時間で50%、1日後には70%、1ヶ月後には80%を忘れてしまう。)ことが多い日常を留めておくのに日記は有効。

援農ワーケーションから戻り、最初の依頼は「愛媛県が抱える課題に立ち向かう人材の育成」についての意見交換。
それも単に課題改善ではなく、課題改善の先に新しい価値を見出し、多様な主体との共創で創出する。がテーマ。

これまでの協働実績成果などが評価されてのご指名だけど、概要や狙いはイメージ&理解できても核論まで進まない、決まらない。

従来の方法では新しい価値の創出は難しいから「新しい共創」が必要なんですよね?と、数歩戻り、立ち止まって冷静に考え直す。
そして、チャレンジングな手法を提案すると、イケるかも!という雰囲気になり、意見を足したり引いたり、現実に落とし込んでみたり。

「一回目だから、やってみましょう!そして改善しましょう。」の声に話が一気に具現化する。
これまでだったら「やって成果が出なかったらどうする?」とか「これまでと違いますが、大丈夫ですか?」というアイデアキラーが出てもおかしくない場面だったけど、これまでにない新しいアプローチを仕掛けよう!としてるのだから、慣例を踏襲してもしょうがない。

なので、初めてだから入念な事前準備が必要と分かる。
協力者も必要なので、そこは任せて欲しいと伝える。

以前、良かれと思って相手の意を汲んだ時、散々な目に合い立ち直るのがとても大変だったから、責任を持つという意味でも任せてもらう。
ゼロイチって大変なのに、結局ゼロイチの醍醐味を味わいたいのかも。

2025年2月28日金曜日

決算!援農プログラム。

毎日のコーヒーも無料でいただけた。

「お帰りなさい!」とか「楽しそうでしたね!」など、紀の川市での援農プログラムから愛媛に戻ると、周りから色々と尋ねられた。
その中で「高かったでしょ?」と費用面を尋ねられることも多かったので、決算!援農プログラム。

<交通費>
松山市駅→松山空港→伊丹空港→なんば駅→粉河駅=13,400円
粉河駅→なんば駅→伊丹空港→松山空港→松山市駅=14,340円(飛行機代の違い)
【合計】27,740円

<食費&宿泊費>
【合計】0円(無料はインパクト大だった!)

<その他>
食料菓子=2,000円
ぜんざい&草餅=1,400円
団子&パン=500円
銭湯&飲み物=740円
【合計】4,640円

【総計】32,380円-【補助】15,000円=【実質】17,380円

今回、援農プログラムへ参加しよう!と思ったのは15,000円の補助があったのが大きい。
なので6泊7日で17,380円ということは、何もかも全てひっくるめて2,483円/日で過ごした。
節約しようとすればもっと圧縮できたので2,000円/日だったかも?と考えると、とてもお得だった。だから15,000円ジャストの交通費で節約したら6泊7日の0円生活も可能だった!?

なので、費用的には負担は少なかった。
こういう補助が出るプログラムも時々出るので、いかにアンテナを張っておくか?大事。

昨年参加した岡山県津山市のプログラムも補助が出て、自己負担を抑えられたから、やっぱり自身のアンテナ感度と思う。

ロスと気づく。

まったり過ごした夜

(一週間前は高野口乃湯で薬湯に浸かり、串本サイダーを飲んだなとか、皆んなでトランプして笑った、人生相談に応えた、出しゃばって資金調達の話をした)など、楽しかった日々がジワリと思い出されてロスと気づく。

最初に会ったイズミさん。
10期の中で最も若く、我が子と同い年と分かる。この先を色々と悩んでいたけど「選択肢が多いというコト。可能性しかないから、焦る必要はないよ。」と何度伝えたことか。彼女が描く未来が実現しますように。

“百”姓を目指しているクメさん。
「泉谷さんは僕の目指す姿です。」と慕ってくれた彼には「スケールアップ&スケールアウト(強みをどう強調/確立するか?)」「オンリーワンになる方法(持続すれば他は脱落し、いづれ一人になる)」を紹介した。“百”姓で稼げますように。

最年長だったセツコさん。
元漫画家だったり、その経験からCMコンテを描いたりとクリエイティブ界隈で活躍して、今はネイチャーガイドの傍で、得意な語学を活かしてインバウンド客対象のツアーガイドもしていて、滞在中に色々な国からの問い合わせや相談を垣間見た。

超高速“ちゃうねん”のマユミさん。
セツコさんに誘われて参加だったけど、存在感は5人の中でもピカイチで、ライター&編集者だから、どんな話題にも喋る喋る喋る。「あんた、人の話を聞かへんもんな」とセツコさんに指摘されると「そやな、でも少しは聞いとるで。」と自覚してるようで、毎日笑わせてくれた。

ハウスキーパーのイシダさん。
家守(ヤモリ)と聞いて爬虫類と勘違いした人もいたけど、本当は写真家デビューを控えてた作家。ハウスキーパー以前は「バンライフ(箱バンで暮らす人)」を送っていて、いずれハウスキーパーを卒業して作家中心の生活に戻るとのことだった。個性ある作品を見せてもらった。

そして、現地責任者のニヘイさん。
独特の物腰の柔らかさで、いつもニコニコだったのに、スパイスカレーを作っている最中に「鶏肉はブチ込んでください!」と、それまでの雰囲気とは全く違う言葉遣いに大笑いしたり、また地域づくりという共通項目もあり「公益活動のマネタイズモデル」に関心を持ってくれたり。

また皆んなに会えたらいいな。

2025年2月27日木曜日

ワーケーションあるある。


ワーケーション、ゲストハウス、AIrbnb(エアビー)などを利用する際、準備/用意したほうがいいモノ、あらかじめ準備/用意しているだろうモノを想像しなければならない。

事務局に尋ねると「
作業用服、滞在期間中の着替え、その他宿泊に必要なものです。」という返答だったので、具体的に考える必要があった。

荷物量(いつもの相棒バッグ)との兼ね合いから「ダウンジャケット、下着系3日分、部屋着/寝巻き、防寒対応作業服2セット、洗濯用洗剤、グルーミングセット、水筒、ティーパック、お土産、PCセット、タオルなど」と厳選してパッキング。
傘、長靴などは貸してもらえると想像した。

6泊7日の暮らしで宿に用意されていたのは、洗濯用洗剤、ティーパック(コーヒー)、タオル、傘などで基本的な生活を送るのに必要なモノは全て揃っていた。
なぜなら、ハウスキーパーのイシダさんも一緒に生活してたから!

「加湿器が各部屋にあったら良かったかも」という意見は、寒くてヒーターをつけると、おのずと部屋が乾燥してしまい、使った濡れタオルを干しても追いつかず、喉が痛くなった人も。
皆んなが集まるリビングには最強スペックの加湿機が乾燥をガンガン防いでいてくれたコトを留めておく。

個人的には台所にあった大量の調味料などが印象的で、私たちは10期という最後のグループだったので先のグループが置いていった数々の恩恵を受けた。
おかげでカワハラさんからいただいた白米さえ炊けば、何とかなる状態だった。
台所はこの時期、朝日がちょうど入る角度で調味料が輝いていた(笑)

でも、その反面、冷蔵庫にも先のグループが置いていった恩恵が多数あったものの、“いつから”置いてあるのか分からず(最古は年末から)、一つ一つ確認しては活用 or 廃棄したのも10期の役目(と勝手に思い込んだ)。

ワーケーションに必要なモノを揃えるには経験値が必要と、今回でも経験値をあげた。
そして帰りには荷物を軽くしたいので、我々も置いていったり・・・。


ありがとう!藤井の里くらぶサン


6日間のワーケーションで私が経験した援農体験は・・・。
ニエガワさんの園地で市民農園の畝づくり
藤川の里くららぶ会長と和歌山県果樹試験場でのふれあいデー&成果発表会に参加
カワハラさんが育てたキウイの選別、果物などを卸している産直市「めっけもん市場」へ市場調査
ミヤモトさんのハウスでキュウリの定植
コダマさんが育てたレモンの選定」と、藤井の里くらぶメンバー全員の所でお世話になった。

時間にして毎日4時間×5時間=計20時間ほどだったけど、そのために仕事を作り準備/用意してくださったことに大感謝。

「(援農者の手伝いで)仕事が進むか?進まないか?と言ったら進まないコトもあるけど、そこじゃないんよ。」は会長の話。
「とにかく藤井地区を知ってもらい、ご縁から関係人口を増やしたいから、手間ではないよ。必要なんだよ。」という旨も言ってた。いわゆる“地域のファンづくり”。

6泊7日の間にたくさんの果実を食べたのに、最後はお土産までいただいて、ここまでしていただき、「藤井の里くらぶ」のファンにならないほうがおかしい。
アンケートにも「周りに伝えるか?」という設問に「メチャメチャ推す!」と答えた(笑)。

一区切りしたけど、この先もどうやって関われるかな?と考える。
今回は援農プログラムに参加というコトで交通費の助成が出たこともあり、参加しやすかった。

そして生産者さんたちにとっても収穫期(繁忙期)ではない閑散期だったから受け入れ可能だったと推察すると、持続にはお互いに無理しない関係性が必要かも。
個人的には一週間の調整ができるのは2月、3月が都合がよいと分かった。

皆さんにサヨナラを伝えてニヘイさんに粉河駅まで送っていただく。
(あ〜、これで当分は来ないだろうな・・・)と思うと寂しさが込み上げてきた。

6日間11種のメニュー。

イズミさんは「手羽元と大根とカレー煮」が印象的だった。

チェックアウト時間までは各自で片付けしたり布団のシーツなどを外したり、掃除したり。
その中で今回、毎日の食事を提供してくれた「舎逢」の馬越さんにお礼をしよう!となり、馬越さんからいただいたメニュー表に寄せ書きをする。

改めてメニューを見ると毎日、豊富な食事(野菜中心で体に優しい味だった。)だったと分かり、日頃の不摂生を猛省。

メニューには11種類しかないけど、実は「適当に添えてください。」という副菜(サラダ、小松菜のおひたし、のっぺ(煮締め)、白菜塩昆布〆など)があり、「いつ食べようか?」と些細なコトで悩み楽しかった思い出。

じゃあ、朝食は?となるけど、毎夕食、残るほどの量だったので翌朝に持ち越して食べたり、ハウスキーパーの石田さんが買ってきてくれたパン、ストックされていたラーメン、キウイのカワハラさんから寄付されたお米があったので、炊いてTKG(たまごかけごはん)、納豆、梅干し、味噌汁も作れたので全く問題なかった。
「こんなに贅沢な朝食ってない・・・」と何度言ったことか。

「グリーンツーリズム」「農家レストラン」など、地域には地元の野菜を活用する取り組みが多いけど、それはそれ。
個人的には「野菜や柑橘を作る人(=生産者)と、野菜や柑橘を使って食事を出す人(=料理人)」を分けていたのは大正解と思った。

そう思ったのは、とにかくバラエティ豊かなメニューだったので、“そこ(毎日、違うメニューを考えて作り届けるコト)”を生産者に求めても、考えるだけで苦労すると思うから。

「全部おいしかったけど、最も印象的なメニューに対して感想を残そう!」ともなり、私は初日の「ネギ塩鍋」に感想を書く。
全員と初対面だったのに、皆んなとワイワイと交流できたのは同じ鍋を食べたから。

2025年2月26日水曜日

衝撃の朝

カワイイポーズのコダマさん(中央)

援農プログラムでの最後の食事(朝食)を済ませ、洗い物をしていると「おはようございます!」と、レモンのコダマさん(4年モノ、7年モノの梅シロップも差し入れた生産者さん)がやってきた。

「藤井の里くらぶ」さんとのお別れ会には早いけど?と思ったら外出するので、お別れ会に行けないから先に顔を見せにきたとのこと(涙)

レモン選定のお礼などを伝え、改めて「藤井の里くらぶ」さんのホスピタリティの高さ、受け入れは面倒で手間なはずなのに、それを超えてまで受け入れてくれたことに感謝を伝えると「ウチは私の代で終わらせる予定なんでね。」と、衝撃的な言葉をサラリと告げたコダマさん。

聞き間違えたと思い「えっ!?えぇ!?」となるも「そう、私の代で終わらせる予定なんよ。」とコダマさん。
とは言っても直ぐではなく「75歳頃(15年以上先)までかな?」と。
農作業で腰を痛めているので、それまでに後継者が見つかればいい・・・と思うも、直ぐには見つからないと思うから今から取り掛かっているのとのこと。

ご子息が継いで・・・と思うも「いや、継がなくていい。と既に言ったんよ。」とのこと。
確かに望まない継承は誰もハッピーにしないから、親心もあり、そんな判断に至ったと思うけど、レモンの選定で分太くんに楽しませてもらったから(爆)

一緒に聞いていたクメさん。「今後は何も決めてないですけど、何かしらの形で携われたらな・・・と思います。」
オォー!目の前に興味関心者がいた!

自身が苦手、困っていることは、他人には得意だったり、興味を惹くことがあるという事例を垣間見る。

「じゃあ!お気をつけて!」と言って去ったコダマさんを見送り、最後の最後に知った衝撃の事実が大きかった件。
7年ものの梅シロップ原液

唇で語れ明日を。


「もしかしたら、それは(私たちの)エゴかもしれない。」と、5人で喋っていた時に言ってしまった。

各地を訪れて様々な現場を見た経験(≒引き出し)から、(〇〇したらいい、〇〇できる、〇〇がだったら・・・)と色々思うコトは多いけど、地域の多くは他の地域を知らないし、仮に知っていたとしても実践できていない何かしらの理由があると思うと、単なる情報提供は、知ってる人の自己満足(≒エゴ)でしかない。

「もしも、言えるとしたら、地域から質問されたり、求められたりしたら伝えられるよ。でも、今回は援農という農作業のお手伝いと思ってるから目の前の農作業に集中かも。」

と伝えた所で思い出したのは「真実の瞬間」。これまで「あんな」「こんな」で書いている。
生産者さん(藤井の里くらぶ)、我々(5人)も初対面。
そんな時「最初の15秒で全てが決まる。」と知っている or 知らないでは、後の印象は大きく異なる。

例えば、相手から言われる前に率先して挨拶をする。頭をさげる。声がけをして質問するなど。お客さん扱いでも、あくまでも私たちは教えてもらう立場であるから、静かに熱くなること大切と思った件。

と、思ったことを改めて朝散歩で反芻していたら・・・。
♬〜唇よ、熱く君を語れ〜♪
♬〜誰よりも輝けあでやかに〜♪
♬〜唇よ、まぶしすぎる日々を〜♪
♬〜愛にうずもれてキラメク女(ヒト)へ〜♪
♬〜Oh beautiful and free〜♪
♬〜唇で語れ明日を〜♪

「唇よ、熱く君を語れ(渡辺真知子)」がSpotifyから流れてきて、何が響いたのか?不覚にも涙が出てしまった朝焼け。

勝手に結願。


2月18日に粉河寺へ朝散歩した時、粉河寺が西国三十三所の一つ(三番目)と知り、“勝手に”(2月23日の最終日まで毎朝、粉河寺まで来てご本尊などに関係なく、“勝手に”6日間お参りをして結願だ!)と決める。

そして2月23日の朝(6日目)も粉河寺へ行き、お参りして“勝手に”結願してきた。
たった6日間だったけど、エピソード満載だったので、忘れないうちに留めておく。

お参り2日目(2/19)に、粉河寺の参道に樹齢1000年以上の楠が「御神木」として祀られていてパワースポットと知る。
「パワーをもらってください。」と立て看板もあったので、2/19以降、毎日お寺参りの前に御神木に手をあててパワーをもらっていた。
そのおかげなのか?「スッキリしてるよ!」と言われたり。

6時過ぎに境内を歩いていると、参道を竹箒などで掃除している男性、本堂の前で掃除をしている女性がいて、初日は挨拶しても「一見さん」だったけど、2日目の挨拶時はお二人の「声が聞けて」、3日目は挨拶後に「愛媛県から来ました。素敵なお寺ですね!」「ありがとうございます。」「日曜日まで来ますね!」「ありがとうございます。」と女性と会話ができた。

そして6日目(最終日)、参道を掃除している男性へ近づくとブロワーを止めて挨拶を交わすことができた!
そして本堂前で掃除している女性へ挨拶すると「今日、愛媛へ帰られるんでしょ?」「はい、そうです。」「お気をつけて。」「ありがとうございます。」と、覚えてくださっていた(涙)。

他にも朝しか訪れていないから、営業時間外だった「ぜんざい」「草餅」などを食べたくて、クメさんと昼に訪れて堪能したり。

そして、その時に30mほど先で男性が座り込んでいて、女性が辺りをキョロキョロしていたから近づくと、尻餅をついてで動けずだったので、手助けをして茶屋へ一緒に行ったら、その後、住職からお礼を言われたり、徳を積む修行だったのかもと。