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2025年1月10日金曜日

現地土産。


ココ大付属学園スタッフが年末年始、10日間のエジプト旅から戻る。
お土産としていただいたのがエジプトのお菓子。
このような見た目、どこかで見たことがあるぞ!と思ったらウィーンで食べたトルコのお菓子だった!

激甘だけど、日本のお菓子にはない食感と甘さに意外と美味しい!と思えるから不思議(そりゃ、お土産として売ってるからマズイわけはない。)

そして、もう一つはパッケージで選んだ「紅茶の茶葉」。
これまた日本ではみないカラーリングで味も分からないのでカワイイだけで選ぶ。
スタッフがくれなければ一生食べることも、見ることもない「現地土産」は本当に面白い。

そう言えば昨夏はタイ土産として気分転換などに効くメンソールをいただいたけど、使い方を間違えていて爆笑をさらったっけ。「現地土産」は面白い。

香港では、ごく日常的に現地の方に愛されてるクラッカーが美味しくてお土産として買ったし(香港土産として有名なのはパイナップルケーキなど)、ヨーロッパ土産はピカソ、ダリなど芸術家ゆかりの品、本場の味など、日本では見たことがないから面白くてしょうがない。

とは言え、海外品の輸入も盛んなので韓国土産を購入しても実はカルディやドラッグストアで同じものをみることも増えてきた。

となると、やはり振り切った商品が必要で、愛媛なら「みきゃん、ダークみきゃん」を模った“みかんチョコレート”や“ペロペロキャンディ”などを開発してみたくなってしまう。
ロケ地を紹介する愛媛を模ったチョコレートとかもアリ!
面白いと思うんだけど。

2025年1月9日木曜日

名残惜しくて。


1月7日(火)18時頃。
いつもだったら、この時間帯までいる子どもは1-2人なのに、この日は9人も残っていて、時間など全く気にせず遊ぶ子ども達。ちなみに、この時間帯は「独自野球」が行われることが多い、今回も。
既に保護者も到着していて保護者もスタッフと談笑。すごくいい雰囲気だったひと時。

最終日だったからか、子どもも保護者もスタッフも名残惜しさ全開の雰囲気。
世間話から我が子の様子、ココ大付属学園付属学園のこと、春休み編のことなど、色々と話していると既に18時30分。

「さて、そろそろ帰りましょうか。」と声をかけると子ども達は「あーあ、明日からの学校、イヤだな・・・」と冗談なのか?本気なのか?判断がつかない返事をするので「楽しみなよ。来月には、(ココ大付属学園)春編の申し込みが始まるよ。」と伝えると「ホント!?」と、実際は2ヶ月以上先(春編は3月下旬からの春休み期間)の話なんだけど、ニヤッとしてくれた子ども。

そんな話の傍で。
「ねぇ、インチキ。オレ、4月は来れないんだろ?」
「そうだね。中学生になるからね。」
「でも、入学式もまだだよ。」
「だよね。その気持ち分かるけど3月31日までなのよ。」
「あーあ」と残念がる子供もいれば・・・。

「妹が4月から新一年生なんです。申し込みは兄妹一緒にできますか?」
「いいえ、新一年生は4月1日から参加可能なので、春編だけは兄妹別々にお申し込みください。」
「分かりました!」
と保護者からの質問。

名残惜しさを超える先にあるのはなんだろうと。

最後のおにぎりは。


ココ大付属学園冬休み編最後の「おにぎり百景」は「焼肉のタレ味」、それもガツンッ!と濃いめ。

城山公園へピクニックに行くので、遊べばきっと腹ペコになるはずと8合を精米。
前回の「焼肉のタレ」味の時に「もう少しガツンッ!とした味でもいいかも!」という意見があったので、炊く際に水を少なめにして、その分、焼肉のタレを入れる。
そして炊き上がってからも「追いタレ」をしたら美味しそうな色と香りが食欲を刺激した。

子ども達にも手伝ってもらい9時30分から握るも「アッツイ!」と言いながら20個完成。
でも、案の定お昼ご飯時には「インチキ!おにぎりちょうだい!」と次々と子ども達がやってきて、あっ!と言う間になくなってしまう。

この「焼肉のタレ味」のおにぎりに天かす、胡麻、生姜を入れて海苔で巻いたら、スゴいおにぎりになるな・・と妄想。

ハローズ財団に助成していただいた「おにぎり百景」事業は今冬で一区切り。
20回以上のおにぎりを握る機会実施を目標としていたけど、余裕で20回以上はしたと思う(冬だけで計6日した)。
そして、平岡米の提供なくしてこの事業は成立せず、改めて感謝。
毎回おいしく平岡米をいただきました。

子ども達に「どのおにぎりが好きだった?」と尋ねると直近で食べた「焼肉のタレ!」も挙がったものの、「鯛めしおにぎり!」を挙げた子が多く、「だよね!」となる。

そして意外だったのが「シンプルな塩おにぎり」に自分好みで「ふりかけ、“ごはんですよ”など」を追加する味が良かったとも。

すっかり「おにぎり」の魅力にハマった子ども達。
「今度はインチキに食べさせてよ。」と言うと「絶対にイヤ!自分で食べる!」とキッパリ子ども達。

2025年1月8日水曜日

申請した。

このジャンプ力はスゴい!

「冬のスポーツ」というフォトコンテストがあったら入賞かも!?と思う写真が撮れた。
子ども達は一日数回、ドッヂボールをしていて見に行ったら、スタッフの“なまじ”もプレイしていて、なまじの投げたボールを開脚しながら大ジャンプした子どもの瞬間を捉えた!

運動神経、反射神経の良い子だけど、ここまで絵になるポーズは素晴らしく拍手を送る。
子ども達って、どうしてあんなにドッジボールが好きなんだろう?

1回あたりのプレイ時間が20分と決まっているからか?全力で投げる、取る、避ける、走るから終わったら全身から湯気が出てる子もいるのだからスゴい。

引き続きドッヂボールもいいけど、他にも面白い&楽しいスポーツはあるよ!と言う意味も含めて某助成金に申請した。

申請した助成金の特徴は「スポーツ体験」で、申請した背景の一つにドッヂボールに興味はなくても違うスポーツに興味ある子もいるから。

ボッチャ、スポーツダーツ、ストラックアウト、ドッヂビー、長縄など色々なスポーツを体験してきたけど「ニュースポーツ」という分野があるようで、スラックライン、モルックなどが有名とのこと。

世界各地で盛んなスポーツをココ大付属学園でも体験できたら面白い!と思い申請書を提出。
審査結果はまだ先だけど、採択されたら体育館でなくとも狭い場所でもできそう!

冬は寒くて外に出にくいけど、夏は夏で暑すぎて外出を控えて・・・なんて言われる昨今。
室内スポーツで体を動かして楽しみを増やそうという狙い。
採択されますように!

パンパンに。

パンパンに炊き上がった「鯛めしご飯」

ココ大付属学園冬編のクライマックス/その一は、平岡米(平岡夫妻から寄付された新米)+愛媛の鯛による「鯛めしおにぎり」。

パパイズム鈴木さんをお招きし、精米した平岡米10合に調味料と具材(昆布、焼き目をつけた鯛、生姜など)を入れてスイッチオン!

炊き上がる過程であがる香りに「何この匂い〜」とか「えっ〜魚?」など、反応がイマイチ薄い子ども達。
しかし、炊き上がり、おにぎりの準備を始めると、ヒトの本能なのか?美味しい香りに引き寄せられる子ども達。

それもそのはず。フタを開けるとパンパンに膨れ上がった鯛めしのビジュアルがハンパなかった!
取り出した頭、昆布だけで十分にツマミになるビジュアル、ほぐれた身、ひっくり返すと“お焦げ”のような濃い香り。

お昼時間に合わせて炊いたものの、子ども達の腹ペコ具合はMAXで予定よりも30分も早くスタートした「おにぎり百景」。

余談だけど、今回も(夏も)大活躍したのは「おにぎりポッケ(岩谷マテリアル)」で、子ども達でも上手におにぎりを握れ、使っていなかったらラップで握るって大変だったな・・・と。
商品に派手さは無かったけど地味に良かった。

1合から4個のおにぎりと考えていたので計40個の計算は当っていたものの、「おいしいー!何個食べていいの?」で一人2個までとなり、アッサリ終了。

で、この後、正規のお昼ご飯があったけど、何事もなかったようにペロリだった子ども達。
「インチキ!次は(鯛めしおにぎりは)いつさ?」と、子ども達。

2025年1月7日火曜日

新春ミステリー。


ココ大付属学園では季節ごとに“必ず”ミステリーが起こり今回も。
ちなみに、これまでのミステリーで傑作だったのは「見つからないオトモダチ」。

出席を全員取ったにもかかわらず、全員いることを信じず、「誰だか分からない(名前も知らない)オトモダチ」を探した子ども達。
“イマジナリーフレンド”だったのか?子ども達には見えた不思議なお友達の話。

今回は・・・。
「インチキーーー!靴がない!」
「えっー!どういうこと?」
ココ大付属学園ではなぜか?靴を脱いで遊ぶ子どもが多く、“置き去り靴”が多いのは日常だけど、今回は辺りに誰もいないのに靴だけが3足置いてあるものの「靴がない!」と一人の子ども。

話を整理すると、靴を脱いで遊んでいる最中にドッヂボールへ行こうと誘われ、全員がサッーーー!と去った後、その子の靴が“さっきまであった”のに忽然と消えてしまったとのこと。

残されている3足は自分の靴ではないと主張する子ども。
「もしかして、誰かが履き間違えて体育館に行ったのかも!?」と、別の子どもは名探偵気取り。

「そうかもしれない!」と、その場にいた子ども達も巻き込んでのミステリー捜査。
「体育館へ行こう!」と袖を引っ張る当事者の子どもは靴下姿、取り巻く子ども達。
「でもさ、体育館で靴が見つかったとしても、“誰か”の靴がまた足りなくなるんじゃない?」
と伝えても先ずは事件の解決を急ぐ子ども達。

「おぉ〜!あった!靴〜!」と指さしで喜ぶも、そして次は誰が靴を取り違えたか?の犯人捜査。

結局、体育館から靴下姿で帰ってきた子どもが自動的に犯人と分かり、新春ミステリーは捜査終了。

現代病。

ロボットも都市伝説を信じるのか?

某小学校に立つ“靴紐を結んでいる偉人像”の都市伝説は、登校時間に像を見ると靴紐を結んでいる最中なのに、下校時刻に見ると靴紐は“結ばれていた”・・・。
ヒィー!と驚き、子ども達の豊かな想像力に微笑んでいると。

「インチキ、地震が起きるよ。知ってた?」
「えっ!ナニ?いつ?」
「今年(2025年)」
「今年!?のいつ?」
「夏だったかな?」
「そうなんだ・・・。避難道具とか用意してる?」
「分からん。」と言う子ども達との会話。

単なるネット情報だけども、2024年8月8日の地震を体験していると、バッサリ切り捨てることができない現代病。

「道後温泉には幽霊も温泉に入りに来てるんやろ?」
「そっ!そうなの?初めて聞いたよ。」
「そうらしいよ。特に冬は幽霊も入りに来てるらしいよ。」
「そうなんだ!なんだか幽霊と聞くと怖いけど、温かい話だね?それ怪談話?」
「カイダンってなに?階段?」
「そこ!?」

「蛇口からミカンジュースも都市伝説だったんやろ?」
「そうみたいだね。それが実際にあったという話だよね?」
「おもろー!」
「蛇口からミカンジュース飲んだことはある?」
「あるよ!美味しかった。」
「美味しい&楽しい都市伝説もあるってことだね。」

情報について考えさせられた場面いろいろ。
こちらから求める情報もあれば、一方的な情報もあるし、そんな情報には確度の高い or 低い情報もあれば、悪意のある or ない情報もあったり。

1次・2次・3次を介する中で情報の質や信憑性が捻じられてしまったり。
「情報リテラシー(≒識別できる知識と判断)」の必要性をますます感じた年の瀬。

と、言うか以前にもこんな話を聞いたぞ!

2025年1月6日月曜日

許して先輩。


そうですか・・・。

日本郵便は2025年の元日に全国で配達した年賀郵便物数(速報値)は約4億9052万枚で、前年より34%減ったと発表。

昨秋に郵便料金を大幅に上げた影響で、「年賀状じまい」が加速している年賀郵便の元日配達数は22年に10億枚、11年に20億枚を超えていた。減り幅は過去十数年で最も大きく、3年で半分以下となった。

4枚/人ほど出している計算。でも、年賀状を出さなくなって久しい。
一時は200枚ほどを印刷会社に出して住所は手書きの頃もあったけど、プリンターの性能アップ&プリンター出力用の年賀はがき&年賀ソフトが出たことで自宅印刷となり、 引越しも重なり、その都度、新住所のお知らせに(一年に一度も会わないのに出すのってどうなの?)と思うようになり、年賀状の値上がりもあり、出す習慣がなくなった。

でも、今年も6枚届く。
うち3枚はココ大宛。残り3枚のうち2枚は親族から。そして1枚はNY時代(30年前!)の先輩から。私が50代だから先輩は60代か・・・。

当時、一緒に学んでいて社会人だった先輩。
帰国後も隣町だったので連絡を取りあっていたけど、引越しなどで疎遠になるも年賀状が“唯一”の近況確認(SNSをしてない先輩)。

毎年、年賀状をいただいてから返す不義理、ゴメンなさい。
年賀状を買い、近況を記して投函。

年賀状/郵便葉書って高くなりました。(52円/2014→62円/2017→63円/2019→85円/2024)。
この文化、誰も困らなくなると、なくなるんだろうな。

本当は一枚のハガキよりも会いに行った方がいいんだけどね。
許して先輩。

結局、せず。


2023年暮れから「年末年始は“隙間バイト”がしてみたい。」と思い、アプリに登録したものの、もう一歩が踏み出せず一年が経過。

2024年は11月頃から隙間バイトの情報にアクセスして、どんな仕事があるのかな?と探していたら、「ホテルでの隙間バイト」があり、特に朝食要員は朝5時頃から4時間〜5時間働けば@1,200円/時くらいで6,000円/日ほど稼げると分かる。

でも朝はOKだけどホテルまでが遠いし寒いなーとモゾモゾしてたら「在宅隙間バイト」なる求人もあって調べると、データ入力から内職まで色々あるも単価がイマイチ(≒@1円以下)で短時間希望者には合わなかった。
そもそも、気分転換を兼ねたかったのに在宅では意味や目的が薄れてしまうと気づく。

「おてつ旅」と言うのもあって、「お手伝いのついでに旅」で農家などへ赴き、収穫作業などを手伝いながら一宿一飯になるというもの。
旅好きには一期一会の出会いを得ながら過ごせるっていい!と思ったものの、年末年始の数日間だけの受け入れはなかった・・・。

結局、思い描いていた通りにはならず。特別なコトなく、なんだかんだで過ぎてしまった年末年始。

そして、ココ大付属学園も後半戦。
仮に年末年始(6日間)に隙間バイトをしていたら3万円ほどの収入+気分転換ができていたかも・・・と相変わらずの皮算用。

2025年1月5日日曜日

レトロゲーム大会。


2024-2025の年末年始は9連休なので利用する小学生も少なかった土曜日。(そもそも土曜日は利用者が少ないけど)。
そこへハーモニープラザから「試しませんか?」と渡されたのがファミコン&スーパーファミコン。
個人的にはファミコン→ディスクシステム世代。ドラクエの勇者はカニ歩きしてた時代。

でも、私の知るファミコン&スーパーファミコンよりも小さい!「こんなに小さいの?」と驚くと、10数本のソフトが予め内蔵だった。時代の進化ってすごい!
本体も小さい分、コントローラーも小さく大人の手には小さすぎた。

で、小学生には全くウケず・・・。「ナニコレ?」状態。
そうだよね、40年も前のゲーム&描画だし、今のゲームのような精細で臨場感もないよね・・・となる。「でもドット絵とか平面描画でも十分に楽しかったんだよ」と伝えても響かず(涙)。

そして、昔遊んだゲームだからと“あなどって”いても操作難しかった。
パックマン、ドンキーコング、グラディウス、イーアルカンフーなど懐かしさにプレーしたけど下手すぎの私!小学生の頃はゲーマーだったんだけどな。
失敗する度に大爆笑のこども達。そしてアドバイスの嵐。

「タブレットの方がたくさん遊べるよ!」とも教えてくれるこども達。盛り上がったのは私や保護者世代、シルバー世代のみだった・・・。

【歳を重ねてからのプレーするゲームの教訓】
歳を重ねると、避ける、逃げる、戦うなど操作性や時間制限などが勝敗を決めるゲームより、トランプ、ゼルダなど時間などを気にせず遊べるゲームの方がいい。

色々なかたち。

家庭菜園で採れるほうれん草などをいただく。

2025年1月4日(土)7時30分頃、清掃の方々と一週間ぶりの再会。
前回は「良いお年を!」だった挨拶が、昨日は「新年、あけましておめでとうございます。」となる。
施設管理人さんとも一週間ぶりの再会、同じく新年のご挨拶。
そして、スタッフ、ボランティアスタッフとも新年の挨拶。形式的だけど言葉に出すとシャキッ!となるからいい。

写真は松山教育界のレジェンドHさんから「ほうれん草のおひたし、白菜とちくわの酢漬け」の差入れ。
Hさんにはココ大付属学園がある度に「小松菜」焼きなす」などを差し入れていただき、貧弱な食生活を気遣っていただき涙。

そして、先日は「焼肉のタレ」を寄付いただいたけれど、今度は保護者から「お菓子」の寄付が届く。他にも色鉛筆やクレヨンなどの文房具の寄付もいただき、形や内容は何であれ、皆さんに気にかけていただきココ大付属学園は成立している。

寄付と言えば「平岡米」も。
2025年最初は「おにぎらず」で、昆布の佃煮を混ぜご飯を海苔の上に置いて食べる。大人には好評でも子どもには佃煮はイマイチで「ごはんですよ」の方が良かったみたい(同じ佃煮なんだけどね。イメージの違いか)

ボランティアも(労力の)寄付。
1度の参加でも子ども達との触れ合いに興味をもってくれ、「また来てもいいですか?」と言ってくれる学生がいるのは子ども達の力。

そして18時過ぎ、2025年の初日終了。

2025年1月4日土曜日

夜も朝も。


「僕、走るかもしれないので見てくださいね!」と熱心に語ってくれたのは、創価大学2回生の川上くん。

接点が全くなかったのに知ったのは妻の授業だった「こどもスペースラボ」を履修していたから。
でも強化メンバー?に選出されたから合宿などでなかなか出席できず、当日も参加できなかったけど最終日の終了間際にやってきて、片付けを最後まで手伝ってくれる。

箱根駅伝なんて、知り合いもいないし、各大学とも縁がないから興味がなかったけど、6区(復路の最初/山下り)を激走する姿を応援してしまうのだから、人って分からない(笑)。

品素な食生活者だから正月の豪華な料理に胃がビックリ。食べ過ぎで消化目的で夜散歩。
妻に付き合ってもらい、川上くんの話や検討中のアイデアなどをブレストしながらの4,000歩。

道を定めず細道&横道などをウロウロしていたら、いい雰囲気の神社を見つけてロケハンも兼ねる。ラッキー!

寝ても消化が収まらず、翌朝も朝食前に散歩。今度は土手沿いを歩きながら、昨晩の続きや、たわいもない話をしながら一日の過ごし方をブレスト。
こういう話ができるのは妻しかいないからな・・・。

すると、土手では朝から連凧をあげている人が二人いて、そこへ鳥(たぶん白鷺)の群れが横切り、奥からは坊っちゃん球場越しに朝陽があがってくる様子がセットになったので、サッ!と撮影したのが写真。

こうして記しておかないと、忘れてしまう出来事が日常。



独り言。

内容と関係ない、2万歩の消費カロリーをコメダでチャージ。

うーむ。事件の再現映像撮影は、地域の活性やPRにつながるのか?と言われたら「NO」としか言いようがない。

それも自然現象なら検討の余地はあるかもしれないけど、完全な人災、悲惨な事件の場合はフィルム・コミッションは話を聞けても撮影協力をしていただく協力者&関係者はNOと言うのは1,000%分かる。
手持ちの資源の印象をわざわざ悪くする必要はないから。

かつ、愛媛で起こった事件でもない。
「撮影ができればどこでもOK」という内容だったのでお断りの連絡。
こう言う撮影こそ、バーチャルスタジオ撮影+セット撮影+CG撮影を組み合わせてできないのだろうか?

ロケ撮影だと協力者&関係者のほか、天候や時間などに他人の意向に左右される。スタッフのアゴアシマクラ代などでお金もかかる。
だけど、バーチャルスタジオ撮影+セット撮影+CG撮影であれば、規模や質などはあるけど、撮影側の調整だけで済む場合がある。実景だけならフィルム・コミッションに頼らずとも撮影できる。

(そもそも、そういう撮影は本当に必要か?)という根本的な話もあるかもしれないけど、FCは“そこ”には関与しない。

「ホラー映画はこれまで、イメージが伝えにくかったが、AIを活用することで絵コンテなどの訴求力が格段にアップした。」と書いたのは釜山国際映画祭のピッチ(プレゼン)で思ったこと。

扱う内容はさておき、いわゆるバラエティ番組の撮影は地域にとって扱いにくい時があるのが事実。「(どこでもいいから)撮影さえできればいい。」では協力しにくいのよね・・・。
地域を疲弊させる安売りはできない。

2025年1月3日金曜日

残り362日。


10年以上、カレンダーを買った記憶はなく、形状や大きさなど種類は色々だけど毎年、誰かからいただくのがカレンダー。ミカンと同じかもしれない。

2024年は、ジャパンFCに届けられた撮影所制作の3ヶ月カレンダーで、前月+当月+来月が一目で分かったもの。こう言うカレンダーは“月をまたぐ予定(例:撮影など)”などに重宝した。

2025年は1ヶ月単位のスタンダードなカレンダーで義兄義姉からいただく。文字が大きく見やすいほか、記入欄も広い!こう言うカレンダーは“メモ”が書けるのがいい!

詳細な内容はグーグルカレンダーだけど、紙のカレンダーはパッ!と見でスケジュールの確認ができるのがいい。祝祭日も赤文字でハッキリ分かるし。

一年の計は正月(元旦)にあり。 とのことでカレンダーに予定を書き込んでいくと・・・。
呑気に過ごしてる場合じゃなかった!

請求書を作成しなければ入金されないし、講義資料を送らないと当日を迎えられないし、シラバスをしっかり作らないと学生に響かないし、資料を読み込まないとファシリテートの目的が分からないし、申請書を出さないと助成金を得られないし、ココ大付属学園も冬編は終わるけど来月は春編の申し込みだった・・・。

まさに1月は行く、2月は逃げる、3月は去る・・・の勢い。

年間予定は、毎日の予定を一つずつ確実に終わらせることで過ぎてしまい、12月に振り返ることで手応えを感じることなのか・・・と、まだ362日。

写真は義母宅に飾られた長男くんの絵。

アート鑑賞初め。


正確に言えば12月31日だけど“そこ”じゃない。

お父様、弟さんが芸術家な友人から「升田裕康と升田準二と三野計の垂直水平の立体交差点(1/13まで。入場無料)」という企画展に誘われて、会場である「升田あそびの家」へ。
お邪魔するのはコロナ前だったので数年ぶり。

升田裕康さん(お父さん)、升田準二さん(弟さん)の作品は見たことはあったけど、三野計さんは名前を聞いたことがあっても作品を実際に見るのは初めてで「愚人」という切り抜いたヒト型(2cmほどの愚人ポーズは数種類ある)が球体に貼られている。
これが三野さんの作品の特徴のよう。会場にも愚人が無造作においてあり、その数は万単位。
この愚人は一体ずつカッターで切り抜いていると言うのだから気が遠くなる・・・。

裕康さんの作品はカラフルな抽象画のようだけど、よーく見るとモチーフが見えてきたり、また準二さんの作品は黒や青のペン画で感性のままに走らせているとのこと。

アート作品は作者の個性(=オリジナリティ)で識別できるから分かりやすい反面、感じるor感じないもハッキリする。

テーマなどを詮索や読み解くことが正解ではなく、感じるか?感じないか?でいいので、多種多様な作品を見で感性を養うこと大切。
作者の数だけ描き方(=作品)があるということ。愛媛にも素敵なアーティストはたくさんいる。

2025年は、どれだけ作品展に行けるのか?
ココ大付属学園でも創作活動を踏み込んでできたらいいなぁ・・・と思ったり。
アートに溢れた空間に満たされたひと時。

2025年1月2日木曜日

運を追い越す。


“なんとなく全てに行き詰まりの感を覚える運気です。精いっぱい努力しているのに、その努力が報われない。
成果が手に入らない状況でしょう。
長い人生にはこういう時期もあります。焦らず、苛立ちせず、ここは一つの試練の時と心得て頑張りましょう。
春は近い。明るい見通しがほどなく開けます。”

と、記されたおみくじ。
一般的におみくじは、その年の運気を占う内容だけど、読み手は(
今年=2025年のことでなく去年=2024年のことを言い当てられた!)と、ドキッ!とする。

漠然とした閉塞感、将来を描くものの、そこまでの道のりが描けない。一歩踏み出すも成果は出ず、空回りしても過ぎていく日々・・・。

でも、腐ることなく、諦めず、粘り強く自分を鼓舞し続けたことで得られた結果は大きく、「おみくじの内容を追い越しちゃったんじゃない?」は友達談。

おみくじって未来予想ではなく、今の自身と照らし合わせて心持ちを肯定するアイテムだから現在の心境にストンッ!と落ちたみたい。

大切なのは「チャンスはいつでもウェルカム」な心持ちでいること。
待っていれば向こうからチャンスがやってくるわけではないので、自ら創る、呼び込む必要がある。計画的偶発性理論。

「チャンスの神様に前髪はない。」は好きな例えで、チャンスの神であるイカロスの髪型は前髪のみで後ろ髪がない。かつ、イカロス(チャンス)は高速移動なので前から来るイカロスの髪を掴むしかない。捉まえる心づもりをしておかないと、と言う逸話。

おみくじを
エイッ!と掴んだら、実は運を追い越してた・・・。ってスゴい話。メモメモ。

継承者。

絶妙な硬さと甘さ、酸味が美味しい義姉の味。

どこの家庭でも必ずある「独特(個性豊か)な食または風習=その家庭&家族でしか分からない」。毎年恒例とも言える話題。

最初は「お雑煮」。
愛媛(義母義兄家)では、鰹だしに鰹節、焼かない丸餅、大根、人参が入るタイプ。お雑煮の出汁は餅などが溶けてで白濁っぽい。

私の実家は東京なので透明な澄まし汁。鶏肉、ほうれん草、人参、ごぼう、餅は焼いた四角い餅が入ってた。
どちらがどうこうではなく、両方とも美味しく得してる感じ。

だけど、餅の食べ方は妻だけ独特で、お雑煮から柔らかい餅を取り出し、用意していた納豆と一緒に食べる。義兄も義母も“そのような”食べ方をしない。
実は義父の食べ方が“そう”であって、妻が継承者のよう。

お節を食べた後はデザートタイム。ちなみにお節は数年前から自家製ではなく、注文してる。
義母義兄家では義姉がつくる「手づくりフルーツ寒天」が必ず出る。元旦に出たのはキウイフルーツ寒天で、これが甘さ控えめの超美味でお気に入り。

そもそも寒天なんて、愛媛に来るまで食べた記憶がなかったから、その美味しさに驚いたのを覚えてる。食感がゼリーと違うんだよね。
姪っ子たちは生まれた時からフルーツ寒天を食べてるから、きっとこの味も母の味で継承者になるのかな?

そして、お節ってそもそも正月三が日に台所に立たなくてもいいように量も種類も多く作り置きするのが狙いと聞いたものの、美味しいから三が日持たないね・・・となる。
そんな時は「カレー」になるのも、その家の風習か。

2025年1月1日水曜日

8時間ぶりの松山城。


2025年、松山城への散歩始め。裏手の獣道を20分も歩けば到着。
スゴい人出だろうなと思った山頂広場は、初日の出時間から1時間ほどズレていたので、意外と空いていたけど無料開放の天守閣に並ぶ人、飲食店に並ぶ人の列は長かった。

松山城から眺める正月の空は快晴で気持ちよく、謎のテンションがあがる(≒幸せの沸点が低い)
山頂広場から我がアパートを確認(笑)して下山。

義兄義母宅へ(昨日=大晦日も行ったのに)年始のご挨拶。こう言う所(≒昨日と今日は毎日繰り返しているのに意識というか区切りというか・・・)、は日本人だなぁとつくづく思う。

初詣先で親族と合流して一年の無病息災を祈願するのも毎年恒例だけど、愛媛に移住した頃(=24年前)に比べるとメンバーチェンジ(亡くなったり、生まれたり)はハッキリしてるけど、20人ほどの大所帯は変わらず。

親戚一同と別れてアパートに戻り、休憩したらもう16時。
(こんなにいい天気なんだから夕陽もキレイに違いない!)と謎テンション2回目。
元旦の日没時間は17時11分。
着替えて元旦2回目の松山城へ。暇なんだな・・・と思いながら20分後には8時間ぶりの松山城アゲイン。
マジックアワー劇場を眺めながら謎テンション3回目。

この時期の夕陽は島々に沈むものの水平線ギリまで見えて、暖かく穏やかだった元旦だったな・・・と振り返り。

2025年1月1日は12,513歩で終了。

2025年書き始め。

路面電車の線路に反射する色の数々がいい。

2025年、あけましておめでとうございます。
妻が帰省していたので義母義兄家族と一緒に過ごした大晦日。
泊まって元旦を迎えても良かったのだけど、1月1日の天気予報は晴れ。
初日の出は松山城から見たいと思い、紅白歌合戦鑑賞、年越しそばを遠慮して退席。

家路への途中、横断歩道を渡ってJR松山駅の方向を見たら、路面電車の線路が赤やオレンジなどネオンチックに反射していてキレイだったからパチリ。
(こういうのって叙情詩的な演出に使われることあるな・・・と監督気分)

徒歩約40分で帰宅。約4,000歩のウォーキングで12月31日も10,000歩/日達成。
と、言うことで11月1日から毎日10,000歩歩き続けて2ヶ月達成。

ご褒美のJALマイルもお試し期間(2ヶ月)で計800マイルを超える。
やはり1ヶ月400マイルゲット!という計算。
でも、何度も書くけど1日10,000歩を歩くのは意図的に歩く機会を作らないと本当に難しい!と実感。
一回で10,000歩達成は難しいから、2-3回/日、外に出ないといけない。

今月から会費(550円/月)も払うことだし、2025年の1年間、やり続けてみよう!目指せ年間5,000マイルゲット!

2025年は、どんな年になるのだろう。
計画や予定を立てていても、その通りにならないことが多いのが人生。
そんな不確か不安定さを楽しめるか否かがテーマかも。

2024年12月31日火曜日

2024年は737本で書き納め。


結局、寄り倒し。と言う意味は自分の意思でもないのに世間体と言うか雰囲気などに、土俵際まで粘る(意識せずとも)も倒されてしまうこと(≒そうせざるを得ないこと)。

先日の出張納めから、仕事納め、買い物納め、洗濯納め、散歩納め、掃除納め、断捨離納め、ゴミ捨て納め、印刷納め、爪切り納め、シャワー納めなど色々と2024年版の“納め”が進行中。

そして学長日記も書き納め。
12月は計62本の日記を書き、2024年は計737本の日記で終了。自分で言うのもなんだけど、よくも737種類もの話題を綴ったものだと。“問い”と言うか“内省”の大切さを痛感。
ちなみに1年は365日だから、1日2本+@のアップ。累計で6,822回目の学長日記。

変わり映えのない日々をひたすら書き続けているのを見た友人「noteにもアップしたら?」と言われて、休眠中だったnoteを久しぶりに見ると、2023年5月10日が最後だった・・・。

フィルム・コミッションに絞って書き始めたものの、FCが自分の軸(根源)であるものの、ココ大や地域づくり、興味関心事項などもあってこそのフィルム・コミッションと気づき、遠のいてしまった過去。

学長日記と同じ内容だけど、noteで見る人もいるだろうし、700回も更新したら何か(≒新たなご縁とか)起こるかもしれないという期待感も込めてnote再び。

「書き続けるコツは何ですか?」と訪ねられたら、答えは明確で「気負わないこと」。
日々の中には小さいかもしれないけど、自分にとって面白いことは必ず一つはあるので、それを見出すことができれば書き続けられる。