地域教育の現場で頑張っている方々と2時間のオンライン意見交換。最近、漠然と感じることの多い「曖昧さ≒いい加減が持つ価値」を改めて感じた時間。これは意識がいく所まで辿り着いてしまった反動なのか?細分化の果てなのか?それとも一時の迷いなのか?それとも加齢や経験に伴う心境の変化か?これまで「あーだ」「こーだ」「そーだ」と、曖昧さは誤解を招きやすいなどと書いていて、良い意味で捉えていなかった。
教育現場では「サードプレイス(子供たちにとって学校でも家庭でもない第3の居場所)」が話題だけど、サードプレイスは学校や家庭の補完ではないから、曖昧≒特別な意味を持たなくてもいいとも思ったり。