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2025年1月7日火曜日

現代病。

ロボットも都市伝説を信じるのか?

某小学校に立つ“靴紐を結んでいる偉人像”の都市伝説は、登校時間に像を見ると靴紐を結んでいる最中なのに、下校時刻に見ると靴紐は“結ばれていた”・・・。
ヒィー!と驚き、子ども達の豊かな想像力に微笑んでいると。

「インチキ、地震が起きるよ。知ってた?」
「えっ!ナニ?いつ?」
「今年(2025年)」
「今年!?のいつ?」
「夏だったかな?」
「そうなんだ・・・。避難道具とか用意してる?」
「分からん。」と言う子ども達との会話。

単なるネット情報だけども、2024年8月8日の地震を体験していると、バッサリ切り捨てることができない現代病。

「道後温泉には幽霊も温泉に入りに来てるんやろ?」
「そっ!そうなの?初めて聞いたよ。」
「そうらしいよ。特に冬は幽霊も入りに来てるらしいよ。」
「そうなんだ!なんだか幽霊と聞くと怖いけど、温かい話だね?それ怪談話?」
「カイダンってなに?階段?」
「そこ!?」

「蛇口からミカンジュースも都市伝説だったんやろ?」
「そうみたいだね。それが実際にあったという話だよね?」
「おもろー!」
「蛇口からミカンジュース飲んだことはある?」
「あるよ!美味しかった。」
「美味しい&楽しい都市伝説もあるってことだね。」

情報について考えさせられた場面いろいろ。
こちらから求める情報もあれば、一方的な情報もあるし、そんな情報には確度の高い or 低い情報もあれば、悪意のある or ない情報もあったり。

1次・2次・3次を介する中で情報の質や信憑性が捻じられてしまったり。
「情報リテラシー(≒識別できる知識と判断)」の必要性をますます感じた年の瀬。

と、言うか以前にもこんな話を聞いたぞ!

2025年1月6日月曜日

許して先輩。


そうですか・・・。

日本郵便は2025年の元日に全国で配達した年賀郵便物数(速報値)は約4億9052万枚で、前年より34%減ったと発表。

昨秋に郵便料金を大幅に上げた影響で、「年賀状じまい」が加速している年賀郵便の元日配達数は22年に10億枚、11年に20億枚を超えていた。減り幅は過去十数年で最も大きく、3年で半分以下となった。

4枚/人ほど出している計算。でも、年賀状を出さなくなって久しい。
一時は200枚ほどを印刷会社に出して住所は手書きの頃もあったけど、プリンターの性能アップ&プリンター出力用の年賀はがき&年賀ソフトが出たことで自宅印刷となり、 引越しも重なり、その都度、新住所のお知らせに(一年に一度も会わないのに出すのってどうなの?)と思うようになり、年賀状の値上がりもあり、出す習慣がなくなった。

でも、今年も6枚届く。
うち3枚はココ大宛。残り3枚のうち2枚は親族から。そして1枚はNY時代(30年前!)の先輩から。私が50代だから先輩は60代か・・・。

当時、一緒に学んでいて社会人だった先輩。
帰国後も隣町だったので連絡を取りあっていたけど、引越しなどで疎遠になるも年賀状が“唯一”の近況確認(SNSをしてない先輩)。

毎年、年賀状をいただいてから返す不義理、ゴメンなさい。
年賀状を買い、近況を記して投函。

年賀状/郵便葉書って高くなりました。(52円/2014→62円/2017→63円/2019→85円/2024)。
この文化、誰も困らなくなると、なくなるんだろうな。

本当は一枚のハガキよりも会いに行った方がいいんだけどね。
許して先輩。

結局、せず。


2023年暮れから「年末年始は“隙間バイト”がしてみたい。」と思い、アプリに登録したものの、もう一歩が踏み出せず一年が経過。

2024年は11月頃から隙間バイトの情報にアクセスして、どんな仕事があるのかな?と探していたら、「ホテルでの隙間バイト」があり、特に朝食要員は朝5時頃から4時間〜5時間働けば@1,200円/時くらいで6,000円/日ほど稼げると分かる。

でも朝はOKだけどホテルまでが遠いし寒いなーとモゾモゾしてたら「在宅隙間バイト」なる求人もあって調べると、データ入力から内職まで色々あるも単価がイマイチ(≒@1円以下)で短時間希望者には合わなかった。
そもそも、気分転換を兼ねたかったのに在宅では意味や目的が薄れてしまうと気づく。

「おてつ旅」と言うのもあって、「お手伝いのついでに旅」で農家などへ赴き、収穫作業などを手伝いながら一宿一飯になるというもの。
旅好きには一期一会の出会いを得ながら過ごせるっていい!と思ったものの、年末年始の数日間だけの受け入れはなかった・・・。

結局、思い描いていた通りにはならず。特別なコトなく、なんだかんだで過ぎてしまった年末年始。

そして、ココ大付属学園も後半戦。
仮に年末年始(6日間)に隙間バイトをしていたら3万円ほどの収入+気分転換ができていたかも・・・と相変わらずの皮算用。

2025年1月5日日曜日

レトロゲーム大会。


2024-2025の年末年始は9連休なので利用する小学生も少なかった土曜日。(そもそも土曜日は利用者が少ないけど)。
そこへハーモニープラザから「試しませんか?」と渡されたのがファミコン&スーパーファミコン。
個人的にはファミコン→ディスクシステム世代。ドラクエの勇者はカニ歩きしてた時代。

でも、私の知るファミコン&スーパーファミコンよりも小さい!「こんなに小さいの?」と驚くと、10数本のソフトが予め内蔵だった。時代の進化ってすごい!
本体も小さい分、コントローラーも小さく大人の手には小さすぎた。

で、小学生には全くウケず・・・。「ナニコレ?」状態。
そうだよね、40年も前のゲーム&描画だし、今のゲームのような精細で臨場感もないよね・・・となる。「でもドット絵とか平面描画でも十分に楽しかったんだよ」と伝えても響かず(涙)。

そして、昔遊んだゲームだからと“あなどって”いても操作難しかった。
パックマン、ドンキーコング、グラディウス、イーアルカンフーなど懐かしさにプレーしたけど下手すぎの私!小学生の頃はゲーマーだったんだけどな。
失敗する度に大爆笑のこども達。そしてアドバイスの嵐。

「タブレットの方がたくさん遊べるよ!」とも教えてくれるこども達。盛り上がったのは私や保護者世代、シルバー世代のみだった・・・。

【歳を重ねてからのプレーするゲームの教訓】
歳を重ねると、避ける、逃げる、戦うなど操作性や時間制限などが勝敗を決めるゲームより、トランプ、ゼルダなど時間などを気にせず遊べるゲームの方がいい。

色々なかたち。

家庭菜園で採れるほうれん草などをいただく。

2025年1月4日(土)7時30分頃、清掃の方々と一週間ぶりの再会。
前回は「良いお年を!」だった挨拶が、昨日は「新年、あけましておめでとうございます。」となる。
施設管理人さんとも一週間ぶりの再会、同じく新年のご挨拶。
そして、スタッフ、ボランティアスタッフとも新年の挨拶。形式的だけど言葉に出すとシャキッ!となるからいい。

写真は松山教育界のレジェンドHさんから「ほうれん草のおひたし、白菜とちくわの酢漬け」の差入れ。
Hさんにはココ大付属学園がある度に「小松菜」焼きなす」などを差し入れていただき、貧弱な食生活を気遣っていただき涙。

そして、先日は「焼肉のタレ」を寄付いただいたけれど、今度は保護者から「お菓子」の寄付が届く。他にも色鉛筆やクレヨンなどの文房具の寄付もいただき、形や内容は何であれ、皆さんに気にかけていただきココ大付属学園は成立している。

寄付と言えば「平岡米」も。
2025年最初は「おにぎらず」で、昆布の佃煮を混ぜご飯を海苔の上に置いて食べる。大人には好評でも子どもには佃煮はイマイチで「ごはんですよ」の方が良かったみたい(同じ佃煮なんだけどね。イメージの違いか)

ボランティアも(労力の)寄付。
1度の参加でも子ども達との触れ合いに興味をもってくれ、「また来てもいいですか?」と言ってくれる学生がいるのは子ども達の力。

そして18時過ぎ、2025年の初日終了。

2025年1月4日土曜日

夜も朝も。


「僕、走るかもしれないので見てくださいね!」と熱心に語ってくれたのは、創価大学2回生の川上くん。

接点が全くなかったのに知ったのは妻の授業だった「こどもスペースラボ」を履修していたから。
でも強化メンバー?に選出されたから合宿などでなかなか出席できず、当日も参加できなかったけど最終日の終了間際にやってきて、片付けを最後まで手伝ってくれる。

箱根駅伝なんて、知り合いもいないし、各大学とも縁がないから興味がなかったけど、6区(復路の最初/山下り)を激走する姿を応援してしまうのだから、人って分からない(笑)。

品素な食生活者だから正月の豪華な料理に胃がビックリ。食べ過ぎで消化目的で夜散歩。
妻に付き合ってもらい、川上くんの話や検討中のアイデアなどをブレストしながらの4,000歩。

道を定めず細道&横道などをウロウロしていたら、いい雰囲気の神社を見つけてロケハンも兼ねる。ラッキー!

寝ても消化が収まらず、翌朝も朝食前に散歩。今度は土手沿いを歩きながら、昨晩の続きや、たわいもない話をしながら一日の過ごし方をブレスト。
こういう話ができるのは妻しかいないからな・・・。

すると、土手では朝から連凧をあげている人が二人いて、そこへ鳥(たぶん白鷺)の群れが横切り、奥からは坊っちゃん球場越しに朝陽があがってくる様子がセットになったので、サッ!と撮影したのが写真。

こうして記しておかないと、忘れてしまう出来事が日常。



独り言。

内容と関係ない、2万歩の消費カロリーをコメダでチャージ。

うーむ。事件の再現映像撮影は、地域の活性やPRにつながるのか?と言われたら「NO」としか言いようがない。

それも自然現象なら検討の余地はあるかもしれないけど、完全な人災、悲惨な事件の場合はフィルム・コミッションは話を聞けても撮影協力をしていただく協力者&関係者はNOと言うのは1,000%分かる。
手持ちの資源の印象をわざわざ悪くする必要はないから。

かつ、愛媛で起こった事件でもない。
「撮影ができればどこでもOK」という内容だったのでお断りの連絡。
こう言う撮影こそ、バーチャルスタジオ撮影+セット撮影+CG撮影を組み合わせてできないのだろうか?

ロケ撮影だと協力者&関係者のほか、天候や時間などに他人の意向に左右される。スタッフのアゴアシマクラ代などでお金もかかる。
だけど、バーチャルスタジオ撮影+セット撮影+CG撮影であれば、規模や質などはあるけど、撮影側の調整だけで済む場合がある。実景だけならフィルム・コミッションに頼らずとも撮影できる。

(そもそも、そういう撮影は本当に必要か?)という根本的な話もあるかもしれないけど、FCは“そこ”には関与しない。

「ホラー映画はこれまで、イメージが伝えにくかったが、AIを活用することで絵コンテなどの訴求力が格段にアップした。」と書いたのは釜山国際映画祭のピッチ(プレゼン)で思ったこと。

扱う内容はさておき、いわゆるバラエティ番組の撮影は地域にとって扱いにくい時があるのが事実。「(どこでもいいから)撮影さえできればいい。」では協力しにくいのよね・・・。
地域を疲弊させる安売りはできない。

2025年1月3日金曜日

残り362日。


10年以上、カレンダーを買った記憶はなく、形状や大きさなど種類は色々だけど毎年、誰かからいただくのがカレンダー。ミカンと同じかもしれない。

2024年は、ジャパンFCに届けられた撮影所制作の3ヶ月カレンダーで、前月+当月+来月が一目で分かったもの。こう言うカレンダーは“月をまたぐ予定(例:撮影など)”などに重宝した。

2025年は1ヶ月単位のスタンダードなカレンダーで義兄義姉からいただく。文字が大きく見やすいほか、記入欄も広い!こう言うカレンダーは“メモ”が書けるのがいい!

詳細な内容はグーグルカレンダーだけど、紙のカレンダーはパッ!と見でスケジュールの確認ができるのがいい。祝祭日も赤文字でハッキリ分かるし。

一年の計は正月(元旦)にあり。 とのことでカレンダーに予定を書き込んでいくと・・・。
呑気に過ごしてる場合じゃなかった!

請求書を作成しなければ入金されないし、講義資料を送らないと当日を迎えられないし、シラバスをしっかり作らないと学生に響かないし、資料を読み込まないとファシリテートの目的が分からないし、申請書を出さないと助成金を得られないし、ココ大付属学園も冬編は終わるけど来月は春編の申し込みだった・・・。

まさに1月は行く、2月は逃げる、3月は去る・・・の勢い。

年間予定は、毎日の予定を一つずつ確実に終わらせることで過ぎてしまい、12月に振り返ることで手応えを感じることなのか・・・と、まだ362日。

写真は義母宅に飾られた長男くんの絵。

アート鑑賞初め。


正確に言えば12月31日だけど“そこ”じゃない。

お父様、弟さんが芸術家な友人から「升田裕康と升田準二と三野計の垂直水平の立体交差点(1/13まで。入場無料)」という企画展に誘われて、会場である「升田あそびの家」へ。
お邪魔するのはコロナ前だったので数年ぶり。

升田裕康さん(お父さん)、升田準二さん(弟さん)の作品は見たことはあったけど、三野計さんは名前を聞いたことがあっても作品を実際に見るのは初めてで「愚人」という切り抜いたヒト型(2cmほどの愚人ポーズは数種類ある)が球体に貼られている。
これが三野さんの作品の特徴のよう。会場にも愚人が無造作においてあり、その数は万単位。
この愚人は一体ずつカッターで切り抜いていると言うのだから気が遠くなる・・・。

裕康さんの作品はカラフルな抽象画のようだけど、よーく見るとモチーフが見えてきたり、また準二さんの作品は黒や青のペン画で感性のままに走らせているとのこと。

アート作品は作者の個性(=オリジナリティ)で識別できるから分かりやすい反面、感じるor感じないもハッキリする。

テーマなどを詮索や読み解くことが正解ではなく、感じるか?感じないか?でいいので、多種多様な作品を見で感性を養うこと大切。
作者の数だけ描き方(=作品)があるということ。愛媛にも素敵なアーティストはたくさんいる。

2025年は、どれだけ作品展に行けるのか?
ココ大付属学園でも創作活動を踏み込んでできたらいいなぁ・・・と思ったり。
アートに溢れた空間に満たされたひと時。

2025年1月2日木曜日

運を追い越す。


“なんとなく全てに行き詰まりの感を覚える運気です。精いっぱい努力しているのに、その努力が報われない。
成果が手に入らない状況でしょう。
長い人生にはこういう時期もあります。焦らず、苛立ちせず、ここは一つの試練の時と心得て頑張りましょう。
春は近い。明るい見通しがほどなく開けます。”

と、記されたおみくじ。
一般的におみくじは、その年の運気を占う内容だけど、読み手は(
今年=2025年のことでなく去年=2024年のことを言い当てられた!)と、ドキッ!とする。

漠然とした閉塞感、将来を描くものの、そこまでの道のりが描けない。一歩踏み出すも成果は出ず、空回りしても過ぎていく日々・・・。

でも、腐ることなく、諦めず、粘り強く自分を鼓舞し続けたことで得られた結果は大きく、「おみくじの内容を追い越しちゃったんじゃない?」は友達談。

おみくじって未来予想ではなく、今の自身と照らし合わせて心持ちを肯定するアイテムだから現在の心境にストンッ!と落ちたみたい。

大切なのは「チャンスはいつでもウェルカム」な心持ちでいること。
待っていれば向こうからチャンスがやってくるわけではないので、自ら創る、呼び込む必要がある。計画的偶発性理論。

「チャンスの神様に前髪はない。」は好きな例えで、チャンスの神であるイカロスの髪型は前髪のみで後ろ髪がない。かつ、イカロス(チャンス)は高速移動なので前から来るイカロスの髪を掴むしかない。捉まえる心づもりをしておかないと、と言う逸話。

おみくじを
エイッ!と掴んだら、実は運を追い越してた・・・。ってスゴい話。メモメモ。

継承者。

絶妙な硬さと甘さ、酸味が美味しい義姉の味。

どこの家庭でも必ずある「独特(個性豊か)な食または風習=その家庭&家族でしか分からない」。毎年恒例とも言える話題。

最初は「お雑煮」。
愛媛(義母義兄家)では、鰹だしに鰹節、焼かない丸餅、大根、人参が入るタイプ。お雑煮の出汁は餅などが溶けてで白濁っぽい。

私の実家は東京なので透明な澄まし汁。鶏肉、ほうれん草、人参、ごぼう、餅は焼いた四角い餅が入ってた。
どちらがどうこうではなく、両方とも美味しく得してる感じ。

だけど、餅の食べ方は妻だけ独特で、お雑煮から柔らかい餅を取り出し、用意していた納豆と一緒に食べる。義兄も義母も“そのような”食べ方をしない。
実は義父の食べ方が“そう”であって、妻が継承者のよう。

お節を食べた後はデザートタイム。ちなみにお節は数年前から自家製ではなく、注文してる。
義母義兄家では義姉がつくる「手づくりフルーツ寒天」が必ず出る。元旦に出たのはキウイフルーツ寒天で、これが甘さ控えめの超美味でお気に入り。

そもそも寒天なんて、愛媛に来るまで食べた記憶がなかったから、その美味しさに驚いたのを覚えてる。食感がゼリーと違うんだよね。
姪っ子たちは生まれた時からフルーツ寒天を食べてるから、きっとこの味も母の味で継承者になるのかな?

そして、お節ってそもそも正月三が日に台所に立たなくてもいいように量も種類も多く作り置きするのが狙いと聞いたものの、美味しいから三が日持たないね・・・となる。
そんな時は「カレー」になるのも、その家の風習か。

2025年1月1日水曜日

8時間ぶりの松山城。


2025年、松山城への散歩始め。裏手の獣道を20分も歩けば到着。
スゴい人出だろうなと思った山頂広場は、初日の出時間から1時間ほどズレていたので、意外と空いていたけど無料開放の天守閣に並ぶ人、飲食店に並ぶ人の列は長かった。

松山城から眺める正月の空は快晴で気持ちよく、謎のテンションがあがる(≒幸せの沸点が低い)
山頂広場から我がアパートを確認(笑)して下山。

義兄義母宅へ(昨日=大晦日も行ったのに)年始のご挨拶。こう言う所(≒昨日と今日は毎日繰り返しているのに意識というか区切りというか・・・)、は日本人だなぁとつくづく思う。

初詣先で親族と合流して一年の無病息災を祈願するのも毎年恒例だけど、愛媛に移住した頃(=24年前)に比べるとメンバーチェンジ(亡くなったり、生まれたり)はハッキリしてるけど、20人ほどの大所帯は変わらず。

親戚一同と別れてアパートに戻り、休憩したらもう16時。
(こんなにいい天気なんだから夕陽もキレイに違いない!)と謎テンション2回目。
元旦の日没時間は17時11分。
着替えて元旦2回目の松山城へ。暇なんだな・・・と思いながら20分後には8時間ぶりの松山城アゲイン。
マジックアワー劇場を眺めながら謎テンション3回目。

この時期の夕陽は島々に沈むものの水平線ギリまで見えて、暖かく穏やかだった元旦だったな・・・と振り返り。

2025年1月1日は12,513歩で終了。

2025年書き始め。

路面電車の線路に反射する色の数々がいい。

2025年、あけましておめでとうございます。
妻が帰省していたので義母義兄家族と一緒に過ごした大晦日。
泊まって元旦を迎えても良かったのだけど、1月1日の天気予報は晴れ。
初日の出は松山城から見たいと思い、紅白歌合戦鑑賞、年越しそばを遠慮して退席。

家路への途中、横断歩道を渡ってJR松山駅の方向を見たら、路面電車の線路が赤やオレンジなどネオンチックに反射していてキレイだったからパチリ。
(こういうのって叙情詩的な演出に使われることあるな・・・と監督気分)

徒歩約40分で帰宅。約4,000歩のウォーキングで12月31日も10,000歩/日達成。
と、言うことで11月1日から毎日10,000歩歩き続けて2ヶ月達成。

ご褒美のJALマイルもお試し期間(2ヶ月)で計800マイルを超える。
やはり1ヶ月400マイルゲット!という計算。
でも、何度も書くけど1日10,000歩を歩くのは意図的に歩く機会を作らないと本当に難しい!と実感。
一回で10,000歩達成は難しいから、2-3回/日、外に出ないといけない。

今月から会費(550円/月)も払うことだし、2025年の1年間、やり続けてみよう!目指せ年間5,000マイルゲット!

2025年は、どんな年になるのだろう。
計画や予定を立てていても、その通りにならないことが多いのが人生。
そんな不確か不安定さを楽しめるか否かがテーマかも。

2024年12月31日火曜日

2024年は737本で書き納め。


結局、寄り倒し。と言う意味は自分の意思でもないのに世間体と言うか雰囲気などに、土俵際まで粘る(意識せずとも)も倒されてしまうこと(≒そうせざるを得ないこと)。

先日の出張納めから、仕事納め、買い物納め、洗濯納め、散歩納め、掃除納め、断捨離納め、ゴミ捨て納め、印刷納め、爪切り納め、シャワー納めなど色々と2024年版の“納め”が進行中。

そして学長日記も書き納め。
12月は計62本の日記を書き、2024年は計737本の日記で終了。自分で言うのもなんだけど、よくも737種類もの話題を綴ったものだと。“問い”と言うか“内省”の大切さを痛感。
ちなみに1年は365日だから、1日2本+@のアップ。累計で6,822回目の学長日記。

変わり映えのない日々をひたすら書き続けているのを見た友人「noteにもアップしたら?」と言われて、休眠中だったnoteを久しぶりに見ると、2023年5月10日が最後だった・・・。

フィルム・コミッションに絞って書き始めたものの、FCが自分の軸(根源)であるものの、ココ大や地域づくり、興味関心事項などもあってこそのフィルム・コミッションと気づき、遠のいてしまった過去。

学長日記と同じ内容だけど、noteで見る人もいるだろうし、700回も更新したら何か(≒新たなご縁とか)起こるかもしれないという期待感も込めてnote再び。

「書き続けるコツは何ですか?」と訪ねられたら、答えは明確で「気負わないこと」。
日々の中には小さいかもしれないけど、自分にとって面白いことは必ず一つはあるので、それを見出すことができれば書き続けられる。

2024年振り返り。


2024年最後の日、大晦日。

去年も振り返っていて、2023年はあんな」「こんな思い出。
個人的には長男くんを訪ねに妻と長女とイタリア旅を敢行したものの、ローマでの鉄道ストライキに右往左往したけど、思い返せば一生の思い出&笑い話。

ココ大的には2,000万円の借金を7年間で完済したことが大きかった。
「2,000万円って松山でマンション買えますよね?」と今でも言われる額。

個人的な2024年3選。
【全国47都道府県に降り立つ】
2019年にジャパン・フィルムコミッションの理事長職を預かってから日本各地を訪れるようになり、47都道府県最後の地は「宮崎県」で制覇。
来年も各地のFCを訪問してネットワーク強化。

【24年ぶりの韓国釜山】
フィルム・コミッションを生業に!と思い立った2000年は、家族旅行で釜山という偶然が重なるも、釜山FCを訪問したこと以外、多くを覚えてなく、記憶的にはほぼ初の釜山。

【それぞれがそれぞれ踏み出す】
長男がシアトル→フィレンツェで過ごした7年間を経て帰国。
長女も自身の長所を活かせる職を得る。そして末っ子もオリジナルの道を開拓しているようで、アドベンチャーファミリー。

ココ大&フィルム・コミッション的な2024年3選。
【3作品が公開や放送】
こんな所で裏切り飯」「笑うマトリョーシカ」「がんばっていきまっしょい(アニメ版)」の3本が愛媛県が舞台&題材で登場。その他、バラエティ番組などもあったけど、概ね良かったのではないか?2025年は2作品が登場予定。

【授業回数が700回に到達】
2011年6月4日の開校以来、コツコツと授業を重ねて700回目を迎えて2024年は703回。2025年もコツコツと重ねる予定で710回かな?
久しぶりに申込者数が100名超の授業もあったりと続けていれば色々あると実感。

【愛媛のラジオ局制覇2回目】
南海放送ラジオ(週刊ココ大ラヂオ/毎週)、NHK松山放送局(ひめゴジ!/隔月)だったレギュラー出演に「FMえひめ(エールラボえひめ/毎月)」が加わり、2度目の愛媛のラジオ局制覇。
慣れとは恐ろしく、最初は苦手意識が強かったのに“〜っぽく”話せるようになったのは成長の証か?

明日から2025年、コツコツと積み重ねていこう。

2024年12月30日月曜日

しめ飾りに願掛け。


写真は高校生ボランティアとココ大付属学園の子ども。
写真の子は本当なら、この時間におらず、迎えに来た保護者に「もう少し遊ぶ!」と保護者を先に帰らせて高校生ボランティアと遊びたかったよう。

そんな高校生ボランティアも1月からの予定が「ヒマだったんで!」と駆けつけてくれるありがたさ。
だから、この写真は偶然が重なっての一枚。いや偶然ではなく引寄力の一つかもしれない。

この撮影の1時間前にハーモニープラザから「インチキ先生〜!しめ飾りを作りませんか?」とお誘いを受ける。
作る予定だったけどタイミングを逸していたので「ありがたいー!嬉しい!ぜひ!」となる。

ご提供いただいたのは、ハーモニープラザのスタッフが編んでくれた藁、装飾品の数々を、その場にいた皆んなで作ろう!となる。
でも「しめ飾りってどんな形だっけ?」となるも形式に捉われず、それぞれの感性で作りましょう!となり、一人一人の個性爆発。

そして、次々と完成するしめ飾り。
不思議なモノで紅白、めで鯛、福などで飾ると、正月らしい気持ちになってしまう。

「ん!これは・・・」と気づいたのは「幸せになれますように。」という子どもの字で書かれた札が飾られたしめ飾り。
「しめ飾りに願を掛けたのね!」となる。

しめ飾りは一般的に正月に神様を迎え入れる目印のようなモノで、玄関などに飾るものとのことだけど、神様が来てくださるんだから、最初のお願いをしてもいいよね?となる。


多世代で同じ時間と場所を分つ。


2024年のココ大付属学園最終日も松山大学、高校生ボランティアが駆けつけてくれる。
松山シルバー人材センターからの応援、ココ大付属学園スタッフ、そして子ども達まで含めると、一つの空間に【小学生、高校生、大学生、保護者世代、シニア世代)】が集まり同じ時間を過ごすという、多世代型居場所になってた。

朝から平岡玄米を精米器にかけて七部付きにして炊く。
この日は弓削島産の「弓削塩(ひじき塩)」と塩昆布でにぎった「おにぎり」で、子ども達に手伝ってもらった側から一つ、また一つなくなり、2024年最後の平岡米おにぎりも完食!

腹ごしらえが終わった子ども達の次はドッヂボール。
ひたすら投げて、逃げて、取って、避けて、走っての繰り返し。(これだけ動き回れば消化も早いな)と余計なコトを思いつつ時計を見ると13時過ぎ。

土曜日なので「お菓子づくり」もしようと思うも(おにぎりも食べたしな、用意できるけどどうしようかな?)は大人の考え、子ども達は一切知らず、忖度せず。

「インチキ!お菓子を作ろうよ!」とせがまれ、ココ大付属学園恒例の「たこ焼き器でつくるホットケーキ」を作るも、さっきおにぎりを食べたばかりなのに食欲旺盛の子ども達。
100個以上(3回転半)を焼いても完食するのだからスゴいと言うか楽しい。

16時頃になると一人、また一人と家路につく子ども達。
「良いお年を!」と言っていたら、そこへハーモニープラザのスタッフが「インチキ先生〜!」と何やら抱えて部屋に入ってきた。


2024年12月29日日曜日

どこを見てるのか?


パッ!と見は“フツー(多数)”と違うから、そんなフツーのモノサシで測ると“違う人”と思い込まれてしまう。
大人はこれまでに会った人、もしくは情報で得た(つもりの)カテゴリーに分類してしまう。なぜなら、分類した方が“理解するのに都合がいい”から。

でも、それは“見た目(表面)”であって内面(≒本質)ではないから誤った判断、分類をされた人をこれまで多くみてきた。
今回、学生と接して改めて考えさせられたこと。

我が家の末っ子の場合は行動で先生たちからすれば“余計なコトをする学生”と見られた時があり、呼び出された際の多くで謝ったけど、明らかに違い、偏見と思った時は学校長などを相手に納得するまで説明を求めた過去。
学校側から面倒な親と思われても筋が通ってなければ親の出番でしょう。

そして、そんな学生がいる場面では大抵、学生に非があるのが大前提で話すから「ちょっと待ってください。話のスタート地点から既に違うんですけど・・・」と相手への面倒さ炸裂!

多くの場合、子どもに非がある。でも100%じゃない。
それを前回も前々回も前々々回もそうだったから、一律のモノサシで測った方が楽だからと、大人が思考を放棄(=一人一人に向き合わない)したら、子どもの可能性や希望、期待は一つ消えるのと同じ。
個性を大切に・・・なんて標語が泣く。

じゃあ、「喋らず大人しくしていればいい。」という振り切り論へは、喋らなくて大人しい子は、一見して“いい子”に見られるけど、本当にそうなのか?多くがそうだけど、あえて一石を投じたい。

大人にも社会にも期待しない世の中に生きるって悲しい。
妻いわく「社会はないけど(大人にとっての)世間体はあるよね。」と鋭い指摘。

1秒たりとも無駄にできぬ。

走る大学生。奥ではドッヂボール。

ココ大付属学園へのボランティア参加を呼びかけると、松山大学生、松山東雲大学生、聖カタリナ大学生から「行きます!」と直ぐに返事が戻ってきた!

彼女達はこれまでにココ大付属学園に参加してくれた、もしくは私の授業を受けた学生達で「お誘い、待ってました!」という感じで集まってくれる、大感謝。

この日は徒歩10分ほどの城山(堀之内)公園へピクニック。
子ども達はお弁当のほか、おやつ、遊具などを持って参加。グループに分かれて学生たちと一緒にレッツゴー!

公園に着いた瞬間に走り出す子ども達(ホント、これは子ども達の“1秒でも先に遊びたい!”と言う本能と思う。)
大学生らを交えて鬼ごっこ、バトミントン、ドッジボール、落ち葉拾い、キャッチボール、縄跳びなど思い思いで遊び始める子ども達。
寒いと部屋に篭りがちだけど、連れ出して良かったと私は記録係。

そして、散々遊びまくって満足したのか、体から湯気を出しながら戻ってくる子、半袖姿、Tシャツ姿で戻ってくる子が水筒をグビグビ傾けて、また遊びに戻る子がいて、見てる方が寒くなる。

昼食をいただきながら「次は何して遊ぶ?」と1秒も無駄にはできぬ!と子ども達。
でも、終了時刻がやってきた。
「延長してーー!」と叫ばれて45分間の延長。でも、あっという間に延長時間も過ぎてピクニック終了。

でも満足したのか子ども達、お約束の記念写真にも笑顔で答えてくれて、大学生も「こんなに走ったの今年初めてかも!」と12月らしからぬ発言に笑ったりしてピクニックは大成功。
ヂャリンコちえのような光景。

2024年12月28日土曜日

続・おばあちゃん弁当。


「ピクニックに出発しますよー!」と号令をかけると、ササッーと子どもが寄ってきて「はい、インチキ。今日のお弁当だよ。」と、紙袋を渡してくれる。

「焼きたらこ、卵焼き、きゅうりの漬物、唐揚げ、ソーセージ、ゴボウとイトコンのキンピラ、ゴマ団子+パセリ」の計8品がギューギューご飯と一緒に盛られていて重い!

全く予想していなかったコトに「えぇ!もしかして、おばあちゃん弁当!?」と声をかけてしまう。

「おばあちゃん弁当」とは、その名の通り子どもの祖母が私のために作ってくれたお弁当で、実はおばあちゃんとの面識はない。
なのに貧そな食生活を案じてか、今夏に「おばあちゃん弁当」が初登場。
もちろん、私から頼んだことも注文したことも一切ない。善意の塊弁当。

城山公園で食べたおばあちゃん弁当は外で食べた分、20%マシマシで美味しく、子どもと一緒にいただく。
そして、食後は「あげる!」とミカン、お菓子などを子ども達からいただく。
なんだか“いただきもの生活”のようで恐縮だけど、皆んなに大感謝していただく。

ピクニックから戻り、おばあちゃん弁当を届けてくれた子が帰る際におばあちゃんが迎えに来るという事でお礼とご挨拶がどうしてもしたく一緒に下りて、これまでに2回、弁当を作ってくださったおばあちゃんと初対面を果たす!

「勝手に感想を書いてブログにアップさせてもらってます!」と感謝の意を伝えると、「いえいえー!」と恥ずかしがるおばあちゃん。

沁みた味だった件。