フジグラン松山1階で展示されていた「令和7年度 小中学生のふるさと学習作品展 」へ。
私の隣は安部能成氏(哲学者/1883-1966)。
他には畦地梅太郎氏(版画家/1902-1999)、丹下健三氏(建築家/1913-2005)、福岡正信氏(農学者/1913-2008)、加藤嘉明(武将/1563-1631)、眞鍋嘉一郎氏(医学者/1878-1941)、坂村真民氏(詩人/1909-2006)など、愛媛に縁ある偉人たちの紹介展示。
その中での紹介は、嬉しいやら恥ずかしいやら・・・。私、未だ生きてますし(笑)
ココ大付属学園に3年間参加してくれた山下東子さん(松山市立三津浜中学校2年)の作品は【愛媛県図書館協会長賞】を受賞。
会場は撮影禁止だったけれど、受付の方に「あの、この新聞は私なんですけど、写真を撮ってもいいでしょうか?」と尋ねると「えぇ!ご本人さんですか!」と驚いてくれて、「どうぞ、どうぞ。お越しくださり、ありがとうございます!」とお礼を言われる。
いやいや、私にお礼と言うか、取材してくれて編集してくれて壁新聞にまとめてくれた東子サンに大感謝です。
実物を初めてみて、詳細にまとめてくれた内容に感激しながら、特に刺さった「私についてまとめようと思った動機」「作成した感想」を紹介。
<泉谷先生についてまとめようと思った理由>
私は2021年(小学校4年生)の夏休みから2024年(小学校6年生の春休み)まで、松山市ハーモニープラザの3階で実施されている『いよココロザシ大学付属学園』でお世話になりました。
この『いはココロザシ大学付属学園』を運営者は泉谷昇先生です。
泉谷先生は元々『いよココロザシ大学』という市民大学を運営されていて、2021年に付属学園ができました。
私は家では体験できない様々なプログラムに参加したり、全然違う学校の友だちと遊んだり、異年齢の子のお世話をしたり、とにかく楽しい思い出がいっぱいだったので、今回ぜひ泉谷先生のことを新聞にしたいと思い取材しました。
すると、今まで「ココ大(通称)」の学長だと思っていた泉谷先生の職業は、聞いたこともない“フィルム・コミッショナー”だったのです!
<泉谷先生を取材した感想>
私は泉谷先生とココ大付属学園での出会いだったので、私の中では“預かりの先生”という感覚でした。
小学4年~6年生という時期だったこともあって、ココ大のみんなは泉谷先生のことを「インキチ~(先生)」と呼んでいました。
しかし今回取材させていただくと先生は「フィルム・コミッショナー」だということを知りました。
聞けば聞くほど、先生の仕事は多すぎて、今回の新聞にまとめきれたとは思えません。
先生はココ大はじめ、たくさんの事業に参画されていますが、その中心にあるものはフィルム・コミッションで、そして“愛媛初の愛媛を誰よりも愛する唯一のフィルム・コミッショナーだ!”と思いました。
先生は愛媛県庁本館が大好き、愛媛の風景が大好きで、愛媛の人より愛媛を知っています。私は本が好きですが、あの本から映画になったあの作品も、この作品にも愛媛のどこかが使われていて作品の一部となっているのは先生がフィルム・コミッショナーとして愛媛を熱く語ってくださったのだと思うと、私ももっとこの愛媛県民として日常を意識したいなと思いました。
先生のインタビューの中で教えてくださった「何よりも経験すること、意識してアイデアを持ち、思いうかんだら“まずやってみる”こと、やってみると失敗や辛いこともあるけど、きっと成功もある。」と、ポジティブにチャレンジしたいと思いました!!


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