![]() |
| 最大15.5mの津波がきた浪江海岸 |
1995年1月17日におきた「阪神淡路大震災」の時は、ニューヨークで暮らしいて、CNNで「日本で大地震が発生したようだ!」という報道に驚き、焼け野原になった神戸の街並みをテレビ越しで見て呆然とした記憶。
その2ヶ月後、3月20日には「地下鉄サリン事件」が起きて、これまたCNNで「日本で何かが起きたようだ。」と、ニュースでもよく分かってなかった記憶。あれから31年。
そして、2011年3月11日におきた「東日本大震災」の時は、ココ大を1月に設立して、職員募集の面接が終わった頃にメンバーがやってきて「東北で大地震のようですよ。」とテレビをつけたら、港に係留されていた漁船が津波で大揺れしていた様子をテレビ越しにみて「これ、ほんと?」と、目の前の現実が受け入れられなかった記憶。
2024年9月。
復興の現場視察の機会を得て、被害を被った現地へ。
色々色々と見てまわり、最後に訪れたのが写真の浪江海岸(地区)。
海岸では「浪江浜まつり」が行われていて、キッチンカーなども出店していて賑わっていたけど、この浪江海岸にも最大15.5mの津波が押し寄せて、海岸から300mの所にあった請戸小学校にいた生徒82人と先生13人は、危険を察知し1.5km先の山まで走って逃げた。
この話は震災遺構となった請戸小学校に生々しく展示してある。
逃げた山を見たけど1.5kmは遠く、(あそこまで、よく分からない恐怖の中、何も持たずに無我夢中で走ったの!?)と驚いた思い出。
2026年2月16日。
愛媛県は独自の被害想定調査の最終報告を公表した。直接の死者は1万2750人で、2013年の前回調査から20%減ったと説明。
県内の死者数が前回から20%減った背景には、地質調査の精度向上があり、県内の地盤をより正確に把握した結果、震度6強以上の面積が前回から半減したからとのこと。
と、言っても市町別の死者数は、最多が西条市の3214人。新居浜市の2008人、宇和島市の1705人、松山市の996人、愛南町の846人と続く。西条市と新居浜市は、震度6強以上が想定される面積が比較的広く、建物の倒壊や火災発生のリスクは避けられない。
個人でできることは・・・ローリングストックをしよう。

0 件のコメント:
コメントを投稿