昨夏にブリスベンで作品を見た「ロン・ミュエク」の作品展が、今度は森美術館で始まり、期間中に上京できたら行きたい!とリストに入れたけど、ふと(ふむ、ロン・ミュエクがこんなに話題になるなら、野口哲哉も、もっと話題になっていいのにな・・・)と沸く。
ロン・ミュエクは1958年生まれ。野口哲哉は1980年生まれ。
同じ人物を扱っているけど、ロン・ミュエクの特徴は巨大な人物、野口哲哉は武士姿が特徴。
西洋と東洋、現代と戦国、大きい・小さいなどの違いはあるけれど、同じ“人”が題材。
西洋と東洋、現代と戦国、大きい・小さいなどの違いはあるけれど、同じ“人”が題材。
違いがあるなら作品数で、ロン・ミュエクはこれまでに約50点ほどしか作品を発表しておらず、一方で野口哲哉は約200点ほどを発表。
希少性?野口哲哉作品の武士姿像は、現代とうまくミックスされてるから海外でも、もっと高く評価されると思うんだけどな。この“わずかな差”は何だろう?
いや、実は既に海外でも有名かもしれない。単に私の認識不足、不勉強かもしれない。
紙一重という話。
有名と無名、人気と不人気、成功と失敗、美味しいと不味い、好きと嫌い、幸運と不運、馬鹿と天才、当選と落選・・・など色々あるけれど、実はこれらに大差はなく、ほんの僅かなコト/差=紙一重と知る。
そして多くが、その時は分からずとも結果など振り返ると(紙一重だった・・・)と思えたり。
イメージとしては無意識でも岐路に立ち、右か左か進むか戻るかなどの判断をしていて、この時の判断が結果に結びつく。
この“判断”は、何が基準になるんだろう?
自分の判断もあるかもしれないし、他者/周り(外部)による判断もある。
自分の判断結果は意外と小さく影響も限定的だけど、外部は果てしなく広い。
身近でいえば、大切な人と「出会う or 出会わない」もあるし、出会っていたとしても「声をかける or かけない」で、その後は大きく変わる。
説明が難しい/できないコトって意外と多いな・・・と。
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