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2018年1月9日火曜日

気づくのはいつも後。

坂村真民さん(1909-2006)の詩に長男へのメッセージを添え荷物に忍ばせる。このハガキを選んだのは妻で、じっくり読むと自分はどうか?と問われてるみたい。
本気だったかな?と思うのはいつも後で、その時には感じないし思わない。そもそも私の場合、本気というか崖っぷちor背水の陣という言葉が適正で、今思えば何万回の好機を逃したことか、避けたり止めたり多々の失敗が頭をよぎる。

先日、本気だったのは末っ子で、私の隣で計8時間ほど冬休みの宿題に取り組む。本気になると「手応え」がある。手応えは小さな自信に繋がり、次の手応えを得ようと無意識で取り組む。本気だから失敗すると悔しい思いも嬉しい思いもする。テキトーだと何も感じず時間だけが過ぎてゆく。スポーツに勤しむ末っ子、毎日の日記をみると本気に取り組んでいることが分かる。

こういうまっすぐなコトを表現できる大人になりたい。現実は経験や既成概念が邪魔して打算・妥協してしまうお年頃。末っ子は本気になりたいけど「本気はカッコ悪い」という思春期特有のお年頃。今日みたいな平凡な日が後に濃い記憶として残るんだから不思議。

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