日記を検索

ラベル 家族 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 家族 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2026年3月15日日曜日

親に感謝。


生まれてから、タラッ〜と鼻血が出たことも、口内炎もなく、花粉症や〇〇アレルギーなどとも無縁に過ごしてきた50年以上。

でも、もしかしたら自分が気づいていない&感じていないだけで、本当はアレルギー持ちかもしれない・・・と、先日、生まれて初めて人間ドックを受ける際に申し込ん「View39(ビュー39)」というアレルギー検査。
人間ドック当日、この
アレルギー検査を含めて6本も採血されたのを覚えてる。

その結果が届き、恐る恐る見てみると・・・。
全39項目、全てにアレルギー反応はなかった。ほぼ陰性。

“ほぼ陰性”と言うのは「真菌」というカビ系に擬陽性反応が・・・という程度で、カビには誰もがアレルギー反応を起こすんじゃないの?と思ったり。

食べ物系のアレルギーは一切ナシ、ゼロ。
雑食を自負してるけど、トマトだけが食べれないので「トマトアレルギーです。」と、避けていたけど、ゴメンなさい。単に食感と彩りが苦手なだけです。

ここまでくると、こんなに頑丈に産んでくれた両親に感謝しかない。
すると妻、「私も花粉症やアレルギーなどとも無縁に過ごしてきたな・・・」と。
頑丈な夫婦ということが分かった検査。

アレルギー検査したの以下の39項目。

<吸入系・その他(19項目)>

【室内塵・ダニ】ヤケヒョウヒダニ、ハウスダスト
樹木花粉スギ、ヒノキ、ハンノキ、シラカンバ
草本花粉カモガヤ、ブタクサ、ヨモギ
ペット・昆虫イヌ皮屑、ネコ皮屑、ガ、ゴキブリ
真菌(カビ)アルテルナリア(ススカビ)、アスペルギルス(コウジカビ)、カンジダ、マラセチア
その他ラテックス(ゴム)

<食物系(20項目)>
穀類小麦、米、ソバ
卵・乳卵白、オボムコイド(加熱卵に反応)、牛乳
豆・ナッツ類大豆、ピーナッツ、アーモンド
果物・野菜リンゴ、キウイ、バナナ、モモ
魚・甲殻類エビ、カニ、サケ、サバ、マグロ
肉類牛肉、豚肉、鶏肉 

2026年2月24日火曜日

食のエンターテイメント。

見た目、ご容赦ください。

「何もない(3日間の)連休」とSNSで発信したら、毎日「食事に行きませんか?」「イベントに参加しませんか?」「展覧会を見にきませんか?」「一緒に行きませんか?」などのお誘いを受ける。

自分で発信しておきながら、多くの方からのご好意に恐縮してしまう(恥)、お声がけいただいた皆様、ありがとうございました。

最後は義母&義兄姉夫婦&姪っ子も一緒にと夕食を誘ってくれて、花園町の満マルへ。この店は雰囲気がいい。
そこへ東京宅から愛媛大学での仕事にやってきた妻が合流。久しぶりな合計7人の家族団欒。

東京には私の姉夫婦が暮らしているけど、こうした家族団欒の食事はしたことがないので、ほんと、何かと気にかけてくれる義兄姉や義母には感謝。そして、連休は心身満たされて終了。
振り返れば、なんだかんだで充実した3日間だったのだから、私は幸せ者です。

姪っ子は私のことを「ねぇ、インチキ」と呼ぶ(笑)。そんな間柄。
テーブルの上に並ぶ40本以上の串揚げ。「串揚げって家じゃできないし、こんなにカラッと揚がらないよね」など、たわいもない話でワイワイ。これぞ、家族という感じ。

「追加注文はないですか?」と義姉。
「雪見だいふく、お願いします!」と姪っ子。
「えっ!串揚げだよ?アイスの串揚げ?」
「そうだよ!雪見だいふくの串揚げ。」と涼しい顔の姪っ子。

しばらくすると、雪見だいふくの串揚げが3個登場。でも、姪っ子は2人。
(はて?)と思ったら、義母が私が食べるだろうと1個余分に追加してくれてた(涙)。

さて、そのお味は・・・。
衣はアツアツなんだけど、雪見だいふくの求肥?部分がビヨ〜ンと伸びてバニラアイスの味に届く頃は冷たい。不思議な感触。

んっ!?この味、初めてじゃないぞ!
NYしゃぶ辰時代に「アイスクリーム天ぷら」と言うのが流行っていて、スクープした抹茶アイスなどに天ぷら粉をまぶして揚げたのを食べた思い出。

「ママ!もう一つ、雪見だいふくの串揚げ!」
邪道と思ってはいけません、子供はこういうのが好きなのです。食のエンターテイメント。



2026年2月21日土曜日

何一つ分からないのがいい。


末っ子くん達「diadia」がリリースした「音楽付き日めくりカレンダー」は、1月1日から既に50曲以上が紹介されて、ジャンルも様々。日々、面白いリスニング体験を提供してくれている。

最近では「春節(中華圏での旧正月)」を意識したのか?イントロで(んっ!?)となり、聞いてみたら、【Thom Ki Ki(THE RABBIT THAT HUNTS TIGERS)】というアルバム曲で、アーティストのYin Yin(イン イン)は「サイケデリア、ファンク、ディスコ、東南アジア音楽の影響を受けて、マーストリヒトで結成されたオランダのバンド」と出てきた。

情報量が多くて何一つ分からないのがいい(笑)。
新しいメロディ/楽曲との出会い。気分や好みに合う合わないかは絵画と同じ、感覚的なモノだから飛ばしてしまう曲もあるけど、これは気に入った。

多くが知らない曲(聞いて初めて知る曲)ばかりだけど、2月12日は【A day In The Life(
ビートルズ)】だった。
そして、2月18日は【miss you(m-flo)】だった。

くっー、m-floと言えば2000年初期によく聴いてましたな。
LISAが脱退という話にフェードアウトしてしまったけど、今は復帰?されてるのね。
結成25周年ですか!それは良かった。

こうして、世代によって懐かしさを感じさせる曲なのに、我が子世代には新しく聞こえたり、普遍的に聞こえたりするのだから面白い。親子で同じ曲について語れるって嬉しい。

ちなみに、2月は毎日「サカナクション」がパワープレイ中だけど、末っ子くんの影響(笑)
聴く曲が、いつの間にか固定されてしまう年頃だから、拡げてくれる、気づかせてくれる音楽はいい。

あと、年末まで300曲余り。
アパートで作業をしていると、何一つ変わらず&動かず変化がないけど、音楽が雰囲気を変えてくれて発想の助けになっているという話。

2026年2月10日火曜日

時と場所を超えて。


日本で
2週間の仕事&休暇をしたアメリカの兄弟ハルと奥さんのヘミさんが帰国。
SNSで名残惜しそうに日本滞在中の思い出をアップしていたので、「楽しかったね!また来てね!」と、コメントを残すと。

Come visit us in the US. It was great to see you both again!
フロリダにも来て!二人(妻と私)に会えて楽しかった!またね!

という返信。ここまでは、ごくフツーの兄弟の会話。
すると、「新たなコメント」の通知が届き、何気なくアクセスすると・・・。

Say hello to Noboru for me!!!
ノボルへ、私からもよろしくと、伝えてね!

と、見知らぬ女性からのコメントに誰?なんで私のことを知ってるの?となる。
すると、ハルからも続けてコメントがついた。

Noboru do you remember Maria who helped my mom with the house? She says hello!
ノボル、覚えてるかい?バージニアの家で母を手伝ってくれたマリアさんだよ!

No way!
まさか!


頭の中のハードディスクがギュイーーン!と、36年前(たぶん1990年)まで遡って、当時の記憶にアクセス。

アメリカの母とハルと暮らし始めた当時、何も分からず&知らずな生活の中で、母の家を
定期的に訪れては家事を手伝ってくれていた女性がいて、私も向こうも初対面の時は超ビックリし合う(笑)。
そりゃ、突然、知らない男性(私)が家にいた&知らない女性(マリアさん)が家に入ってきたのだから、お互いに驚くよね。
そして、彼女はマリアさんと知る。

それから、掃除を手伝ったり、カタコトの英語でコミュニケーションをとったマリアさん。
当時の私は18歳、マリアさんは30歳だったのか・・・。

マリアさん、現在も当時の家の近くに住んでいるようで、家族にも恵まれて微笑ましい様子がSNSにアップされていて何より。おばあちゃんになってた!

SNS上とはいえ、声をかけてくれてありがとう!と。
当時から今を想像はできなかったけど、時と場所を超えての再会。
歳を重ねるのも悪くないよね!という話。
いやぁ、本当にビックリしたオンライン再会。

2026年2月7日土曜日

親のおせっかい。

親のおせっかいバラエティパック

我が子たち3人は、それぞれに独立してしまい、愛媛から離れてしまった。
気にする人から見ると、貴重な20代が愛媛から3人いなくなってしまい、そこへ「転出超過(愛媛県から県外へ出てしまった人数が、県外から愛媛県へやってきた人より多い状態)」の話題も重なる。里帰りはあっても、この先、愛媛に戻るかは現時点では不明。

それぞれ、元気に暮らしているけど、親としては何かとかかわりたい(笑)。
東京出張の際は食事などに誘うし、急に電話をして呼び出してコーヒーを飲んだり・・・。
付き合ってくれる我が子たちに感謝。

先日は愛媛県のオリジナルブランド米「媛の凛」を送った所。
正直、米の美味しさは他と変わらずかもしれないけど、色々と口実が欲しいもの。

そこへ、愛媛のB級グルメの代表格「焼き豚玉子飯のタレ」をいただく。それも元祖発祥の重松飯店のもの。
自分で使うのは・・・と思い、連絡すると「米(媛の凛)がたくさんあるから、欲しい!」とリクエストされる。

身も蓋もない言い方をすれば「焼き豚玉子飯のタレ」も、似た味は自作できると思う味。
だけど、「元祖発祥の重松飯店のタレだよ。」と、そこはブランドの力。

リクエストにハッスルして焼き豚を買いに行く。
でも、送る箱が焼き豚玉子飯のタレ、焼き豚だけではスカスカ。

ならばと、柑橘がいいか?インスタントの味噌汁がいいか?白米が多いならフリカケか?それともお菓子もか?など、色々とめぐらせて買い物開始。

色々と買い込んで、箱に詰める。
この瞬間が親にとって最も楽しくて、えぇい!と、ふるさと納税で届いた丼もの、カレースープなども入れ、未使用だったベトナムコーヒーまで入れて「親のおせっかいバラエティパック」が爆誕した(笑)。

で、思い出す。
NY時代に届いた日本食(カップラーメン、お菓子など)のありがたみ。
結局、親に自分がしてもらったことを我が子へもコピペしてた件。

2026年1月29日木曜日

ただいま、松山。


10泊した今回の東京出張の振り返り。
  • 「世田谷ボロ市」
  • 「神奈川やまと古民具骨董市」
  • 「高幡不動ござれ市」
  • 「赤坂蚤の市」
  • 「国連大学ファーマーズマーケット」
  • 「描く人、安彦良和展」
  • 実家で実夫の様子を確認
  • 病院で実母の見舞い
  • 横浜市でNYの父と母と食事
  • 世田谷で末っ子と彼女と食事
  • 横浜で長女と彼氏とコーヒー
  • 千代田区でNYの兄弟と食事
  • ホーチミン/ベトナムと松山を繋ぎオンライン会議
  • 東京宅からオンライン会議
  • 愛媛県東京事務所で作戦会議
  • 全国ロケ地フェアで撮影相談を多くいただき
  • 海外制作者セミナーで撮影の違いを学び
  • 高尾山にのぼり富士山を拝み
  • モロゴプラオを食べる
  • ウチキパンで手土産を買う
その他、シラバスを詰めたり、新規撮影相談に対応したり、撮影中の撮影を見守ったり、寄稿文の校正をしたり・・・。

でも「アンディ・ウォーホル展」には行けなかったし、気になっていた店に行けず。
ただ、毎日15,000歩ほど歩き、一週間で10万歩に到達し、20時には寝床に入る生活。

どれだけ毎日を楽しく過ごせるか?が人生の指針において、特に残りの人生を自分の予測以上に濃くするには、損得なく動くしかない。

計画的偶発性理論(キャリアの約80%は予期せぬ“偶然”から形成されるので、それを待つのではなく、好奇心や柔軟性を持って行動し、偶然をチャンスに変えていこうとする考え方)を信じているので、実践しかない。

<偶然をチャンスに変える心持ち>

好奇心(Curiosity):新しい機会を積極的に探る。

持続性(Persistence):失敗してもあきらめず努力する。

楽観性(Optimism):新しい出来事をポジティブに捉える。

柔軟性(Flexibility):こだわりすぎず、方針変更を許容する。

冒険心(Risk Taking):結果が不明でも行動する

ただいま、松山!

2026年1月28日水曜日

35年ぶり戻った作品。

アメリカから35年ぶりに戻った作品

「日本へ2週間、休暇で行くのだけど、会えないか?」とアメリカの兄弟「ハル」。
アメリカの父と母の子で、年齢も一つ違うだけで兄弟のように過ごした日々は36年前!

一緒に泳いだり、ドライブに行ったり、冒険しに行ったり・・・。
当時は“今”を1mmも想定できず、ひたすら笑い遊び、その後、ハルはブラウン大学に進学、そして医者になり、現在は全米の医者を教える医者という、絵に描いたようなサクセスストーリー。

家族にも恵まれ、双子の娘さんは日本へ留学をしていて、将来は世界を飛び回る外交官になりたい・・・とのこと。なんだかスゴいぞ。

「今回は、ノボルにコレを渡すのも目的だったんだ。」とハル。
緩衝材のプチプチで覆われたのは明らかに壊れ物。
「なに?コレ」と私。「開けてみて」とハル。

そして、出てきたのは20歳の時に過ごした寮で作っていた習作。
作ったことさえ忘れていたけど、裏に「1991年」と彫ってあり、見た瞬間、色々と思い出す。

当時は語学習得に、メリーランド州にある高校の寮に入り、他の学生と普通に暮らす。
でも授業が終わるとすることがなく、サッカー、ラクロス、シルクスクリーン、陶芸、写真、木彫などに顔を出して、英語も喋れないのに身振り手振りでワイワイ。

その一つの陶芸は「窯を任される」所まで到達して、創った作品が多くなり、個展まで開いた思い出。

持って来た理由は、当時暮らした家を売りに出す際に出てきて、亡くなったハルのお母さん(=アメリカの母)が大切に保管してくれてたけれど、このたび返却。
「まだ、あと2個あるよ(笑)」とハル。これはアメリカに行かなくては!

そして、「(いずれ)日本で暮らしたい。」とハルとヘミさん(ハルの奥さん)。
アメリカは暮らしににくくなり、将来を描けないとのことで、引退後は日本での就職を考えているよう。日本に逸材がやってくるかも!?

楽しみが一つ増えるじゃないか!

愛媛に来たことはないとのことだから、先ずは愛媛の案内を提案。

ハルとヘミさん夫婦と。

2026年1月27日火曜日

続・会いに行け。

NYのFITで学んだケンさんはオシャレな77歳。

「オレさ、77歳になっちゃったよ。喜寿だよ、参るよな・・・。」とNYの父。
続けざまに「泉谷くん、いくつになった?」に「54歳になりました。」と伝えると「そうか!それじゃあ、オレたちも歳をくうわけだ。」と、隣に座るNYの母に同意を求める父(笑)

「あの時は20歳そこそこだったでしょ?あなた達はもう30年ぐらい?」とNYの母。
「交際期間を含めたら30年以上ですね。」と妻。
「あなた達は私たちの自慢よ。」とNYの母。涙が出そうになる。

前回は昨年夏に愛媛に来てくれた父と母は二人とも70歳超。
今回も私たちのスケジュールに合わせてくださり、食事をしようと誘ってくれる。
父と母は私たちがニューヨーク時代に出会った「しゃぶ辰」のオーナーとマネジャー。

そんな母はマネジャー時代から本当に気配りの人で、70歳を超えていても(そもそも70歳超に見えないけど)何もかもが用意周到で、事前の連絡、お店選びから手配、手土産まで用意してくれる。そして、父の相手まで(笑)

そんな父はNYでFIT(NY州立ファッション工科大学)に通ったオシャレさん。
「これさ、もらっくれないかな?」と、袋から出してくれたのはシャツとズボン。
聞けば着なかったとのことで、「終活ってワケじゃないんだけどね。」と父。

父、“それ”と、医者から言われる。
本人いわく「大丈夫だろう。しょうがない、年も年だしな。」と飄々な父だけど、家族同然の人だから心配になる。
母も以前に大病を患っていて、話の話題は健康に。

「二人はまだ若いんだからさ、仮に見つかっても早く対応できるよな。オレなんか手術イヤだもんな。でも、日本の医療はスゴいよ。」と父。

と、いうコトで人間ドックを約束する。
次回は治療を終えて一区切りを迎える予定の年末に設定。
どうか、元気でいて欲しいとNYの父と記念撮影。


「ふたり、似てる〜!」と母と妻。

2026年1月25日日曜日

会いに行け。


愛媛ミカンを持って実家を訪問。
85歳の父は元気に見えるけど、年相応に色々と自覚しているよう。
でも、車の免許返納は難しいらしい。

免許の返納はできても、返納後の生活に支障が出てしまう想像と不安(実家周辺は坂道や階段が多く、その先にバス停や駅がある)。

こういう交通弱者な課題の解決策はあるんだろうか?
山間ではオンデマンドバス、タクシーなどがあるけど、シニア特有の課題なのかな?
よい解決策はあるのだろうか?

そして、長らく入院していて面会も叶わなかった母親が病院を移り、「面会できるようになった。」と姉。ならば会いに行こうと病院の場所を調べると、徒歩1時間ほどの場所と分かる。

丘を下り、川沿いを歩き、山を一つ超えてたどり着いた病院。
「初めてなんですけれど、母の見舞いにきました。」と受付で伝えると、親切丁寧に諸注意などを教えてくれるスタッフさん。

ちなみに、病院への差し入れなどの持ち込みは、家族であろうと、小さいモノであろうと一切禁止。長時間の面会は禁止。マスク着用は必須(マスクを忘れた場合は50円/枚で購入する)。

母がいるフロアに到着するも、オタオタしていると「どちら様ですか?」とスタッフが声を掛けてくれて母の名前を告げると「あぁ!泉谷さんの息子さん!」と、初対面なのに親しげだったのは母がよく話しているとのこと。
会いにきた旨を伝えると、スタッフさんは母の担当ケアマネジャーで、“渡りに船”とはこのこと。

院内を案内していただき「少しお待ちくださいね。」と言われて待っていると、数メートル先でケアマネジャーが声をかけた背を向けて座っていた女性が母でした。

2年ぶり?に会う母は小さくなっていたけど、元気の様子で何より。
突然の訪問に驚いていたけど、30分ほどの間に孫のこと、私たちのこと、入院の様子など喋り面会は終了。

この年になると親に会う機会は限られているから、後悔先に立たず=会っておけ!という話。

2026年1月20日火曜日

若者たちにエール。


末っ子くんたちdiadiaが作った「音楽付き日めくりカレンダー」の完売を受けて「お疲れさま会」という名の食事会。
親は子どもと“何かにつけて”食事したい(笑)

完売を改めて褒めると、作った本人たちにしか感じない/思わない改善点があったようで、「〇〇すれば良かった。」「〇〇だったら・・・」などの反省の弁っぽいコトを並べるので、「いやいや、先ずは完成させて、世に新しい価値を問うたのは素晴らしいコトなんだよ!」と、彼らの頑張りを労うと、「そんなコトを言ってくれる大人はいないです。」とdiadiaメンバー。

大人だからできる役割の一つに「褒めること」があると思っていて、最近は褒められることも少ないのかな?

単に「スゴい!」などの褒め方もあるけど、相手にとって「誰から褒められるか?」も大事かもしれない。

私がdiadiaを褒めたのは「ゼロイチ」だったからだし、「ゼロイチ」の大変さ、醍醐味をこれまでの経験から理解しているから。

時々、「終わってから言う人(例:今回のdiadiaで例えると発売後に、あーだこーだ言う人)」がいるけど、外野の言葉なんて気にすることはない。
自分たちが創出した新しい価値(=アウトカム)に自信と誇りを持って欲しい!

そんな話をしていたら、「ご報告がありまして。」と話が変わり、「ナニナニ?」と尋ねるとdiadiaメンバーに就職希望先から内定をもらったという内容で、「おめでとう!」となる。

詳しく聞くと、募集人数は1名だったとのことで、募集側も応募側も相思相愛だったようで、内定が決まる。
一般的に就職活動は大変(実は就職活動をしたことがない。)・・・と聞いている中で、良かった!良かった!と祝杯。

ホント、大人ができるコトの一つは、意欲ある若者を応援すること。
「モリモリ食べて!」と肉やナチョスを追加オーダー!


2026年1月4日日曜日

彼らしい選曲。

https://dia-a-dia.com/

末っ子たち「diadia」が、
新しく提案した「毎日1曲聞ける日めくりカレンダー」は完売。
束の間の安息・・・は過ぎて、サービス開始の2026年1月1日を迎えた!

末っ子くんが選曲した最初は何だろう?そもそも、サービスは機能するんだろうか?と一抹の不安を抱えながらもQRコードを読み込むと、ピンク・フロイドの『
エクリプス(1973)』。
ピンク・フロイド8枚目のアルバム「The Dark Side of the Moon/狂気」の一曲。

実はピンク・フロイドは知ってるけど、その程度。
日本語訳をつけながら聞いてみると、叙情的で哲学的、抽象的と言ってもいいかも。
言葉を追っても意味はなく、曲を聞いて広がるイメージでいいんじゃないかな?と、勝手レビュー。

"I can't think of anything to say except..."

"言うことは何も思いつかない ただ…"


"I think it's marvelous! HaHaHa!"

"それって素晴らしいと思う"

この辺りの歌詞を聞くと、末っ子くんらしいと言うか、哲学的なことを好む彼の趣向かな?と思ったり。世の中、全て分かる必要はないし、分かっても意味がない。
365日分の選曲は末っ子くんが全て行ったとのことだけど、彼らしい選曲と納得。

そして、1月2日は『実験4号(1997)』という「The ピーズ」の「リハビリ中断」と言うアルバムに入ってる曲。
曲もバンドも全く知りませんでした。でも、この曲「ウルフルズ」でカバーもされてるのね。

1月3日の『
雪んこ(2005)』堀込高樹が響いた。
天気は雪が今にも降りそうだった冷たい松山の朝にトロ〜ンとしたメロディ。
この曲、4分余りの曲だけど、冒頭の約2分がイントロ!
初めて聞いたけど、何だかフィットしてしまい、他の曲まで聴いてしまった。

それにしても、末っ子くんは、どうやってこれらの曲を知ったのだろう?
あと、362曲。知らない曲の方が多いから、これからの毎日、新しい曲と出会うのが楽しみ!

ピンク・フロイド/The Dark Side of the Moon/狂気

2026年1月1日木曜日

2025年の笑い納め。2026年書き始め。

義母・義兄夫婦が用意してくれたご馳走。

2026年、午年、あけましておめでとうございます。
2025年は743本の日記を書いて、多くの方から感想などのコメントをいただきました。

1年は365日、毎日2本書いても730本なので、1日に2本以上という計算。
誰に言われたわけでもなく、収益目的でもなく、アウトプット強化に4年。アホですな。

noteも再開して、全く知らない人と交流できる面白さを改めて感じた2025年でもありました。

本来なら正月、それも今日は元旦だから、これから新年の挨拶まわりが毎年の恒例だけど、昨日は義母・義兄夫婦に招かれて、美味しい食事を囲みながら2025年のお疲れさん会と2026年の抱負会を祝ってしまった(笑)。
自分では決して作らない、おせちも先にいただいてしまったし。

NHK紅白歌合戦が始まり、歌い出す&踊り出す姪っ子たちに「お年玉をパパとママに渡しておきますね」と伝え、大人の話題は親族間での集合時間や場所などに移る。

「じゃあ、私は(新年の挨拶など)欠席ということでお願いします。」と伝えると「皆んなには何と伝えておく?」と周り。

「タイミーで忙しいと・・・(笑)」と伝えると、大笑いの食卓。
2025年の最後の大笑い、笑い納めができて何より。


「外は寒いのに、帰りも歩きで帰るの?」と義母。
「そうです。お腹いっぱいになったので消化して帰ります。」と私。行きも歩いてきたから電車賃は400円以上の節約にもなるし、散歩納めにもなるし。

それにしても、21時過ぎの大晦日は人が歩いてなかった!みんな、どこに行ったのかな?
約45分の夜散歩だったけど、すれ違ったのは犬の散歩をしていた1組だけ。

大晦日の歩数は14,000歩でフィニッシュ!
アパートに戻れば、大晦日感や正月感など、季節感のない部屋。

そして突然、思い立ったコトがあり、2026年の始まりに、これ幸い!と作業を始める。

2025年12月30日火曜日

完売御礼。

媚びてない味で美味しかった!

集合場所は新宿歌舞伎町。タイ料理のバンタイ。
羽田空港から新宿駅を目指し、東口から出ると、今は無い新宿アルタビル(2014年に終了した「笑っていいとも!」が撮影されたビル)が目に入る。

映画の見過ぎで、歌舞伎町のど真ん中だから色々なシーンを想像していたら、「バンタイ」と大きな看板をが見えて一安心。

店には一番乗り。周りの席は既に満席で予約をしてくれていた長女に大感謝!
その後、長女、妻、末っ子くんカップルがやってきて全員揃う(長男くんは仕事で欠席)。

今回の席は、末っ子くん達が作った音楽付き日めくりカレンダー「diadia2026」の販売記念のお祝い。

そして、100部作った「diadia2026」の完売に目処がついたと言うサプライズも発表されて「素晴らしい!ダブルのお祝いだね!」となる。

皆んなで乾杯して、まだ始まってもないのに、制作秘話や完売にこぎつけた感想、今後の展開を根掘り葉掘り聞いてしまう私の悪い癖。ゴメンなさい。

とは言え、今後も続けたいという二人。
なので達成感を味わいつつも課題も感じたようで、それは今後に改善していくとのこと。
その中で、やはり「梱包資材、送料」は分かっていながらも想像を超えた負担だったようで「商品価格以外にあんなに費用が必要とは・・・。」と二人に共感。
ホント、目に見えにくい出費。

そんな所へ、次々とタイ料理がテーブルに到着。
料理名は忘れてしまったけど、タイの焼き豚、タイの野菜炒め、カニのカレー、牛肉のカレー、トロピカルフルーツの炒飯など、嬉しい&楽しい話題と一緒だから、美味しい!が200%以上に感じたり(笑)。

挑戦した二人に大拍手だし、これからも続けたい(ライフワークにしたいとも)とのことで、尚更拍手!

ご購入いただいた皆様にも大感謝!


2025年12月25日木曜日

息子、サンタになる。


「足が寒いんだけど、靴下を買ってきてくれないか?」と85歳の父。
「どんな靴下がいいのかな?」
「テレビでさ、暖かさがずっと続くと宣伝していた靴下がいいな。」とリクエスト。

でも、我がアパートにはテレビはないし、父も商品名が分からず。
でも「ユニクロじゃない」と父(笑)。

買い物のついでにメンズフロアで物色すると「履くホカロン!」とPRしている靴下を発見!
“ホカロン”って、あの携帯カイロのホカロン。
父が言っていた商品とは違うと思ったけど、生地も厚いし見るからに暖かそうと、黒色、灰色、赤色の3足を購入。

「はい、靴下を買ってきたよ。」
「おぉ!いいね!これこれ。」と、特にテレビでの宣伝品うんぬんは気にしていなかったようで何より。

早速履いてみる父。
肌触りも良さそうで「いいね!思ってた通りだよ。もう暖かい。」と、すごいぞ!ホカロン靴下。
「今日はコレで出かける!」と意気揚々の父。出かける気力があるようで一安心。

他に渡したのは妻から預かった「紅まどんな」。
末っ子が作った「音楽付き日めくりカレンダー」。

「じゃあ、帰るね。」となった時、居間に飾られていた「クリスマスツリーを見つける。
ツリー自体は2年前に父がAmazonで購入したものだけど、オーナメントの一つに見覚えがあり、「これって、大昔の?」と尋ねるも「分からない。そうかもしれないな。」と父。

幼少期に見たような見なかったような・・・。
コタツ文化(≒床に座る)がなかった我が家。
クリスマスにはツリーを飾るも12月25日にツリーの元にプレゼントは無く、そこまで西洋化してなかった実家。

父の希望を叶えて立ち去る。
メリークリスマス!

2025年11月23日日曜日

休日の話題。


現在、販売中のdiadiaが作った「音楽付き日めくりカレンダー」
商品のキャッチコピーが確立されたら、いいな。

ココ大なら「誰でも先生、誰でも生徒、どこでもキャンパス」。ココ大付属学園なら「想像×創造の居場所」 みたいな感じ。

実は彼らと同じ年頃(1993年頃/22歳頃)に、ニューヨークでフリーペーパーを作ってた。

『フリーペーパー』という名のフリーペーパーで、日本食レストランや友人に配ってた。
ただ、当時はフリーペーパーというモノをキチンと理解しておらず、広告もナシでかかった経費は全て自己負担。

インタビューしたり、原稿(と、言っても好きなコトを書いたり、パティシエの友人にNY菓子のレシピを書いてもらったり、人生相談に乗ったりなど)書いたり、デザインしたり、校正したり、DTP周りも全て一人で行い、親から預かった授業料も当時は珍しかった白黒レーザープリンターなどに使ってしまった。

大学は既に辞めていたから時間がたっぷりあったおかげでIllstratorもPhotohopもQuarkExpressも全て使いこなせていて、一人出版社だった思い出。

その後『フリーペーパー』を読みたいとロンドン、パリから連絡があり、送付したほど。
2年ほど続けたけど、日本へ帰国する際に廃刊してしまった。

あの経験が今の“どこ”に役立っているか?は分からないけど、行動すれば必ず問題は起きて自分が対処しなければならないことは学んだ。

行動量の多さのおかげで「不測の事態は起こるが前提。」「予定は未定。」「事業は不成功の方が多い。」などから、臨機応変/柔軟性を手に入れたかもしれない。

我が子が「音楽付き日めくりカレンダー」をゼロからつくり販売までこぎつけた行動量は、とても高く/多く、この先も柔軟な発想から面白いコトをしてくれるんだろうな・・・と楽しみでしかなく、父も長年温めている物語の執筆を始めるか!?と思ったり。

2025年11月22日土曜日

誰もが通る“初めて”。

https://dia-a-dia.com/

初めての自己紹介、初めての手紙、初めての企画書、初めてのプレゼン、初めてのアルバイト、初めての仕事、初めてのデザイン、初めての打ち合わせ、初めての提案、初めての受託、初めての喜び&悲しみ、初めての退職届け、初めての起業、初めての仲間集め、初めての商品開発、初めての助成金、初めての販売、初めての依頼、初めての就任、初めての法務局/税務署・・・と、生きていれば“初めて”との関係は、否応ナシに避けられない。

ましてや、ゼロイチ、起業/創業の場合は、初めてだらけが倍増する。
54歳でも初めてが多いのだから、この先も初めてのコトは多いだろうと推察。

すると例えば、本を出版しようと思い立ったまではいいが、完璧を目指して、一年後にやっと取り掛かったとAさん。

Bさんは一先ず、1ヶ月かけて書いた1冊目を公開するも酷評されて凹む。でもブラッシュアップした2冊目を2ヶ月後に出し、また酷評されるも1冊目に比べると出来はよく、更にブラッシュアップした3冊目を3ヶ月後、4冊目を4ヶ月に世に出して評価を得続ける。

一年間、何も行動しなかったAさんに比べて、Bさんは10ヶ月ほどで計4冊を書いた。
Aさんの完璧と思う気持ちは「思い込み」なので、世間からは評価されず。
Bさんはトライ&エラーを繰り返して、世間に認められていった。

『Done is better than perfect.(完璧を目指すより、先ず終わらせる。)』の例え。

diadiaの「音楽と共に楽しむ日めくりカレンダー(3,500円/個)」は、これまで世になかったモノ。

イメージだけは膨らむアイデアの中で、「できるコト、したいコト、しなくてはならないコト」など現実との乖離も発生して、ジレンマもあったと思うけど、熱量と仲間の協力を紡いで、一つの形になったのは本当にスゴいこと。

できない理由(=言い訳)を並べるのは簡単。
「やってみないと分からない」は本当で、この経験が彼らの今後に良い効果をもたらすのは間違いなく、夢に相乗り!

2025年11月10日月曜日

二拠点生活どうですか?


「二拠点生活、どうですか?」と、よく尋ねられる。愛媛県内も移住促進に積極的。
我が家の場合は、2021年に妻が愛媛大学以外に創価大学(八王子市)でも教壇に立つことになり、私はと言うとフィルム・コミッションもあるし、ココ大もあるので愛媛を離れられず・・・と言う結果の二拠点生活。

実は松山市には妻の実家、八王子市には私の実家があり、お互いの両親に近いので安心と言う面も。

そして、子ども達も手がかからない年頃だったのも二拠点生活がスムースにできた理由かも。
アドベンチャーファミリーを標榜する我が家なので、皆んな逞しく育ってくれた。

押し並べて平均すれば毎月、どちらかがどちらに行っていて、「再会は2年ぶりです!」とかはない。航空会社にかなり寄与してると思う(笑)

現在の二拠点生活は、お互いに単身生活(子ども達は既に一人暮らし)なので、自分のペースで仕事も休暇も過ごせるのは大きな利点。
良くも悪くもお互いに、ずっと仕事ができる質なので、周りからの干渉もなく納得するまで仕事ができる。そして、休暇も計画できる。

二拠点生活で最も聞かれる(質問される)のはお金の話。
それぞれ自立しているから、家賃や光熱費、食費などの生活費は別々にやりくり。

お互いに不安定さはあるけど、結婚した当時は二人でも一人分の平均給料額に届かなかったのだから、あの頃と比べると随分と成長した。

それぞれに生活費が発生(=2倍)してるから、一緒になれば出費は減るかもしれないけど、お互いに“やるべきコト”に邁進してるから「今ではないね。」と話し合い済み。

離れているからといって、家族間のコミュニケーションまで離れているか?はNOで、お互いに子ども達ともオンラインで繋がっているから全く問題ナシ。

家庭や家族に正解も不正解もないから、それぞれで良いと思うけど、余裕があっての二拠点生活ではなく、それぞれが自分の得意専門分で活躍できる場所が、偶然にも互いの故郷だったことから心配もなく成立しているのかも。と、質問に答えて反芻。

2025年11月3日月曜日

ちょっと、いい話。


80歳超のお婆ちゃん、スイミングプールにて。
「どうして、急にターンの練習を始めたの?」と尋ねると「三途の川ってあるでしょ?あそこから戻れるようにターン練習しているの。」

小学校一年生が遊んでいたら転んでケガをした。
先生が絆創膏を貼って、ケガもしていることから「今日は、まっすぐお家に帰る?」と尋ねると「違うよ、ちょっと曲がるよ。」と泣きながら答えた。

「核兵器ミサイルを無効にする方法があるんです!」「それは何ですか?」「ミサイルUターンシステムです。」「なんですかそれ?」「ミサイルが発射されたら、発射された場所へ戻してしまうシステム(通称:DND/ドクター中松ディフェンス)です。そんなシステムを開発できる人がいるんです。」「誰ですか?」「ドクター中松氏です。2003年の東京都知事選挙の時の公約です。」

極めつけは、当事者本人から。
落ち込んでいた彼女(当人)は気分転換に海岸を訪れる。目の前にカニがいて気分がムシャクシャしていた彼女は「ワッ!」と、カニを驚かした。

すると、カニは反射的に両腕(ハサミ)をパッ!とあげた。
(カニは威嚇のつもりと思うが)彼女には「ピース」に見えて、ハッ!させられ、それまでムシャクシャしていたのがバカバカしくなったようで気が鎮まる。

その出来事以降、彼女はカニを自分のラッキー生物にしているという話。(実はその後、(別の)カニを飼ったという“続き”もある。)

「すごくいい話だね!」「実は、このエピソード、テレビでも紹介されたんです。」「えっ!そうなの?」「はい、“月曜から夜ふかし”(と言ってた記憶)で街頭インタビュー受けました。」

「ちょっと待って!すると、二人ともテレビの街頭インタビュー(“笑ってコラえて”と“月曜から夜ふかし”)されたってこと?」で大笑い。オモロイ二人。

2025年10月31日金曜日

何度も拍手!


我が家の末っ子くんと言えば、これまで「あんな」「こんな」「どんな」「そんな」で、何度も学長日記に登場した人物。

小学校から中学校、高校・・・と思いきや「N高校に行きたい。」と、地元・松山の高校ではなく、当時開校したばかりのN高校へ進学して、いきなり一人でシェアハウス暮らし。

高校卒業後は大学へ進学せず、オーストラリアへ旅立ち、その勢いでイギリスでも暮らす。
先に海外へ行った姉、兄を見て育ち、「なんだか、うちの家族って変わってるな〜って思ってたよ。」と、幼心の当時の心境を教えてくれる(笑)。

そんなユニークな彼も21歳になりました。
「日めくりカレンダーを作ろうと思ってる。」と、教えてもらったのは一年ほど前。
聞けば、日めくりカレンダーだから、日々の一枚一枚に、QRコードが印刷されていて、そのQRコードを読み込むと、予め埋め込まれている音楽が聞ける・・・というアイデア。

毎日、一枚に一曲の楽曲って、どんな曲なのか?
それは音楽好きな彼がキュレーター(専門知識を活かして音楽文化の橋渡しをする人)となって、世界各地の音楽から選んでリコメンド(推薦、提示)するとのこと。

聞いたことがないアイデアに先ず拍手!
末っ子くんらしい発想にもう一度拍手!
ゼロイチへ挑戦に誇らしさを感じて拍手!
さらに、仲間を募り(デザイナーはスペイン人のミゲルくん)、4人でプロジェクトとして始めた!ということに何度も拍手!

アイデアを思いつくだけでも素晴らしいけど、アイデアに留まらず踏み込んで、実際に作ろうと、デザインの検討や調べごと、印刷会社へ相談に行ったりしていると聞いて、見守っていたけど、ついにサンプルができた。との連絡。

デザイン性に振り切っていて、ユニークで好奇心がそそられる感じがしたが第一印象。
言葉だけで理解していたイメージが、目の前に現実になっているって、無条件にスゴい!

「これで終わりじゃないよ。スタートだと思ってる。」は更なる期待と可能性を感じさせてくれて、父は涙が出そうだった件。

2025年9月21日日曜日

色々と待ったナシ。

2,400円のランチセット。

映画館の窓口で「大人一枚、子供一枚。」と告げたのは、お婆ちゃん。子供と言ったのは初老の男性だった・・・。というエピソード(色々な枝話がある。)をなぜか思い出した件。
要するに親にとって子供は成人していようが歳をとったとしても子供は子供という話。

父と叔父たちの3人組は全員85歳以上。
話を聞けば相変わらず元気のようで、また一緒にお出かけを計画しているようで、息子から見れば元気なお爺ちゃん達だな・・・と。

「昼食でもどうですか?」と誘ったら、「ご馳走するよ!」と父。
中華料理店と言うので店前に着くと、「フカヒレスープなんてどうだ?」と、ビックリする値段を指差すから「いやいや、ランチセットで十分だよ。」と制止(笑)。
同じランチセット(写真)を注文、食後のデザート(杏仁豆腐)がついて2,400円/人。

悪口でもディスりでもないけど、近所の「梁山泊」「元帥」も十分に美味しいとわかる。
「香港」なら2,400円/人で食べきれない程の量だろうな・・・と思った小市民。

話を戻して。
近況などは電話でも伝えられるけど、こうして時間と場所を確保して直接伝えた方が喜ぶのが親というもの。そして、色々と考えさせられるお年頃になっている父と私。

普段は離れているので隣町で暮らしている姉夫婦にお世話になりっぱなしだけど、息子として50代を過ぎた人間として直視しないといけない、後回しにしてはいけないコトが近づいていて、正解も不正解もないから悩ましい。

話が煮詰まったので「コーヒーでも飲もうか?」となるも、スタバしかなく、85歳が「コーヒーを2つちょうだい。」と53歳の分も注文してくれる(笑)。

そして、お土産まで持たせてくれ、再会を約束して別れる。
色々と待ったナシが近づいてくる。