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2026年9月11日金曜日

この日の村上さん。

辺りは濃い霧

「おっとっと!入らせてくださいね〜。」と、運転しながら独り言を連発すれば、
「あっ!ありがとうございます!ありがとうございます!」と親切にしてくださった運転手に何度も頭を下げて、
「私の運転技術はロケハンで養われています!レベルアップしてますよね?泉谷さん!」と、やや圧力アリの発言をする村上さん(えひめフィルム・コミッション担当者/県職員)。

「えっ!マックって言ったらウチの実家近くにもありますよ。ドラッグストア。」
「えっ!それはマック違い。」
「えっ!マクドナルドのコトですか?いやぁ、“マック”なんて言わないですよ。」

と、何をきっかけにこの話題になったのか知らない後部座席の私。
助手席の須賀さん(前えひめフィルム・コミッション担当者)と村上さんの会話。

「えっ〜!マクド?って言う?マック(=マクドナルド)でしょ?」
「いやぁ、マクドでしょ?泉谷さん(東京)は?」
「マックだよ。関東と関西では言い方が違うって言うよね。」
「そうなんですか?愛媛じゃ“マクド”ですよ。課内で多数決しますか(笑)」と村上さんが言えば、「いいよ、しちゃう(笑)」と須賀さん。

まぁ、どっちでもいいんだけど車中の会話ってこんな感じ。
でも、高速を運転してる村上さんは「ひゃっー!怖い、見えない!」と霧深い中の運転にドキドキハンドル(笑)。

「私、猫手なんです、アッチ!熱いです!」と村上さん。
うどん自販機で出来立てうどんを取り出す様子を写真に撮りたくて「そのまま!」と声をかけたら、「猫手なんです!」と。容器が柔らかいから熱さが伝わりやすいのはあったけど・・・。

「猫手(ネコテ)ってナニ?」
「猫舌と同じです、熱いの持つの苦手です。」を村上さんが言えば、
「私も猫手!」と先に購入した須賀さんも器が熱くて持てない・・・とのこと。
生まれて初めて聞いた「猫手(ネコテ)」という表現。新単語、学びます。

帰り道、「帰りは私が運転するよ」と上司の須賀さんが声をかけると「だ、大丈夫です。助手席だと酔っちゃうんで、運転させてください。運転してても酔いますが、運転に集中すれば大丈夫ですから!」と村上さん。

後部座席で笑いを堪え切れずグフグフ言ってゴメンなさい。
こんなに面白い人、いない。

2026年8月29日土曜日

【ココ大付属学園】エールを送り送られ、また送り。


最終週のある日。予想もしてない人が部屋に入ってきて、「モッさん!」という子ども達の驚き声で気づいて顔をあげると「モッさん!」と子ども達と同じリアクションをしてしまう(笑)。

「良かったー!」とモッさん。
これまで、“こんな”“こんな”で登場しているモッさん。

聞けば松山東雲大学を卒業し、松山市を離れて、新米保育士として赤ちゃんを担当してるとのこと。楽しさ大変さなど仕事の洗礼を浴びながら社会人の一歩を踏み出していてエール!

松山への用事の途中に立ち寄ってくれたので、わずかな時間だったけど連絡先も交換できたから「また来ます!」とモッさん。
社会人になってもココ大付属学園を思ってくれているって嬉しいし、ありがたい。

モッさんを見送り部屋に戻ると、今度はキャサリン佐藤先生が激励に訪れてくれていた!
キャサリン先生とは10年以上前に撮影のエキストラで知り合い、昨年は講演会にお招きいただく。
そして、今年度から松山東雲女子大学で教鞭をとられていて、私も末席で教えている縁でキャサリン先生の学生を研修で預かる。まさに、ご縁。

参加してくれた学生達は、平岡米のおにぎり作りを皮切りに、ボッチャで一喜一憂し、ドッジボールで当てられたり、人生ゲームで金持ちになったり、女子トークに花を咲かせたり、トランプ、お絵描き、折り紙、プラ板など、普段の学生生活ではできない体験をしていて、「それがいいんですよ!」とキャサリン先生。

写真は、キャサリン先生が「泉谷さんがアップしていたリズムゲームに興味があるの!」とのことで、デモンストレーションを子ども達としている様子。
初対面の子どもでもアッ!と言う間に巻き込んでしまうのは、さすが元小学校の校長先生。

「(ココ大付属学園は)残り少ないですが、頑張ってくださいね。」と、今度は私たちがエールをいただく。

「ちなみにね、来年、松山東雲女子大学でボランティア論があって履修すると、ココ大付属学園が課外実習先になるんだよ。」と伝えると、「ほ!ホントですか?」と驚きと喜び顔の学生達。

「頑張ってね!」と再びエールを送る。

2026年7月15日水曜日

ちょっと聞いてほしい。


先日、ココ大の総会が終わり、恒例の今後についての理事会兼お疲れさん会。
お店は大街道にあるチキンジョージというお店。

お店のチョイスは、松本英次さん(株式会社アービンズ代表取締役)。
そして前席は柳井崇延さん(税理士法人パートナーズ代表社員/松山事務所所長)。

松本さんとはココ大設立時に知り合ったから15年、柳井とも10年以上の付き合い。
ココ大が今もあるのは、このお二人はいたからと言っても過言ではない(正確に言うと、もう一人、超スーパー事務員の江戸さんもいたけど。)
おかげで私は何の心配もせずに事業に専念できている。

NPO法人として16年目に入り、「(財政的に)安定してますよ。」は税理士の柳井さん。
「泉谷さんが動きやすければいいんですよ。」は経営者として大先輩の松本さん。

お二人の優しさに私は・・・なんだけど、一つ聞いて欲しい。
松本さんは私より年上なんだけど、全く老けない。逆にどんどん若がえってる感じすらする。
「ほんと、見た目と年齢にギャップがある。」は柳井さん。

柳井さんにいたっては、年々シャープになっていて「ボディメーク大会とかに出るんですか?」と聞いてしまう。

すると「最近、パーソナルトレーナーもつけまして・・・」と柳井さんが言えば、「今日はココ(チキンジョージ)に来る前の30分間、ジムに行ってきました。」と松本さん。

へっ!?
お二人ともトレーニングに熱心に取り組んでいて、「シックスパック目指してます。」と柳井さん。「実は下半身を鍛えること、大切なんですよ。」と松本さん。

だからか、目の前に並ぶ美味しそうな焼き鳥もバクバク食べないお二人。
だから私がパクパクいただくことになる(笑)。だからブヨブヨのデブデブになる。
ちなみに、3人ともノンアルコール。極めて健全な理事会兼お疲れさん会←ここ大事!

最後に3本の焼き鳥が残り、「3本残りましたから1本ずつ、いただきましょうよ!」となり、柳井さん、迷わず胸肉を選び、松本さんはレバー、私はハツをいただき、90分間の理事会兼お疲れさん会はサクッ!と終了。

このサクッ!感が長続きの秘訣。

2026年7月10日金曜日

【E:N BASE】20年も経てば・・・。

左が新代表の光野くん、右が前代表の愛ちゃん

愛ちゃん(と、20年前に会った時からそう言ってい
るので表記も)は、初対面の時は愛媛大学生。

何をきっかけに会ったかは忘れたけど、当時のNPO法人EyesはYさんが代表理事で、企業との架け橋役として学生たちのインターンシップを積極的に展開していた。

そもそもNPO法人Eyesは「若い世代へ実社会との接点や機会提供を重視した事業を行うことにより、アントレプレナーシップ(自らの意思と行動で、社会に価値を創造していこうとする精神)溢れる人材を育成、輩出し、地域社会全体の利益の増進に寄与する」を
ミッションに掲げている。

その後、Yさんが代表理事を退任して2代目代表理事に就任したのが愛ちゃん。
そして、愛ちゃんも結婚して、旦那さんも地域づくり、アントレプレナーシップを地で行くレオさんで、夫婦になっても慕ってくれる。

そして、それまで愛媛県で活動していた愛ちゃん夫婦は高知県四万十町に引越し。

活動の範囲が南予地域になり、主に大学生だったターゲットは高校生も対象になり、キャリア教育へと幅が広がる。高校生へのキャリア教育に宇和島へ招かれたことも。

「泉谷さん!今度、松山に行くので相談したいです。」と連絡があったのが先日。
聞けば代表理事を退き、次へバトンタッチするとのことで、その際に事業について相談したいという内容。

NPO法人を3代続けるって、実はかなり珍しい。
多くのNPO法人が“代替わり”に苦慮していて、高齢化に伴う解散を余儀なくされる中で、3代目代表理事は西条市在住の光野くん。

初対面だったけど、話が早かったのは共通の知人が多かったから。
それに、その昔、大いにお世話になったETIC.でも働いていることもあったから。

地域/社会に求められていることを継続させるって並大抵のコトじゃないから本当に立派!
ココ大はどうだろうか?と。

2026年7月6日月曜日

【E:N BASE】つながるご縁。


2002年に「えひめフィルム・コミッション」が開局した時、一番最初に「面白がってくれた人」が大洲市役所のTさん。

Tさんは映画好きということもあり、大洲市の魅力発信に映像を活用しようと2003年に私を招いてくれて、シンポジウムを開いてくださる。

ちなみに大洲市は以前「映画による魅力発信」を公にしたことがあり、その際に誘致したのが江口洋介さん、原田知世さんら出演の「となり町戦争」だった。
当時から既に廃線だった八多喜トンネルなどを活用した撮影は徹夜もあったけど良い思い出。

その後、公務員の宿命である異動もあり疎遠になってしまうも、私がなんだかんだで大洲市と繋がって(まちづくりアドバイザー、講師など)いたので、Tさんとも繋がり続ける。

「泉谷くん、いくつになった?」
「今年で55歳ですよ。」
「だよな、僕の10個下だったね。」
「えぇ、知り合ってもう24年ですよ!」

と、お互いに月日の流れを噛み締めつつ、本題へ。
人口減少や地域の経済が縮む中でも、大洲市の未来についての前向きな意見交換をプロジェクトコーディネーターの植松さんと一緒に伺う。

地域の未来の“あるべき姿”は、地域が一丸となって同じ方向を向いて、進めばいいのだけど、そう簡単にはいかないのも地域。

地域を構成するのは、人や事業所以外に損得勘定や利害関係などの思惑が絡み合ってるから、一筋縄ではいかない。

今回の意見交換も互いによく知ってる間柄なので、話題のポイントもボトルネックも共有できたけど、(どうやってほぐす?ほぐして始める?)と言うのは、あーだこーだ言いながら、最初の一歩を見つけた感じ。

ご縁は、この先もまだまだ続くという感じ。

2026年7月4日土曜日

NPOと共創。


巷では「(官民)共創」という言葉が話題だけど、実際は・・・と言うと、私の周辺(NPO系界隈)では、「共創」も「E:N BASE」もナニ?が多く、共創もE:N BASEも聞きなれない言葉だし、E:N BASEに関しては、(自分たちは関係ない)と思っているNPOが多い。

でも、私もE:N BASEの所属になったことだし、共創とNPOは相性が良いと思っているので、自分たちごと化してもらえたらいいな・・・と思い、まつやまのNPOに詳しい「まつやまNPOサポートセンター」にお邪魔して、意見交換する。

(良い意味で)NPOの表も裏も知ってる間柄なので、前置きナシで忖度ナシで意見交換。
それぞれに立場や役目があるから、共創に合う課題もあれば、共創に合わない課題もあって、共創がいきなり根治療法的に解決をもたらすわけでもない。

「まぁ、分かるけど、先ずはマイルドに始めることもできるよね。」と(お前はどっちの味方なんだ!)と言われそうだけど、そこは民間→行政→NPOと渡り歩いたから、それぞれ分かるのよ。

そんな話をしていたら、「こんにちは〜、イベントのチラシを置いてもらえますか?」と男性が受付に訪れる。職員とのやりとりを隣で聞いていたら、ハッ!と気づき「Tさん!?」と声をかけてしまった。

その男性、こちらを向いて「泉谷さん!?」となり、たぶん10年以上ぶりの再会。
今は仕事もリタイアされて、NPO活動をされているけど、現役の時、「世界の中心で、愛をさけぶ」「がんばっていきまっしょい(ドラマ版)」でお世話になった方。

この方がいなかったら、撮影ができてなかったかも・・・という重要人物。
「今もフィルム・コミッションしてるんでしょ?道場だっけ?あれも支援したの?」
「えぇ、しましたよ!」
「あれも?若い人が撮った作品、なんだっけ?」
「インビジブルハーフですか?」
「それそれ!いいねぇ〜。」
とお褒めいただく。

課題を突き止めて、改善!と声を高らかに、責任を追求する手段もあるけど、フィルム・コミッションのようにマイルドに地域の課題(地域の魅力発信不足)を改善する手段もあるのよねと。

2026年6月27日土曜日

この日の村上さん。

上下線の特急がやってきた!

西条市へ出発すると雨が止んだ。
「おっ!?雨が止んだ?やっぱり、持ってるね!」と言うと、まんざらでもない表情の村上さん。
ちなみに、これまでの村上さんエピソードはこんな」「あんな」「そんな

村上さんの運転は個性的で「うしろOK!」「よし!いける!」「あぁ、ゴメンなさい、行かせてください。」「おっとっと!停止します。」など、声を出して安全確認をしてくれる(笑)。
なので「命預けますね。」とイジると「やめてください。重すぎます。」と言われる。

そんな村上さんは、人の運転(時々自分の運転でも)で「車酔い」します。
そして「コーヒー」が飲めません。

この日は「酔い止め薬」を忘れたらしく、気にかけていたら案の定、表情が曇ってきたので「気分はどう?」と言うと「ちょっと、危なかったです。」と正直に言うのが彼女らしい。
ちなみに「酔い止め薬」を売ってるコンビニは少ないらしく、ドラッグストアとのこと。

また、打合せの席でアイスコーヒーが出されて、(おぉ!アイスコーヒー!いいね!)と一人、喜んでいたら、神妙な顔の村上さん。(そうだ、コーヒーが飲めないんだった!)と気づくも、出されたモノをお断るすることもできず、アイスコーヒーを飲んだ村上さん。

帰りの車中で「アイスコーヒー飲めたんだね?」と尋ねると「飲めました!」とスッキリ系のコーヒーは飲めるらしい。コーヒーにも美味しいと不味いがあるからね、良かった。

「てっぱんナポリタンはアツアツのうちに食べるのが美味しいですよ!」の言葉に、ハフハフしながら食べてると「泉谷さん、ゆっくり食べてくださいよ。」と村上さん。

どうやら猫舌?もあるようで「私、(食べるのが)ゆっくりなんです。」とのことで、「OK!」と西条市役所の方々と会話を優先にしていたら、村上さんの方が早く完食してた(笑)

この日のハイライトは、JR石鎚山駅にて。
撮り方のアングル次第ではヌケがよい駅。
ベストアングルを探していたら、警報音が鳴り特急列車がやってきた!

1時間に1本の特急なので「今日はツイてますね!」と西条市役所職員。
すかさず「村上さんは“持ってる”人なので」と言うと、まんざらでもない表情の村上さん。

すると、そこへ反対側からも特急列車がやってき、JR石鎚山駅に上下線の特急が止まった!
「えっ!これはスゴい。見たことないですよ!」と驚きの西条市役所職員。

これで西条市役所職員にも証明してみせた“持ってる人”という村上さん。

2026年6月16日火曜日

中高生の居場所(ユースセンター)をつくりたい。


NPOくすくすの桑原さんは元中学校の体育の先生。知り合ったのは3年前。

「エールラボえひめ」で、資金調達講座をした時に「これから活動を始めたい。」と言っていて、その後も資金調達講座に参加してくれ、個別相談会にも参加してくれて助言すると実行して、見事に助成金を獲得。活動に勢いがつく。

子ども(我々は小学生、くすくすは中学生以上)
を対象にしていたから、ココ大付属学園のメンバーにもなってくれて、付かず離れずのご縁。

この2年間で着実に歩み続けた結果、意思もビジョンも明確になったので、新任係長対象の共創事業検討機会のゲスト講師として招き思いの丈を語ってくれる。

今回取り上げていただきたい共創事業は、『MYPP(まつやまユースプレイスプロジェクト)』です。
中学生以上が、「居たい・行きたい・やってみたい」と思える居場所をユース自らが作るプロジェクトです。


MYPPでは今後三年間で、ユースの居場所の常設化を目指しますが、そのために必要な資金がありません。
本年度の財源は補助金を活用予定です。

常設の場合、固定費や人件費など、多くの支出が見込まれますが、そのための資金調達の方法がわかりません。


『子どもの居場所づくりに関する調査研究報告書概要(令和5年3月/こども家庭庁)』によると、地域のつながりの希薄化や少子化により、子ども・若者が地域の中で育ち合い、学び合う機会の減少が指摘されています。


また、孤独・孤立への不安、不登校、自殺など、子ども・若者を取巻く課題は複雑化・複合化しており、一人ひとりの状況や要望に応じた居場所づくりの重要性が示されています。今後、価値観の多様化がさらに進むにつれ、受入れる環境の充実に、こども・若者の多様な居場所が求められています。

 

一方で、子ども・若者の居場所となる資源は地域間で偏りが大きく、特に過疎地域においては、子ども・若者が利用できる場の絶対数が少ないことが課題としてあげられています。

 

松山市内のNPOなどにより、フリースクールや子ども食堂、休日子どもカレッジなどの居場所づくりが行われていますが、多くは小学生以下が主な対象で、中高生世代が対象の居場所は限られています。

特に思春期の中高生世代は、家庭や学校以外に安心して過ごし、自分を表現できる場を必要としているにもかかわらず、その受け皿が十分とは言えないのが現状です。

(そうなんだ・・・家も学校も居心地が悪い中学生、高校生は意外と多いんだな。)と、学校の先生という現場で感じていた違和感を放置せずに、自ら立ち上がった姿勢に、新任係長たちは相槌を打つ人もいれば、私と同じく(そうなの!)と驚いた表情の人もいて、その後、桑原さんは引っ張りだこに。

2026年6月10日水曜日

餅は餅屋という話。


『餅は餅屋(=何事も自分で抱え込まず、詳しい人にお願いしたり相談したりするのが解決への近道という諺)』。

興味関心はあるのだけど、知識がゼロ。
だからと言って、今から詳しくなろう・・・と言う気は“まだ”ない。
なぜなら周りにプロや詳しい人がいるから。困ったら人に相談するのが一番。

と、言うコトでポーランドから購入→税関を通り、我がアパートに辿り着いた「リサイクルフィラメント製造機(ペットボトルから3Dプリンターのフィラメントを製造)」。

一先ず、開封したけれど基盤、モーター、ランプなど色々な電子部品を前に(あぁ、これは佐伯さん案件だ)と箱を閉じてしまった。

余談だけど、購入した製品は「キット(部品)」で、選択肢には「組立済版」もあったけど、
「組立済版」の方が200ユーロほど高かった。

「ブツを持ってきました!」と佐伯教育技術研究所へ持ち込むと喜んでくれる佐伯さん。
“こういう所”だと思う。好きな人って、好きや得意なコトを目の前にすると、顔がほころぶ。

「これを買ったと言うのはスゴいな。松山で聞いたコトないですよ。どれどれ、ふ〜む。まぁ、海外のって説明書があっても、その通りにできないし、部品の過不足とかもあるけど、何とかなるでしょう。」という余裕さに安堵。

そして、早速、組み立ての様子を送ってくれる。
そうそう!そんな感じでした!とお礼の返事。

教訓「自分が苦手な事も他人とっては得意なこともある。また、その逆も。」

他にも私は税務、会計が苦手なので、つい後回し放置してしまうので、その辺りの業務は一切の全てをココ大の理事である柳井税理士に任してる。
アウトソーシングとも言うけど、これによって私が集中すべきコトに専念できる環境が確立される。

ちなみにウェブ関連もできないので、運営保守管理は同じくココ大理事のアービンズ松本さんに一任してる。

全部一人で抱え込まない。
相談できる人、詳しい人を知っているかどうかはNPOにとっても重要なこと。

2026年6月7日日曜日

2回目のmarugo.coffee.stand

プレーンマフィンとアイスコーヒー

先週に引き続き、土曜日の7時30分。
朝散歩は終えていたけど、延長でmarugo.coffee.standへGO!

到着すると、お客さんがテイクアウト品を待っていた。
なので、この日は2番目の客。

今回もクイック(予め用意してあるコーヒー。他には一杯ずつのコーヒーなどがある)のアイスコーヒーとマフィン(前回はあずきマフィンだったけれど、今回はプレーンマフィン)を注文して700円。マフィンは、ほんのり甘くてコーヒーに合う。
ちなみに、写真の美味しいマフィンは、ご友人が作って納めてくれているとのこと。

前回はオープン当日だったから、7時30分からワイワイにぎわっていたけど、この日は静かだったので店主としばしのお喋り。

「ウチは“こだわり”もありますが、“訪れのしやすさ”の方がいいですね。」
「特別なコーヒーじゃなくて日常に溶け込むコーヒーがいいですね。」
「長く続けるためにも肩肘張らず、定休日も最初から設けています。」
「妻に負担がかかりすぎないよう、そこは気をつけてます。」

など、いろいろ話していると、そこへ息子くんと奥様がお出かけ。
お互いに知っている間柄なので挨拶して、「行ってらっしゃい!」とアイスコーヒーを飲みながらお見送り。

「こういうの、いいですよね。」と、おもわず店主。
ご自身も商売をされていた両親の下で同じような子供時代を過ごしたようで、商売と暮らしに良い意味で境界がなく、地域に溶けこんでいる日々。

20分ほどだったけど、ゆっくり過ごせたいい時間。
で、気づく「これ、毎回、プラカップで提供してもらったら、もったいないですよね。マイカップを持ってきてもいいんですか?」と、2回目ですでに常連気取り(笑)

「実はマグカップでのご提供も可能なんですよ。」と、お店ではマグカップも常備とのこと。
「なんと!じゃあ、次回はマグカップでの提供をお願いします。」

もう、また土曜日に来る目的ができちゃったじゃないか!と、一週間頑張ったのご褒美として楽しみが増える!

2026年5月31日日曜日

一番客、いただきました。


あれから4ヶ月余り。
朝散歩コース沿いなので、お店が完成する過程を見守ってたコーヒースタンド『marugo.coffee.stand』が、5月30日(土)7時30分にオープンした。

(朝散歩にちょうどいい時間!)と思い、オープン時間に合わせて訪れると、未だ誰もいなく、ドアが開いていたので「おはようございます!来ました。」と店内に入ると、(まさか!インチキ先生!?)という表情で迎えてくださった、店主と奥さま。

「朝散歩ですね!」と店主。
実は店主とは松山城へあがる散歩時に時々会っていて声をかけてもらっていた仲。

「一番目のお客様です。」とも声をかけていただき光栄(狙ってた訳じゃなかったけど)。
説明を受けると、コーヒーには「予め用意しているホット&アイスコーヒー(クイック)」と「一杯ずつ入れるホット&アイスコーヒー(ドリップ)」の2系統があり、クイックを注文。

そしてマフィンもあるとのことだったので、オススメを伺うと「あずきマフィン」を薦めてくれたので選択。

アイスコーヒー(400円)と、あずきマフフィンで合計750円。共に税込。

ちょうど、散歩の帰り道だったこと、イートインスペースもあったので休憩も兼ねると、アイスコーヒーの冷たさと美味しさ、ほんのり甘いあずきマフィンの美味しさが沁みて満足な一時。

すると、カメラを持った方、家族連れ、友人同士などのお客さんが次から次へとやってきた!
皆さん、この時をまっていたんだな・・・という感じ。

初日って、気忙しくなるから気を使わせないようサクッ!と食べて、「美味しかったです!また来ます!」とご挨拶して退散。

応援したいお店がまた一つ誕生!
家族にも『marugo.coffee.stand』のことを伝えると「今度、私も連れてって!」と妻。

2026年5月25日月曜日

色々な人がいる。

大きな梅が実る乾門付近の梅の木

週末になると張り切る人。そして、休日だからといって寝坊もできない人。
いつも通りに起床。週末だから気分を変えた朝散歩しようと、松山城山頂広場を目指す。

日曜の5時過ぎは周辺も静かで平日と違う雰囲気が好き。
松山城へのルートで唯一整備されていない獣道な古町道をあがり続ける。

乾門側に到着して、息を整えながら歩いていると、向こうで前のめりにしゃがみ込んでいる人が見えた!

(えっ!ナニ?どうしたの?)と、しゃがんでいる人は動かない・・・。
(病人?気分が悪くなった人?)と思い、近づいて「大丈夫ですか?」と声を掛けると、無言で私を見上げたのは、オバさんでした。

オバさん、何を言われているのかサッパリだったようで、私もオバさんをよーくみると、軍手姿の左手にはビニール袋を持っていて右には何を持っていて「何ですか?それ?」と尋ねると「梅」と一言。

知らなかったけど、乾門の手前に植えられている木々には梅の木があり、落ちた梅を収穫してたオバさん。

「へぇー!」と驚くと、「兄さんも取るかい?」と声を掛けてくれたものの、「いいえ、大丈夫です。」と丁重にお断りする。
その後も「先週は七折(砥部町)の梅に行ったが今年は少ない。」など、オバさんと5分ほど立ち話して、先を急ぐ。

家族に生存確認の写真を送り、今度は県庁裏道を下りると「野良猫にエサをあげているオバさん」を発見。近くに来ると背を向けるということは、何かやましいことをしてる意識があるのかな?

「エサをあげるなら糞の始末も一緒にしてほしいですけどね。」と以前、松山城担当者の言葉を思い出す。

そして、城山公園に到着して、いつもの散歩コースに戻ると、今度は「ハト群を率いているオバさん」がいて、ハトの一団は飛ばす、オバさんの後ろをトコトコ付いて歩いてた。初めての光景。

優しさなのか?エゴなのか?それとも違うのか?という感じ。
(自分を含めて)色々な人がいる。

2026年4月26日日曜日

朝からハッスルしたら。

松山城山頂広場はスッキリ晴れてた!

週末だからといって、寝坊できない体質。
いつも通りに5時起床、天気予報を見ると“晴れ”に(よし!松山城にあがるか!)となる。

ただ、せっかくなら朝日が上がった方が山頂広場からの眺めはキレイなので、30分ほどメール作業などの時間調整をして出発。

途中までは普段通りのコース、城山公園の入り口で愛媛県庁裏の急坂コースを選び、ゼーハーゼーハー、息も絶え絶えにあがる。ほんと、ココの傾斜はスゴい。
途中にすれ違う人と挨拶を交わすのだけど、挨拶になっていなかったと思う(笑)

ロープウェイ乗り場に到着して、そのまま更に坂をあがり、6時前に松山城山頂広場に到着。
山頂広場には数人の観光客が既にいて、(時間を有効に使う人たちなんだ!)と勝手に親近感を持ち、家族に「松山城山頂広場からの眺めです。」と撮った景色を送る。

そして、写真のヨシアキくん像を前にした松山城の写真を撮ったら「おぉ!おはようございます。」と声がかかり、???と、声が聞こえた方を見たら、松山市役所時代にお世話になった大先輩でした。

「お久しぶりです!お散歩ですか?」
「そう、気持ちええな〜。頑張っとるか?」
「えぇ、相変わらずです。ホント、気持ちいいですよね!お気をつけて!」
と、短い挨拶だったけど、声をかけてくれて感謝。

そのまま、松山城を横目に乾門から古町道へ。
古町道は舗装されていない、ガタガタの道。

特に下りは落ち葉などで足を滑らせる可能性があるので、ヨチヨチ歩きしていたら、下からサングラス姿の人が上がってきたので、避けようとしたら「こんな所で!」と声を掛けられる。

???と思ったら、先日、公務員を卒業して5月にコーヒー店をオープンさせるKさんでした。
「オープンを楽しみにしてます!」と伝えて挨拶を交わす。
お店は、marugo.coffee.standです。

そして数分後、今度もサングラス姿の人があがってきて、「あぁ!泉谷さん!」と、親しく声をかけてくれたのは、マンダリンパイレーツのキャプテンを勤め、今は松山東雲女子大学で働いている林さんだった!

「100個の(登頂記念)スタンプ目指してます!」と意気揚々に上がっていった林さん。
朝、1時間ほどの間に知り合いに3人会い、(なんだかラッキーだぞ!)と思ったのは言うまでもナシ!

2026年4月25日土曜日

若い才能を応援する大人っていい。

Silly Days

ひょんなことから「ココなんですよ。」と紹介されたのは、何度も通ったことのある通りで見覚えもある。
だけど、ココがライブハウスとは気づかず、毎回通り過ぎてた。

でも、立ち止まって、よーく見ると「Duble-U studio」と表記があり、階段を降りると、そこはライブハウスの特徴かな?ステッカーがドアにたくさん貼ってあり、ドアを開けた瞬間に【爆音】が漏れ聞こえる。おぉ!これぞ、ライブハウス!

ドアを開けた瞬間、会場の奥ではドラムとギターを演奏している方がいて「???」という顔をされて演奏中止。

「スミマセン、写真を撮らせてください。」とお願いすると快諾いただき、演奏再開&爆音再開!
爆音だから、案内してくれた井上さんの声が聞こえず耳元で大声で喋ってもらう(笑)

「この子たちはまだ10代です!」と指さしてくれたのが壁に貼ってあった新聞記事で「Silly Days」というバンド。記事に載っている演奏者が目の前にいる、なんだかいいね!

「ココでデビューや経験を積んでファンを増やして、大きなライブハウスで演奏するのが目標みたいな感じです。」と井上さん。
ちなみにDuble-U studioでは100人ほどの観客が収容できるとのこと。ここに100人は熱い!

「若い子たち(≒若いバンド)を応援したいんですよね。活気というかバンドの持つ熱さを保ちたいですよね。」的な発言に、こっちまで熱くなってしまう。
そういう応援って大人だからできる役割。

バンド、ライブなんてご無沙汰。ロケ候補地として紹介をいただかなければ足を運ぶ機会はなかったなと。

思い出せば「ジャパハリネット」の「帰り道」という曲のプロモーション撮影を伊予市の翠小学校でさせてもらい、教室の窓ガラスが重低音でビリビリするほどの爆音演奏だったな。

井上さんに紹介のお礼を伝えて、去って気づく(あっ!Silly Daysのサインをもらうの忘れてた!)若い人の応援をする大人っていい!
ロケ候補地にライブハウスを登録するの、初めてかもしれない。

2026年4月4日土曜日

ありがとう!ナナさん。


先日は、松山東雲女子大学生だったモッさんが、就職(保育士)を機にココ大付属学園を卒業した所。

他にも昨年、一回生で「ボランティア論」を履修したナナさんという学生もいて、昨夏のココ大付属学園のボランティア体験を機に、冬編にも参加してくれて、春編では7日間も参加してくれた。

刺さってくれて嬉しい&ありがとう。という話。
動画を見る、映画を見る、本を読む、買い物をする、アルバイトをする、ボッ〜とする、食事に行く、何もしない・・・など、色々な選択肢がある時代。

さらに言えば、コスパやタイパ、ギブ&テイクのような“見返り”が求められる昨今において、ボランティア活動は、時に非効率的、非生産性、分かりにくい見返り、やりがい搾取などと揶揄されることもある。

でも、そんなコトに関係なく、気にせず参加してくれるのだから、刺さったとしか思えない/思いたい(笑)。

ナナさんに尋ねると将来の働いているイメージは児童厚生員を描いていて、あぁ〜となる。
他にも様子を見ていると・・・。

・弟がいるから、年下との接し方に慣れている。
・子ども達から見たらお姉さんという存在。
・男子、女子、年齢、学年を問わず優しく対応。

のように見えて、子ども達に好かれる要素満点。
「インチキの授業を受けたなんて信じられない!」と言われる私。
ボランティアに来てくれるということは、刺さっていると自負したいのですが・・・。

新学期が始まる前日、それも終了時間まで居てくれたものだから、「ナナ!夏に会えるよね?来てくれるよね?」となる。

「そうだね、また夏に来たいな!」と行ってくれるのだから、こうして書き残したいわけ。

2026年3月31日火曜日

冨永昌敬監督と。

ポートフォリオをいただく。

帰省するから会いませんか?と、連絡をくれたのは冨永昌敬監督。
1975年愛媛県内子町出身の映画監督。

『亀虫(2003年)』「パビリオン山椒魚(2006年)』『パンドラの匣(2009年)』『乱暴と待機(2010年)』『ローリング(2015年)』『南瓜とマヨネーズ(2017年)』『素敵なダイナマイトスキャンダル(2018年)』『白鍵と黒鍵の間に(2023年)』『ぶぶ漬けどうどす(2025年)』などが監督作品。

冨永監督とも知り合って長い。
記憶が正しければ、えひめFCが立ち上がってほどなく、愛媛県に縁ある映画人に会いに行こう!と、お会いした一人。確か新宿であったような。

同世代ということもあり気が合い、その後も交流を続け、プロデューサーを務めた「第一回愛媛国際映画祭」でお招きしたり、サダワン(佐田岬ワンダーコンペティション)では委員長が冨永監督、私は委員として参加したりと、仲良くさせていただいる。

そんな冨永監督は脚本家でもあって、映画人の育成に注力したいとのこと。
ほんと、その通り。AIの台頭により、映像表現は格段にあがったけど、そもそものアイデア、着想、構成が物語根幹。

「愛媛は“えひめ国際映画祭”、“えがお感動ものがたり”、“サダワン”など創作に適した素地、可能性を感じるからチャンスと思うんです。」と監督。

同感です。
折しも、先日の西山将貴監督の『インビジブルハーフ』は愛媛県文化振興課の主催。
映画&映像作品に関心がある愛媛県と思い対し、国もコンテンツ事業に注力している。

事業をする際に、もっとも重要なのは予算も大切だけど「誰がするのか?関わるか」ということ。

さて、誰に繋ぐのがいいだろう?と。
愛媛に縁ある映画人を繋ぐのが役目でもある私!

2026年3月30日月曜日

まさか、こんな日が。

左が2022年、右が2026年

まさかのまさか、こんな日が来るとは思ってなかったから、慌ててハードディスクの中にあった画像を探す。

すると、2022年の夏休みのお盆ウィーク。
当時はココ大付属学園2年目。インターンシップ生を受け入れて、この時は聖カタリナ大学生、松山大学生が参加。

記憶が正しければ、この時は参加者が一人しかいなかったので「皆んなで松山城に行こうか!」と古町道を上がり、記念写真を撮って帰る。
その時の記念写真が左。

その中の一人に「モユさん(右)」がいて、彼女はインターンシップが終わってからも、ボランティアでココ大付属学園に参加してくれるようになる。

卒業時も連絡をくれて、社会人になっても時間を作ってくれて毎年参加してくれる(涙)。
今春も参加してくれて、“あの写真”を思い出す。

と、言うのも“あの写真”に写っている小学生の子は当時(2022年)は2年生、あれから4年が経ち、先日、小学校も卒業して3月31日でココ大付属学園も卒業する。

身長も伸び、体格もガッチリして、当時の幼さと比較したくなったわけ。
案の定、4年前はモユさんと比べても低かったのに、今では同じくらいの身長に、これぞ成長の証。まさかのまさか、こんな日が来るとは思ってなかった。

モユさんも社会人2年目で、忙しく働いている様子に感慨に浸っていたけど、私たちも4年の時を重ねていた(爆)
果たして私たちも成長しているのか?それとも衰えているのか・・・。

時や経験を積み重ねると、思い出やエピソードも加速度的に増えていくという話。

余談だけど、ココ大付属学園の1年目に参加した6年生は、4月から高校生だもんな。先日、希望の高校に合格したと聞いたし。

ご縁としかいいようのないエピソード。

2026年3月8日日曜日

サヨナラ△、マタキテ◇。

カフェカバレのランチ

3月は異動や転職、退職など人の動きが活発。
毎年の恒例行事だから仕方がないのだけど、これまで一緒に取り組んできた人とは、それなりの関係性が築けたわけだから一抹の寂しさも。

この日、昼食を共にしたのは「ひめゴジ」でお世話になった松下D。
彼女とは20年以上も前、まだ大学生だった頃にインターンシップで受け入れた時からのご縁。
記憶が確かなら、松下Dは「世界の中心で、愛をさけぶ」の撮影に参加したような・・・。

その時は学生だし、大学授業の一環だったし、他にもインターン生はいたし、修了後は特に連絡もなく月日は流れて10年ほど前?

突然の連絡は「ラジオにゲスト出演してほしい。」という内容で、記憶が定かなら当時は「いよココロザシ大学」「フィルム・コミッショション」を話題に話してた記憶(違ったかな?)

その後、番組の改変があり、隔月レギュラーで出演するようになり、話題も「フィルム・コミッショション」に絞り、当時はジャパン・フィルムコミッションの理事長でもあったので、愛媛&日本の撮影について、色々と喋らせていただいた。
だから、計20回以上は喋らせていただいたんじゃないかな?スゴいこと、大感謝!

声をかけてもらわなければ、なかった機会だし、発信することで知ってくれた人もいたわけで、ラジオの影響力&効果を実感したり。

そんな松下Dも一区切りと言うことで、労いのランチ。
待ち合わせは、花園町の「カフェカバレ」。

ここは、ビルの4階だから、見下ろすと路面電車が行き交う様子が眺めるので「ここ(カバレ)は撮影にどうですか?」と松下D。

撮影にピッタリ(例:歩道を歩くAと路面電車に乗ってるBが行き違う/すれ違うなど)と思う。実景でもいける。

ほんと、担当者が映画好きだと、こういご縁になるという話。
また、どこかで会いましょう!と、ごちそうさま。
サヨナラ△、マタキテ◇。

2026年3月1日日曜日

初めての名詞。

右のシールを左の名刺に貼るというスタイル

これまで数えきれない人とお会いして、その度に「名刺交換」をしてきた。
そして、その人の代名詞とも言える「名詞」に凝ったことも、いただいた名刺に驚いたことも多々あった。変わった名刺で思い出すのは・・・。

透明な名刺、ホログラムみたいな名刺、細長い名刺、小さい名刺、大きい名刺、丸い名刺、黒紙に白インクの名刺、印刷ではなく刻印エンボスの名刺、二つ折り・三つ折りの名刺、折り紙の名刺、手書きの名刺、手漉き和紙の名刺、アルミの名刺など、定型の名刺箱に入らない名刺が多々あった中で・・・。

「私、デジタル名刺でして・・・」と、クレジットカードような(名刺に見えない)ものを見せて、相手のスマホを被せると、データを読み込むという「未来の名刺」を見せてくれたのは、旧知の林さん。
Eightのようなアプリ間での名刺交換はあるけど、アプリ無しでもできるデジタル名刺交換は初めて。

「泉谷さん、名刺交換をしてください。」とシトラスさん。
彼女とはオンラインでは面識があっても対面は初めて。「やっとお会いできましたね。」となる。

そんな彼女が渡してくれたのは2枚の名刺。
最近は複業などで名刺を複数枚持っている方も珍しくないので、それぞれを見ると、1枚は名詞だったけど、もう一枚はイラスト。

「それ、シールなんです。」とシトラスさん。
「シールを剥がして、こっちの名刺に貼っていただくと、オリジナル名刺になります。」と続き、「へっ〜!面白い!初めて見ました!」と驚きの声を彼女は何度も耳にしたと思う(笑)。

だから、もう一枚の名刺は余白が多かったのか!と合点。
シールは彼女がデザイナーだから成立していて、どれもデザインがかわいい。
貼る手間が発生する分、オリジナルにもなるからもらった相手は忘れない。

名刺って古今東西あるから、アイデアは出尽くした感があったけど、アイデア一つで、まだまだ余白があるんだな・・・と学んだ件。

一期一会。

いい笑顔の堀内章さんは75歳でした。

「コーヒーでも飲もうか?」と、妻と話しながら銀天街商店街を松山市駅方面に歩いていると、「靴磨き」と書かれた小さな案内板を見つけるも素通り。

すると「昨日の大雨で革靴が濡れちゃったんだよね。」と妻。
「それなら、靴磨きの所へ戻ってメンテナンスしたら?時間はあるから」と私。
「そうだね。」となり、引き返して靴磨きのオジさんの所へ戻り、メンテナンスをお願いすると、値段は10分間300円と激安でビックリする。

(シニアの方が起業されたのかな?)と勝手に思い、千葉スペシャル(靴磨きで有名な店)などの話をするも、どうも話が繋がらない。

逆に世間話の方が盛り上がり、オジさんは「ハワイに行ったり、国内旅行をしている。」という発言に???となり、(むっ!このオジさん、タダ者じゃないぞ!)とよぎる。

そう思ったのも、オジさんの隣ではカメラを回している男性がいて「インスタ用に動画を撮っていいですか?」と尋ねられ、妻も私もOK。靴磨きでインスタ動画を撮るの?

オジさんの話は面白く、社員から経営者になり、会社をM&Aに導いて引退し、今は社会に恩返しのつもりで靴磨きをしているが「どうして靴磨きなんですか?」と尋ねると、放浪している靴磨きの青年と出会い、感動して自らも実践しようとなり1年10ヶ月ほど。
現在は週一回、この場所で靴磨きしてる・・・と。

あぁ、だからお金が目的でないから10分間300円なんだ・・・など、行動と動機、話などが合致してくる。

そして、どんな企業を経営されてM&A(イグジット)までされたんだろう?となり、「どんな企業を経営されていたんですか?」と尋ねると「ハートという会社です。」と教えてもらい「年商60億円」と言ってたような。
そしてバンダイナムコグループに入り成長を遂げていると。

なんだか、スゴい人を目の前に色々と聞きまくっている私と妻。
人材育成にも強い関心があり、そこは妻の出番。
妻が大学で教えていると知ると、話が更に盛り上がる。

その間もずっと妻の革靴を磨いてくださり、磨き上がった頃は10分どころではなく、30分が経過(笑)

靴磨き終了!お代は・・・となったら、300円でした(笑)
で、ココでお名前をお聞きしたら、お名前は堀内章さんでした。

コーヒーを飲んでたら2人で1,000円は超えていたのに、コーヒーを飲むよりも充実して300円とは・・・。

出会いって本当に面白いという話。