正月の三が日、道後界隈を(タイミーで)毎日歩くことになり、ルートは“ふなや”前を通り、伊佐爾波神社からホテル中川、ホテル茶波瑠、道後夢蔵を通り、道後温泉本館へ辿り着いて、ふと思ったこと。
伊佐爾波坂の入り口に立つと、向こう(奥手)に見える伊佐爾波神社への階段には、多くの人があがったり、さがったり。
階段に人が見えるということは、階段を上り切った境内にも多くの人がいると推測できて、見たことのない光景。
上人坂にさしかかり、右を見ると宝厳寺への上り坂が見えるも誰も通っていない・・・。
伊佐爾波坂には大勢が行き交っているのに、上人坂のナント寂しいことか。
伊佐爾波坂も宝厳寺も新年の装いをしていたのは変わらずなのに。
この差はなんだろう?と思わずにはいられず、雰囲気?ご利益?立地?など、色々とめぐらせる。
上人坂は旧名「ネオン坂」。
赤線地帯(GHQによる公娼廃止指令/1946年から、売春防止法の施行/1958年まで、半ば公認で売春が行われていた地域。そんな歴史をもつ地域のイメージUPに名称を変えたり、素敵なお店などができたりしているけど、60年以上も経つのにイメージというのは簡単に払拭できないものなのか?
ほんと、1本通り(数十メートル)が違うだけで「明と暗」がクッキリしている事実に事情の複雑さを感じたり。
この差はなんだろう?と思わずにはいられず、雰囲気?ご利益?立地?など、色々とめぐらせる。
上人坂は旧名「ネオン坂」。
赤線地帯(GHQによる公娼廃止指令/1946年から、売春防止法の施行/1958年まで、半ば公認で売春が行われていた地域。そんな歴史をもつ地域のイメージUPに名称を変えたり、素敵なお店などができたりしているけど、60年以上も経つのにイメージというのは簡単に払拭できないものなのか?
ほんと、1本通り(数十メートル)が違うだけで「明と暗」がクッキリしている事実に事情の複雑さを感じたり。
上人坂への導線にはアートなどの仕掛けは多いから、知られていないだけかもしれない。
そして、道後温泉本館前から道後商店街へ入ると、伊佐爾波神社の人混みの比ではない人出。まっすぐ歩けないほど人が歩いていたり、立ち止まったり、店からでてきたり。
(さっきのシ〜ンと静まり返った上人坂は何だったの?白昼夢?)と思うほど。
時間が経てば、にぎわいは復活するのか?それとも、今までとは違う手段や発想が必要なのか?
そして、道後温泉本館前から道後商店街へ入ると、伊佐爾波神社の人混みの比ではない人出。まっすぐ歩けないほど人が歩いていたり、立ち止まったり、店からでてきたり。
(さっきのシ〜ンと静まり返った上人坂は何だったの?白昼夢?)と思うほど。
時間が経てば、にぎわいは復活するのか?それとも、今までとは違う手段や発想が必要なのか?
光が強ければ強いほど、影も濃いという話。


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